厳しい条件
夕焼けの訪れとともに閉業の時間が近付く頃合い。聞き慣れた石段の音が響いて、メモリアとヴェルメリオのでこぼこコンビが帰ってくる。
「帰ったぞぉ!」
到着するなり、ギルド中を駆け回るメモリア。冒険者たちはやれやれ敵わんと、呆れながらに笑みを零す。
「くそガキ……信じられん体力だ」
ヴェルメリオの方は呆れているのか感心しているのか、誰に伝えるでもなく呟いた。
「どうでしたか? うまくいきましたか?」
「おいメモリア、見せてやれ」
「がってん! 見てよレイチェル! 大量だ!」
布袋をひっくり返すと、中からはどさどさと蜜袋が転がり出る。
「凄い……凄すぎです! ですが少々狩り過ぎでは?」
「ちゃんと巣はとっといてあるから安心しろ。女王を叩いたら洒落にならんからな」
「ねぇねぇ! 女王蜂は強いのか?」
「違いますよ。むしろ女王は大きすぎて飛べず、兵隊より弱いとされてます。問題は女王しか卵を産めないということ」
「女王を狩れば巣は壊滅、狩場を一つ失うことになる。それくらい自分で考えろ」
しゅんとするメモリアにつんとするヴェルメリオ。それを見るレイチェルの顔には朗らかな笑みが零れる。
「終わったのなら、早く順番を譲ってもらえません?」
三者三様の目の向く先には、腕組みして構える不機嫌なルアンの姿があった。
「せっかちなやつだ。少しくらい待てんのか」
「なんですって?」
ヴェルメリオとルアンの視線がバチバチと火花を散らす。
「あわわ……」
戸惑うメモリアを見て、レイチェルにくすぶるのは母心。席を立ったレイチェルは、いがみ合うヴェルメリオとルアンの間に割って入った。
「や、やめてください……冷静に……」
「お前は引っ込んでろ」
ヴェルメリオはレイチェルの肩を軽く小突いたつもりだったが、小柄なレイチェルはそのまま床に尻もちを着く。
「きゃ」
直後にヴェルメリオが鳴らした舌打ちは、力加減を誤った己に対して。しかし端から見るルアンはそうは思わない。
「あなた……いま自分が何をしたか分かってますか」
「なんだと?」
握る両拳を震わせるルアンは、眼鏡の奥の赤目を光らせた。
「女性に……レイチェルさんに手を上げるとは、この野蛮人め!」
ルアンは胸倉に掴み掛かり、引けないヴェルメリオは嘲るように見下した。
「はっ、初対面ではあれだけ上から見ておいて、レイチェルに惚れたのか?」
「そんなことは一言も言ってないでしょう!」
口ではそう言いつつも、激昂とは異なる赤みを差すルアンを見て、ヴェルメリオはここぞとばかりに高らかに笑ってみせる。
「おいおい、男の嫉妬とは醜いなぁ!」
「だから! 勝手を言うなぁ!」
遂には右拳を振り上げて殴り掛からんとするルアン。応じるヴェルメリオも合わせて拳を握り――
「やめなさぁああああああい!」
内壁を揺らすほどの大音声に、ギルドの時はぴたりと止まる。
「冒険者同士で争ってどうするんですか!」
「ですが……この男が順番を譲らないから!」
「なんだと? お前が吹っ掛けてきたんだろ!」
そして再び動き出す時の歯車。レイチェルを交えて、三人のヴォルテージは高まりをみせるも――
「どっちが悪いじゃありません! 二人とも幼稚です!」
「おいおい、幼稚ってのは節操のないメモリアみたいな――」
「ふざけないでください! メモリアさんは駄目なことはちゃんと謝れる、とっても良い子なんです! あなた達のような単細胞とは違います!」
いち早く怒りのウィニングポストを突破したのは、先行のルアンでも差しのヴェルメリオでもなく、後発で駆け出したレイチェルの追い込みだった。
「た……」
「単細胞……」
ゴールを前に抜き去られ、唖然とするルアンとヴェルメリオ。怒れるレイチェルはまずルアンの胸に指を突き付ける。
「我慢できないルアンさん」
振り返ると、ヴェルメリオの胸にも指を突き付ける。
「人のせいにするヴェルメリオさん」
そして最後は二人に向き、高らかに声を張り上げた。
「お二人の方が幼稚です!」
怒るタイミングの遅れを取り、あまつ正論を突き付けられ、ばつが悪そうにするルアンとヴェルメリオ。
「すみません……」
「悪い……」
しかしレイチェルの手は依然として腰の上でどんと構える。怒り顔は収まる気配をみせない。
「駄目です。許しません!」
二人はおずおずと顔を見合わせて、レイチェルに向き直す。
「じゃあ……」
「どうしたら……」
ふんと鼻息を繰り出すレイチェル。険しさをみせるレイチェルの、許しを得る為の厳しい条件とは――
「お酒です!」
「……え」
「と……」
「お酒です!」
こうして閉業した後に、四人で酒屋に飲みに行くことが約束されたのだった。