パワハラ
ニュースでは、算法電力が霧を使った発電に成功したとの発表があった。今後は官民共同で事業を拡張してゆくらしい。
それと同時に、人間が霧の素材にされているという情報もネットを駆け巡った。
俺が知る限り、どちらも事実。
ところが世間からは、前者だけが事実と受け止められ、後者はフェイクであると一蹴された。
人は、それが利益になりそうな場合、負の側面を見ようとしない傾向がある。ソースがハッキリしない場合は特に。
これはきっと人類の遺伝子に刻まれた傾向なんだろう。
俺だって例外じゃない。
楽園を追放されたときから、人類はそういう判断を繰り返してきたのだ。
*
後日、ふたたび未来庁から依頼が来た。
荷物の配達。
しかもその荷物は、すでにオフィスに届けられていた。これを指定の場所まで配達する。
問題は、その配達先だ。
とある霧の多発地点に、謎の集団が住みついている。そこへ依頼の荷物を運び込んで欲しいという。
ハッキリとは明示されなかったが、今回は武装も黙認するということらしかった。
この仕事は明らかに危ない。
「うちは興信所であって、PMCじゃありませんよね?」
俺は思わず苦情を申し立てた。
ところが、銃を点検する越水は、表情ひとつ変えない。
「内容と料金が釣り合っていれば、たいていの仕事は受ける」
「この手の仕事は、エキスパートの一班に任せればいいのでは?」
「だが依頼主は、お前をご指名だからな」
フジコではなく、俺だと?
ドライバーとしての腕を買われたか?
いや、俺には大した運転技術もない。つまり、そこそこ運転ができて、危ない橋を渡りそうで、気兼ねなく使い捨てられるヤツが必要なのだろう。しかも、政府が取引しても不思議ではない大企業の職員。
*
スタンガンではなく拳銃が貸与された。
装填されているのはゴム弾。
硬質なゴムを火薬で射出する。
至近距離で命中させれば、人を殺傷することもできる。別に安全ではない。もちろん違法だ。
俺は外に出ると、ブルゾンのジッパーをあげた。
息が白い。
もう完全に冬だ。
フローターのスイッチを入れ、少し機体を温める。
「その、謎の集団って誰なの?」
「さあな」
フジコは高そうなもこもこのコートを着ている。きっと給料の大半をつぎ込んで買ったのだろう。ボスがしていたようなデカいサングラスまでしている。
それにしても、フジコは指名されていないのだから、留守番させてもいいと思うのだが。
まあ霧避けにはなるか。
不死身だから盾にもできる。
荷物はトランクに放り込んである。
両手で抱えられる程度のサイズだが、だいぶ重かった。中身は金庫だろうか? いや、とぼけずに推察すれば、きっと爆弾だろう。
だが「謎の集団」を爆破したいのなら、ヘリで上から落とせば済む話だ。
どうせ誰にもバレない。
なぜ俺たちに配達させるのだろうか?
*
フローターを走らせると、即座に体温を奪われた。
とはいえ、ここは東京だ。体内から直接生命を吸い取られるほどではない。極寒の地に比べれば、寒いとかなんとか言っていられるだけマシだ。もっと北へ行けば、問答無用で大気にエネルギーを奪われる。
「寒いんだけど!」
「残ってりゃよかっただろ」
俺はいいが、後部座席からは苦情が来た。
痩せているから、寒さもひとしおだろう。
通行人の姿はほとんどない。
寒いし、勤務時間中だから歩いていないだけかもしれないが……。だが、事実として、人口は激減していた。
数字の上では、まずは人口が半減しただけだった。
だが、もし村に一人しかいない医者が消えたら? あるいは他のエッセンシャル・ワーカーが消えたら? 故障した機械を直す人間がいなくなってしまったら?
そのコミュニティは総崩れになる。
都市部はまだ生活が成立しているが、その他の地域は悲惨なものだった。医者が足りない、エンジニアが足りない、運転手が足りない……。
ただでさえ高齢化しているこの国で、ますます老人たちが駆り出されることとなった。
まあ、それで生き甲斐を感じている人間も、中にはいるんだと思うが……。
いや、俺は高齢化を嘆いていないで、子供を作るべきなんだろう。
だが、そのためには相手が必要だ。
資金もいる。
このムチャな仕事を繰り返し、死なずに生き延びて、年収をブチあげて、しかも子供を産んでくれそうな女性を探さねばならない。
難事業だ。
準備が整うころには、人類は絶滅しているだろう。
*
澁谷についた。
かつてここは「若者の街」的な雰囲気だったが、いまや見るからにゴーストタウンと化していた。
シャッター街が並び、どこもスプレーで落書きされている。描きすぎて、描くスペースがなくなり、絵の上から絵が描かれ、なにがなんだか分からなくなっている。
消す人間がいないとこうなるのだ。
地面まで絵だらけだ。
しかも偽物の霧が発生し、うっすらと街全体を包み込んでいる。
視界が通らないほどではない。
ただの偽装だろうか。
路地に入ろうとすると、男たちに止められた。
「おい止まれ! ここから先は『羅須汰』のテリトリーだ。分かって近づいてきたんだろうな?」
スカーフで口元を隠した連中だ。アサルトライフルを手にしている。
とても日本とは思えないが、警察にはこれを取り締まるほどの余裕もなかった。
「運び屋です。お届け物がありまして」
もちろん怖かったが、いちおう理由があって来たので、話は通じるかもしれないという希望があった。
そうじゃなかったら近寄りたくもない。
男が舌打ちした。
「どっからだ?」
「未来庁です」
「トランクあけろ」
「どうぞ」
すると男はトランクを覗き込み、すぐにバンとフタをした。
もう少し優しく閉じて欲しいものだな。
「通れ。リーダーは奥にいる」
話は通っているということか……。
となると、中身は爆弾ではないのかもしれない。
いや、どっちにしろ危険なブツだ。俺は中身を知らないほうがいい。
それにしても煙たい街だ。
薄青い霧のせいで、昼だというのに夜みたいになっている。いたるところに照明が設置されているが、霧にぼやけているせいで、なんだか眠たくなってくる。
「ヤバそうな場所ね……」
「早く帰りたいよ」
俺はフローターをゆっくりと進めた。
ただでさえ視界が悪いのに、ゴミだか荷物だかのせいで道が狭くなっており、とても危険だった。
道端に人が転がっていることもある。生きているのやら、死んでいるのやら。
「本部」の場所は矢印で示されていた。
ちゃんと発光する看板が設置されていたから、迷うことはなかった。
奥まった場所で、また男たちに止められた。
「運び屋か? リーダーがお待ちだ」
「え、奥まで?」
そこはナイトクラブのような建物だった。
フローターを入れることはできない。
すると男は眉をひそめた。
「あ? 運べって言ってんだろが? 言われた通りにしろや」
「はい」
こいつ、マジで言ってんのか?
とんでもなくクソ重いんだぞ?
腰やったら労災おりるかな。
*
「はい、がんば、がんば」
フジコは楽しそうに隣で応援を始めた。
俺がガニ股で荷物を抱えているというのに。
だが幸い、リーダーは入ってすぐの場所にいた。
豪勢なシャンデリアの下、ヒョウ柄のソファを置き、隣に女を侍らせてボトルから酒を飲んでいた。数分でいいから場所を代わって欲しい。俺からのお願いです。
「おせェぞ運び屋ァ!」
いきなり怒鳴られてしまった。
白いスーツを着て、金髪をオールバックにした若者だ。いや若くないかもしれない。二十代から三十代といったところか。
眉が細い。
「すいません。荷物、ここ置いときますね」
「隣の女はなんだ?」
「同僚です」
「オメーは黙ってろ」
「……」
そういえば古人も、沈黙は金と言っていたな。とりあえず黙っておくか。金メダルがもらえるかもしれない。
フジコは得意顔で前へ出た。
「なに? 私にご用なの?」
頼むから調子に乗らないでくれよ。
本人は蜂の巣にされても平気かもしれないが、俺は違うのだ。
「こっち来いよ。飲もうぜ?」
「いいお酒でもあるの?」
「あるよ? なんでも言えよ。好きなの飲ましてやっから」
ならばまずは煮え湯を飲むがいい。
いますぐにな。
「お前、いい女だな。名前は?」
「ステファニーよ」
は?
いや、いい。
考えるな。
長くなりそうなら、フジコだけ置いて帰りたい。
男もあんぐりと口を開けていた。
「ステファニー? マジか?」
「いいじゃない。それで? なにがしたいの?」
フジコが歩を進めると、隣にいた女たちが空気を読んでスペースをあけた。
ずいぶん薄着だ。輝くような肌を惜しげもなくさらしている。スタイルもいい。
いったい前世でどんな功徳を積んだら、こんな生活ができるんだ?
すると男は、女たちに言った。
「おい、お前らはあいつの相手でもしとけ」
「えーっ」
俺の相手をしろと言われて、露骨に不満そうな顔をあげた。
だが男は笑顔のままこう続けた。
「あ? 一回言ったらその通りにしとけ。殺すぞ」
「……」
パワハラなのでは?
しかもセクハラなのでは?
法も秩序もないとはまさにこのことだな。
(続く)




