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まつろわぬ騎士の旅  作者: 揺らぐ者
1/1

旅には始まりがつきもので

 人類は、栄えていた。それでも尚、絶頂には至らず。


 旧時代の面影を残した街並みに、車が走る。線路が伸びる。移り変わり行く街並みの中、古めかしい真紅のドレスを着た少女が、ひらりふらりと優雅な足取りで進む。


「100年ぶりよな、人の暮らす街とやらも」


 石畳みをカツカツと踏み鳴らし、少女は昔を懐かしむ様な微笑みで周りを見回す。その様はお上りの少女そのものだ。


「古きは失し、新しきは栄え。繰り返し繰り返し、飽きぬ世界よの」


 路肩に止まった車のガラスと、その奥にある古びた帽子を眺める。少女は更に笑みを深めた。


 しかしながら、決して煌びやかなだけの街並みではない。光と闇は一対一。少女にもその闇は近付いていた。


「お嬢ちゃん、こんな所で何をしているんだい?」

「ただの散歩よ」


 男が1人、路肩から現れる。隠し切れぬ軽薄さが表れる真顔の様な笑みを顔に貼り付けて。

 少女は、そんな男に対しても笑みを向ける。


「貴方、この街の方かしら」


 小首を傾げる少女の姿は、道行く人々の目を奪う。美しさとは時代の鏡だが、少女のあどけなさを残しながらも大人へと変わりつつある美しさは普遍である。魔性と言ってもいい。


 男は、生唾を飲む。


「僕、この辺りで美味しい料理のある店を知ってるんだ」


 少女は指先を唇に置き、暫く間を開けた。


「良いわね、行きましょう」


 無垢な少女は男に着いていく。その先が暗い路地へ続いている事にも気付かずに。


「……妾も、丁度腹を空かせていたからの」


 少女は小さくつぶやいた。誰にも聞こえない独り言を。

 馬鹿な男は少女を連れていく。その目が見開かれる時、怪しげに輝いていたことに気付かずに。




 ──✳︎──




「吸血鬼、ですか。どうして今の時代に?」


 顔を兜に覆い隠す鎧姿の男が、落ち着いた声で聞き返す。


「さあな、俺にも分からん。人類は夜を克服したとは良く言ったものさ」


 答えたのは、草臥れたコートを着た髭面の大男。


 2人の間を隔てるのは、膝丈の長机。その上には、3枚の紙が乗せられていた。


「彼女を幼い吸血鬼と見るか、それとも高位の吸血鬼と見るか」

「前者は楽観的過ぎてお前さんらしくねえな」

「そうですね、私もそう思いますよ」


 1枚目は似顔絵。そこには可憐な少女の姿が写されている。


「事件の起きた場所は、どれも人目につかない場所」

「被害者も少しばかり血を抜かれた程度で、魅了も眷属にもされてないみたいだな。人間の男、エルフの女、獣人の少女、ドワーフの老人。選り好みしないのか、そう言う(へき)なのか、予測出来んな」


 2枚目は赤いバツ印のついた地図。3枚目は被害者の情報。それぞれを手に取り、交換しながら2人は首を傾げる。


「しかし、人に害を与えた以上、私達は対処しなければならない。古い神秘が人に牙を向けた時、それを防ぐ事が騎士と狩人の使命、でしょう?」

「お前は神に仕えて『人』を守る騎士で、俺は『化け物狩り』の狩人なんだがな」


 世には冒険者なる何でも屋の様な職業が生まれ、人を守る事も、化け物を狩る事もすっかり冒険者の仕事となった。そんな時代の潮目にて、未だ変わらずにいた者たち、それが彼らを始めとした旧時代の仕事人達だ。


「この案件、冒険者のランク換算で言えばどれくらいだ?」

「護衛依頼、と言う観点で見ればそう高くはないでしょう。彼女はどうやら吸血時の人目を嫌う。被害者達も皆1人でいる時を狙われていますから、2人ならばそもターゲットにはなり得ない筈です」


 騎士は、地図を見ながらそう答えた。


 騎士は守りし者、神に仕えし古騎士の血筋である彼は、世間一般で言う傭兵としての側面の強い騎士とはまた異なる。


 その身は盾、その身は剣、振るうのは神の意志。最も、根源的な古騎士の理念は失われて久しく、彼もまた、その訳を知り得ない。


「俺としては、こりゃA、いやA+級と睨んでるんだがな。古い吸血鬼には、貴族階級の名残がある。中でも真祖って呼ばれる奴は他者に吸血のシーンを見せるのは御法度、下品な行動とされてる。で、コイツの場合、吸血したって言うのは被害者本人の話でしか出てこない」


 対して狩人は、被害者の情報を見ながら答えた。


 狩人の戦いは、この時点から既に始まっている。狩人が猟場に立つ時、運すらも介入出来ない状態で狩りに臨まなければならない。故に、その緊張感たるや、相対す騎士のそれとは格段の差がある。


「俺の見立てでは、奴は真祖。しかし被害のレベルからして、力は幾分か衰えているだろうな。真祖が本気を出せば、街の1つや2つ輸血袋代わりに出来るさ」

「私達が居なければ、でしょう?」

「ま、そうさな」


 2人はそれぞれの得物を携え席を立つ。


 騎士はただ1本の剣を。鞘に付けたベルトを肩に掛けて。


 狩人は1丁の銃が折り畳まれて仕舞われたトランクケースを手に取り。


「失礼します、狩人よ」


 騎士は肩の付け根に拳を当てる。


「あばよ、お堅い騎士殿」


 狩人は帽子のツバを摘んで下げた。


 2人は別れ、そして向かう。


 夜を明かす街灯が並ぶ、街の中へ。

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