幸せの重奏
タンタンタンという石段の音と、それに続く二つの怒鳴り声が、レイチェルの心を昂らせるお決まりの合図。
「いやったぁあああ! 要塞牛を仕留めたぞぉおおお!」
藍鉄色の胸当てに、腰にはオルド鋼の短剣を差したメモリアが、いの一番にレイチェルに下に駆けて来る。
続いてカウンターに現れるのは、お馴染みの微笑ましい小競り合いを繰り返すヴェルメリオとルアンの二人。
「――そもそも、デュロバッカを毒無しで倒そうなんて無謀過ぎます!」
「肉が駄目になるからだ!」
「ヴェネーニュ毒は加熱すれば無毒化しますから!」
「無毒の方が高く付く!」
「まったく……いつか死にますよ!」
「死なん! 死ぬのは実力不足の貴様の方だ!」
「何ですって!? この分からず屋!」
「何だと! あんぽんたんめ!」
バチバチと視線が火花を散らして、カウンターを前にしてそっぽを向くヴェルメリオとルアン。メモリアは縋るようにレイチェルを見上げる。
「何とかしてくれよ、二人とも教えることが違うんだ」
「俺のが正しい!」
「私ですから!」
二人は再び睨み合って、またすぐに目を逸らす。困ったような笑みを浮かべるレイチェルは宥めるようにメモリアに諭した。
「ベテランさんは各々のやり方がありますから。素人の私が口出しできることではありませんが……フィリクスさんは毒を使わずに狩ってましたね」
レイチェルの言葉にめざとく耳を動かすヴェルメリオ。
「ほら見ろ!」
「先生には技術があるからです」
「だったら俺も構わんだろうが!」
「あなたはまだまだ足りないですから」
「減らず口を……」
「大体ですね、メモリアさんに教えることを鑑みれば毒を使うことが正解です」
「メモリアの才能を鑑みれば、使わないことが早道だ!」
口を開けばいがみ合う二人を差し置いて、メモリアは腰の短剣をカウンターに置いてみせた。
「すごいんだぞ! 新しくロリカから買ったこの短剣。分厚いデュロバッカの皮膚も貫くんだ!」
「胸当ても格好いいですよ。どちらもオルド鋼だなんて贅沢ですね」
「サービスして安くしてくれたんだ。じいちゃんの鎧が高値で売れたんだって!」
「あら、色は付けないと言っていたのに……相変わらず甘々ですね」
噂をすれば、ごすごすと鈍い足音が床に響き、カウンターに訪れたのは白毛を靡かせるロリカだった。
「あれれ? ロリカは冒険者じゃないんでしょ?」
「ようチビ。何も冒険者だけがギルドに用がある訳じゃねぇ」
「じゃあ何をしにきたの?」
「そりゃあお前、ギルドは素材を扱うんだから、そっち目当ての人間も――って……くそうるせぇな」
騒ぐヴェルメリオとルアンの方に目を向けて、ロリカの白い瞳は見開かれる。
「ヴェルメリオじゃねぇか! 最近は店に顔見せねぇな」
「ロリカ……まぁ、今は狩りの指導をしてやってるところだ」
「はぁ? お前がか? ちゃんちゃらおかしいっての」
「ちっ……前にも増して口の汚い女だ」
目を細めるヴェルメリオの瞳は、以前に比べて澄んだ青色に見えて、険の取れたロリカの顔は生来の柔らかさを覗かせる。
「ま、お互い変わったってことだな。今のヴェルメリオも格好いいよ」
「……用が済んだらとっとと出て行け」
「はいはい」
ロリカは納品を纏めるフェルナンドの方に声を掛けて、その間レイチェルにひそひそと囁くメモリア。
「二人はなんだか付き合ってたみたいだね、ね!」
「あら、おませさんですね。ですが少し事情は違います」
「おい……聞こえてんぞ」
じろりと睨みを利かすレイチェルは、品物を受け取ると、ごすごすと足音を立ててギルドを後にする。ヴェルメリオは振り返らず、背を向け合う金の髪と白の髪。
そんな二人を見つめるレイチェルの眼は寂し気だ。
「昔は戦いの中で背を預け合う仲だったんですよ。白金の双角と言われた、稀代のルーキーだったんです」
「余計なことは言わんでいい」
物憂げな面持ちを浮かべるヴェルメリオに、ルアンも神妙な様子で口を閉じる。少しの重苦しさが漂うが、微笑むレイチェルが口を開いた。
「そして今は無敵のトリオですね」
レイチェルの一言に、ぱぁっと明るい顔を覗かせるメモリア。
「フィリクスも入れてカルテッドだよ!」
「確かに!」
「心を通わすというのなら、レイチェルさんも入れてクインテットです」
「わ、私も?」
「当然ですよ!」
うんうんと首を振るメモリアに、静かに頷くヴェルメリオ。レイチェルの目頭はじんわりと温まる。
「お気持ちだけでも、とても嬉しいです」
メモリアはヴェルメリオの方に向き直すと、小さな身体を目いっぱい伸ばして腕を掲げた。
「はいはい! 次はロリカも飲みに誘おうよ!」
「やめとけ……あいつは死ぬほど酒癖が悪い」
「それをあなたが言いますか」
「お前も似たようなもんだろうが!」
そして再びぎゃあぎゃあと、賑やかな雰囲気にレイチェルの疎外感も少しだけ和らいだ。