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図鑑と慰め

 ルアンを見送ったその日、メモリアはギルドに帰ってこなかった。南方のメリディオンの森は比較的安全であるが、ユースティアからは距離がある。


 不安を抱えるレイチェルだが、閉業間際に戻ってきた同じくメリディオンの森に赴いていたバルドの目撃証言では、草むらを丹念に捜索するメモリアと、檄を飛ばすヴェルメリオの声が聞こえたらしい。


 案の定、翌日の早朝には受付に訪れるメモリア。


「心配しましたよ、メモリアさん」

「ごめんね、帯電粘液(チャージスライム)を見つけるのに苦労しちゃって」

「昨晩は野営をしたのですか?」

「ううん、夜にはユースティアに戻ったよ。一日経っちゃったけど、ヴェルメリオが鮮度の保ち方を教えてくれたんだ!」

「ヴェルメリオさんが……」

「……あっ! 内緒にしとけって言われてた! レイチェル……お願い、今の忘れて! ヴェルメリオは怒ると怖いんだ。目がぐぐーって、こんなんなって!」


 両手の指で目尻を押さえると、吊るように引き伸ばすメモリア。


「ふふ、分かりました。でも後ろを見てください」

「ふえ? あっ!」


 そこにはメモリアと同じく、両目尻を吊り上げるヴェルメリオの姿があった。


「うわぁあああ! ヴェルメリオ!」

「こんな目付きで悪かったな」


 拳を頭に落とされて、メモリアは星を見る羽目に。


「俺の依頼の七星茸だ。それの査定が済んだら次の依頼を頼む」

「でも、お身体は大丈夫ですか?」

「野営してきた訳じゃないんだ、問題ない。あと今日はこのチビを借りるぞ」

「うわぁぁぁん、また怒られるぅ! フィリクスが良かったよぉ」

「喚くな! それで今日は風切り蜂(ヴェロックスビー)を狩りに行く」


 人の赤ん坊もの大きさを持つヴェロックスビー。人の手では養蜂できず、天然に限られ希少性が高い。そして刺された際の毒性も然ることながら、強靭な顎は人の肉を容易に食いちぎる。


「な、駄目です! メモリアさんにはまだ早い――」


 ヴェルメリオは懐から艶のある黒羽根を取り出すと、カウンターの上に置いた。


「これは……疾風鴉(ソニコルウス)の羽でしょうか」

「捕らえられはしなかったがな、帯電粘液(チャージスライム)を見つける前のことだ。メモリアは己の身体一つで、ソニコルウスをあと少しのところまで追い詰めた」

「それは……信じられないです。臆病で素早く、罠を仕掛けなければ捕らえられないとされるソニコルウスを……」


 ヴェルメリオは一つ頷くと、メモリアに青い目を落とした。


「フィリクスの言う通り、こいつの才能は身軽さだ。根気よく辛抱するチャージスライムのような獲物は向いてない」

「メモリアさんは以前に空うさぎ(セレプス)も捕らえました」

「才能を認めてやれ、レイチェル。ソニコルウスに比べればヴェロックスビーなど、奴には止まって見えるはずだ」


 俯くレイチェルの目は、明かりを返す眼鏡の奥に隠されて、くいとブリッヂを持ち上げると――


「……分かりました! 理に適ってますし、冒険者さんのレベルに合わせるのも仕事です。このレイチェル、駄目とは言いません!」

「うわぁあああい! サンキュー、レイチェル!」

「万一に備えて、ちゃんと解毒薬も持って行ってくださいね」


 両拳を握り意気込むメモリア。反してヴェルメリオは聞かれたら困ることでもあるのだろうか。ツンとそっぽを向いて黙ってしまった。


「じゃあヴェルメリオ、解毒薬を買いに行こう!」

「……持ってる」

「僕の分だよ?」

「……二つ持ってる、とっとと行くぞ」


 なんでなんでと問いかけるメモリアに、うるさいの一言で済ますヴェルメリオ。そんな二人を愛おしそうに眺めるレイチェルであった。



 昼の時間、レイチェルはドルチス麦のパンを片手に読書に耽る。読書といっても内容は、新種も掲載された最新の魔物図鑑(デモリベル)


「勉強熱心なのはいいけれど、行儀が良くないよ」

「一分一秒も惜しいんです。ギルドマスターが受付を代わってくれれば話は変わりますけれどね」


 ギルドマスターは咳払いを一つ、大袈裟に両手を広げてみせる。


「わお! なんて器用なんだ! レイチェルは!」

「まったく、白々しいったらありゃしない」


 呆れるレイチェルは再び目を落とし、図鑑のページを一枚捲る。


みずち蜥蜴(イルレオン)……体長1~2メテアの体色を変える大蜥蜴(おおとかげ)。緑色の状態が多く樹上を好む。木の上ならメモリアさんに向いているかな?」

「へぇ……まったく面白い新種だ。擬態をしているということかな?」

「ですが発見時は真っ赤に染まっていたそうです。とても目立つ色ですよね。威嚇か、それとも環境変化か求愛か、研究としての価値はありそうですが、素材の有用性は不明です」


 そうして一ページ一ページ、レイチェルの知の泉に水が滴る。


 「…………あ」


 図鑑を捲る手が止まり、見開きに描かれる生物は愛しき者を奪った最大の仇。


「レナトゥリア……」


 紅蓮の鱗が重なる広翼の飛竜。レイチェルの目は逸れて、手は自然と図鑑を閉じかけた。目蓋を閉じ、ぐっと堪えるレイチェル。生態を知らねば、より一層の災厄が降りかかる。


 今一度図鑑を広げるレイチェルは、レナトゥリアの概要に目を通す。


転生竜(レナトゥリア)。体高7~8メテア、体長は20メテアを超える大型の飛竜。熱器官を持つとされ、興奮状態では炎を吐き出す。化石の発見はされるが生体の研究は現時点では皆無。ドラゴンの血は万能薬(エリクサー)とされるが当該種は不明。一説には失くした手足をも再生すると言われ名前の由来に。また新説には捕食した者の魂を……受け継ぐ……故に転生竜……とも……」


 ――――ル


 ――レ――ル


「レイチェル!」

「は、はい! なんでしょう!? ギルドマスター!」

「もうじき午後の仕事だよ」

「い、急ぎます……」


 図鑑を閉じて本棚に。振り返り際の顔は晴れやかで、今この時ようやくレイチェルは、真に立ち直れたのかもしれない。

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