クソ配信
それからの数日は……まあ、俺の懸念していたような事件は起きなかった。
フジコも普通に出社している。
いや「普通に」というのはウソだが、まあまあ普通だ。
明智さんの仕掛けた策は、ちょっとどうかと思うが、成功した。
フジコを動画配信者としてデビューさせたのだ。
もう存在がバレている以上、隠しきれない。なら全員に監視してもらおうというわけだ。
これで各組織は容易に手を出せなくなった。
まあそれはいいとして、フジコの配信動画は、クソそのものだった。向井さんの自宅でメントスコーラをやり、線香花火をやり、よく分からないまま魚を捌いて台無しにし、配信禁止のゲームの配信をし……。バッド評価がつき、コメント欄は荒れ放題だった。
おそらく許可を得ていないであろう向井さんが、画面の端に映り込んでいることもあった。室内に下着が干されていようがおかまいなしだ。
炎上目当てなのか?
モラルというものが微塵も感じられない。
俺が職場で動画を観ていると、後ろからフジコが近づいてきた。
「あら、こんなところにも私のファンがいるみたいね」
「どんなメンタルしてんだ? 完全に炎上してるぞ?」
だがフジコはケラケラ笑っていた。
「嫉妬が心地いいわね。私、そのうちあなたの手の届かない女になるから。そのときになったら、完全に『他人』よ? サインが欲しいならいまのうちにね」
「ああ、今度色紙を用意しておくよ」
心配して損した。
可哀相なのは向井さんだ。
こんな頭のおかしいヤツをタダで住ませてやったせいで、余計な被害をこうむることになってしまった。
恩を仇で返すとは、まさにこのこと。
「ちゃんと向井さんに謝っとけよ」
「大丈夫よ。毎日土下座してるから」
「大丈夫じゃないんだよ、それは……」
メンタル壊れすぎだろ。
テレビの取材も何度かあった。
なのだが、なにを聞かれてもフジコは「知らない」の一点張りだった。
まあ当然だろう。
霧が後退した原理は不明なのだ。
専門家にも分からないのに、フジコに分かるわけがない。
だから彼女は、単に「勇敢な女性」ということになった。
いや「無謀な女性」か。
いずれにせよ、霧が後退したのは風の影響であろうということになった。テレビに出ている「専門家」も、真面目な顔でそう説明した。
越水が渋い顔で近づいてきた。
「社にも取材の依頼が殺到している。いまは社長が止めているが……。だが外には記者がうろうろしている」
どこか疲れた様子だ。
班長として、社長と一緒にいろいろ対策しているのだろう。
フジコは肩をすくめた。
「配信者として食べていくから、いつクビにされても平気よ?」
「そう言うな。俺も社長も、芝さんから預かった仲間を売り飛ばすようなマネはしない」
真面目な人だな。
外にいたときは、なんだか偉そうなヤツとしか思えなかったが。
ともあれ、フジコは少しは役に立つ。
霧が出るかどうか、数秒前に分かる。
*
翌日、政府から仕事が来た。
このところ新設された未来庁だそうだ。
なぜかフジコを指名してきた。露骨に怪しい。
ある場所から荷物を回収し、ある場所へ運ぶ。
カルト絡みの仕事としか思えないが、なぜか社長は受けた。さすがに省庁からの依頼では断れなかったか。
俺はいま、フローターで高速道路を走っている。
フジコは後部座席。
さすがに風が冷たい。いとも簡単に体温を奪い去ってゆく。
ヘッドセットに通信が来た。
『こちら未来庁です。依頼を受けていただき感謝いたします』
「どうも」
談笑したい気分でもないのだが、いったいなんの用だ?
『じつは緊急の案件でして。どうしてもフジコさんの能力が必要となりました』
「フジコの能力を把握していると?」
『勝手ながら、調べさせていただきました。具体的な作業は、現地に到着してからご説明します。それまで安全運転でお願いします』
「了解」
荷物については教えてくれないし、意味のない会話だった。
俺は言われなくても安全運転する。
結局、なんだったんだ?
ただ挨拶したかっただけか?
続いて、明智さんから通信が来た。
『後ろ、尾行されてるぞ』
尾行?
後続の越水たちがなにも言ってこないということは、そのさらに後ろから来ているということか。
「どんな連中です?」
『千里眼だ。武装してる』
「勘弁してくださいよ」
『俺に言うな。警察も動かないらしいから、自分たちで対処してくれ』
「了解」
いや了解じゃない。
いざとなったら仕事を放棄してでも逃げるしかない。
金より命だ。
千里眼の連中、いったいどういうつもりだ?
こっちはまだ荷物を受け取ってさえいない。
なら、狙いはフジコか?
待ち伏せではなく、尾行ということは、千里眼も目的地を知らないということだろう。
連中は複数のバイクで猛烈に追い上げてきた。
越水から『用心しろ』と通信が来たが「了解」としか言いようがなかった。用心してどうにかなるのか? いちおうスタンガンはあるが……。
フローターは、安定性はあるのだが、あまりスピードが出ない。
バイクを振り切るのは不可能だ。
「おい、止まれ! 行くな!」
ガラの悪い千里眼の連中が怒鳴りつけてきた。
二人乗りで鉄パイプを構えているが、殴ってくる様子はない。
「ちょっと待ってくださいよ! 危ないでしょ!」
「そうだ! 危ないんだ! とりあえず止まれ!」
「なんです?」
俺はスピードを落とした。
どうやら襲撃に来たわけではなさそうだ。
フローターを停めると、中年の男が近づいてきた。この男は武装していない。
「これ以上、行くな。また同じことになるぞ」
「同じこと?」
「前回、ガキが霧になって消滅しただろ? あれだ」
「……」
その件は思い出したくもない。
人を助けたつもりが、消滅させてしまった。
「おそらくだが、お前たちは山梨の『病院』に誘導される。そこには例のクスリを投与された患者が大量に収容されてるって話だ」
「大量に?」
ふと、遠くでプロペラ音がした。
ヘリコプターだ。
だいぶ距離があるから、俺たちとは無関係かもしれない。
寒いが、天気はいい。
男は肩をすくめた。
「俺たちが入手した情報によれば、その霧を使って電力を――」
「ん?」
チュンと音がした。
かと思うと、男の頭から血液を噴出し、横倒しになった。
狙撃?
どこから?
立て続けに、千里眼のメンバーが次々と射殺された。
未来庁から通信が来た。
『後始末はこちらでします。お二人はGPSの指示に従い、移動を続けてください』
「了解」
露骨に口を封じてきたな。
こんなのに逆らったら即死だ。
じつに因果な話だが、政府はうまいことやっている。
もしフジコを利用したいなら、わざわざ誘拐などする必要はないのだ。こうして金を払って依頼を出せば、それで目的を達成できる。他の組織の反感を買うこともない。
フローターを走らせると、明智さんからも通信が来た。
『災難だったな』
「警察は動かないって話じゃ……」
『ああ、警察じゃなかったな。もっと別のなにかだ』
それは余計にヤバいヤツだろう。
「従うしかなさそうですね」
『まあ死ぬことはないだろ。ちなみに、さっき千里眼が言ってたのは事実だ。この先に山梨の収容所がある。近くに電力会社もある。そこへフジコを突っ込ませて、本当に発電できるのかテストするつもりだろうな』
「はい……」
人の命より電気が大事か?
とんだクソ計画だな。
すると後ろからもオーダーが来た。
「ねー、内藤さん。音楽かけてよ。私、歌いたい」
「仕事中だぞ」
「暇じゃん」
銃撃があって人が死んだばかりだってのに、暇とは……。
「動画配信のネタでも考えたらどうだ?」
「そっちは万策尽きてる」
「早すぎだろ」
「コメントもセクハラばっかだしさ。まあ私にはいいけど、向井さんにまでそんなこと言うから」
「もうやめちまえよ、そんなクソ配信」
最悪だな……。
こいつが被害にあうだけならまだしも、向井さんまで巻き込むなんて。
あの子がなにをしたって言うんだ?
どいつもこいつもクソだ。
いいニュースがひとつもない。
*
高速道路をおりて、病院へ。
名前は山梨算法病院。
もう名前を見ただけで、どんな組織か分かる。
「ポラリスから来ました、向井と申します。こちらで荷物を受け取るよう言われてきたんですが」
森に囲まれたひっそりとしたロケーション。
ウソみたいに人の気配がない。
「はい。うかがっております。エレベーターで地下へどうぞ」
受付の中年女性は愛想もなくそう告げた。
*
エレベーターは長かった。
以前もどこかで似たようなことがあった。
降りると、廊下に白衣の男が立っていた。
でっぷりとした中年男性。
やたら疲れ切った顔をしている。
「そちらがフジコさん? はぁ、ホントに来るとはね」
「お荷物は?」
俺がそう尋ねると、彼は不快そうに目を細めた。
「分かってます? 騙されたんですよ、あなたたち」
「分かってますよ。けど、こっちには選択肢がないんで」
「はぁー」
この世の終わりみたいな溜め息が返ってきた。
彼はキーカードで鋼鉄のドアを解錠した。
某水輪の地下でも見た、霧の発生装置が並んでいた。ボイラーのようなものがあり、ダクトが天井まで伸びている。
彼はこちらへ振り返った。
「あ、フジコさんはあまり近づかないでね。全部のコンバーターに実験体が詰め込まれてるから、近づくだけで『反応』しちゃいますんで」
「はーい!」
返事が気楽過ぎる。
もし霧が発生しても、俺たちが巻き込まれることはない。
反応とやらは、このコンバーターとかいう容器の中で完結するはず。あとはダクトを通して近所の発電機に回されるんだろう。
「中に人が?」
俺が尋ねると、彼はその話はしたくないとばかりに顔をしかめた。
「そう言ってるでしょう?」
いちおうクソ仕事をしている自覚はあるようだ。
悪人なんだから、もっと悪人らしく振舞って欲しいものだが。内心どう思っていようが、人殺しでメシを食っていることに変わりはないのだ。
「ええと、荷物はこれです」
紙袋が出てきた。
お面やら衣装やら、パーティーグッズだろうか?
「お預かりします」
「忘年会で使ったゴミですよ。言っときますけど、この荷物に価値なんてありませんからね」
「それでも運ぶのが仕事ですから」
「……」
彼は紙袋に手をかけたまま、こちらへ渡そうとしなかった。
「あなた、運び屋さんですよね?」
「そうですが? え、身分証を見せたほうがいいですか?」
「いや、そうじゃないんだ。追加の依頼をしたい。これを……」
USBメモリを押し付けてきた。
「これは?」
「内部告発の資料ですよ。烏丸さんに渡して欲しい」
「分かりました」
「幾らで引き受けてくれる?」
「サービスしときますよ。もう足代は受け取ってるし、それに、こっちも烏丸さんに会う口実ができるんで」
「ならよかった。ぜひ頼むよ」
「はい」
だが、これでめでたしめでたしとはいかなかった。
男はつらそうな顔でフジコを見た。
「ではフジコさん、こちらへどうぞ」
「あら、結局やるのね」
「やらないと、どんな目に遭うか分かりませんから」
依頼主は、その気になれば俺たちの頭をぶち抜くことができるのだ。
小細工をしたところで、被害者が増えるだけだろう。
ここの実験体は救えない。
フジコが歩を進めると、ボンと容器内で音がした。ダクトが次々と稼働し、工場は一気に騒がしくなった。
人が霧になっている。
それが吸引されて、電気の燃料にされる。
人道的見地からクソなだけでなく、コストパフォーマンスも特によさそうには思えない。なのに、実行されてしまう。
まあその辺は、ビジネスの得意なヤツが算盤を弾くんだろうけれど。
「じゃ、行きますね。荷物は確かにお届けします」
「お願いします」
男は亡霊のように青白い顔をしていた。
あまり思いつめないといいが……。
(続く)




