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這い寄るもの

 メモリアの隣の病室を訪れると、そこにはヴェルメリオとルアンが同じ空間を共にする。二人はそっぽを向き合って口を利くことはしないが、それはいがみ合う感情とはまた別の、異質な空気が淀んでいた。


 レイチェルの訪れに気付くと、ルアンは腰を起こして深々と頭を下げる。


「すみません、レイチェルさん。私は……」

「ルアンさんはずっと謝りっぱなしです。ルアンさんがいなければメモリアさんは、足だけでは済まなかったかもしれません」

紅蓮狼(イグニスシルウァ)魔除け玉(スティンクボンバ)を受け付けないほどに興奮していました。恐らく仲間を殺し、共食いをはじめた直後だったのでしょう。非常に気が立っていました」

「いの一番に正しい行動をしたのです。誰にも責めようがありません」

「ですが、たった一撃の体当たりで戦闘不能に陥るとは。面目ないです……」


 ルアンは再び頭を下げるが、現場を知らぬレイチェルは責めることも慰めることもできずに押し黙る。


「仕方ない……」


 振り向くと、そこには先まで寝そべっていたヴェルメリオが腰を起こして前を見つめる。


「質量でいればシルウァは軽い。だがイグニスシルウァは並の個体よりでかかった。おまけにあのスピードをもろに喰らえば、無事でいろというのが無理な話だ」


 慰めを耳にして、顔から険の取れるルアン。普段はいがみ合う間柄だからこそ、愛するレイチェル以上に、ルアンの心に響くものがあったのかもしれない。


「有難うございます、ヴェルメリオさん。我々が生きてここに帰れたのも、あなたがイグニスシルウァを仕留めたからです」

「お前がメモリアを生かして、メモリアだから奴の片目を潰せた。俺一人では勝ててない。それに証拠を持ち帰る余裕もなければ、知るのは俺とお前の二人だけだ」


 向かい合う青と赤の瞳には、互いが互いに信頼に足る仲間に向ける、尊敬の念が込められる。


「三人が仕留めたことを、私がギルドの上層に伝えてみれば……」

「馬鹿を言うなレイチェル。情でなんとかなる話じゃない」


 それでもレイチェルは何か報われるべき方法がないかと模索するが、そんなレイチェルの引け目を否定するように、ルアンは首を横に振った。


「レイチェルさん、危険なイグニスシルウァが消えた事実は変わりません。きっとグラヴィスを襲ったシルウァは、イグニスシルウァを恐れてメイルフィ森林から抜け出した個体だったのでしょう。森が正常に戻ればシルウァも落ち着くはずです」

「……そうですね」

「そんなことを気兼ねするより、生きて帰れたことを喜びましょう」

「……そうですね……本当に本当に……」


 レイチェルはその言葉を噛みしめるように繰り返し、最後には薄く微笑みを残して部屋を出た。


 その背中を見送ったルアンは、ふと溜め息を漏らす。


「悲しみに暮れてしまいそうな心を堪えて……レイチェルさんはお強いですね」

「…………どうかな」


 ヴェルメリオの顔は窓の外、遥か彼方に向いている。


「ヴェルメリオさん、それは……」

「悲しみを越えた先にいる、俺にはそんなような気がしてならない」

「悲しみの先……それは良いことでは?」

「抜け方にも色々あるが、俺の気の迷いかもしれん。それよりこれから、どうするべきかな」


 ヴェルメリオの目がルアンに向くと、示し合わせたように頷き合う。


「そんなものは決まってるでしょう」

「あんまり頼らせ過ぎるなよ。自立できるのが一番だ」



 それから一週間の時が過ぎ、腰の曲がった医師の目はヴェルメリオとルアンの二人を見上げている。


「二人とも、なんちゅう回復力だ。常人なら一か月はかかるじゃろうに」

「生憎、冒険者は並じゃないんだ。明日にでも軽い依頼からこなしていくつもりだ」

「先生、お世話になりました。最後に一つ、メモリアさんの部屋に寄って行っても構わないでしょうか」

「もちろんじゃ」


 ルアンが戸を叩くと、少しの間を置いてメモリアの返事が聞こえてくる。


 部屋に入ると、腰を起こしたメモリアが二人の訪れを笑顔で迎えた。


「今日から二人とも復帰かぁ。僕はもう退屈しちゃったよ」

「メモリアさんも義足が出来上がれば、すぐに外を歩けるようになりますよ」

「ロリカにはとっとと用意しろと言っておく」


 ロリカは自身が義足になることで、義足の改良などにも携わる。決して走ることはできないが、それでも皆はメモリアの復帰を待ち焦がれる。


「ありがとう」


 頭を下げるメモリアは素直で健気で、そんな少年の今後を思うに、ルアンは目のやり場を失くしてしまう。


「あの……その……メモリアさんはこれから……」

「レイチェルに誘われてね、とりあえずギルドの受付をやろうと思うんだ。レマインス村に戻っても、足が無ければ農耕だって難しい……厄介者扱いされちゃうよ」


 メモリアの見せる少しの陰りに、ルアンは密かに拳を握る。


「全力でサポート致します。何か困ったことがあれば、気軽に言ってくださいね」

「おいメモリア、甘えるなよ。腑抜けやがったら俺は手を貸さんからな」

「まったくもう、いいじゃないですか。今のメモリアさんの容態を鑑みれば――」

「メモリアの未来を鑑みればな――」


 そしていつも通りぎゃあぎゃあと、騒ぎながらに病室を去る。


 そんな二人をメモリアは笑って見送り、その後はどっと肩を落とすと、意識を落とすように横になった。

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