運命の日
一か月の時が過ぎ、Cランクとなったメモリアはますます狩りに励む。メモリアに付きっきりでなくなると、ヴェルメリオとルアンも同じ目的地の依頼を受けるようになった。
狩りは移動時間がほぼなのだから、回転を良くするなんてのは不可能で、基本的にはパーティを組めば組むほどに能率は下がっていく。彼らにも生活があるのだから、一往復で三つの依頼をこなすことで能率を上げていった。
依頼の難易度は日を追うごとに増していくが、三人の成長はそれ以上に目覚ましく、顔には自信が満ち満ちて、見た目にも装備が充実し、そして更にひと月が経ったある日のこと。
彼らは遂に、レイチェルに話を切り出した。
「メイルフィ森林に行く。銀狼の依頼を寄越すんだ」
「…………」
レイチェルはこれまでの成長を間近で見て、彼らがシルウァに挑むに足る実力を持つことを知っている。否定はできず、けれど肯定もできずに黙るレイチェル。
「レイチェルさん、安心してください。メモリアさんはCランクですが、戦闘という一点に於いてはBランク中堅に位置してます。草花の知識や採取の技術は足りませんが、シルウァの討伐には影響しません」
穏やかなルアンの微笑み、それを失うのが怖いから。
「僕はとっても強くなったんだ! 信じて、レイチェル!」
快活なメモリアの明るさ、それを失うのが怖いから。
「もう余計なお世話とは言わん。お前の気持ちは分かるつもりだ」
もう二度と、大切な人を失いたくないから。
「…………」
眼鏡の奥に瞳を隠し、押し黙るレイチェル。メモリアは両手を広げて飛び跳ねてみせた。
「見てよ! 装備もちゃんと揃えたよ! ロリカが選んでくれたんだ!」
「ですが……そのロリカはシルウァに右足を……」
話の先に続く、ロリカに訪れた悲劇に恐れを為して、言葉を失くすレイチェル。そんなレイチェルを見たヴェルメリオが、一歩前に踏み出した。
「あの時は俺もロリカも自惚れていた。しかし今は違う。ロリカはシルウァに適した装備を知り、そして選んでくれた。俺たちは油断もしていない。今の俺たち三人が、フィリクスに劣っているように見えるか?」
「…………」
「俺もレイチェルもシルウァに固執してる。俺は仇として、お前はトラウマとして。今日この日を境に、共に呪縛から解かれよう」
皆の視線を一心に受け、無言を貫くレイチェルの口が細く開かれると――
「…………駄目です」
レイチェルの返しにメモリアが身を乗り出すが、その肩をヴェルメリオが掴んで止める。よくよく見ると、俯くレイチェルの肩は小刻みに震えていた。
「死んじゃ駄目です。怪我しても駄目です。駄目なんですから……」
見上げるレイチェルの瞳は潤んでおり、雫は今にも溢れそうだ。
「お願い……それだけを約束して……」
見合わせる三人は頷き合うと、揃って白い歯を覗かせた。
「死んでたまるか」
「なぜなら私たちは」
「レイチェルを泣かせないって決めたから!」
三人の決意を耳にして、ぐっと涙を堪えるレイチェル。鼻の奥がツンと痛む。
「ずるい……それじゃあ泣けないじゃないですか……」
俯くレイチェルの頭にメモリアの手が伸びてきて、そっと優しく髪を撫でる。
「僕たちは死なないよ。だからレイチェルも泣かないで」
「……うん」
ギルドを出て、北へ向かう三人を外まで見送るレイチェル。背中が見えなくなり、屋内に戻る間際のこと、ふと見上げるレイチェルは、高い空を南へ向かう赤い竜を目にした。
「フィリクスさん……共にお祈りください……」