動く荷物 二
現地付近で連絡を受け、誘導されるまま脇道の廃工場に入った。
待ち受けていたのはガラの悪そうな男たち。
「運び屋でーす」
俺がそう告げると、リーダー格の男が顔をしかめた。
「分かってる。これが道具だ。スイッチを入れると電磁波が出る。こいつをGPSに当てて破壊しろ」
ペン型の道具を渡された。
きっと体によくないタイプの電磁波が出るんだろう。あんまり浴びたくないな。きっと周囲の機材も壊れるから、使うときは慎重にしなければ。
男は言った。
「ターゲットが出てきたら、車を突っ込ませて何人かヤる。そんで仲間が暴れてるうちに、お前は実験体を連れて逃げろ。GPSのロストを確認したら、届け先を教える」
「分かりました」
本当に乱暴な作戦だ。
フジコが「えっ」と声をあげた。
慌てて振り返ると、彼女は男に拘束されていた。
「この女は、作戦が成功するまであずかる。安心しろ。成功すればちゃんと返す。傷つけたりしない」
「……はい」
するとフジコは「なに勝手に承諾してんのよ! 助けなさいよ!」と喚いた。
助けたいのはヤマヤマだが、いま暴れても死者が一名増えるだけだ。もちろんその死者は俺だ。フジコは死なないんだからいいだろう。
*
怒り散らすフジコを置き去りにして、俺はフローターに戻った。
越水からも説教が飛んできた。
『罠にかかったのか?』
「大丈夫です。成功させればいいんですから」
『もう少し緊張感をもって仕事に当たれ』
「了解」
ちゃんと緊張している。
表に出さないようにしているだけだ。
もちろん焦ることのメリットはある。焦れば焦るほど、目の前の一点に集中できる。その代わり、他の情報を処理できなくなる。
動物だったころの名残だ。
人間がみずからの焦りを利用するのは、本当にピンチのときだけでいい。相手も人間である場合は特に。
動物だってちゃんと考えているし、狡猾な面もある、という人はいるだろう。
だが、それでも人間のほうが狡猾なのだ。
複雑さでは人間が上回る。
*
俺は画面を何度も確認しながら、一人でフローターを走らせた。
複雑な裏道だ。
施設につながる大きな道もあるのだが、そこを通るとすぐに怪しまれてしまうらしい。
だから家々の合間を縫って進んでいる。家だけでなく、小さな工場も多い。近くを通っただけでイヌが吠えまくる。たむろしている地元のヤンキーがじろじろ見てくる。
ようやく道を抜けたかと思うと、今度は森に出くわした。
道はあるようでない。
ここを突破すると、施設の裏手に出る。
千里眼の連中は表から堂々と突っ込んでくるらしい。
その隙をつく。
タフガイでもない。実銃でもない。バイクも偽物。探偵かどうかも怪しい。そんな俺がハードボイルドの真似事をできるか自信はないが、ここまで来たら仕方がない。
しかしフローターは横幅があるので、森を進むのは一苦労だった。
プロペラは雑草を巻き込んで墜落しそうになるし、かといって空を飛んだら目立ちすぎるし、悪路の走破には向いていなかった。
森を抜けるだけで疲労困憊だ。
しかも抜けたところで、施設の人間と鉢合わせてしまった。
彼らはちょうど施設から出てきたところだった。白衣の職員が三名。同じく白衣の子供が一人。
こちらは森を抜けたばかり。
間には金網のフェンス。
「あ、いや、配達です! 怪しいものじゃありません!」
俺はそう告げたが、彼らは信用しなかった。
「早く車へ!」
「応援を呼べ!」
慌てて走り出してしまった。
だが、子供を連れてのムリヤリの逃走だ。そんなに早くない。
俺はやむをえずフローターの出力をあげた。
プロペラがブゥンと音を立てて急浮上。フェンスを越え、敷地内に入り込んだ。
「悪いな」
俺はフローターにまたがったまま立ちあがり、両手でスタンガンを構えた。逃げる職員の背に狙いをつけ、トリガーを引く。火薬がパンと遠慮がちに爆ぜて、針が白衣に突き刺さった。
直撃受けた職員は、うっとのけぞって膝から崩れ落ちた。
針をパージして二人目を狙う。
「ま、待ってくれ! 殺さないで! ひぐっ」
「……」
二人目はこちらを向き、両手をあげた状態で倒れた。
三人目はうずくまって身をすくめていたが、構わず撃った。見逃すとなにをするか分からない。
子供は全力で逃げ出した。
その背をフローターで追う。
「待ってくれ! 敵じゃない! 君を助けに来た!」
「えっ? えっ?」
坊主頭の少年だ。
「ここから救い出したいんだ。ついてきてくれるか?」
「ホントに? 僕、助かるの?」
「そうだ。そのためにきた」
すると彼は足を止めてくれた。
俺もフローターを停めた。
表も騒がしくなっている。
きっと車を突っ込ませたのだろう。
そのうち警察が来るかもしれない。いや、来ないかもしれない。このカルトどもは、施設でなにをしているか知られたくないはず。
「後ろに乗ってくれ。ちょっと飛ぶけど大丈夫かな?」
「え、飛ぶの!? 凄い! いつでもいいよ!」
目のキラキラした少年だ。
俺は少年の搭乗を確認し、千里眼のリーダーに連絡を入れた。
「運び屋です。ターゲットを確保しました」
『いいぞ。GPSを忘れるな』
「了解」
*
いちど森へ入り、そこでGPSを無効にした。
フローターや通信機が壊れる可能性があったので、少し離れた場所で試した。あっけないほど簡単にGPSは無力化した。
通信が来た。
『GPS信号のロストを確認した。指示した場所まで来てくれ。そこで女も返す』
「了解」
フジコのヤツ、余計なことを口走っていなければいいが。
フローターに乗ると、後ろから少年がしがみついてきた。
「助けてくれてありがとう」
「気にしなくていい。世の中には悪いヤツも多いが、そうでないヤツもいくらかいる」
千里眼がどう扱うか分からない以上、この選択が彼にとっていいことかどうかは分からないのだが。
「僕、もうダメかと思ってた。みんなね、研究員さんに連れていかれると、もう戻ってこないんだ。だから僕も、もうダメだって思ってて。でも神さまにいっぱいお願いしたの。助けてくださいって。そしたらホントに来てくれた」
「自由になれるといいな」
「うん。僕、サッカーしたい。できる?」
「できるよ」
「どこ行ったらできるの? 学校?」
「学校でもできるし、友達がいれば公園でもできる」
「わー、凄い。サッカーできるんだ。楽しみ」
クソ。
千里眼ども、この少年を丁重に扱わなかったらぶっ殺してやるからな。
つーかカルトもカルトだろ。
実験体?
殺処分?
道具みたいに使いやがって。
「お兄さん、どうしたの?」
「いや、なんでもない。ちゃんとつかまっててくれ。森は危ないからな」
「うん」
フローターの座席には余裕があるから、バイクと違って前の人間にしがみつく必要はない。シートベルトもあるし、捕まるためのバーもある。
だが、少年はぐっとくっついてきた。
不安なのかもしれない。
俺は急発進にならないよう、慎重にフローターを作動させた。
*
GPSを遮断したはいいが、それでも白衣の少年は目立つ。
通行人に目撃されたら、一発で記憶に残ることだろう。
事前に情報をよこしてくれれば、着替えのひとつも用意できたのだが。
越水から通信が来た。
『2Aより2B。現在、追跡はない。引き続き安全運転で頼む』
「了解」
背後を守られていると安心感が違う。
大きな道路。
俺たちのほかには、たまにトラックが通るだけ。
日が暮れて、薄青い世界を街灯が照らしている。
「寒くないか?」
「大丈夫!」
元気な少年だ。
きっとサッカーも楽しめるだろう。
*
横浜の倉庫についたころには、すっかり夜になっていた。
空気が冷たい。
結露しているせいで湿度も高い。
雨じゃないのが不思議なくらいだ。
「少年を連れてきました」
「ご苦労だったな」
男は早く引き渡せと言わんばかりの態度だった。
が、俺はまだそうしなかった。
「この子のことは、ちゃんと保護してくれるんですよね?」
「お前が心配することじゃない」
「サッカーしたいって」
「そうか」
そうか?
いや、マジで。
なんでそんなに冷淡なんだよ?
せっかく自由を得た少年が、サッカーをしたいって言ってるんだ。なぜ真剣に聞こうとしない?
いや、少年の様子もおかしかった。
不安そうな顔で、ある一点を見つめている。
「どうした?」
「絶対に……」
「えっ?」
「絶対に、いちゃいけない人がいる……」
「えっ?」
なんだ?
なにを言っている?
男の仲間が、フジコを連れてきた。なにやらモメている。
「だから、こんなことしてる場合じゃないって言ってるでしょ! なんで聞かないのよ!」
「霧なんて出ねーよ。少なくともここにはな」
「みんな死ぬって言ってんの!」
「いいから行けよ。もう自由だなんだから」
背筋に冷たいものが走った。
少年は、じっとフジコを見ている。フジコが物陰から出てくるまえから、その存在を目で追っていた。
俺はその場にしゃがみ、少年に尋ねた。
「フジコか? あの女がどうかしたのか?」
「絶対にいちゃいけない人」
「どういう意味だ?」
「ママがそう言ってたの」
「ママ? 君のママか?」
「ううん。僕のじゃなくて、みんなのママ……」
*
ああ、うるさい。
人が寝ているのに、誰かがずっと喋り続けている。
しかも、なにを言っているのか分からないから、余計にイライラする。
なぜそう耳元でがなり立てる?
いや、どうやら違う。
夢じゃない。
ここは霧の中だ。
俺はいつの間にか地面に寝ていた。
景色は……青だ。
ほかにはなにも見えない。
なぜこうなった?
俺はなにをしていた?
(続く)




