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保守の心と昇華の心

 翌朝のカルム教会ではグラヴィスの弔いが執り行われた。場にはグラヴィスを知る冒険者に加えて、メモリアとルアンも訪れる。


「ルアンさんはグラヴィスさんをご存知で?」

「知りません。話したこともなく、顔を見たことがあるかなといった程度です」

「ではなぜ……」


 レイチェルと並びグラヴィスの亡骸を見るルアン。その目は旧き仲間を惜しむように潤んでいる。


「ストリクトではこういう繋がりはありませんでした。みな己だけが大事ですし、冒険者が冒険者を狙う事件も多かったものです」

「悲しいですが……それが常識の方なんです」


 厳しい現実を前に目を落とすレイチェルだが、ルアンの足がレイチェルの方へ向いて、気付いたレイチェルが右隣に見上げると、燃える赤眼が真っすぐに見つめていた。


「レイチェルさん。だからですよ。私がこちらの側に立つことで、常識の勢力図は一つだけ変わりました」

「ルアンさん……」

「こちらを正しいと思うならば、常識の方を変えましょう」

「……はい」


 グラヴィスは十字架の下に埋葬され、列を作って献花を添えていく。レイチェルも列の後ろに並んだところで、メモリアが背を叩いた。


「レイチェル、この天昇花(サブリマリリー)をどうぞ」

「えと、献花は持ってますが……」

「ヴェルメリオの分だよ。あいつ、こんな時にも恰好つけて出てこないんだ」


 メモリアの後ろでは呆れたルアンが肩を竦める。不謹慎かもしれないが、レイチェルはくすと息を漏れだした。


 一通りの祭儀を終えた後、バルドは十字架を抱き締めておいおいと泣き、それを宥める神父。見かねた冒険者たちが引っぺがし、お前に涙は似合わねぇ、酒飲んで弔うぞと声を掛けると、バルドは確かにと豪快に笑った。


 冒険者の葬儀、最後は笑って見送ることが多い。悲しみに暮れれば、死の恐怖に呑み込まれてしまうから。


 それからレイチェルは仕事に戻り、暫くするとヴェルメリオを交えたメモリアとルアンが顔を出す。


「おや、今日もお酒をご希望ですか? まだまだ夜には長いですが」


 すると三人は意味深に顔を見合わせて、ヴェルメリオに背中を押されて前に出るのはメモリアだった。


「違うんだ、レイチェル。さっきみんなで話をしてね、これからはパーティを組むことにしたんだよ!」

「ほ、本当ですか!? 嘘! だってヴェルメリオさんとルアンさんは!」


 睨み合い、そっぽを向き合うヴェルメリオとルアン。


「ほら!」


 指を差すレイチェルに目を移し、切り出したのはヴェルメリオ。


「最近は物騒な事件が多いからな。レナトゥリアはともかく、シルウァを野放しにはできん」

「では、シルウァを狩る為に……」

「今のメモリアさんでは厳しいです。我々だってレイチェルさんの言う通り、群れを相手取るのは骨が折れます。メモリアさんを我々で鍛え上げて、それで三人でシルウァに立ち向かおうと。駄目ですかね?」


 困り顔で首を傾げるルアン。レイチェルは目を合わせることができずに俯くと――


「いえ、とても立派なご判断です。これでは駄目と言えなくなってしまいました」

「えぇ! レイチェルは駄目って言いたいの!?」

「メモリアさん、レイチェルさんは我々のことを心配してくれているのですよ」

「ふん、俺は一人でも大丈夫だと言ったんだがな……」


 はっとして顔を見上げるレイチェル。面持ちは次第に不安げなものに移り変わる。


「一人は駄目です……でもみんななら駄目とは言いません。ですが……くれぐれも、紅蓮狼(イグニスシルウァ)を見つけたら……」


 続く言葉を失くすレイチェルに、ふんと鼻を鳴らすヴェルメリオ。


「フィリクスが見たと言っていたあれか」

「嘘などでは!」

「嘘などとは言っとらん。むしろフィリクスが言うなら信憑性は高いと俺は思う。そして目撃したフィリクスが当時を生きて帰れたなら、必ずしも絶望だけとは限らんということだ」

「その時は絶対に……逃げてくださいね」


 まるで通夜が続くような雰囲気だが、メモリアは穏やかな笑みを浮かべると、カウンター越しにレイチェルの顔を覗き込む。


「大丈夫だよ! 魔除け玉(スティンクボンバ)を三つも投げれば、シルウァの鼻も曲がっちゃうって!」

「メモリアの言う通り、シルウァは匂いに敏感だ。グラヴィスがその場でやられなかったのも、魔除け玉(スティンクボンバ)がシルウァにとってそうとう堪えたからだろうな」


 眼鏡の上縁から三人を見つめるレイチェルは、無言の静寂の中で頷いた。


「何はともあれ、まずはこのガキを鍛えなければ話にならん」

「今日は暴れ猪(レイジボア)を狩りに行こうと思います」

「レイジボア……メモリアさんには……」

「大丈夫。メモリアさんに狩らせる訳ではありません。狩るところを見て頂こうということです。私もそうして学んできましたから……フィリクス先生に……」

「え?」


 レイチェルの目は丸まって、ルアンの目には懐旧が浮かぶ。そんなルアンの肩をヴェルメリオが軽く小突いた。


「こいつ、昔に同じ狩場でフィリクスに会ったそうだ。その時に命を助けてもらった恩があるんだってな」

「その後は狩場を合わせて幾度か学ばせて頂きました。ユースティアの話も聞いて、いつかは行きたいと思っていたのですが……」

「だからルアンさんの採取は綺麗なのですね。ヴェルメリオさんも見た目と違って丁寧ですし……」

「失礼な奴だな」


 そうしてギルドのホールは、いつも通りで愛おしい、陽気な笑いに包まれた。


「……フィリクスの意志はこうして生きてる。そして今ひとつに繋がったんだ」


 ヴェルメリオのその言葉はみなの心に染み渡り、頷き合う三人はギルドのカウンターに背を向けた。


「では行きましょう」

「なにを、お前が仕切ってやがる」

「なんですって? 実力がものをいうと申したはずですが」

「やめてよ、二人とも……」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながらにギルドを発つ三人。その背中を見つめるレイチェルの瞳は悲し気だ。


「私だけ、置いてけぼりか……」

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