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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
23/36

箱の中身はなんだろな?

 女たちは渋々といった様子でこちらへ来た。

 このお店は、お触りオーケーなのかな?


 フジコはすでに男と楽しく酒を飲み始めている。

 こっちも楽しくやらせてもらうとしよう。


「そこ座る?」

「そうしようかな」

 女に促され、俺は小さなソファに腰をおろした。

 リーダーはおそらく、どうしても俺にサービスしたかったわけではなく、フジコと長くいたかったから俺を静かにさせておきたかったのだろう。


「え、どうする? 脱ぐ? それともこのまま?」

 女が両脇に来て、そんなことを言った。

 ブラック企業かと思ったが、意外とホワイト企業だったようだな。


 しかし残念ながら、こちらは勤務時間中だ。

 言われるままエンジョイする必要はない。似たようなサービスは、金さえ払えばよそでも受けられるのだ。むしろ、ここで隙を晒すのは三流のやること。まあ俺も三流だから、隙を晒したっていいんだが。

「それより、少し話をしないか?」

「は?」

 社会人なのに、お返事がなっていない。

 この女、おそらくマナーの研修を受けていないと見た。


「未来庁からは、よく荷物が届くのかな?」

「よくってゆーかぁ、たまに? でも最近なかったかも」

「中身は?」

「え、知らないの? 自分で運んできたんじゃん?」

「中は確認しない主義なんだ」

「なにそれ? マジ笑えんだけど」

 そのわりには笑っていない。

 むしろ引いている。

 いいから中身を言えよ。


 いちおう男の命令だからか、女たちはむにむにと体を押し付けてくる。

 話に集中できない。


「中身が気になるなぁ」

「見ればいーじゃん」

「でも勝手に開けたら怒られるでしょ?」

「んー、殺されると思う」

 そこまでして知りたくないんだよな。


 大人びたロングヘアの女と、十代にしか見えない短いツインテールの女。

 これを同時に堪能できるとは。

 大人のほうはだいぶ酒が入っているのか、それとも別のなにかかは分からないが、ずいぶん眠たそうな目でこちらへ体をあずけてくる。というか眠いだけかもしれない。


 若い方に聞くしかない。

「意地悪しないで教えてくれよ。中身、なんなの?」

 すると彼女はこちらへ抱きついてきた。

「もーっ! そればっかじゃん! ンなことよりさ、シたいんでしょ? シたら?」

 いいのか?

 こちらとしても、話に集中するために、いっぺんスッキリしておく必要があるかもしれないが。


 だが、それは彼女のカモフラージュだった。

「ま、触ったらぶっ殺すけどね」

「物騒なこと言うなよ」

「勘違いすんなよ、運び屋。荷物の中身も探んな。死ぬよ、マジで」

「……」

 この女、ただのピンクコンパニオンではなさそうだな。


 俺は声をひそめて尋ねた。

「何者なんだ?」

「だから探んなっつってんの。つーかさ、なんでフジコつれてきたの? ご指名はあんただけだったはずっしょ?」

「セットで運用されてるんだから仕方がない」

 こいつ、政府の人間か?

 それとも同業者?


 彼女は人の耳元で盛大に溜め息をついた。

「運が悪かったね。ホントなら、あんたらを巻き込む予定じゃなかったんだけど」

「なにが起こるんだ?」

「すごいこと」

「は?」

 銃撃戦か?

 それとも爆発?


「箱の中身さ、いつもは人間なんだ」

「えっ?」

「リアクションすんな。静かに聞け」

 確かに、ここでは人為的に霧を起こしている。

 その材料は必要だろう。


 カモフラージュのため、彼女はさらに身を寄せてきた。

「でも今日は違う。あんたさ、お行儀がいいから特別に教えたげる」

「いいのか?」

「中身はスピーカーだよ。ラッパを鳴らすの。ここ、霧あんでしょ? だからラッパ鳴らして反応起こすんだって」

「おいおい?」

 普通、反応が起きたら全滅だぞ。

 分かってんのか?


「いつ鳴るんだ?」

「分かんない」

「は?」

「いますぐ鳴り出すかも? そしたら巻き込まれちゃうね。なんか怖くなってきちゃった。あのさ、怖いから、ぎゅってしててくんない?」

 さてはこいつ、かわいいな?

 だが、死にたくないなら、ほかにすべきことがある。


 すると彼女はケラケラ笑った。

「え、なにマジになってんの? もしかして本気にした?」

「いや、代案を考えてた」

「は? なにそれ……。体はヤル気になってるくせに」

「気にしなくていい。生物学的な反射だ」

「あんた、面白いね」

 惜しみなく笑顔を見せてくれる。

 どこかのご令嬢とはえらい違いだ。


「ホントに策はないのか?」

「ないんじゃない? あたしも、言ってたらその気になってきちゃったし」

 それはいいんだが、もう一人の女性が糸の切れた人形のようになっている。

 死んではいないが……。

「こちらの女性はどうしたんだ?」

「あー、夜通しヤってたみたいだから、眠いんだと思う。あいつクスリでドーピングしてるから、休みナシなんだよね」

 ちゃんと寝ないと体を壊すぞ。


 ブーッと音が鳴った。

 前触れもなく。

 まだなんらの準備もできていないのに。

 しかも凄い音だ。

 十秒近く続いた。


 ラッパというよりは、ビープ音だ。

 遠くで鳴っているだけでも不快なのに、こんなに近くで鳴らされたら耳がおかしくなる。


「ンだこれ……。マジで……」

 羅須汰のリーダーは顔をしかめていた。


 荷物がとんでもない音を鳴らした。

 それは分かる。

 だが、それ以外のことは考えても分からない。


 彼はこちらを睨みつけてきた。

「おい、運び屋ァ! テメーなに運んできた!?」

「えっ? いや、こっちもサッパリ……」

「適当コイてんじゃねェよ。政府と一緒になって、俺らのこと消すつもりだったんだろ? あ?」

「いや、もしそうならとっくに逃げてますよ。こっちも捨て駒にされたんです」

 まあ未来庁としても、俺たちを巻き込むつもりはなかったのだろう。だが、こうなる可能性は予想できたはずだ。それでも警告しなかったということは、巻き込まれても構わなかったということになる。


 リーダーは仲間たちに指示を出し始めた。

「おい! ケンタ! ドア閉めろ! ナカジ、換気扇回せ! 全力!」

 チンピラどもがバタバタと走り出した。


 越水からヘッドセットに通信が来た。

『どうした? ラッパが聞こえたぞ』

「荷物が鳴ったみたいです」

『できるだけ早く退避しろ』

「了解」

 このやり取り、リーダーには気づかれていないが、女にはバレた。

「なに? お友達? 助けてくれるの?」

「くれないよ。連中、バックアップという名の観客だからな」

「サイアクじゃん」


 リーダーはイラついた様子でうろうろし始めた。

「あー、クソ。マジでキレそう。俺らのことナメやがって」

 すると部下のケンタが近づいてきた。

「この荷物、どうします?」

「また鳴るかもしんねぇな。みんなでぶっ壊しとけ」

「あいす」

 ケンタとナカジが協力して荷物をどこかへ持っていった。


 霧が発生しているということは、地下に工場があるということだ。

 そこへ持っていく気かもしれない。

 よりによって霧の発生装置にスピーカーを近づけるとは。


 リーダーは不安を払拭したいのか、なぜか俺に説明を始めた。

「そう焦んなよ、運び屋。フェイクの霧が出てる限り、誰も消えたりしねーから。フェイクのほうがバリアになってっから」

「なら安心ですね」

 素直に感心した。

 偽物の霧で覆っておけば、本物が出ても守られる。

 そして偽物の霧は、音に「反応」しない。第三セクターがどれだけ反応させようとしてもダメだった。それをバリアに転用したというわけだ。


 だが、政府もそんなことは分かっているはず。

 周波数をアレンジして、反応に成功したとすれば?

 そのテストにこの現場を使ったなら?

 なにが起こるかは、俺たちには分からない。


 男は笑い出した。

「ほらな? なんも起きねェだろ? そうなってんだから。おい、運び屋。俺らと組まねぇか? 殺されそうになったんだぞ?」

「いいですね。お手伝いしますよ」

 もちろん有料でお願いしたい。


 とはいえ、じつはまだ安心できない。

 反応は、じつは起きているかもしれないのだ。フジコがいるから、霧がこの部屋を避けているだけという可能性がある。


 ドアがドンドンと叩かれた。

「リーダー! 開けてください! 大変です!」

「なんだ! そっから言え!」

「一回開けてください! お願いします!」

「そっから言えよ! 殺すぞ!?」

 どうしてもドアを開けたくないらしい。

 せっかく報告に来てくれているのに。

 リーダーの肩書が泣くぞ。


 すると部下は反応しなくなった。

 やけに静かだ。


「おい、言えっつってんだろ! シカトか? 殺すぞ!?」

「……」

「運び屋、見てこい」

「はい」

「ドアはあんま開けんなよ」

「はい」

 俺は躊躇なく立ち上がり、ドアへ向かった。

 撃たれて痛い思いをするよりは、霧につかまって消え去ったほうがマシだ。


 ドアの向こうには青黒い霧がたちこめていた。

 人の姿はナシ。

 その代わり、地面に衣服が落ちていた。


 ヒトの姿になり損ねた霧だけが、もごもごとひしめいている。

 部屋に入りたそうだ。

 実際に入ってこないところを見ると、フジコに遠慮でもしているのかもしれない。いや、怖がっているのか。


「消えてますよ」

「は?」

「服しかありません。典型的な霧の被害ですね」

「閉めろ!」

「はい」

 もう完全に部下扱いだ。

 これが業者の立場というものか……。料金外の労働は勘弁して欲しいのだが。


 リーダーは露骨に焦りだした。

「どうなってんだよ、マジで。ここの霧は無害って話だろ……」

「誰かにそう言われたんですか?」

「あ? 未来庁に決まってんだろ。ここ自由に使っていい代わりに、アガリよこせって」

 アガリ?

 上納金を払ってたのか。

 つまり羅須汰はここでよからぬビジネスを許可されていた代わりに、未来庁に金を払っていたということだ。見返りとして、定期的に霧の材料が送られてくる。


 しかし未来庁は、もう彼らが不要になったのだろう。

 それでスピーカーを使い、一網打尽にしようと画策した。霧のテストも兼ねて。


 明智さんから通信が来た。

『ニュースがあるぞ』

「先にいいニュースからお願いします」

『残念だが、悪い方しかない。そこら一帯、武装集団に囲まれてる。霧がおさまったら蜂の巣にされるぞ』

「政府ですか?」

『いや、山崩だな』

 千里眼から分離した武闘派チームだ。

 明智さんは『以上だ。まあなんとか頑張れ』と一方的に通信を切った。


 勘弁して欲しい。

 頑張ってどうにかなるんだったら、俺はとっくにこの国の大統領になっている。そして四文字の言葉をすべて禁止するのだ。きっと世界は平和になるだろう。その変わり、人類の九割はムショにぶち込まれることになる。


 女が近づいてきた。

「お友達はなんて?」

「武装集団に囲まれてるって」

 俺が絶望的な気持ちで説明すると、彼女はしかし満面の笑みを浮かべた。

「やった。じゃあ助かるね」

「はい?」

「あたし、山崩なの。名前はみーこ。あんたのことはあたしが守ったげる。その代わり、今後も仲良くしてね?」

 マナーを守った甲斐があった。

 悪いニュースなど、最初からなかったのだ。


(続く)

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