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サノバガン  作者: 不覚たん
第一部 青
13/36

動く荷物 二

 現地付近で連絡を受け、誘導されるまま脇道の廃工場に入った。

 待ち受けていたのはガラの悪そうな男たち。


「運び屋でーす」

 俺がそう告げると、リーダー格の男が顔をしかめた。

「分かってる。これが道具だ。スイッチを入れると電磁波が出る。こいつをGPSに当てて破壊しろ」

 ペン型の道具を渡された。

 きっと体によくないタイプの電磁波が出るんだろう。あんまり浴びたくないな。きっと周囲の機材も壊れるから、使うときは慎重にしなければ。


 男は言った。

「ターゲットが出てきたら、車を突っ込ませて何人かヤる。そんで仲間が暴れてるうちに、お前は実験体を連れて逃げろ。GPSのロストを確認したら、届け先を教える」

「分かりました」

 本当に乱暴な作戦だ。


 フジコが「えっ」と声をあげた。

 慌てて振り返ると、彼女は男に拘束されていた。

「この女は、作戦が成功するまであずかる。安心しろ。成功すればちゃんと返す。傷つけたりしない」

「……はい」

 するとフジコは「なに勝手に承諾してんのよ! 助けなさいよ!」と喚いた。

 助けたいのはヤマヤマだが、いま暴れても死者が一名増えるだけだ。もちろんその死者は俺だ。フジコは死なないんだからいいだろう。


 *


 怒り散らすフジコを置き去りにして、俺はフローターに戻った。

 越水からも説教が飛んできた。

『罠にかかったのか?』

「大丈夫です。成功させればいいんですから」

『もう少し緊張感をもって仕事に当たれ』

「了解」

 ちゃんと緊張している。

 表に出さないようにしているだけだ。


 もちろん焦ることのメリットはある。焦れば焦るほど、目の前の一点に集中できる。その代わり、他の情報を処理できなくなる。

 動物だったころの名残だ。

 人間がみずからの焦りを利用するのは、本当にピンチのときだけでいい。相手も人間である場合は特に。


 動物だってちゃんと考えているし、狡猾な面もある、という人はいるだろう。

 だが、それでも人間のほうが狡猾なのだ。

 複雑さでは人間が上回る。


 *


 俺は画面を何度も確認しながら、一人でフローターを走らせた。

 複雑な裏道だ。


 施設につながる大きな道もあるのだが、そこを通るとすぐに怪しまれてしまうらしい。

 だから家々の合間を縫って進んでいる。家だけでなく、小さな工場も多い。近くを通っただけでイヌが吠えまくる。たむろしている地元のヤンキーがじろじろ見てくる。


 ようやく道を抜けたかと思うと、今度は森に出くわした。

 道はあるようでない。

 ここを突破すると、施設の裏手に出る。


 千里眼の連中は表から堂々と突っ込んでくるらしい。

 その隙をつく。


 タフガイでもない。実銃でもない。バイクも偽物。探偵かどうかも怪しい。そんな俺がハードボイルドの真似事をできるか自信はないが、ここまで来たら仕方がない。


 しかしフローターは横幅があるので、森を進むのは一苦労だった。

 プロペラは雑草を巻き込んで墜落しそうになるし、かといって空を飛んだら目立ちすぎるし、悪路の走破には向いていなかった。

 森を抜けるだけで疲労困憊だ。


 しかも抜けたところで、施設の人間と鉢合わせてしまった。

 彼らはちょうど施設から出てきたところだった。白衣の職員が三名。同じく白衣の子供が一人。

 こちらは森を抜けたばかり。

 間には金網のフェンス。


「あ、いや、配達です! 怪しいものじゃありません!」

 俺はそう告げたが、彼らは信用しなかった。

「早く車へ!」

「応援を呼べ!」

 慌てて走り出してしまった。

 だが、子供を連れてのムリヤリの逃走だ。そんなに早くない。


 俺はやむをえずフローターの出力をあげた。

 プロペラがブゥンと音を立てて急浮上。フェンスを越え、敷地内に入り込んだ。

「悪いな」

 俺はフローターにまたがったまま立ちあがり、両手でスタンガンを構えた。逃げる職員の背に狙いをつけ、トリガーを引く。火薬がパンと遠慮がちに爆ぜて、針が白衣に突き刺さった。

 直撃受けた職員は、うっとのけぞって膝から崩れ落ちた。


 針をパージして二人目を狙う。

「ま、待ってくれ! 殺さないで! ひぐっ」

「……」

 二人目はこちらを向き、両手をあげた状態で倒れた。

 三人目はうずくまって身をすくめていたが、構わず撃った。見逃すとなにをするか分からない。


 子供は全力で逃げ出した。

 その背をフローターで追う。

「待ってくれ! 敵じゃない! 君を助けに来た!」

「えっ? えっ?」

 坊主頭の少年だ。

「ここから救い出したいんだ。ついてきてくれるか?」

「ホントに? 僕、助かるの?」

「そうだ。そのためにきた」

 すると彼は足を止めてくれた。

 俺もフローターを停めた。


 表も騒がしくなっている。

 きっと車を突っ込ませたのだろう。

 そのうち警察が来るかもしれない。いや、来ないかもしれない。このカルトどもは、施設でなにをしているか知られたくないはず。


「後ろに乗ってくれ。ちょっと飛ぶけど大丈夫かな?」

「え、飛ぶの!? 凄い! いつでもいいよ!」

 目のキラキラした少年だ。


 俺は少年の搭乗を確認し、千里眼のリーダーに連絡を入れた。

「運び屋です。ターゲットを確保しました」

『いいぞ。GPSを忘れるな』

「了解」


 *


 いちど森へ入り、そこでGPSを無効にした。

 フローターや通信機が壊れる可能性があったので、少し離れた場所で試した。あっけないほど簡単にGPSは無力化した。


 通信が来た。

『GPS信号のロストを確認した。指示した場所まで来てくれ。そこで女も返す』

「了解」

 フジコのヤツ、余計なことを口走っていなければいいが。


 フローターに乗ると、後ろから少年がしがみついてきた。

「助けてくれてありがとう」

「気にしなくていい。世の中には悪いヤツも多いが、そうでないヤツもいくらかいる」

 千里眼がどう扱うか分からない以上、この選択が彼にとっていいことかどうかは分からないのだが。

「僕、もうダメかと思ってた。みんなね、研究員さんに連れていかれると、もう戻ってこないんだ。だから僕も、もうダメだって思ってて。でも神さまにいっぱいお願いしたの。助けてくださいって。そしたらホントに来てくれた」

「自由になれるといいな」

「うん。僕、サッカーしたい。できる?」

「できるよ」

「どこ行ったらできるの? 学校?」

「学校でもできるし、友達がいれば公園でもできる」

「わー、凄い。サッカーできるんだ。楽しみ」


 クソ。

 千里眼ども、この少年を丁重に扱わなかったらぶっ殺してやるからな。

 つーかカルトもカルトだろ。

 実験体?

 殺処分?

 道具みたいに使いやがって。


「お兄さん、どうしたの?」

「いや、なんでもない。ちゃんとつかまっててくれ。森は危ないからな」

「うん」

 フローターの座席には余裕があるから、バイクと違って前の人間にしがみつく必要はない。シートベルトもあるし、捕まるためのバーもある。

 だが、少年はぐっとくっついてきた。

 不安なのかもしれない。


 俺は急発進にならないよう、慎重にフローターを作動させた。


 *


 GPSを遮断したはいいが、それでも白衣の少年は目立つ。

 通行人に目撃されたら、一発で記憶に残ることだろう。

 事前に情報をよこしてくれれば、着替えのひとつも用意できたのだが。


 越水から通信が来た。

『2Aより2B。現在、追跡はない。引き続き安全運転で頼む』

「了解」

 背後を守られていると安心感が違う。


 大きな道路。

 俺たちのほかには、たまにトラックが通るだけ。


 日が暮れて、薄青い世界を街灯が照らしている。


「寒くないか?」

「大丈夫!」

 元気な少年だ。

 きっとサッカーも楽しめるだろう。


 *


 横浜の倉庫についたころには、すっかり夜になっていた。

 空気が冷たい。

 結露しているせいで湿度も高い。

 雨じゃないのが不思議なくらいだ。


「少年を連れてきました」

「ご苦労だったな」

 男は早く引き渡せと言わんばかりの態度だった。

 が、俺はまだそうしなかった。

「この子のことは、ちゃんと保護してくれるんですよね?」

「お前が心配することじゃない」

「サッカーしたいって」

「そうか」

 そうか?

 いや、マジで。

 なんでそんなに冷淡なんだよ?

 せっかく自由を得た少年が、サッカーをしたいって言ってるんだ。なぜ真剣に聞こうとしない?


 いや、少年の様子もおかしかった。

 不安そうな顔で、ある一点を見つめている。


「どうした?」

「絶対に……」

「えっ?」

「絶対に、いちゃいけない人がいる……」

「えっ?」

 なんだ?

 なにを言っている?


 男の仲間が、フジコを連れてきた。なにやらモメている。

「だから、こんなことしてる場合じゃないって言ってるでしょ! なんで聞かないのよ!」

「霧なんて出ねーよ。少なくともここにはな」

「みんな死ぬって言ってんの!」

「いいから行けよ。もう自由だなんだから」


 背筋に冷たいものが走った。

 少年は、じっとフジコを見ている。フジコが物陰から出てくるまえから、その存在を目で追っていた。


 俺はその場にしゃがみ、少年に尋ねた。

「フジコか? あの女がどうかしたのか?」

「絶対にいちゃいけない人」

「どういう意味だ?」

「ママがそう言ってたの」

「ママ? 君のママか?」

「ううん。僕のじゃなくて、みんなのママ……」


 *


 ああ、うるさい。

 人が寝ているのに、誰かがずっと喋り続けている。

 しかも、なにを言っているのか分からないから、余計にイライラする。

 なぜそう耳元でがなり立てる?


 いや、どうやら違う。

 夢じゃない。

 ここは霧の中だ。


 俺はいつの間にか地面に寝ていた。

 景色は……青だ。

 ほかにはなにも見えない。


 なぜこうなった?

 俺はなにをしていた?


(続く)

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