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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
2/36

リピーター

 青い。

 とにかく青い。

 人生におけるブルースクリーンなのか?


 ごにょごにょという騒音がする。

 いやガヤガヤか?


 俺はもう方向も分からなくなったので、走るのをやめた。

 呼吸はできるが、溺れている気がする。

 かなり息苦しい。


 浮遊感があった。

 まさか、体が消えている?

 いや、青しか見えないが、手足はついている。たぶん。自分で自分の体に触れることはできる。というと、単に浮遊感があるだけか? まさか、本当に浮いてるってことはないと思うが……。

 酸欠で頭がおかしくなっているのだろう。


「フジコ! 聞こえるか!?」

 本名は知らない。

 俺は勝手にフジコと呼んでいる。


 ともあれ、返事がないところを見ると、気絶しているのかもしれない。

 ここは空気を読んで、俺も一緒に気絶したほうがいいだろうか?

 どうせ死ぬなら、苦しんで死ぬのはゴメンだ。


 あっけない人生だった。

 とくにヤりたいこともなかったとはいえ、荷物の回収の途中で霧の飲まれて死ぬとはな……。今日は牛丼食って帰るはずだったのに。


 だが、待っていてもなにも起こらなかった。

 ずっとガヤガヤ騒音がしているだけ。

 息も苦しいが、死ぬほどではない。

 いちおう足は地面についているようなので、俺は駐車場とおぼしき方向を目指し、慎重に歩き始めた。


 寝苦しい夜に見る悪夢みたいだ。

 頑張って前へ進んでいるはずなのに、進んでいる実感がない。

 なにも見えない。

 ガヤガヤとうるさい。

 まるで誰かがずっとお喋りしているみたいに。


 *


 気がつくと、俺は棒立ちになっていた。


 街は清冽な秋の空気に満ちており、斜めになった太陽の光にただ照らされている。

 霧はすでにない。

 遠くでイヌが鳴いたのが聞こえた。


 二つの死体は転がったまま。

 フジコも中腰で固まっている。


 時刻は……午後三時。

 四時間も経過していたとは。

 通信機を見ると、事務所から何度も電話がかかっていた。これは怒られるかもしれない。いや、俺はなにも悪くないのだが。


 俺はフジコを放置し、事務所へ連絡を入れた。

『ああ、心配しました。無事でしたか?』

「連絡できなくてごめん。えーと、どこから話せばいいか……」

『大丈夫です! いちど、事務所まで戻ってきてください! ボスからお話があります』

「了解」

 怒ってはいないようだな。

 むしろ心配されてしまった。

 だが、戻って来いとは? どうやら顛末を把握しているかのような口ぶりだったな。それとも、もう俺が荷物を届け終わったとでも思ったか?


 フジコはすでに中腰ではなくなっていたが、なんとも言えない表情で溜め息をついていた。

「無事か?」

「ええ、まあ……」

 目が泳ぎまくっている。

 なにかあったのだろうか?


「とにかく、死ななくてラッキーだった。事務所に戻ろうぜ」

 そしてネットで「霧の中に入ったことないザコおりゅ?w」とマウントしなければ。

 なかなかの体験だった。

 もっとも、俺が「青色スモッグ」だと思い込んでるだけで、じつは「青いだけのなにかの粉塵」だった可能性もあるが。


 いや、正確には初めての体験じゃない。

 俺たち人類は、おそらく例外なく、誰もが一度は霧に飲み込まれたことがある。

 ただ、あのとき俺は自宅で寝ていた。平日の昼間ではあったが、前日の仕事が徹夜だったこともあり、遠慮なく夢の中にいたのだ。しかも特にイヤな夢も見ず、快眠だった。

 起きてニュースを見て首をひねったくらいだ。救急車のサイレンが鳴り響いていた。人が消えた。服だけが残された。そんな信じがたいニュースを、まともなメディアまでもが堂々と流していた。


 俺がフローターにまたがると、フジコも浮かない顔で着席した。

 珍しくウザい絡みをして来なかった。


 *


「戻りましたぁ」

「お帰りなさいっ!」

 向井さんが駆けよってきた。

 本当に心配してくれていたらしく「大丈夫でした?」などと聞いてくる。いい子だ。


 だが、いまはその優しさに癒されている場合ではないらしかった。

 客が来ている。

 初めて見る顔が二名と、同業者が二名。


 ボスが告げた。

「こちら、今回の依頼主の算法技研さんだ」

 サラリーマンらしき男たちが頭をさげたので、俺もぺこりとお辞儀した。

 愛想はよくなさそうだ。

 俺が荷物の回収に失敗したから、激怒しているのかもしれない。だが相手は銃を持っていた。生きて帰るほうが重要だ。どんな荷物より、俺の命のほうが重い。生きるために働いてるのに、荷物のために死ぬなんてバカみたいだろう。


 するとボスが続きを言う前に、同業者の若者が肩をすくめた。

「僕だったら失敗しませんけどね」

「やめろ、各務かがみ

 上司らしき男がたしなめた。

 こいつらの顔は知っている。現場でも何度か顔を合わせた。

 同業者、というだけではない。かなりデカい事務所の所属だ。こっちが小さい事務所だと思って、基本的にナメた態度をとってくる。


 ボスも苦い笑みだ。

「顔くらいは見たことがあるだろう? ポラリス興信所のお二人だ」

「ええ」

 俺は頭をさげたが、そいつらはさげなかった。

 人としてどうかしている。


 促されたので、俺とフジコも椅子に腰をおろした。


「では内藤、状況を報告してくれ」

「現地に部外者が一人いて、待ち合わせの二人はすでに射殺されてました。で、犯人はバッグをもって逃走。いきなり爆発して、一面霧まみれです」

 すると算法技研の社員がうなずいた。

「青色スモッグの発生はこちらでも観測しました。所轄の役所へも報告済みです」

 手際のいいことで。

 つまりこいつらは、ずっと青色スモッグを観測していて、俺たちが仕事をミスったことを察知したというわけだ。

 霧が発生すると分かっていたようだ。

 あれは偶然なんかじゃない。


「荷物の中身はなんだったんです?」

「知らなくていい」

 俺の問いに答えたのはボスだった。

 算法技研の二人は目をそらしている。


 まあ、運び屋というのはそういうものだ。

 運べと言われれば、ピザだろうが、クスリだろうが、死体だろうが運ぶ。中身は気にしない。普通なら、依頼主が誰であるかも伏せられたままだ。こうして顔を出す依頼主は珍しい。

 きっとこの話には続きがある。


 ボスはかすかに溜め息をつき、こう続けた。

「ところで二人とも、体調は大丈夫か? なにか異常は?」

「いえ、特に」

 俺は大丈夫だ。俺は。

 だがフジコは「私も特に」などと言っているが、あきらかにおかしい。

 算法技研の二人も怪しそうに見ている。


 俺はやむをえず助け船を出した。

「大丈夫ですよ。俺たち、普段からこんな感じですから。え、なんです? まさか毒ガスだったんですか? それとも菌とか? ウイルス?」

 いや、もしそうなら直接会おうとはしないだろう。

 だから、きっと別のなにかだ。


 ボスは名刺を出してきた。

「もし体に違和感があったら、ここで見てもらってくれ。算法技研さんが特別に手配してくれた。ご厚意により、無料で診断してくれるそうだ」

「ありがとうございます」

 俺は頭をさげた。

 だが、善意ではないだろう。

 外部に持ち出されたくないなにかを、自分たちの組織で調べようという魂胆だ。


 どう考えても、あのバッグの中身は青色スモッグだったということだ。

 そしてこいつらはそれを知っていた。

 なんなら作ったのもこいつらなんだろう。


 だが、完成品ではない気がする。

 なぜなら俺たちが消え去っていないからだ。

 ヒトも現れなかった。


 誰かが言葉を発する前に、俺はこう切り出した。

「けど、爆発するならするって前もって言っておいて欲しかったなぁ。いきなりだったから、びっくりしちゃいましたよ。なんならここにいない可能性もあったわけで……」

 算法技研の二人は石みたいに固まっている。

 その代わり反論して来たのは、同業者の若い男。

「それ、犯人を逃がした人間の言うセリフじゃないですよね?」

「現場にいなかった人間が、分かったようなことを言いますね。あんただったら逃がさなかったと?」

 なぜ逃げたことを知っているのかは不明だが。


 すると上司が「各務!」とたしなめた。

 上司のほうは少々まともなようだ。


 算法技研の職員が渋々といった様子でこう応じた。

「いえ、爆発はこちらも想定外です。ただ、盗難防止機能がついていまして、解除せずにキーから離れた場合、フェールセーフが働くようになっていて……」

 どこがセーフなんだよ。

 少なくとも犯人は死んだ。遠かったが、体が真っ二つになったのが見えた。かなり威力の高い爆発だ。

「つまりキーと一緒に運ぶ必要があったと?」

「現地で説明を受けたはずでは?」

「受ける前に死んでたんですよ」

 人の話を聞いてないのか、こいつは。

 かなり動揺しているようだな。


 ボスは遠慮がちに咳払いした。

「あー、それで、だ。算法技研さんから、もういちど配達の依頼をいただいた。今回はポラリス興信所さんと協力して業務を遂行してもらいたい」

 すると例の各務がまた口を開いた。

「うちだけでやったほうが間違いないと思うんですが」

「各務!」

 そうだぞ、各務。

 お前は上司が許可するまで口を開かないほうがいい。


 バカ正直に受け取ったのは算法技研だ。

「いえ、先ほども説明した通り、実績ある芝さんをメインにお願いしたいので」

 芝というのはボスの名前だ。

 社名は「芝商店」。

 知らない人がみたら、なんの会社か分からないだろう。


 しかし実績ってなんだ?

 依頼主が死んでから現場に到着し、そのまま犯人の背を見送った俺たちに実績?

 シャクな話だが、各務の言う通り、ポラリス一社に任せたほうが成功率は高い。少なくとも、逃げる犯人の背中にぶち込むだけの給料はもらっている。

 なのに、うちがメインとは。

 まさかとは思うが、俺たちをモルモット代わりにするつもりじゃないだろうな?


 俺の予想を裏付ける、不可解な点もある。

 あの現場は、霧の多発地点だった。

 あえてそんな場所で待ち合わせた理由は?

 もっと安全な場所で待ち合わせてもよかったのでは?

 いや、違う。

 きっとあそこに霧は発生しないのだ。少なくとも自然には。では、過去に発生した霧は? 推測だが、それはあいつらが持ち込んだ荷物のせいだろう。きっと荷物が爆発したのは、今回が初めてではない。


「ところで、犯人の目星は?」

 俺の問いに、算法技研の面々は目を反らし、ボスは肩をすくめてしまった。

 目星はついているが、言いたくない、といったところか。


 きっと次も襲われるんだろう。

 安い給料のために死ぬのはゴメンだ。

 もし受けるなら、ちょっとばかり「危険手当て」が欲しいところだな。

 命は安売りすべきじゃない。


(続く)

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