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飲みにケーション

 ギルドの隅の一角では、メモリアとヴェルメリオ、そしてルアンの三人組が、縮こまるように椅子に腰掛ける。


「ちっ、なんでこんな奴と酒を飲まねばならんのだ」

「それはこっちの台詞です。レイチェルさんの誘いでなければ口を利くこともないでしょうね」


 口を開けばいがみ合い、睨み合う二人。最年少のメモリアが口を挟む。


「やめなよ、二人とも」


 異質な無言が彼らを包み、終始緊張した空気がギルドを取り巻く。


 唯一変わらないレイチェルは最後の冒険者を見送ると、扉を閉めて錠をかける。仕事も終わりふうと一息、柔らかに微笑みかけると――


「さあ、行きましょう」

「うん!」

「ええ……」

「ちっ……」


 裏口からギルドを出て、夜の町を歩く四人。目的地は同じにするが、妙な間が空いている。


「手を繋ぎません?」


 静まり返る夜の道で、ふとレイチェルが言葉を漏らした。


「誰が繋ぐか!」


 いち早く返すのは激昂するヴェルメリオ。


「繋ぎませんよ! 今は……」


 赤らむルアンが後に続いて。


「繋ごう繋ごう!」


 最後はメモリアのはしゃぎ声が冷たい夜の空に高鳴った。


 結局レイチェルとメモリアだけが手を繋いで、先行く二人をヴェルメリオとルアンがむくれ面で付いて行く。


 酒屋ではいつものように陽気な明かりと快活な声が漏れ出していて、中は乱闘まで勃発する始末。そんな喧騒も異色の四人組の登場に鎮まりをみせる。


 店内を一望し、目を細めるヴェルメリオ。フィリクスなきユースティアでは、誰しもがヴェルメリオを次なるトップと認めていて、またルアンをダークホースと見る者も少なくない。


「見世物じゃねぇ! 俺は帰る!」


 不機嫌なヴェルメリオが踵を返すと同時に、レイチェルが肩を押さえて蹲る。


「ど、どうしましたか!?」

「だだだ、大丈夫!? レイチェル!」


 失意に項垂れるレイチェル。目縁を伝って零れる涙が、ぱたぱたと床にシミを作り出した。


「お、おい……」

「しくしくしく、ヴェルメリオさんは約束を破るのですね。私の肩を小突いたことも謝らず、このまま帰るのですね……」


 おいおいとすすり泣くレイチェル。心が疼くヴェルメリオは、周囲の視線に耐え兼ねて頷いた。


「ぐ……分かった……付き合ってやるから、その猿芝居をやめろ」


 ぐずり声がぴたりと止むと、レイチェルは満面の笑みでヴェルメリオを見上げた。


「やったぁ! ヴェルメリオさんの奢りです!」

「やったー! サンキュー、ヴェルメリオ!」

「ふふ、たらふく飲んでやりましょうか!」

「て、てめぇら……」


 怒るヴェルメリオは座る卓を探して辺りを見回し、それを因縁かと違えた乱闘中の男たちは、愛想笑いを張り付けて隅に寄った。


「皆さん何を頼まれますか? 私は淡冷麦酒(グラキエール)で」

「僕は花蜜果汁(ネクタルユース)!」

「それ、お酒じゃないでしょう。私はレイチェルさんと同じで」

「俺は……カカリカー……」


 ヴェルメリオの注文を聞いたレイチェルは口元を手で押さえ、ルアンは思わず咳き込んだ。


ココア酒(カカリカー)って……お子ちゃまですか!?」

「駄目です! ルアンさん……ぷぷ……笑っちゃ駄目です……ぷくく……」


 怒りの頂点に達したヴェルメリオは、ここで遂に声を張り上げた。


淡冷麦酒(グラキエール)だ! 俺にも淡冷麦酒(グラキエール)を持ってこい!」


 むすっと腕を組むヴェルメリオに向けて、やれやれとルアンは掌を返す。


「無理しちゃって」

「無理などしとらん」

「今からカカリカーに変えましょうか?」

「おい貴様、あまり俺をなめると……」

「どうするんですか? 喧嘩でもしますか? ですがここは酒場です」


 ヴェルメリオの怒りの拳が強く卓上を叩き付ける。


「上等だ!」


 店主を呼びつけ追加の注文をするヴェルメリオ。ルアンとの間には十もの淡冷麦酒(グラキエール)が整然と並ぶ。


「飲み比べだなんて、せっかくのお酒がもったいないです」

「こればかりは男の世界だ。口出し無用」

「レイチェルさん、応援よろしくお願いします」


 意気揚々と二人の境に手を伸ばすメモリア。ヴェルメリオの顰め面とルアンのしたり顔を交互に見て――


「いくぞぉ! よーい……ドン!」


 掛け声と同時にマグを傾けるヴェルメリオとルアン。ぐびぐびと喉を鳴らし、一杯目を飲み干すと、続けて二杯目のマグに手を掛けて――


 二人同時に椅子ごとぶっ倒れたのだった。


「……噓でしょ」

「二人とも弱すぎ……」


 その後に目を覚ますヴェルメリオとルアン。椅子を起こして這い上がると、卓上には空のマグが十並ぶ。


「二人がお休み中に美味しく頂かせてもらいました」


 新たなマグを片手にレイチェルはケロッとしている。


「さすがです」

「化物か……」


 その後は復活した二人も交えて、再び酒の席を楽しむ四人。


 ヴェルメリオの失敗談が笑いを生み、ルアンの苦労話が涙を誘い、メモリアのバカ騒ぎを嗜めて、レイチェルの笑顔を肴にする。


「あひゃひゃ、楽しいでーす!」

「れいへるさぁぁん、私もろろろろ、たのひいれぇえす!」

「ぐう……ひっぐ……しくしく」

「ヴェルメリオ泣くなー! 僕がついてるよぉおおお!」


 ヴェルメリオとルアンはもちろんのこと、酒の進んだレイチェルも普通に酔って、素面(しらふ)のメモリアすら空気に吞まれて酔いはじめる。


 飲みの場はカオスの領域にまで突入し、四人を取り巻く世界はいつまでも賑やかだった。

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