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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
25/36

ザ・ディヴァイダー

 それからの数日、俺は射撃場に通い、射撃訓練ばかりして過ごした。

 一般開放されている射撃場ではない。

 違法なコピー品を流通させているガンスミスの施設だ。

 芝商店にいたとき、かなり世話になった。たまにポラリスのメンバーも見かける。ポラリス以外の、素性のよく分からない連中も。


「のどかわいた」

「なんでだよ。そっちはただ座ってただけだろ」

「のどかわいた」

 フジコは当然のようにジュースを要求してくる。

 まるでバッティングセンターで遊んでいるみたいなノリだ。


 ここは地下で、売店は上にある。

 自動販売機などないから、ジュースが欲しいならいったん上へあがらねばならない。


「ちょっと待ってろ」


 *


 売店とは名ばかりのカウンターがあり、そこに痩せた老婆が座っていた。老眼鏡で新聞を読んでいる。

「サイダーふたつください」

「あいよ」

 ガンスミスの奥さんだ。

 きっと怒鳴ってばかりだったのだろう。ずいぶん声がしわがれている。


 ここは表向き、射撃場でもなければ、銃の密造所でもない。

 家族経営の小さな町工場だ。

 どこかの下請けで部品を作っていた。

 しかし従来の仕事では経営が立ち行かなくなり、違法な銃のコピーに手を出した。

 地下の射撃場も、訓練のためではなく、あくまで商品の試射のために用意されたものだ。


「マスターは?」

「釣りだよ。最近じゃ工場は娘に任せっきりで、遊び放題さ。経営は火の車だってのに」

 しわだらけの顔をさらにしかめ、彼女はそう言った。


 娘というのは、ここの跡取りだ。歳は四十代から五十代。よく知らない。愛想は悪いが、腕前はいい。

 もともと芸大かなにかを出ており、アクセサリー職人をしていたらしい。それが工場を継ぐために戻ってきた。

 ここだけ聞けばまるで美談だが、やっていることは銃器の密造なので、なんとも言えない。

 客としては助かるが。


 老婆はふしゅーと溜め息をついた。

「こないだ、渋谷の客が潰れちまってね。ただでさえハケない在庫が、もっとダブついちまった。あんた、どこかで客見つけてきてくれないかい?」

「もちろん。もし見かけたらオススメしておきますよ」

「ふん」

 どうせ見つかりっこないといった顔だ。

 ハナから期待してないなら頼まないで欲しい。


 ただでさえ人口は減少している。

 しかも、必要のない抗争でさらに減る一方だ。

 渋谷の客を潰したのも俺たちだ。いや正確には政府と山崩だが。

 婆さんには悪いことをしたかもしれない。


 *


 地下へ戻ると、フジコが目つきの鋭い男と話していた。

 そいつが誰なのか、俺にはすぐに分かった。


「会えたな」

「いや、ちょっと待ってくださいよ。いまプライベートで」

 厄介事はごめんだ。


 背の高い、ガッシリした体躯。ムキムキといった感じではないが、よく絞られた筋肉質な体であることはモスグリーンのセーターを着ていても分かる。

 山崩のリーダー。みーこの兄だ。

 名前は知らない。


 男は心外そうに眉をひそめ、すっと息を吸い込んだ。

「そう警戒するな。こっちもプライベートだ」

「フジコになにかご用ですか?」

「いや、用があるのはお前のほうだ。うちに来ないか? ポラリスの倍は出すぞ」

「えぇっ?」

 引き抜きか?

 するとフジコがやってきて、サイダーだけ回収してベンチに戻ってしまった。こいつは俺の進退よりもサイダーのほうが大事らしい。


「お前のスペックは妹から聞いている。経歴も調べさせてもらった。申し分ない。このまま浮気調査させておくには惜しい人材だ」

「意外と悪くないですよ、浮気調査。うるさい同僚さえいなければ」

「すぐ頭に血が上らないところがいい」

「それをやると死にますからね」


 敵の挑発に乗って死ぬヤツもいる。だが、たいていはそうじゃない。緊張して些細なミスをして、自分にイラついてしまい、それを取り返そうとして余計なミスをする。その結果、勝手に死ぬ。

 芝商店にいたころ、その辺はしつこく指導を受けた。

 ボスの口癖はこうだ。

「全責任は俺が取る。現場でミスしても即座に忘れろ。反省するのは、帰ってきてからだ」

 これを言える人はなかなかいない。

 この世には、部下になにかをやらせておきながら、責任をとらない上司がいる。かくして評価を稼ぐのだけ得意な人間がやたらと出世して、組織を腐敗させてゆく。


 もし俺という人間に評価すべき点があるとするなら、それはボスの教えのおかげだ。俺が立派なんじゃない。ボスがビッグだったのだ。


 男はかすかに溜め息をついた。

「じつはあの作戦、うちでも意見が割れててな。独断で潜入した妹を、見捨てるか、それとも助けるのか、意見が真っ二つに分かれてた」

 なるほど。

 みーこが不安そうだった理由はそれか。

 山崩という強力な仲間がいながら、もう助からないみたいな顔をしていた。

「独断で?」

「俺のミスだ。あいつは頭がよくない。だから勝手なことはするなとキツく指導したんだ。そしたらまた勝手なことをして……」

「度胸はありますよ」

「その度胸のせいで仲間を危険にさらすなら、やはり切り捨てねばならん」

 妹よりも仲間を優先したわけか。

 さぞかし信頼も厚かろう。

「けど、丸く収まりましたよ」

「だがあいつは、俺たちが突入する前に発砲を始めた。きっと最後の最後で我慢できなかったんだろう。ギリギリ間に合ったからよかったものの」

「ああいう作戦なのかと思ってました」

「そう見せかけただけだ。内心、どうしようか迷ったよ。仲間の誰かが妹を撃ったとして、俺はそれを咎めるつもりはなかった」

 にこりともしないから機械みたいに冷徹な人間かと思いきや、意外と考えているようだ。

 妹のことも大事に思っているのだろう。


 彼は無表情のまま頭をかいた。

「少し喋りすぎたな。妹がしつこくお前について語るから、少し影響された。気にさわったら謝る」

「いえ、大丈夫ですよ。悪く言われてるならともかく、よく言われてるぶんには」

「いや……」

「えっ?」

「なんでもない」

 この様子だと、悪いことも言ってそうだな。

 いい。

 聞かないでおこう。


 会話が途切れると、小さくげっぷしながらフジコが来た。

「話は聞かせてもらったわ」

 そりゃずっと聞いてただろ。

 仁王立ちだ。

 なにを言い出すんだ?


 彼女はさらにサイダーを飲み、苦しそうにいくらか空気を吐いてから、こう告げた。

「ポラリスの倍? 乗ったわ」

「いや、お前は誘ってない……」

「は?」

「……」


 えっ?

 なんだこの空気?

 ディヴァイダーは会話までぶった切るのか?


 だが、誰も言葉を発しないから、本当に妙な空気のままになった。

 俺も場を和ませるためにジョークを考えてみたのだが、残念ながら思いつかなかった。まあ仮に思いついたとして、それを口にしたらもっとヒリついていただろう。


 老婆がおりてきた。

「なんだいなんだい。お客同士のトラブルはごめんだよ。ほら、これ。飴やるから、ケンカはやめな」

「……」


 のど飴を押し付けられた。

 俺たち全員、とっくに成人しているというのに……。

 この老婆から見れば、それでもガキみたいなものなのか?


「え、でも飴とサイダーって爆発しない?」

「しないよ」

 フジコのマヌケな疑問を、老婆が一蹴した。

 のみならず「なんだい爆発って」と顔をしかめて行ってしまった。


 まあ爆発はしないだろう。

 というかフジコのやつ、向井さんの部屋でメントスコーラやったのちゃんと謝ったんだろうな?

 仏でさえ三度しか許さないのに、向井さんはとっくにその回数超えている。もう仏を超えたなにかだ。


 男は飴の袋をポケットに突っ込み、こう続けた。

「できればあの情報屋と一緒に来て欲しい」

「情報屋? 明智さんですか?」

「いま、うちに情報を処理できるメンバーがいなくてな」

「お伝えしておきます」


 するとフジコが「三人だから六倍よ」などと言ったが、俺たちは返事をしなかった。

 モメるとまた老婆が来る。

 そんなことを繰り返していたら、最終的にポケットが飴でパンパンになる。歩行不能になり、自重で崩壊し、ブラックホールになる。


 男は行ってしまった。

 悪い人物ではない。

 山崩も悪いチームじゃないんだろう。

 だが、彼らは純粋な壊し屋だ。

 俺のやりたい仕事とは違う。


「もしかして私、過小評価されてる?」

「そのようだな」

 フジコの不満ももっともだ。

 この女はオンリーワンだ。

 高く評価するヤツがいてもいい。

 いや、いるのだが、そいつらはフジコに金を落とさない。金は別のところに使って、フジコをタダで動かしている。本人には一円も入ってこない。皮肉な話だ。


 俺は自分のサイダーを持ち上げた。

「飲むか?」

「いらないわ。もうお腹ガボガボよ」

「そうか」

 蓋を開け、サイダーを飲んだ。

 ぬるい……。

 長話はするもんじゃないな。


 *


 世界は青色スモッグに侵食されている。

 誰がやったのかは不明のまま。

 少なくとも公的にはそうだ。


 アメリカは「オーシャン」なるプロジェクトで海を調査中。

 おそらく最初に犯人を見つけるのは彼らだろう。


 一方、日本は、偽物の霧で金を稼ごうとしている。

 いや「日本は」ではなく「日本政府とカルトの癒着した第三セクターは」と言い換えるべきか。

 霧による発電は素晴らしいテクノロジーだとは思うが、それとてあくまで人の命がかかっていなければの話だ。薬漬けにした人間を燃料にするなど、到底受け入れられない。


 烏丸麗はカルトを内部から崩壊させようとしている。

 だが、所詮は籠の鳥。

 自由はない。

 派手なアクションも期待できない。

 先日提供した内部告発の資料もどうなったことやら。


 対カルトの急先鋒といえば、千里眼……だった。少なくとも最近までは。

 彼らは各スポンサーからの資金提供を受けて急成長。

 だがカルトに札束でぶん殴られて、ずいぶん動きが鈍くなってしまった。


 代わりに台頭したのが、千里眼から独立した山崩。

 シンプルにカルトを叩くのを目的としている。

 千里眼から乗り換えるスポンサーも多いかもしれない。なにせカルトは様々な産業に手を出している。ライバルも多いのだ。

 ついでとばかりに政府とも対立しているから、そのうち国家権力に潰されるかもしれない。


 そしてフジコ――。

 なにをもくろんでいるのかは不明。

 いまのところは特異点としか言いようがない。

 彼女の発言が事実か、あるいはウソかはともかく、身体だけは特別だ。疑いようがない。

 それはそれとして、まず向井さんに謝って欲しい。あと俺にもな。


 そんな中、俺は……。

 特にこれといった目的もなく、ただ上からの命令で動いている。働いて生活しないといけない。いいも悪いもない。

 仲間を守りたいとは思うが、それも「可能ならば」の話だ。不可能ならやらない。ムリをすれば死ぬ。被害者を一名追加するだけだ。

 ステイサムではない。ただいくつかの現場を生き延びただけ。たいした背景も実力もない。

 選挙には行っている。

 なにをするにしても、まずはせめて正常な社会であって欲しいと思うが……。もし社会が滅びたがっているのなら、もう勝手にしたらいい。こちらも勝手にする。


 じつは正直、どこかから急にヒーローみたいなヤツが現れて、霧の問題を解決してくれないか、などとぼんやり考えている。

 バカみたいな話だが。

 そうは言っても、そもそも霧の害だって、どこかから急に現れたのだ。バカみたいな救済でもなければバランスがとれない。


 事態を傍観してる連中がその気になれば、おそらく世界を救済することができるだろう。

 ただ、シンプルにして最大の問題は、それをする動機が彼らに存在しないということ。俺の勝手な推測だが。


 地上に生きる人間が、自分たちでなんとかするしかない。

 地道にコツコツやるか、一発逆転の手を狙うか……。

 前者では時間がかかり過ぎるが、後者はうまくいった試しがない。

 俺はいつもその中間を狙って、妥協じみた結末を眺めてきた。だが今回ばかりは、どちらかを選ばないといけないかもしれない。


(続く)

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