決意
眠りから覚めると、ぼんやりと浮かぶ影には二つのおさげが揺れていた。
メモリアは小さな体を起こして見渡すと、そこはくつろぎ香草の香りの漂う、見慣れぬ部屋のベッドの上だった。
「えぇと……ここは……」
「おはようございます、メモリアさん。ここはユースティアの町病院ですよ」
レイチェルの顔を見て、ふと安堵の表情が漏れるメモリアだが、すぐに不安げな面持ちに切り替わる。
「レイチェル……ヴェルメリオとルアンは?」
「お二人とも別の部屋で休まれてます」
二人の安否を知れて、ようやく大きなため息を吐き出すメモリア。その目はどこを見るでもなく、がらんとした宙を見上げる。
「良かった……もう駄目かと思ったから」
「そうですね……生きているなら十分です」
「紅蓮狼がいたんだ」
「…………」
「メイルフィ森林はとても静かで、魔物の気配も全然なくて。ヴェルメリオもルアンもおかしいって……先へ進むと、森の奥には仲間を喰らう赤毛のシルウァがいて、そいつと僕は目が合ったんだ」
年季の入った病院のベッドは小刻みに軋んで悲鳴をあげる。見れば脇を抱えるメモリアが震えていた。
「体の固まった僕をルアンが突き飛ばして、代わりにルアンが体当たりを喰らって……それでシルウァがルアンに喰いかかろうとしたから、僕はシルウァに飛び掛かったんだ」
掌を見つめると、脅えを抑えるように拳を握り締めるメモリア。その手には確かな手ごたえが残っている。
「僕は無我夢中で暴れて、レガースの上から右足を噛まれて、それでも諦めずにナイフをシルウァの目に突き刺したんだ。刺した拍子に投げ出されて、その後は何も覚えてないや……」
「メモリアさんは勇敢です」
「ありがと、レイチェル。でもまだ足が痛むんだ」
メモリアの手が腰下の毛布を掴むと、不意にレイチェルの掌が重ねられた。
「メモリアさん……」
「え? どうしたの?」
「命があって何よりです」
「ほんとだね。何にも代えられないよ」
レイチェルが掌を除けるとメモリアは毛布を捲り、そこには確かに痛みを感じる、あるべきものが見当たらなかった。
「あ……足が……僕の足が……」
膝下のベッドに手を添えるメモリアは、何もない空間を必死にまさぐる。
「い、痛いんだ……確かに右足が痛いんだ……膝から下に痛みを感じて……つま先だって痛いんだよ!? 僕の目がおかしくなっちゃったのかな……」
「…………」
「ね、ねぇ……間違ってるって言ってよ! だって僕は噛まれたけど、鋼のレガースの上からだったし、食いちぎられてなんか……」
「はい、確かにメモリアさんの足はシルウァに食いちぎられてなんていません」
「あはは……やっぱり……僕は夢でも――」
「手術で切断しましたから」
動かす手はぴたりと止まって、張り付く笑みは驚愕に凍り付いた。
「せ、せつ……」
「医師が切断しました。メモリアさんには意識が無かったので、私が判断して膝下の切断をお願いしました」
「でも……足の痛みは……感覚は……」
「幻肢と言われるそうです。失くした部分に痛みや感覚を伴う。ロリカも同じく、今でも痛みを感じることがあるそうです」
レイチェルを見る目は次第に淀んでいって、眼力には無垢のかけらもない、恨みの念が込められる。
「なんで……なんでそんな選択を……」
「メモリアさんの足は壊死がはじまり、とても危険な状態でした。感染症を防ぐ為にも切断を選びました」
「そんな、僕はどうしたら……これじゃ冒険はできない。走ることだって……」
頭を抱えるメモリアは、次に膝を押さえて、再びなき膝下に手を伸ばすと――
「い、痛い……痛い痛い! 足が……ぐぅううううううぅぅぅ」
痛みに悶えるメモリアの背にレイチェルは手を伸ばす。そんなレイチェルの慰めを、メモリアは拒むように振り払った。
「なんで! なんでなんでなんで!」
軽蔑の眼差しを向けるメモリアにレイチェルは真っすぐに見つめ返す。涙は見せないが、レイチェルの瞳は哀しみに満ち満ちて、メモリアはレイチェルのレイチェル足るを思い出すと――
「う、うぐっ……ううう……」
足を失った悲しみか、レイチェルを責めた後悔なのか。わんわんと泣き叫び、そんなメモリアをレイチェルは優しく抱き寄せる。
「大丈夫です、メモリアさん。大丈夫ですから……」
その後は痛み止めの薬を飲ませて、副作用で眠りに落ちるメモリア。すうすうと息衝く、疲れ果てた寝顔を見下ろすレイチェルの手は固く握り締められていた。