ザ・ディヴァイダー
それからの数日、俺は射撃場に通い、射撃訓練ばかりして過ごした。
一般開放されている射撃場ではない。
違法なコピー品を流通させているガンスミスの施設だ。
芝商店にいたとき、かなり世話になった。たまにポラリスのメンバーも見かける。ポラリス以外の、素性のよく分からない連中も。
「のどかわいた」
「なんでだよ。そっちはただ座ってただけだろ」
「のどかわいた」
フジコは当然のようにジュースを要求してくる。
まるでバッティングセンターで遊んでいるみたいなノリだ。
ここは地下で、売店は上にある。
自動販売機などないから、ジュースが欲しいならいったん上へあがらねばならない。
「ちょっと待ってろ」
*
売店とは名ばかりのカウンターがあり、そこに痩せた老婆が座っていた。老眼鏡で新聞を読んでいる。
「サイダーふたつください」
「あいよ」
ガンスミスの奥さんだ。
きっと怒鳴ってばかりだったのだろう。ずいぶん声がしわがれている。
ここは表向き、射撃場でもなければ、銃の密造所でもない。
家族経営の小さな町工場だ。
どこかの下請けで部品を作っていた。
しかし従来の仕事では経営が立ち行かなくなり、違法な銃のコピーに手を出した。
地下の射撃場も、訓練のためではなく、あくまで商品の試射のために用意されたものだ。
「マスターは?」
「釣りだよ。最近じゃ工場は娘に任せっきりで、遊び放題さ。経営は火の車だってのに」
しわだらけの顔をさらにしかめ、彼女はそう言った。
娘というのは、ここの跡取りだ。歳は四十代から五十代。よく知らない。愛想は悪いが、腕前はいい。
もともと芸大かなにかを出ており、アクセサリー職人をしていたらしい。それが工場を継ぐために戻ってきた。
ここだけ聞けばまるで美談だが、やっていることは銃器の密造なので、なんとも言えない。
客としては助かるが。
老婆はふしゅーと溜め息をついた。
「こないだ、渋谷の客が潰れちまってね。ただでさえハケない在庫が、もっとダブついちまった。あんた、どこかで客見つけてきてくれないかい?」
「もちろん。もし見かけたらオススメしておきますよ」
「ふん」
どうせ見つかりっこないといった顔だ。
ハナから期待してないなら頼まないで欲しい。
ただでさえ人口は減少している。
しかも、必要のない抗争でさらに減る一方だ。
渋谷の客を潰したのも俺たちだ。いや正確には政府と山崩だが。
婆さんには悪いことをしたかもしれない。
*
地下へ戻ると、フジコが目つきの鋭い男と話していた。
そいつが誰なのか、俺にはすぐに分かった。
「会えたな」
「いや、ちょっと待ってくださいよ。いまプライベートで」
厄介事はごめんだ。
背の高い、ガッシリした体躯。ムキムキといった感じではないが、よく絞られた筋肉質な体であることはモスグリーンのセーターを着ていても分かる。
山崩のリーダー。みーこの兄だ。
名前は知らない。
男は心外そうに眉をひそめ、すっと息を吸い込んだ。
「そう警戒するな。こっちもプライベートだ」
「フジコになにかご用ですか?」
「いや、用があるのはお前のほうだ。うちに来ないか? ポラリスの倍は出すぞ」
「えぇっ?」
引き抜きか?
するとフジコがやってきて、サイダーだけ回収してベンチに戻ってしまった。こいつは俺の進退よりもサイダーのほうが大事らしい。
「お前のスペックは妹から聞いている。経歴も調べさせてもらった。申し分ない。このまま浮気調査させておくには惜しい人材だ」
「意外と悪くないですよ、浮気調査。うるさい同僚さえいなければ」
「すぐ頭に血が上らないところがいい」
「それをやると死にますからね」
敵の挑発に乗って死ぬヤツもいる。だが、たいていはそうじゃない。緊張して些細なミスをして、自分にイラついてしまい、それを取り返そうとして余計なミスをする。その結果、勝手に死ぬ。
芝商店にいたころ、その辺はしつこく指導を受けた。
ボスの口癖はこうだ。
「全責任は俺が取る。現場でミスしても即座に忘れろ。反省するのは、帰ってきてからだ」
これを言える人はなかなかいない。
この世には、部下になにかをやらせておきながら、責任をとらない上司がいる。かくして評価を稼ぐのだけ得意な人間がやたらと出世して、組織を腐敗させてゆく。
もし俺という人間に評価すべき点があるとするなら、それはボスの教えのおかげだ。俺が立派なんじゃない。ボスがビッグだったのだ。
男はかすかに溜め息をついた。
「じつはあの作戦、うちでも意見が割れててな。独断で潜入した妹を、見捨てるか、それとも助けるのか、意見が真っ二つに分かれてた」
なるほど。
みーこが不安そうだった理由はそれか。
山崩という強力な仲間がいながら、もう助からないみたいな顔をしていた。
「独断で?」
「俺のミスだ。あいつは頭がよくない。だから勝手なことはするなとキツく指導したんだ。そしたらまた勝手なことをして……」
「度胸はありますよ」
「その度胸のせいで仲間を危険にさらすなら、やはり切り捨てねばならん」
妹よりも仲間を優先したわけか。
さぞかし信頼も厚かろう。
「けど、丸く収まりましたよ」
「だがあいつは、俺たちが突入する前に発砲を始めた。きっと最後の最後で我慢できなかったんだろう。ギリギリ間に合ったからよかったものの」
「ああいう作戦なのかと思ってました」
「そう見せかけただけだ。内心、どうしようか迷ったよ。仲間の誰かが妹を撃ったとして、俺はそれを咎めるつもりはなかった」
にこりともしないから機械みたいに冷徹な人間かと思いきや、意外と考えているようだ。
妹のことも大事に思っているのだろう。
彼は無表情のまま頭をかいた。
「少し喋りすぎたな。妹がしつこくお前について語るから、少し影響された。気にさわったら謝る」
「いえ、大丈夫ですよ。悪く言われてるならともかく、よく言われてるぶんには」
「いや……」
「えっ?」
「なんでもない」
この様子だと、悪いことも言ってそうだな。
いい。
聞かないでおこう。
会話が途切れると、小さくげっぷしながらフジコが来た。
「話は聞かせてもらったわ」
そりゃずっと聞いてただろ。
仁王立ちだ。
なにを言い出すんだ?
彼女はさらにサイダーを飲み、苦しそうにいくらか空気を吐いてから、こう告げた。
「ポラリスの倍? 乗ったわ」
「いや、お前は誘ってない……」
「は?」
「……」
えっ?
なんだこの空気?
ディヴァイダーは会話までぶった切るのか?
だが、誰も言葉を発しないから、本当に妙な空気のままになった。
俺も場を和ませるためにジョークを考えてみたのだが、残念ながら思いつかなかった。まあ仮に思いついたとして、それを口にしたらもっとヒリついていただろう。
老婆がおりてきた。
「なんだいなんだい。お客同士のトラブルはごめんだよ。ほら、これ。飴やるから、ケンカはやめな」
「……」
のど飴を押し付けられた。
俺たち全員、とっくに成人しているというのに……。
この老婆から見れば、それでもガキみたいなものなのか?
「え、でも飴とサイダーって爆発しない?」
「しないよ」
フジコのマヌケな疑問を、老婆が一蹴した。
のみならず「なんだい爆発って」と顔をしかめて行ってしまった。
まあ爆発はしないだろう。
というかフジコのやつ、向井さんの部屋でメントスコーラやったのちゃんと謝ったんだろうな?
仏でさえ三度しか許さないのに、向井さんはとっくにその回数超えている。もう仏を超えたなにかだ。
男は飴の袋をポケットに突っ込み、こう続けた。
「できればあの情報屋と一緒に来て欲しい」
「情報屋? 明智さんですか?」
「いま、うちに情報を処理できるメンバーがいなくてな」
「お伝えしておきます」
するとフジコが「三人だから六倍よ」などと言ったが、俺たちは返事をしなかった。
モメるとまた老婆が来る。
そんなことを繰り返していたら、最終的にポケットが飴でパンパンになる。歩行不能になり、自重で崩壊し、ブラックホールになる。
男は行ってしまった。
悪い人物ではない。
山崩も悪いチームじゃないんだろう。
だが、彼らは純粋な壊し屋だ。
俺のやりたい仕事とは違う。
「もしかして私、過小評価されてる?」
「そのようだな」
フジコの不満ももっともだ。
この女はオンリーワンだ。
高く評価するヤツがいてもいい。
いや、いるのだが、そいつらはフジコに金を落とさない。金は別のところに使って、フジコをタダで動かしている。本人には一円も入ってこない。皮肉な話だ。
俺は自分のサイダーを持ち上げた。
「飲むか?」
「いらないわ。もうお腹ガボガボよ」
「そうか」
蓋を開け、サイダーを飲んだ。
ぬるい……。
長話はするもんじゃないな。
*
世界は青色スモッグに侵食されている。
誰がやったのかは不明のまま。
少なくとも公的にはそうだ。
アメリカは「オーシャン」なるプロジェクトで海を調査中。
おそらく最初に犯人を見つけるのは彼らだろう。
一方、日本は、偽物の霧で金を稼ごうとしている。
いや「日本は」ではなく「日本政府とカルトの癒着した第三セクターは」と言い換えるべきか。
霧による発電は素晴らしいテクノロジーだとは思うが、それとてあくまで人の命がかかっていなければの話だ。薬漬けにした人間を燃料にするなど、到底受け入れられない。
烏丸麗はカルトを内部から崩壊させようとしている。
だが、所詮は籠の鳥。
自由はない。
派手なアクションも期待できない。
先日提供した内部告発の資料もどうなったことやら。
対カルトの急先鋒といえば、千里眼……だった。少なくとも最近までは。
彼らは各スポンサーからの資金提供を受けて急成長。
だがカルトに札束でぶん殴られて、ずいぶん動きが鈍くなってしまった。
代わりに台頭したのが、千里眼から独立した山崩。
シンプルにカルトを叩くのを目的としている。
千里眼から乗り換えるスポンサーも多いかもしれない。なにせカルトは様々な産業に手を出している。ライバルも多いのだ。
ついでとばかりに政府とも対立しているから、そのうち国家権力に潰されるかもしれない。
そしてフジコ――。
なにをもくろんでいるのかは不明。
いまのところは特異点としか言いようがない。
彼女の発言が事実か、あるいはウソかはともかく、身体だけは特別だ。疑いようがない。
それはそれとして、まず向井さんに謝って欲しい。あと俺にもな。
そんな中、俺は……。
特にこれといった目的もなく、ただ上からの命令で動いている。働いて生活しないといけない。いいも悪いもない。
仲間を守りたいとは思うが、それも「可能ならば」の話だ。不可能ならやらない。ムリをすれば死ぬ。被害者を一名追加するだけだ。
ステイサムではない。ただいくつかの現場を生き延びただけ。たいした背景も実力もない。
選挙には行っている。
なにをするにしても、まずはせめて正常な社会であって欲しいと思うが……。もし社会が滅びたがっているのなら、もう勝手にしたらいい。こちらも勝手にする。
じつは正直、どこかから急にヒーローみたいなヤツが現れて、霧の問題を解決してくれないか、などとぼんやり考えている。
バカみたいな話だが。
そうは言っても、そもそも霧の害だって、どこかから急に現れたのだ。バカみたいな救済でもなければバランスがとれない。
事態を傍観してる連中がその気になれば、おそらく世界を救済することができるだろう。
ただ、シンプルにして最大の問題は、それをする動機が彼らに存在しないということ。俺の勝手な推測だが。
地上に生きる人間が、自分たちでなんとかするしかない。
地道にコツコツやるか、一発逆転の手を狙うか……。
前者では時間がかかり過ぎるが、後者はうまくいった試しがない。
俺はいつもその中間を狙って、妥協じみた結末を眺めてきた。だが今回ばかりは、どちらかを選ばないといけないかもしれない。
(続く)




