お買い物
支度を終えたレイチェルはメモリアと共にギルドを出る。レイチェルは小柄だが、隣を歩くメモリアも同じ目線で、そんな二人が街中を歩けば――
「おや、レイチェルにもようやく男ができたか」
「ジェイクさん! そんなんじゃないですよ!」
「そうだそうだ!」
「はは、冗談だよ。どっちかってぇと弟みたいだ」
まるで姉弟。色恋沙汰と思う者は皆無だった。
石畳の敷かれた大通りを抜けて、煉瓦造りのジュノン教会を右に曲がった、銀の幹のブナの木の下。石造りの小屋には甲冑の図のペナントが垂れている。
先を行くレイチェルの後をおずおずと付いて行くメモリアだが、店内に入ると同時に好奇心に目の色が変わった。
店内の音に気付いた店主は、品物を磨く手を止めると、青みがかった麗しい結い髪を入口に覗かせる。
「いらっしゃい――って……レイチェルじゃん!」
「こんにちは、ロリカさん。装備を見繕いにきました」
「へぇ、レイチェルも冒険したくなったのか?」
「違いますよ。こちらのメモリアさんの装備です」
レイチェルの掌の示す先、女店主のロリカは装備に見とれるメモリアに目を落とす。
「……ガキじゃねぇか! あたしよりちっちぇぞ!」
「やい! ガキじゃない! 僕にはメモリアって名前があるんだ!」
「ああ、そうかい。誰だろうがお断りはしないがな、金は持ってるんだろうね?」
鋭い睨みを向けられて、メモリアは首をぶんぶんと横に振る。呆れたロリカは頭を抱えるが、そこにがしゃんと大きな音が店に響いた。
「金はないけど鎧はあるぞ」
「これを売って、それで装備を買いたいです」
「……なるほどな。だが知り合いとて、色付けることはしねぇからな」
ごすごすと鈍い足音を立ててカウンターから出てくると、袋の中を覗くロリカ。品定めをはじめると、眉間に寄る険しい皺も次第に緩み解かれていった。
「おお……ちょっと古いが、良い鉄を使ってるじゃないか」
「家の宝なんだぞ。守り神で、ほんとは売りたくなんかないんだからな」
ぷりぷりと頬を膨らますメモリアだが、ロリカは査定をしながらに、呟くようにぼそりと呟く。
「使わねぇ装備なんて意味ないぞ」
「なんだって?」
「一流の装備を眺めて愛でる。これほど無駄なことはねぇってことだ」
鎧を見るロリカの瞳は、忖度のない厳しいものだ。歴史だとか栄光だとか、そういうものは度外視し、有用性だけを見つめている。
「特に金持ちに多いがな。装備は何の為に生まれる? 当然、戦いの為だ。所有者は装備の方が決めるんだ。戦えもしない金持ちどもが、大枚叩いて一流の装備を手に入れた気分に浸ってるがな、装備の方は真の所有者を求めて泣いている」
ロリカに向けた視線を、鈍重なプレートアーマーに落とすメモリア。
「この鎧は、いま泣いてるってことなの?」
「お前にゃ悪いがそういうことだ」
堪えるように目蓋を閉じるメモリアは、ぐっと息を呑み込んだ。そして決意したかのように瞳を開くと――
「売るよ」
「毎度あり」
ロリカの側に歩み寄り、屈むメモリア。くすんだ板金に手を添える。
「じゃあね。いい奴に会えるといいな」
「安心しろ、相応しくない奴には売らねぇよ」
ふっと息を漏らし、ロリカはようやくメモリアに微笑んだ。
その後は鎧を売った金で、レイチェルとロリカが観客の下、メモリアのファッションショーが開催される。
人面蜘蛛の強靭な糸を混ぜ込んだ布の服に、丈夫な要塞牛の革の胸当て。手足は通気と柔軟に富んだ、武装羊の革のグローブにレガースだ。
「こんなん全然強そうに見えないよ!」
「馬鹿が! 強くなくたっていいんだよ!」
「強くなきゃドラゴンに勝てないじゃん!」
「狩る獲物によって装備を変えるに決まってるだろ。で、お前は当分採集だろうが。防御に重きを置いても意味ねぇよ」
なるほどそうかと、メモリアは手を叩く。
「じゃあドラゴン用の装備は売った鎧と同じで、かっこいいやつなのか?」
「金属製のものもあるがな、あの鎧は対人の戦いに向けた装備だ」
「そんなに変わるもんなのか?」
「そうだな。細かな違いはさておいて、人の戦いは当たることを前提とした戦いだ。人は人の動きを知り尽くしているし、だから当たっても良いように身を固める」
次第にメモリアの頭はこんがらがって、ぼさぼさ頭を掻きむしる。
「じゃあ魔物相手の装備は、もっと丈夫で堅いやつなのか?」
「逆だよ。魔物の攻撃は大重量に任せた大胆なもんで、一発喰らえばプレートアーマーだろうがへこんじまう。一発貰うのも危険なのに、鈍重な装備などしてられるか。躱すことが前提で、だから戦闘と探索に適した軽装が冒険者の主流なんだよ」
ふむふむと頷くメモリアだが、新たな疑問を前にまた首を傾げる。
「でもロリカは装備屋だろ? なんでそこまで詳しいんだ?」
「悪かったな。これでもあたしは元冒険者だ」
「そうなのか!?」
するとここで、今まで静観していたレイチェルが前に出る。
「だから私とロリカは顔なじみなんですよ」
「じゃあそしたら! なんでロリカは冒険者をやめたんだ?」
レイチェルとロリカは示し合わせたように目を合わせるが、その眼差しはどこか寂しさが潜んでいる。
ごすごすと鈍い足音を立てるロリカは、遠い眼差しで窓辺に立つ。その不自然な足音に、メモリアはふと目を落とす。
「ま、まさか……」
ロリカがペディコードの裾をたくし上げると、メモリアは足音の正体を垣間見た。
「なめた装備で挑んだ結果がこの義足だ。装備は大切だと、分かってくれるか?」
「……うん、色々言ってごめんなさい」
頭を垂れるメモリアを見て、ロリカは満足そうに頷く。
「私は今のメモリアさんの恰好が、とってもかっこいいと思います!」
メモリアが頭を上げると、レイチェルもロリカも満面の笑みを浮かべていて、つられてメモリアもにかりと笑った。
新たな装いで装備屋を出ると、黄昏に染まるユースティアの町が二人を迎える。
「明日からの依頼が楽しみだ!」