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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
14/36

フジコの遺伝子

 カルトの施設から少年を救い出し、横浜の倉庫まで連れてきて、千里眼の男たちに引き渡すところだった。

 そこへフジコが、霧が出るとか喚きながら戻ってきた。


「いちゃいけない人」


 少年は、フジコを見てそう言った。


 特異体質でない俺でも、空気が一変したことは分かった。

 俺の見間違いでなければ、少年が爆発した。いや、霧になった。おそらく白衣だけがどこかに落ちているはずだ。


 フジコがどうなったのかは分からない。

 そこまで確認している余裕はなかった。


 人の声のようなものが、ガヤガヤとうるさい。

 だが、静寂のようにも聞こえる。

 狭苦しいナイトクラブにでもいるような……。


 俺はタブレットを取り出し、画面を確認しようと試みた。

 が、見えない。

 ほんの少しでも距離があると、視界を濃い霧に遮られてしまう。かといって近づけすぎても画面が見えない。

 声も通じない。

 寝ているしかない。

 体が消滅していないだけマシだと思うことにしよう。


 少年はどうなったのだろう?


 消えたのは間違いない。

 いや、消えたところか、この霧自体が少年の身体である可能性もあるが。


 おそらく救えなかった。

 サッカーをさせてやることもできなかった。


 フジコのせいか?

 それとも、どうしようもなかったのか?


 *


 いつ霧が晴れたのかは分からない。

 夜だったから、そもそも視界はよくなかった。倉庫の光も心もとない。


 ゲロを吐いていたらしいフジコが近づいてきた。

「ティッシュちょうだい」

「ああ」

 手渡すと、袋ごと持っていった。

 そろそろ自分で持ち歩くことを覚えて欲しいものだが。


 俺は冷えた空気を肺いっぱいに吸い込み、深呼吸を繰り返した。


 周囲には、まだ千里眼の男たちが倒れている。

 座り込んだまま、不思議そうにきょとんとしているのもいる。

 偽物の霧だ。


 通信が来た。

『霧の発生を確認しました。ご無事でしたか?』

 機械音声だ。

 不快なイメージが強すぎて、最近ではこの声を聞くだけでイライラするようになってきた。

「こうなるって分かってたのか?」

『分かっていた、というのは正確ではありませんが、予想のひとつではありました』

「なぜ言わなかった?」

『弊構は慈善団体ではありません。特に理由もなく情報を開示することはありません』

 となると、これまでの情報開示は、理由があった、ということだな。

 たとえば、俺たちを誘導するとか。


「そういえば、あんたらの依頼とやらがまだ来てないようだが?」

『その件でしたら、御社の社長に断られました』

「あきらめるのか?」

『いいえ。ただ、あなたはもっと重要なことが聞きたいのでは?』

「なんだ? ついに正体を教える気になったか?」

 だが反応はなかった。

 通信は切られていないが。

 まさか端末の向こう側で爆笑してたりしないよな……。


『特にないなら切りますね』

「ああ、そうしてくれ」

 返答に困った挙げ句、出てきたセリフがこれか。

 こっちも忙しいんだ。

 談笑している時間はない。


 千里眼の男が近づいてきた。

「子供はどうなった?」

「見たでしょう? 消えましたよ」

「ホントなのか?」

「信じられませんけどね」

 俺たちの視線の先には、まるで抜け殻のように、少年の着ていた白衣が落ちていた。

 きっと彼も見たんだろう。

 頭では分かっていても、受け入れられないことはある。


 すると彼は、さらに信じられないことを言った。

「悪いが、金は払わない。作戦は失敗だ」

「はい?」

 いや、待ってくれ。

 それはクソのセリフだぞ。

「当然だろ。子供の引き渡しが完了してないんだから」

「いや、でも連れてきましたよ?」

「いないだろ?」

「そりゃまあ……そうですが……」

 いないのだ。

 だが、そんなことがあるか?

 仕事はしたのに。


 男はぐっとこちらを睨みつけてきた。

「は? なんだそのツラ? 文句があるのか?」

「別に顔くらいいいでしょう」

「こっちは施設で犠牲出してんだよ! 裏からウマとこだけ持ってったお前らが出しゃばってくんな! 失せろボケ!」

「はい……」

 こちらにはスタンガンもあるし、バックアップもついているのだが、撃ち合っても一円にもならない。

 料金の取り立ては上に任せるとしよう。


 越水からも無線が来た。

『撤収しろ。あとは上が対処する』

「了解」


 *


 休日、俺はファミレスへやってきた。

 やってきたというか、呼び出された。


「まあ座れ」

「はい」

 周りは学生やカップルなど。

 なのに俺たちは、いい歳した男だけで集まっている。


「なんか混んでないですか?」

「アニメとコラボしてるらしいな。完全にタイミングを見誤った」

 そう言ってパフェを食っているのは明智さん。

 いつ見ても同じ服を着ている。


 コーヒーをブラックですすっているのはボスだ。

 久しぶりに見た。


「ボス、お元気そうでなによりです」

「お互いにな。金は出すから、好きなのを頼んでくれ」

「ありがとうございます」

 ボス、また俺のこと雇ってくれないかな。


「で、ご用というのは?」

 俺はメニュー表を見ながら尋ねた。

 が、返事ナシ。


 俺が顔をあげると、ボスは外を見ながらコーヒーをすすっていた。明智さんは我関せずとばかりにパフェ。

 これが大人の態度か?


 ひとまずハンバーグセットとドリンクバーをオーダーし、俺はコーラをとってきた。

「で、ご用というのは? ボス?」

「俺はもうお前のボスではない」

「まあ雇用上はそうですけど……。じゃあ、なんとお呼びすれば?」

「いや、いい。好きに呼んでくれ。それより、仕事を受ける気はないか?」

「内容は?」

 特に驚くような話じゃない。

 このメンバーで集まって、この空気。

 仕事の話以外ありえない。


 周りの少女たちは楽しそうだ。

 好きなアニメとのコラボということで、楽しそうに談笑している。

 まあ、カモフラージュにはうってつけだが。


 ボスはカップを置き、かすかに息を吐いた。

「火輪エネルギー開発を覚えてるか?」

「たしか、茨城だかで爆発騒ぎのあった?」

「そうだ。そこの職員の協力を取り付けることができてな。明智が情報を受け取って分析したところ、興味深いことが分かった」

 いや、なに当然のように連携してるんだ。

 明智さん、ポラリスから給料もらってるのに。


 すると明智さんは、食い終えたパフェのグラスを脇によけた。

「いいか。これはとんでもない情報だぞ。絶対に言うなよ?」

「もちろんです」

「あの青色スモッグをエネルギーに変える実験が行われていてな、ほぼ実用段階に入っているらしい」

「あの霧を?」

 人に害をなすだけだった霧をエネルギーに変える。

 それ自体は夢のような話だ。


 明智さんはしかし顔をしかめた。

「だが青色スモッグとはなんだ? その正体は?」

「正体は?」

 誰か知っているのか? もし知っていたら、いまごろノーベル賞をとっているはず。

 明智さんは眉をひそめた。皮膚が分厚いから、刻まれたしわも深い。

「お前も見ただろ。人間だ」

「えっ?」

「いや、すべてじゃない。オリジナルの霧は、まだ正体が分かってない。だがカルトが作っている偽物は、人間を材料にしているんだ」

「はい?」

 人間を材料に?


 だが心当たりはある。

 例の少年だ。

 俺の目の前で霧になった。


 明智さんは息苦しそうな溜め息をついた。

「お前、水輪オフィスプラザの地下で工場を見ただろ? あれは人間を燃料にして駆動している」

「ホントなんですか?」

「間違いない。つまりカルトは、人間を使ったエネルギーで稼ごうとしている」

 ただでさえ人が減ってるってのに、さらに減らして使おうというのか。

 とんでもねぇクソどもだな。


「えーと、それで……」

「この話には続きがある。人間をただ機械に放り込んだだけじゃ霧にはならない。前もって体組織を変化させる必要があるんだ」

「つまり?」

「薬品を注入するんだ。長期にわたって、何度もな。工場で千里眼が探してたのはその薬液のレシピだ」

 点と点がつながってきた。

「なるほど。千里眼の連中、ちゃんとクソカルトと戦ってたんですね。まあ頭では分かってましたけど」

「だが勘違いするな。千里眼もボランティアじゃない。技術が手に入ったら同じことをする」

「なんですかそれ。どっちもクソじゃないですか」

 いや、ファミレスでクソを連呼してはならない。

 コラボを楽しむ若者に睨まれてしまう。


「さらに続きがあるぞ。じつはこの薬品、フジコに使用されたのと同じものらしい」

「はい?」

「ま、バージョンに違いはあるかもしれないけどな。カルトは、いろんな理由をつけて実験体を集めて、新薬を投与しているらしい」

「フジコはそこから逃げてきたと?」

「まあ不死身だからな。ムチャして逃げたんだろう」

 確かにチートみたいなものだ。

 死なないんだから。

 高いところから飛び降りても平気なんだろう。


 頭からケツまでずっとクソみたいな話だ。

 だが、問題は、まだ肝心の本題に入っていないということだ。


「えーと、それで……俺に依頼したい仕事というのは……?」

 確かにボスには恩がある。

 できるだけ報いたい。

 だが、モノには限度ってものがある。

 俺はタフガイじゃない。もちろんステイサムでもない。いまのところ死んでないだけの運び屋だ。過剰な期待をされては困る。


 なぜか明智さんが黙り込み、代わりにボスが口を開いた。

「残念なことに、すでに薬を投与されている方々がたくさんいる。彼らを救うためにも、フジコの遺伝子情報が必要だ。だからお前、なんとか手に入れて持ってきてくれないか?」

「はい?」


 ボスはとてもつらそうな表情をしていた。

「解析に必要なんだ。お前、フジコと毎日会ってるんだろ? 頼む」

「いやいや。毎日っていうなら、娘さんにお願いすればいいじゃないですか。一緒に住んでるんですから」

 フジコはいまでも向井さんの家に住んでいる。

 出ていく気配はない。


 だが、ボスは表情を変えなかった。

「お前な、俺が娘にそんなお願いできると思ってるのか? ん?」

「いや、でも事情を説明すれば……」

「事件に巻き込みたくない」

 絶対にウソだね。

 カッコつけたいだけだ。

「分かった。分かりましたよ。フジコの遺伝子ですね? どんなのでもいいんですか?」

「できれば唾液を採取してくれ」

「……」

 それは、俺の人生が社会的に終わるやつなのでは?


 俺は思わず頭を抱えた。

「えーと、事情を説明しちゃダメですか?」

「フジコに余計な情報を入れたくない。だいたい、いまお前にした話は、どれが漏れても俺たちの生命に関わるものばかりだ。相手がお前だから話したんだ」

 まあそうだ。

 火輪エネルギー開発にスパイがいること。人間が薬で霧にされていること。それがエネルギーとして売り出されようとしていること。

 どれもアウトだ。


「分かりましたよ。なんとか唾液を採取してみます。ただ、ひとつ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「なぜボスがそんな仕事を? 自発的に始めたんですか? それとも依頼ですか?」

「依頼だ。だが依頼主は聞くなよ。さすがに言えん」

 なるほど。

 立派な依頼を出す人間もいたものだ。

 いや、そいつはフジコの遺伝子を手に入れて、クローンを作るつもりかもしれないが。疑い出したらキリがない。


 本人に知られず唾液を奪う。

 可能だろうか。


 いや、やるしかない。

 あの少年のような存在を救えるかもしれないのだ。

 俺にはこのミッションを成功させる義務がある。


(続く)

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっとした描写にも伏線が張られていて、とても読み応えがありました。 展開が進んでいるようで未だにはっきりとしない曖昧さが癖になります。 次回も楽しみです。
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