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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
3/36

予兆

 数日後、また配達。


 待ち合わせ場所は、前回と同じではないが、ほぼ近く。

 当日はポラリスの二人も参加する。

 いや、当日ではなく、前日に前乗りしたほうがよかった気もするが……。


 これでは、また殺してくれと言わんばかりだ。

 もしかして算法技研の連中は、荷物が爆発して霧が発生することを望んでいるのでは?


 ともあれ、本日も立派な秋晴れ。

 濃すぎない青空。

 清々しい風。

 こんな天気のいい日に、人の死体を見るのは気が進まないな。


 フジコはあれからずっと無口なまま。

 露骨に分かりやすい。


 俺は現地付近の駐車場にフローターを停め、自販機で缶ジュースを二つ買った。

「やるよ」

「ありがと」

 本当は参加したくなかったんだろう。

 出発前もギリギリまで向井さんにしがみついて、行きたくないとダダをこねていた。前回は事務所にいたくないと言っていたのに。


 俺は缶コーヒーをひとくちすすってから、こう切り出した。

「もし言いたくなきゃいいんだが……」

「言いたくない」

「前に来たとき、なんかあったのか?」

「言いたくない」

 どうやら言いたくないようだな。

 ま、聞く前から分かってはいたが。


 ポラリスの面々は、道路の反対側にいる。たぶん。

 今回は二方向から詰めて、犯人を挟撃する。


 ただし俺たちはギリギリまで銃を撃たない。

 なぜなら、挟み撃ちにして発砲すると、味方に当たる危険があるからだ。しかしポラリスは撃つ。すると俺たちに当たる危険はあるのだが……。当てないから大丈夫とのことだった。

 あのクソども、逆の立場でも納得するんだろうか。

 こっちは防弾ベストさえないってのに。

 予算のない弱小事務所はつらい。


 集合時間まであと三十分。

 それまで秋の空気を堪能しながら、メンタルを整えるとしよう。無人の街は落ち着く。ほとんど貸し切りだ。日曜日のオフィス街みたいに。


 無線が鳴った。

『こちらAチーム! 至急応援願う! 応答せよ!』

 勘弁してくれ。

 至急?

 応援願う?

 まだ三十分あるのだが?

 ポラリスさんは時間も守れないのか?


 俺は無線をつかみ、こう応じた。

「なんです? 至急って言いました? どうぞ?」

『至急だ! 非常事態だ! とにかく集合せよ! 以上!』

 なんだ「以上!」って。

 まるで命令するような口調だ。

 うちがメインで受けた仕事だろ。


 俺はコーヒーを飲み干し、缶をゴミ箱に捨てた。

「行こう。応援をお願いされたぞ」

「お願い? 命令にしか聞こえなかったけど」

「あいつら日本語がヘタクソなんだ。許してやってくれ」

 彼らの日本語は、出会ったときからいまのいままで、ひとつも成長していない。


 *


 現場はもう手詰まりみたいな状態だった。

 合流するはずだった職員は、例のごとく路上で死亡。そしてポラリスの各務は、襲撃犯につかまって銃を突き付けられ、いまにも気絶しそうな顔をしていた。

 今回の襲撃犯は二名。

 一人が各務を拘束し、もう一人はバッグに銃を突き付けている。


「仲間がいたのかよ!?」

 犯人が顔をしかめた。

 だが安心して欲しい。仲間というほど良好な関係ではない。


 彼らの銃はさほど大きくなかった。よくある9ミリ拳銃か。それでも人の命を奪うには十分だ。

 どこのメーカーか分からないが、粗悪なコピー品かもしれない。最近では3Dプリンタでも銃は作れる。


 各務の上司は言った。

「これで二対三だ。銃を捨てておとなしく投降しろ。手荒な真似をするつもりはない」

 髪をオールバックにした精悍な男だ。見た目だけは説得力がある。

 だが切羽詰まった相手はそんなこと気にしない。


 犯人の一人が笑った。

「二対三? それがどうした? 俺がトリガーを引けば、みんな死ぬんだぞ? 俺が全員の命を握ってる。偉そうに命令するな。お前こそ道をあけろ」


 ん?

 なぜ爆発することを知っている?

 まあ、前回の件から学んだと考えるのが自然なんだろうが……。だったら前回のマヌケは? あいつは知らなかったから、フローターで走り去った。

 つまりこの組織は、バッグを奪うのは今回で二回目ということになる。

 青色スモッグは、それ以前から発生していたはずだから、二回目とかでは困るのだが。いや困るというか、俺の推理がやり直しになる。


 霧は自然発生だった、ということか?

 なら、なぜ算法技研はこのエリアを集合場所に選ぶ?


 もっと言えば、死んでいる連中の乗り物も見当たらない。

 徒歩でここへ来たのか?

 誰かに運んでもらった?

 それともここに住んでる?


「た、助けて……」

 各務が情けない声をあげた。

 まあ可能なら助けてもいいが、必ずしも可能とは限らないのが現実の哀しいところだ。そのときはあきらめてもらうしかない。


「動くな!」

 犯人が声を張り上げた。

 各務に言っているのではない。

 俺でもない。

 なぜなら動いていない。


 だが、フジコがやたらキョロキョロしていた。

 撃たれたいのかこいつは……。


「待って。こんなことしてる場合じゃないって」

「はぁ?」

「霧が来るよ」

「……」

 フジコの態度に、犯人も固まった。

 理由はともあれ、ここが霧の多発地点であることは間違いない。

 この情報は一般公開されているから、犯人たちも警戒しているはず。


 だが、ハッタリもいいところだ。

 バッグが爆発しなければ霧は出ない。

 たぶん。

 俺の推理が正しければ。


 俺は念のため上司に尋ねた。

「ところで、彼らの要求は?」

「聞く必要はない」

 譲歩はしない、というわけか。強気なことで。


 これには犯人も舌打ちだ。

「てめぇ、偉そうに。そっちに選択肢があると思うなよ? その気になれば全員道連れだからな? おい! だから動くなって言って……」

「……」


 俺たちはそのとき、全員が同じものを見た。

 青黒い霧だ。

 それがわっと広がって、壁のように迫ってきた。いや、迫るなんて悠長なものじゃない。あっと思ったときには、もう、飲み込まれていた。


 青、青、青。

 外から見るより、内側から見るほうが鮮やかな青をしている。


 ガヤガヤという喧騒にも似た音。

 人の声のようにも聞こえる。


 呼吸が苦しい。


 この霧は、一体なんなのだろうか?


 ヒュンと何かが飛んだのが見えた。

 それはまるでレーザーのように青を突破し、いずこかへ消えた。

 誰かが発砲したようだ。


 俺は慌てて地面に伏せた。

 背を低くしていれば、被弾する面積が小さくなる。寝るのが一番。


 弾丸が音もなく霧を貫いてゆく。

 霧が立ち込めているから、その軌道がいつまでも残って見える。


 美しい光景だ。

 濃くて鮮やかな青。


 誰もラッパを吹かない。

 ヒトのような影も出てこない。

 ただ青いだけの世界。


 *


 気がつくと、状況が一変していた。

 犯人グループは射殺されており、各務は保護されていた。どうやら無線を聞いていた別動隊が加勢してくれたようだ。

 別動隊というか、かなり離れた場所にスナイパーを待機させていたようだ。

 銃刀法など完全に無視だ。

 いや、デカい事務所はさすがだと褒めるべきところか。

 問題を起こしたのもこいつらだけどな。


 フジコはガードレールにしがみついて吐いていた。

 そんなに不快な体験をしたのだろうか?

 もう少しタフな女だと思っていたが。


 各務の上司が、ややつらそうな表情で近づいてきた。

「荷物の配達を頼む。宛先はここに書いてある。キーはこいつだ」

「はい」

 キーというか、プラスチックの黒いチップだ。発信機になっており、こいつから遠ざかると荷物が爆発する。

 そして血まみれのメモ。

 どちらも死んだ職員から回収されたものだ。


 荷物は爆発していない。

 なのに、霧は出てしまった。


 荷物と霧とは無関係だったのだろうか?

 分からない。

 なにもかもが腑に落ちない。


「フジコ、動けるか? もしダメそうなら、タクシーでも」

「行く」

「ムリしなくていいぜ」

「行くって言ってるでしょ」

 彼女は手の甲で乱暴に口元をぬぐい、こちらへ向き直った。

 ティッシュくらい持ち歩いて欲しいものだ。

「ほら、これで拭きなよ」

「ありがと」

 どこかでもらった使いかけのポケットティッシュだが、ないよりはマシだ。


 さて、問題は荷物だ。

 中身が気になる。

 プロとして、勝手に漁るわけにはいかないが。


 俺は通信機で向井さんに連絡を入れた。

「こちら内藤。荷物を回収しました。宛先の座標を送ります」

『無事でなによりです。情報受け取りました。宛先の情報を返送しますね。なんの変哲もない公園みたいです。霧もほとんど観測されていません』

「了解……」

『どうかご無事で』

「ありがとう」

 このクソみたいな現場における、唯一の癒し要素だ。

 ポラリスの連中は横柄だし、相棒はヘコんだままロクに情報も共有してくれない。地面には死体が四つ。


 駐車場で、俺はまたジュースを二つ買った。

「フジコちゃんよ、少しは事情を話しちゃくれませんかね?」

「言いたくない」

「もしかして、あんたの体質と関係があるのか?」

「うるさい! あ、でもジュースありがと。でも喋んないから!」

「いいよ」

 顔だけはマネキンみたいなのに、性格はもろにクソガキだ。


 俺は景色を眺めながらコーヒーをすすり、こう尋ねた。

「なあ、ところで、なんで霧が出るって分かったんだ?」

「うるさい」

「そう言うなよな。長い付き合いじゃねーか」

「まだ会って三ヵ月しか経ってない」

「まあな」


 あまりいい出会いではなかった。

 今日よりもクソみたいな現場で、クソみたいなやり取りがあった。

 俺はてっきり、彼女は現場で死亡したと思っていた。しかし数日後、彼女は事務所へ乗り込んで来た。自分も雇って欲しいと。それ以来、なにかというと俺の仕事についてくる。


 彼女がジュースを飲み終えるまで、俺は景色を眺めていた。

 もう午後の四時近い。

 日も暮れかけている。

 鳥たちも巣へ戻る時間だ。


 フジコが缶を捨てて戻ってきた。

「なんか、こないだからずっとごめん。だけど、いまはなにも聞かないで。かなりヘコんでるから。そっとしておいて欲しいの」

「オーケー。ただ、なにかデカいことに発展しそうになったら、その前にヒントだけでもくれよな」

「気が向いたらね」

 ぜひそうしてくれ。


 さて、ここから宛先まではだいぶある。

 片道三時間ってところか。

 高速道路を使えばもっと早いかもしれないが、そんな予算はない。


 この零細事務所、いつか潰れるのではなかろうか。

 運び屋をするのに、高速料金さえ捻出できないってんだから。


「終ったら一杯やりたいわね」

「同感だな。けど俺、ドライバーなんだよな」

「大丈夫よ。あなたの分まで私が飲むから」

「ふざけんな」

 こいつはマジで……。

 荒事でも役に立たない。ドライバーもしない。俺を差し置いて酒は飲む。ジュースはせがむ。そして吐く。ティッシュも持ち歩かない。

 いいところがツラしかない。

 肝心のそのツラも、特に俺の好みではない。

 いや、ルッキズムを云々するとぶっ叩かれるな。


 ともかく、自分だけ酒を飲むつもりなのは許しがたい。

 拷問は条約で禁止されているはずだろう。

 いや、禁止されていなくてもやるな。

 倫理を失ったら人間じゃない。


 音楽でも聴きながらドライブするか。

 元気のいいときはこの女が勝手に歌い始めて曲を台無しにするが、ヘコんでいるいまなら大丈夫だろう。

 せめて運転は穏やかな気持ちで、余裕をもってのぞみたいものだ。


(続く)

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