決断の時
メイルフィ森林はケレスティ高原を抜けた先。歩けば片道三日の距離がある。安易に近付ける場所ではなく、三人の目撃情報は冒険者の口から出なかった。
待つことしかできないレイチェルは片手にペンダントを握り締め、毎朝を礼拝堂で祈りを捧げるのが習慣となった。
夜明け前の静かなる教会。そこには過去に冒険者の父を亡くした少女が、ひとり神を前に祈りを捧げていた。恐らく孤独になったその日から、毎日毎日を足繁く通うのだろう。
レイチェルは自身の身の上が恵まれたものだと改め直し、また運命の悪戯によっては、己より幼い少女に未来の自分の姿を重ねた。
ギルドの受付に立つと、なるべくいつも通りに仕事をこなし、そんなレイチェルに冒険者たちは、取り立てて三人の話題をすることはなかったが、バルドだけはレイチェルに頭を下げた。
「悪いな……グラヴィスの代わりに俺が謝る」
「バルドさんが責任を感じることではありません。もちろんグラヴィスさんもです」
「だが……あんなことがなければ、ヴェルメリオ達はシルウァを狩ろうとは……」
「因縁は以前からありました。宿命だったんです。これはグラヴィスさんの敵討ちだと、バルドさんも成功をお祈りください」
「ああ……分かったよ。だが宿命とするなら――」
祈っても変わりないのではと。フィリクスもグラヴィスも死ぬ運命にあったのなら、ヴェルメリオたちも宿命に従うほかないのではと。バルドはその言葉を呑み込んでギルドを後にした。
翌日はメモリアとヴェルメリオにルアンの三人が、ギルドを発って六日目になる。順調に旅が進んでいれば、そろそろ帰って来てもよい頃合い。レイチェルの中でも緊張が高まり、ギルドはいつになくぴりぴりとしている。
昼の時間には魔物図鑑を片手に、レナトゥリアのページで目が留まる。ふと心にゆとりが訪れるが、はっとしたレイチェルは首を振ると、図鑑を閉じて昼食に耽った。
七日目の朝に礼拝堂に赴くと、いつもの少女が祭壇の前に倒れていた。駆け寄って抱き上げるも息はなく、手には亡き父の形見のナイフを握る。血だまりの中での死に顔はとても穏やかだった。
レイチェルはその日の夜に夢を見た。遥かな空を飛び回り、目下には威厳の聳える雪山に、底知れぬ大らかな大海に、未知に煌めく異国の町が広がる。最後には人の寄り付かぬ厳かな秘境に降り立つと、泉のほとりの洞穴で体を丸めて息を潜める。
そして八日目。
閉業近くのギルドに現れたのは、メモリアとルアンの二人を担ぐ、血に塗れたヴェルメリオだった。
「ヴェルメリオさん!」
辿り着くなりヴェルメリオは床に倒れ伏す。カウンターを回り駆け寄ると、朧げな瞳でレイチェルを見上げるヴェルメリオは、息も絶え絶えに口元を震わせる。
「ヴェルメリオさん、すぐに医師を呼びます――」
「…………す…………ん…………」
「ヴェルメリオさん?」
「……すまん……約束を……すまない……」
レイチェルは込み上げる涙をぐっと堪え、振り返ると声を大に叫んだ。
「冒険者の皆さん! 三人を運ぶのを手伝ってください!」
ギルドの中の医務室に運ばれて、医師の治療を受ける三人。全員が全員深い傷を負っているが、特にメモリアの右足の噛み傷が酷かった。
「噛まれてから時間が経ちすぎておる……壊死がはじまり、これはもう……」
「そんな……なんとかならないんですか!?」
「分からん。上手くいけば治る可能性もあるかもしれぬ。しかし腐った部位からは病を運ぶ。高熱に悪寒に、内臓にも異常をきたす病じゃ。その場合は命に関わる」
目を落とすと汗ばむメモリアが息を上げる。すでに意識はなく、決断はレイチェルに迫られる。
脳裏に浮かぶのは、ホールを元気に駆け回るメモリアの姿。決断すれば二度と見られない。しかし決断しなければ、カウンター越しに見上げるメモリアの無垢。無邪気な笑顔を見ることが、永久に叶わなくなる可能性を潜んでいる。
ペンダントを片手に握り締め、意を決したレイチェルは医師を見上げると――
「先生――」