棒立ち
すると、荷物を運び終えたナカジが、目を細めて近づいてきた。
「リーダー、その女、有名な配信者じゃ……?」
「あ?」
「あれですよ! あの霧の! ディヴァイダーですよ!」
「あっ!」
海を割る者、だ。
まあニュースで流れたのは後ろ姿だけだったし、配信のほうはクソ動画ばかりだったから、気づかれなくても仕方がない。
フジコを使えば、霧など恐れる必要はない。
そこに気がついたのだ。
リーダーはソファへどっと座り込み、体をくの字にして笑った
「やっべ! やっぱ『持ってる』な俺! 勝ち確じゃん。まあ、そうなるよな。俺だもんな」
ずいぶんと自信家だな。
霧を出たら蜂の巣にされるわけだが、そのことは黙っておこう。
「あ? でもステファニーなんて名前だったか?」
リーダーが眉をひそめると、フジコはぐっと親指を立てた。
「こんなこともあろうかと、身分を隠してたのよ。そう。私があのフジコよ」
「最初に言っとけよクソが。まあでも許すぜ。お前のおかげで、俺たちみんな助かるんだからな」
助かるといいな。
だが、トッと鋭い音を立て、床に穴が開いた。
やや遅れて、外からパァンと発砲音。
狙撃だ。
場が静まり返った。
「あ? えっ? は? なんで? カチコミ? このタイミングで?」
リーダーは恥も外聞もなくうろたえた。
身に覚えがないのか、あるいは、ありすぎて絞れないのか。
部下も動揺している。
銃弾が撃ち込まれたのだ。
「リーダー、どうします?」
「慌てんな。霧もあるし、来ねぇだろ……」
だが狙撃手は、二発、三発と、気まぐれに撃ち込んできた。
そのたびにみんなの動きが止まる。
まるで遊ばれているようだ。
越水から通信が来た。
『まだ脱出できないのか? 囲まれてるぞ』
「自力ではどうにも」
『分かった。すでに本部へは応援を要請している。身の安全を第一に行動しろ』
「了解」
いまのところまったく役に立っていないが、それでも心強い。
すがるべきなにかがあるおかげで、冷静でいられるのかもしれない。それが一本の蜘蛛の糸だとしても。
リーダーは勢いよく立ち上がった。
「なあ、フジコ! なんとかできねぇか?」
「霧の中心が分かれば追い込めるかも」
「中心? なら地下の工場だ」
「スイッチ切ったら?」
「もう切ってる」
いや、中心は工場かもしれないが、密閉されているのだから、排気孔から追い込まないとダメだろう。
つまりいっぺん外に出る必要がある。
フジコがこちらを見た。
「ねえ、なんか気づいてるならヒントちょうだいよ。このままじゃ全滅よ?」
「すまん。混乱してて頭が回らない」
ヒントなどくれてやるものか。
フジコがいる限り、この部屋は霧の被害を受けない。
そして工場のスイッチが切られた以上、やがて霧は消え去る。
すると山崩が来る。
みーこの言葉が事実なら、俺と彼女は助かる。フジコは蜂の巣にされるかもしれないが、まあ助かる。
待っているのはハッピーエンドだ。
俺はただ時間を潰せばいい。
リーダーとフジコは地下へ行ってしまった。
霧は入ってこない。
青色スモッグ用の換気扇が効いているせいだろうか。
銃弾は散発的に撃ち込まれてくる。
俺はソファに腰をおろした。
「立ち話もなんだし、座ろうぜ」
みーこはなんとも言えない表情だ。
「あんた、頭のネジ外れてんね。怖くないの?」
「いや、外れてない。ちゃんと怖い。慌てると生存率が低下するのが分かってるから、心を殺してるだけだ」
「あたし、怖いよ」
なにが怖いんだ?
外のは仲間なんだろう。
自分から山崩の名前を口に出したのだ。ハッタリではないはず。
しばらくすると、憤慨しながらリーダーが戻ってきた。
「ンだよ、使えねぇな! なんにもなんねぇじゃねーか! もう外から仕掛けるしかねぇぞ!」
だから言っただろ。
いや言ってなかったか。
容器は密閉されているのだから、そこからは追い込めない。追い込むなら排気孔からだ。
だが、いま外出するのはオススメできない。
すでにドアは銃弾で穴だらけ。
出たら撃たれる。相手に当てる気がなくとも。
おそらく山崩は、誰かを殺すために撃っているのではない。
ここに全員を閉じ込めておきたいのだ。
外の連中はすでに霧になっているから、あとはここだけ襲撃すればいい。
リーダーは酒はソファにふんぞり返って酒をやり始めた。
「あー、クソ! ツイてねぇな!」
「……」
これには部下たちも「ホントにこのリーダーで大丈夫か?」という顔になった。
まあ大丈夫ではなかろう。
すると酒で勢いがついたのか、またリーダーが立ち上がった。
「お前ら! 戦争の準備しろ! 運び屋ァ! お前もだ!」
「銃ならありますよ。一般に、攻撃側が勝利するためには、防御側の三倍の兵力が必要と言われてます。つまりこちらは三倍有利ということ。おそらく勝てるでしょう」
「いいこと言うじゃねーか」
「……」
ま、相手の戦力は三倍どころではないはずなので、結果もその通りになると思われるが。
フジコもやれやれと言った表情で刀の柄に手をかけている。
歴戦の剣士みたいなツラをしているが、こいつを戦力にカウントしてはいけない。
盾にしかならない。
みーこはリーダーに近づいた。
「え、あたしらは?」
「るせぇな! どっかに隠れとけ!」
「うん」
横柄な態度をとって、後悔するのは自分だぞ。
リーダーはテーブルを蹴倒して、盾にした。
他の連中も棚などを横倒しにして守りを固める。
越水から通信が来た。
『朗報だ。利害が相反していなかったため、山崩とは一時的に協力することになった。あとは霧さえなんとかできれば……』
「霧の発生装置は止まってます」
『なら時間の問題だな。霧が晴れ次第、共同で仕掛ける。巻き込まれるなよ』
「了解」
俺がタフガイならスタンドプレイで解決してもよかったが、残念ながらそうじゃない。
こういうときは、待つのも作戦のうちだ。
チンピラは総勢で十数名といったところ。
カタがつくのは一瞬だろう。
政府は、この銃撃戦の結果がどうなろうと気にしないだろう。
人工の霧でも「反応」を起こすことができた。
それが分かっただけでも満足のはずだ。
きっと安全な場所から、この青色スモッグを観測しているだろう。
「霧はあとどのくらいもつ?」
「数分です」
「正確に言え!」
「たぶんあと三分くらい……」
チンピラは身内でモメている。
仲良くしろ。
ただ呼吸を繰り返すだけの三分間だった。
いや三分ももたなかったが。
銃声は、まず後方から聞こえた。
裏口から突入されたわけではない。
驚いて振り向くと、ギターを構えたみーこが立っていた。いやギター型の銃だ。銃口から煙を吐いている。
続いて、ドアを蹴破って男たちが突入してきた。
全身を覆う防護服を着用している。
そうだ。
身体が霧に触れなければ、消去されることはない。
密閉された防護服さえあれば、霧の中も移動できる。
リーダーは後頭部を撃ち抜かれて即死。
というか連射でズタズタにされていた。
部下たちは武器を捨て、両手をあげた。
勝負あったか。
すると山崩の男が、みーこにこう尋ねた。
「協力者はどいつだ?」
「そこの運び屋と、刀のお姉さん。あとそっちで寝てる子も撃たないで」
「了解」
すると俺とフジコと女を除いたチンピラたちが、アサルトライフルの銃弾を受けていびつに踊った。
カメラのフラッシュのように眩しかった。
一度にいろんな音がした。
飛散した銃弾は壁をえぐり込み、酒瓶を割り、人体を突き破って血液をぶちまけさせた。
降参したのに、皆殺しにしやがった。
防護服のせいで、男の顔はよく見えない。
だが、目つきが鋭いことは分かった。
「お前が芝商店のエースか? 妹が世話になったな」
「妹?」
見ると、みーこがピースしていた。
こんなゴツい兄貴がいたのかよ。
「だがこれで貸し借りナシだ。次に会ったとき、もし敵だったらこいつらと同じ運命をたどる。覚悟しておけ」
「了解」
床が血まみれだ。
いや血の海だ。
人間の体内には、いったいどれだけの血液が溜め込まれているのか。
みーこが近づいてきた。
「あんたのことは殺したくないから、敵になんないでね?」
「そう願うよ」
「またね!」
「ああ」
山崩は撤収した。
すでに霧は晴れているらしく、防護服のないみーこも普通に店を出て行った。
フジコは盛大な溜め息をつき、無事そうな酒を拾って瓶のまま飲み始めた。
「ぷはぁ。マジでなんなの? 仲間だったの? 事前に教えといてよ」
「俺もついさっき知ったんだよ」
「罰としてファミレス!」
「十分飲んだろ」
「おなかすいた!」
まるで小学生だな。
だが、言われてみれば、俺も空腹だ。
「仕事が終ったらな」
やや遅れて越水たちも来た。
「無事か!?」
「ご覧の通り」
二班のメンバーが大集合だ。
だが、俺も含め、この銃撃戦においては誰も役に立っていない。
山崩が勝手に終わらせた。
こっちは棒立ちしてただけ。
各務が顔をしかめた。
「なんですぐ撤収しなかったんですか?」
「のっぴきならない事情があったんですよ」
「のっぴき……?」
「あとで報告書出しますから」
説明するのもダルい。
こいつが相手の場合は特に。
寺田も社もこの手の現場には慣れていないらしく、入口のあたりでドン引きしていた。
まあ俺も慣れてない。
人間に穴が開くと、強烈な体臭がする。よく血の匂いと言われるが、たぶん血だけじゃない。人間には穴を開けるべきじゃない。
強烈な換気扇のかげで、これでもマシなほうだ。
アルコール臭も混じっているから、ヘタすると引火の可能性もあった。
山崩の発砲で火事にならなくてよかった。
可燃物、酸素、温度――。
これら三つの条件が揃えば、モノは燃える。
いとも簡単に。
いまが冬でよかった。
越水は溜め息をついた。
「撤収するぞ」
「了解」
ともかく死なずに済んだ。
荷物を運ぶだけの簡単なお仕事のはずが、どうしてこうなったのか説明は欲しいところだが……。どうせ未来庁はしらばっくれるんだろう。
精神的苦痛だけが残った。
この世界はクソだ。
(続く)




