古参と新人
ギルドマスターは医者を呼び、メモリアはすぐに治療を施された。幸い大事には至らず、静かに眠り続けるメモリア。
その間レイチェルは、ただただひたすらに泣き続けた。家に帰る気力も起きず、泣き疲れたレイチェルはメモリアが横になるベッドの脇で、亡きフィリクスの手首を抱えて眠りに落ちる。
夢の中のレイチェルは世界を巡る。新たな都市で、新たな仕事に奮闘し、依頼を終えたフィリクスと手を繋いで、寄り添いあう帰り道。
もはや現実には叶わない、けれど夢くらい。目覚めたレイチェルは再び体を横に向けるが、目先には目を開くメモリアが緑色の瞳を天井へ向ける。
「ごめんね、レイチェル」
「…………」
「ごめんね、僕が弱くて」
「…………いいんです……」
俯くレイチェルの震える手が、まっさらなシーツを握り締める。
「僕がこの町に来なければ……」
「だから、いいって……」
「僕がいなければ――」
「だから!」
椅子を倒し、立ち上がるレイチェル。やり場のない感情が目下のメモリアを見下ろすと――
「僕が死ねばよがっだんだぁぁぁ……」
涙を零すメモリアはくしゃくしゃに顔を歪ませて、レイチェルの目にも再び涙が込み上げて、二人抱き合って、そのままずっと泣き続けた。
翌日は初めて仕事を休んだレイチェル。残ったフィリクスの手を焼いて、遺骨の一部をペンダントの中にしたためた。
宿住まいのメモリアは今は金を稼げない。レイチェルはメモリアを家に招き、翌々日には仕事に向かう。
悲しくとも働かなければ生きれない。けれど一人残されたこの世に、生きる意味などあるのだろうかと、レイチェルの瞳は闇に染まったままだった。
「おい姉ちゃん、今日こそドゥオリザードの討伐の依頼を寄越しな」
「分かりました……」
「おい! このバルド様をなめてんのか! って…………えぇえええ!?」
予想外の受け答えに戸惑うバルド。けれどレイチェルは眉一つ動かさない。
「おい姉ちゃん……顔色が良くないが……」
「なんでもないです。どうぞ、ドゥオリザードの依頼です……」
「い、いや……やっぱり満月熊の依頼にしとくよ……」
「では……こちらをどうぞ……」
ちらちらレイチェルを見返しながらギルドを出て行くバルド。その後も今までの常識を覆す認可を見せて、レイチェルを知る者は遠巻きに様子を伺った。
冒険者がいるにも関わらず、いやに静かで異様な空気。それを知らずにカウンターに訪れる、銀のマッシュヘアがさらりと流れる、銀縁眼鏡の見慣れぬ男。
「隣町のストリクトの冒険者、ルアンです。受付はこちらで良いでしょうか」
「はい……ようこそギルドへ……えぇと……ルアンさん……」
陰気な受付を前にして、目を細めるルアン。
「こちらのギルドは活発と聞いていたんですがね。噂は噂、ですがストリクトよりは依頼の内容も良いでしょう。銀狼の討伐があればお願いします」
「シルウァですね……こちらです。どうぞ――」
差し出された依頼書に手を伸ばすルアン。それを横から透いた手が抜き取った。
「な、なんですか、あなたは……」
右手に依頼書を握る長身の男。それは静かな怒りを湛えるヴェルメリオだった。
「お前は黙ってろ。おい、聞いてるか? レイチェル」
「はぁ……聞いてますが……」
虚ろな目で見上げるレイチェル。瞳は未だに淀んだままだ。
「なぜこの優男の受注を承った」
「……ご希望ですから……」
「ちっ……腑抜けが……」
ヴェルメリオはルアンの方に向き直すと、目の前で依頼書を破り捨てる。
「な、なにを……」
「いいか、お前にこの依頼は早すぎる」
「あなた、失礼にも程がありますね。いったい私の何が気に入らないんですか」
呆れたルアンが、ふうと息衝くその刹那。
「全部だ」
はっと見返すルアンだが、直後にヴェルメリオの拳がルアンの頬を殴り飛ばした。
「ぐあ……」
突然のことに反応できず、ルアンは床に尻もちを着く。
「な、なんなんですか! こいつは……このギルドは! ストリクトより酷い!」
「そう思うならここを去りな。眼鏡のお坊ちゃんには向いてない」
痛む頬をあてがい、ルアンは激しく睨みつける。そんなルアンを見下ろすヴェルメリオの青目は冷ややかだ。
「受付さん……何してるんです。この無法者を摘まみだしてください!」
「……駄目です」
ギルドにあるまじき対応に、ルアンの目は丸まった。
「みんな駄目です。ヴェルメリオさん、暴力は駄目です。ルアンさん、無茶な受注は駄目です。そして一番駄目なのは……この私……」
「…………は? 君はいったい何を言って……」
「Bランクのルアンさんは、軍隊鷹の依頼からにするべきです。私はランク以外にあなたの実力を知りません。だからシルウァの受注は認めません」
「君に一体、なんの権限があって――」
レイチェルとルアンの線上に立ち塞がるヴェルメリオ。合わせてルアンも立ち上がると、ヴェルメリオに食って掛かる。
「どうしてもユースティアでやりたいって言うならな、受付嬢の言い付けを聞け」
「私があなたの言うことを、素直に守るとでも?」
「ストリクト出身なら分かるはずだ。なめられちゃならんが、なめてもいけない」
ルアンは己を取り巻く視線を感じて背後に振り返る。すると数多の冒険者の鋭い眼が、ルアンの一身に集まっていた。
「なるほど。結局どこのギルドも同じということですか。分かりましたよ、ヴェルメリオ先輩。今日は黙ってレティピカを狩ることにします」
依頼書を受け取ると、大人しく背を見せるルアンだったが、扉から出る間際に振り返ると、怒り顔でヴェルメリオに指をさす。
「だが、覚えておけ。一番の序列は年功などではなく、実力だということを! 私がトップになった暁には……貴様を地に這いつくばらせてやる!」
再びルアンが踵を返すと、バタンと大音を立ててギルドの扉は閉められた。
嵐も過ぎ去り、安堵を見せる冒険者たち。その中でヴェルメリオは、一人密かに口端を上げた。
「あの野郎……根性無しかと思いきや、一番大事なことは分かってやがる」