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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
22/36

パワハラ

 ニュースでは、算法電力が霧を使った発電に成功したとの発表があった。今後は官民共同で事業を拡張してゆくらしい。

 それと同時に、人間が霧の素材にされているという情報もネットを駆け巡った。


 俺が知る限り、どちらも事実。

 ところが世間からは、前者だけが事実と受け止められ、後者はフェイクであると一蹴された。


 人は、それが利益になりそうな場合、負の側面を見ようとしない傾向がある。ソースがハッキリしない場合は特に。

 これはきっと人類の遺伝子に刻まれた傾向なんだろう。

 俺だって例外じゃない。

 楽園を追放されたときから、人類はそういう判断を繰り返してきたのだ。


 *


 後日、ふたたび未来庁から依頼が来た。

 荷物の配達。

 しかもその荷物は、すでにオフィスに届けられていた。これを指定の場所まで配達する。


 問題は、その配達先だ。

 とある霧の多発地点に、謎の集団が住みついている。そこへ依頼の荷物を運び込んで欲しいという。


 ハッキリとは明示されなかったが、今回は武装も黙認するということらしかった。

 この仕事は明らかに危ない。


「うちは興信所であって、PMCじゃありませんよね?」

 俺は思わず苦情を申し立てた。

 ところが、銃を点検する越水は、表情ひとつ変えない。

「内容と料金が釣り合っていれば、たいていの仕事は受ける」

「この手の仕事は、エキスパートの一班に任せればいいのでは?」

「だが依頼主は、お前をご指名だからな」

 フジコではなく、俺だと?

 ドライバーとしての腕を買われたか?

 いや、俺には大した運転技術もない。つまり、そこそこ運転ができて、危ない橋を渡りそうで、気兼ねなく使い捨てられるヤツが必要なのだろう。しかも、政府が取引しても不思議ではない大企業の職員。


 *


 スタンガンではなく拳銃が貸与された。

 装填されているのはゴム弾。

 硬質なゴムを火薬で射出する。

 至近距離で命中させれば、人を殺傷することもできる。別に安全ではない。もちろん違法だ。


 俺は外に出ると、ブルゾンのジッパーをあげた。

 息が白い。

 もう完全に冬だ。


 フローターのスイッチを入れ、少し機体を温める。

「その、謎の集団って誰なの?」

「さあな」

 フジコは高そうなもこもこのコートを着ている。きっと給料の大半をつぎ込んで買ったのだろう。ボスがしていたようなデカいサングラスまでしている。


 それにしても、フジコは指名されていないのだから、留守番させてもいいと思うのだが。

 まあ霧避けにはなるか。

 不死身だから盾にもできる。


 荷物はトランクに放り込んである。

 両手で抱えられる程度のサイズだが、だいぶ重かった。中身は金庫だろうか? いや、とぼけずに推察すれば、きっと爆弾だろう。

 だが「謎の集団」を爆破したいのなら、ヘリで上から落とせば済む話だ。

 どうせ誰にもバレない。

 なぜ俺たちに配達させるのだろうか?


 *


 フローターを走らせると、即座に体温を奪われた。

 とはいえ、ここは東京だ。体内から直接生命を吸い取られるほどではない。極寒の地に比べれば、寒いとかなんとか言っていられるだけマシだ。もっと北へ行けば、問答無用で大気にエネルギーを奪われる。


「寒いんだけど!」

「残ってりゃよかっただろ」

 俺はいいが、後部座席からは苦情が来た。

 痩せているから、寒さもひとしおだろう。


 通行人の姿はほとんどない。

 寒いし、勤務時間中だから歩いていないだけかもしれないが……。だが、事実として、人口は激減していた。

 数字の上では、まずは人口が半減しただけだった。

 だが、もし村に一人しかいない医者が消えたら? あるいは他のエッセンシャル・ワーカーが消えたら? 故障した機械を直す人間がいなくなってしまったら?

 そのコミュニティは総崩れになる。


 都市部はまだ生活が成立しているが、その他の地域は悲惨なものだった。医者が足りない、エンジニアが足りない、運転手が足りない……。

 ただでさえ高齢化しているこの国で、ますます老人たちが駆り出されることとなった。

 まあ、それで生き甲斐を感じている人間も、中にはいるんだと思うが……。


 いや、俺は高齢化を嘆いていないで、子供を作るべきなんだろう。

 だが、そのためには相手が必要だ。

 資金もいる。

 このムチャな仕事を繰り返し、死なずに生き延びて、年収をブチあげて、しかも子供を産んでくれそうな女性を探さねばならない。

 難事業だ。

 準備が整うころには、人類は絶滅しているだろう。


 *


 澁谷についた。

 かつてここは「若者の街」的な雰囲気だったが、いまや見るからにゴーストタウンと化していた。

 シャッター街が並び、どこもスプレーで落書きされている。描きすぎて、描くスペースがなくなり、絵の上から絵が描かれ、なにがなんだか分からなくなっている。

 消す人間がいないとこうなるのだ。

 地面まで絵だらけだ。


 しかも偽物の霧が発生し、うっすらと街全体を包み込んでいる。

 視界が通らないほどではない。

 ただの偽装だろうか。


 路地に入ろうとすると、男たちに止められた。

「おい止まれ! ここから先は『羅須汰ラスタ』のテリトリーだ。分かって近づいてきたんだろうな?」

 スカーフで口元を隠した連中だ。アサルトライフルを手にしている。

 とても日本とは思えないが、警察にはこれを取り締まるほどの余裕もなかった。


「運び屋です。お届け物がありまして」

 もちろん怖かったが、いちおう理由があって来たので、話は通じるかもしれないという希望があった。

 そうじゃなかったら近寄りたくもない。


 男が舌打ちした。

「どっからだ?」

「未来庁です」

「トランクあけろ」

「どうぞ」

 すると男はトランクを覗き込み、すぐにバンとフタをした。

 もう少し優しく閉じて欲しいものだな。

「通れ。リーダーは奥にいる」


 話は通っているということか……。

 となると、中身は爆弾ではないのかもしれない。

 いや、どっちにしろ危険なブツだ。俺は中身を知らないほうがいい。


 それにしても煙たい街だ。

 薄青い霧のせいで、昼だというのに夜みたいになっている。いたるところに照明が設置されているが、霧にぼやけているせいで、なんだか眠たくなってくる。


「ヤバそうな場所ね……」

「早く帰りたいよ」

 俺はフローターをゆっくりと進めた。

 ただでさえ視界が悪いのに、ゴミだか荷物だかのせいで道が狭くなっており、とても危険だった。

 道端に人が転がっていることもある。生きているのやら、死んでいるのやら。


 「本部」の場所は矢印で示されていた。

 ちゃんと発光する看板が設置されていたから、迷うことはなかった。


 奥まった場所で、また男たちに止められた。

「運び屋か? リーダーがお待ちだ」

「え、奥まで?」

 そこはナイトクラブのような建物だった。

 フローターを入れることはできない。


 すると男は眉をひそめた。

「あ? 運べって言ってんだろが? 言われた通りにしろや」

「はい」

 こいつ、マジで言ってんのか?

 とんでもなくクソ重いんだぞ?

 腰やったら労災おりるかな。


 *


「はい、がんば、がんば」

 フジコは楽しそうに隣で応援を始めた。

 俺がガニ股で荷物を抱えているというのに。


 だが幸い、リーダーは入ってすぐの場所にいた。

 豪勢なシャンデリアの下、ヒョウ柄のソファを置き、隣に女を侍らせてボトルから酒を飲んでいた。数分でいいから場所を代わって欲しい。俺からのお願いです。


「おせェぞ運び屋ァ!」

 いきなり怒鳴られてしまった。

 白いスーツを着て、金髪をオールバックにした若者だ。いや若くないかもしれない。二十代から三十代といったところか。

 眉が細い。


「すいません。荷物、ここ置いときますね」

「隣の女はなんだ?」

「同僚です」

「オメーは黙ってろ」

「……」

 そういえば古人も、沈黙は金と言っていたな。とりあえず黙っておくか。金メダルがもらえるかもしれない。


 フジコは得意顔で前へ出た。

「なに? 私にご用なの?」

 頼むから調子に乗らないでくれよ。

 本人は蜂の巣にされても平気かもしれないが、俺は違うのだ。


「こっち来いよ。飲もうぜ?」

「いいお酒でもあるの?」

「あるよ? なんでも言えよ。好きなの飲ましてやっから」

 ならばまずは煮え湯を飲むがいい。

 いますぐにな。


「お前、いい女だな。名前は?」

「ステファニーよ」

 は?


 いや、いい。

 考えるな。

 長くなりそうなら、フジコだけ置いて帰りたい。


 男もあんぐりと口を開けていた。

「ステファニー? マジか?」

「いいじゃない。それで? なにがしたいの?」

 フジコが歩を進めると、隣にいた女たちが空気を読んでスペースをあけた。

 ずいぶん薄着だ。輝くような肌を惜しげもなくさらしている。スタイルもいい。

 いったい前世でどんな功徳を積んだら、こんな生活ができるんだ?


 すると男は、女たちに言った。

「おい、お前らはあいつの相手でもしとけ」

「えーっ」

 俺の相手をしろと言われて、露骨に不満そうな顔をあげた。

 だが男は笑顔のままこう続けた。

「あ? 一回言ったらその通りにしとけ。殺すぞ」

「……」


 パワハラなのでは?

 しかもセクハラなのでは?

 法も秩序もないとはまさにこのことだな。


(続く)

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