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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
20/36

私の正体

 病院を出ると、隣の発電所がブンブン音を立てているのが聞こえた。

 人の命を燃やしたエネルギーだ。

 きっと発電は絶好調なんだろう。


 フローター後部のトランクに紙袋を放り込み、俺は運転席にまたがった。

 どこかで監視していたのか、タイミングよく通信が来た。

『荷物を回収できたようですね。次のポイントを指定しますので、そちらまで配達をお願いします』

「了解」

 画面を見ながら、俺は思った。

 罠かもしれない、と。

 地図で見る限り、そこは整地されている。誰かの所有地なのだろう。だが、いったいなんの施設なのかまったく記載がなかった。道も途中で切れている。

 俺の経験によれば、後ろめたい連中がゴミ捨てに使うような場所だ。


 フローターを発進させると、フジコが溜め息をついた。

「悲鳴が聞こえる……」

「誰の?」

「いろんな人の……」

 俺にはなにも聞こえない。


 まだ日は高い。

 どこかでメシでも食いたいところだ。


「フジコ、なんか食いたいものあるか?」

「うどん」

「分かった」

 俺もうどんが食いたい。

 できれば駅で売られていた醤油のキツいのが食いたい。

 あの手のうどんは、むしょうにうまい。腹が減ってふらっと入るからだろうか。


 世界がこんなことになってから、いろんな店がなくなってしまった。

 みんな無気力になった。

 頑張っても報われない。

 ともに立て直す仲間もいない。

 生活は苦しい。

 税金は増える。


 いや、せめて選挙くらい行けとは思うが。みんなもう疲れ果てて、自分の頭でモノを考えることを放棄していた。

 受動だ。

 大きな流れに乗っていれば、最小のエネルギーで移動することができる。たとえ行く先が地獄だとしても。


 景色が流れては消える。

 冬だ。

 葉を散らした木々が、墓標のように大地に突き刺さっている。


 *


 うどんを食ってから現地へ向かった。


 山を切り開いてつくられた一帯だった。

 いちおうフェンスはあり、ゲートもあったが、バーがへし折られたまま放置されていた。警備員もいなかったので、俺は遠慮なくフローターを進めた。


『そこは地輪リサーチパークの敷地だな。霧の多発地点でもある。気をつけろなんて言っても、どうしようもねぇと思うが、まあ、うまくやってくれ』

「ありがとう」

 明智さんが情報を飛ばしてくれた。


 予想通り、粗大ゴミが転がっていた。家電だけならまだしも、事故車か盗難車と思われるもの、あるいは建材と思われるワイヤーや鉄骨なども無造作に置かれていた。

 資材置き場なんてものじゃない。

 ゴミ捨て場だ

 あとでまとめて埋め立てる気だろう。


 指定されたポイントは、敷地内ではあったが、ほぼ雑木林であった。

 いや、それだけじゃない、向こう側が断崖絶壁になっていた。下は森になっているから、フローターで飛び降りることはできない。もし飛び込めばプロペラが枝を巻き込んで墜落する。


 俺たちは連絡を待つため、フローターを降りた。

 フジコは肩をすくめている。

「誰もいないんですけど?」

「たぶん罠だろ」

 だが、なにを仕掛けてくるかは読めなかった。

 ただ殺すつもりなら、とっくに遠距離から狙撃しているはず。彼らにそれが可能なことは、すでに見た。


 彼女は溜め息をついた。

「頼むから死なないでよ? 私、フローター運転できないんだから」

「努力するよ」

 運がよければ生きて帰れるだろう。


 遠くではカラスが鳴いている。

 アレのエサにはなりたくない。


 フジコが苦い笑みで溜め息をついた。

「霧が出るわ……」


 ブーッと空が鳴った。

 だいたい十秒ほど。ただ突っ立ってじっと聞いていると、もっと長く感じる。


 フローターで逃げることはできない。

 霧の発生源は道路側。退路を断たれた格好だ。かといって逆側は先は崖。ずいぶん追い込まれたものだ。


『霧が出たぞ! 逃げろ!』

 越水から通信が来た。

 逃げられるならそうしているところだが……。

 俺は「了解」とだけ返し、通信を終えた。


「どうだ? また前みたいに追い返せそうか?」

「いちおうやってみるけど……。ダメでも恨まないでね?」

「気楽に行こうぜ」

 フジコにムリなら、俺でもムリだ。

 消えるのは怖いが……。

 痛みはないはずだ。たぶん。


 フジコは俺の前に立った。

 女性としては背が高い方だが、男の俺と比べるとそんなでもない。

 自分より小柄な人間を盾にするのは、なんとも情けない気持ちだが。


 さえぎるものがないから、霧は好き放題に膨れていった。

 いったいどこのどいつがこれを発生させているのやら。

 まさか日本政府が犯人ってことはないと信じたいが……。実際、違うんだろう。もしそうなら、とっくにアメリカが怒鳴り込んでいる。金をかけて「オーシャン」なんてやってない。


 フジコはこちらへ振り向き、満面の笑みを見せた。

 急に、だ。


 俺は思わず固まった。

 危機が、すぐそこまで迫っている。

 なのに、なぜ笑っている?

 霧は彼女の背後で勢いを増している。


 フジコは屈託のない笑顔のまま、こう告げた。

「私の正体、知りたい?」

「えっ?」

「いままで黙っててごめん。でもさ、私も半信半疑だったから」

「待てよ。なに言ってんだ……」

「私は――」


 *


 さすがに死ぬかと思った。

 というか、パニックになりかけた。いや、なったのか。なるべく平静を保とうと心掛けてはいるが、完璧ではない。


 霧はフジコに押され、みるみる縮小していった。

 前回と同じだ。

 しかも見る限り、どうやら霧には「意思」のようなものが感じられた。もっと言えば「恐怖」だ。霧はフジコに怯えていた。


 かくして霧は消滅した。

 最初から何事もなかったかのように。

 驚いて飛び立った鳥たちも、羽を休めるために戻ってきた。


「すごいなフジコは」

「まだ仲間だと思ってくれる?」

「当然だろ」

 俺は深く考えることなく、そう返事した。


 フジコは普通じゃない。

 そんなことは以前から分かっていた。

 だが、本当に?


 ちょっとイカレてはいるが……いやだいぶイカレてはいるが、不死身であること以外、なにもかもが俺たち人間と同じだった。いや、フジコが人間じゃないと言っているわけじゃないが……。

 分からない。

 頭が混乱する。


 いや、真に受ける必要はない。

 フジコも混乱していたのだろう。

 自分が普通じゃないから、納得できる理由を考えたのだ。いわゆる認知的整合だ。原因があるから、結果がある。それを分かりやすくストーリーに仕立てたのだ。そうに違いない。


 フジコはさめた目になった。もとの顔がマネキンみたいだから、本当につめたい表情に見える。

「さっきの話、誰かに言う?」

「いや、言わない。いや、言うかもしれない。だが誤解しないでくれ。言うとしても、互いのためになると判断した場合だけだ。そうでなければ言わない」

「べつにいいよ。私もほかの人に言うかもしれないし」

「言わないほうがいい。余計なトラブルを招く」

 ヘタをすると、フジコのクローンが大量につくられることになる。

 いや、とっくにその可能性はあるのだが。

 すでに遺伝子情報は出回っているわけだし。


 ともあれ、助かった。

 依頼人から連絡がないので、俺は指定されたポイントに紙袋を置き、撤収することにした。


 *


 その後のことはよくおぼえていない。

 報告書はあとでいいと言われたので、俺はすぐに帰宅した。


 自室でぼうっと天井を眺めていると、明智さんから通信が来た。

『よく生きてたな』

「フジコのおかげですよ。現地の会話、聞いてました?」

『いや』

 どうだろうな。

 聞いてたのに、とぼけているだけかもしれない。

 この人は、そういうことをする。

 だいたい、用もないのに連絡してくるわけがない。


 彼はこう続けた。

『だが、聞かなくても分かることはある。優秀なヤツが調査してレポートをあげてくれるからな』

「アメリカですか?」

『お前も分かってきたな。連中、独自の方法でフジコの遺伝子を入手して、もう解析を終えたようだ。烏丸チームがそれをやるより早く、正確にな』

「俺の努力はなんだったんですか……」

 フジコの唾液を手に入れようと必死だったのに。

 結局、失敗に終わったが。


 明智さんは笑った。

『その程度でヘコむな。アメリカなんてもっと可哀相だぞ。せっかく調査した結果が、もう外部に漏れてるんだからな。いま俺の手元にもデータがある』

「どうやって?」

『解析した本人が、自発的に拡散したんだ。そいついわく、全人類が共有すべき情報なんだとよ。天才ってのは、なに考えてんのか分かんねーよな。ともかく出回ってる。烏丸チームの情報とも整合したから、おそらく本物だ』

「で? なにか分かったんですか?」

 俺の問いに、明智さんはしばらく沈黙した。


「え、どうしました? もしもし?」

『俺は生物学の専門家じゃないからな。軽率な発言は控えよう。いや、そもそもなんの専門家でもねぇんだが……』

「もったいぶらないでくださいよ」

『俺はいい。だが、烏丸麗がお前のマンションに向かってる。説明はそいつから聞いてくれ』

「はい?」

 来るのか?

 このなにもない家に?


『インターフォンが鳴ったら入れてやってくれ』

「りょ、了解……」

 少しは片づけて、茶の準備でもするべきか。

 俺の家に女性が来るなんて、まずありえない話だからな。


 きっと裕福な家のお嬢さまだろうから、この狭苦しい家を見たら仰天することだろう。

 クソデカい家に住んでる人間にとって、俺たちのリビングは、玄関程度のものらしい。だからせっかく家へあげても、向こうは「ずっと玄関でお話ししてる」と思うのだとか。

 まだなにも言われていないのに、想像しただけでイライラしてきた。

 まあいい。

 茶を探さないと。

 確かどこかにしまってあったと思うが……。


(続く)

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