表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/23

だが駄目です!

「駄目です!」


「駄目ですっ!!」


「駄目なのです!!!」


 繰り返される甲高い叫び声。ギルドの石造りのホールを揺らすほどの大声は、小柄で地味な乙女の腹から絞られる。


「おいおい、姉ぇちゃんよ。Cクラスのバルド様が受けたいって言ってんだ。受付ごときに断る権利があんのかよ」


 目下に睨みを利かすトロルのような大男。カウンターを挟んで向かいには、おさげ頭のレイチェルがちょこんと佇む。


「駄目ったら駄目です! バルドさんに二首トカゲ(ドゥオリザード)の討伐は早すぎます! こちらの岩ナメクジ(ロックスラッグ)にするべきです!」

「おいコラ、いい加減にしろよ。ロックスラッグなんぞ今さらこの俺が――」

「駄目です! 駄目駄目駄目です! 絶対に引き下がりません!」

「ああ、もう……分かったっつの! こいつをやりゃあいいんだろうが!」


 頑ななレイチェルは依頼書を突き付けて、バルドはそれを仕方なくぶんどった。


 こんな珍騒動が、この日だけで既に八回。眼鏡の奥は涙目のレイチェルだが、例えどんな強面だろうが、決して引き下がることはしない。


 どすどすと足を鳴らして去るバルドと入れ替わりに、栗色のくせ毛の男がカウンターへと足を運ぶ。


「まったく……相変わらずだね、レイチェルは」

「フィリクスさん!」


 潤んだ瞳はどこへやら、はしゃぐレイチェルの黒目には、フィリクスのくしゃっとした柔らかな微笑みが映される。


「冒険者は総じて気が短いんだから、ほどほどにしないと危ないよ」

「駄目ですっ。私の危険より、冒険者さん達の安全が第一ですからっ」

「レイチェルは優しい子なのにね。これで疎まれたらもったいないよ」

「いいんですっ。フィリクスさんが分かってくれれば!」


 無邪気な笑みを返すレイチェルに、フィリクスは照れ臭そうにくせ毛を掻いた。


 血気盛んなギルドの中に朗らかな空気が漂うが、そんな甘い空気は入口の扉が開くことで、あっという間に換気される。


 ブロンドの髪を靡かせて、颯爽と受付台に訪れる青年。すらっとした長身の高みから、小柄なレイチェルを見下ろした。


「おい女、銀狼(シルウァ)の討伐だ。依頼書を寄越せ」

「ヴェルメリオさん。確かにあなたの実力は高いです」

「だったらとっとと――」

「でも駄目です。シルウァは群れを成すのが基本です。依頼の数が一頭でも、相手取るのは一頭では済みません」

「そんなことは分かってる。それも踏まえて一人でやれると言ってるんだ」

「駄目ったら駄目です。受けるなら他に同伴の方を――」

「いいから黙ってやらせろ!」


 ヴェルメリオの握り拳がカウンターを激しく叩いた。レイチェルの眼鏡は傾いて、身は恐怖に固まる。


 再び涙目となるレイチェルに、いきり立つヴェルメリオ。旅人と北風のようだが、穏やかなフィリクスが二人の間に割って入った。


「まあまあ、ヴェルメリオ。そんなに怒るなって……」

「フィリクス……こいつのお節介にはな、みな迷惑してるんだ。こういう生意気な女には一度、しっかり分からせてやった方がいい」


 穏やかさから一変。ぴりぴりとした空気に包まれるが、またもギルドの扉が開かれると、場の空気は更におかしな事態に発展する。


「たのもぉおおお!」


 無骨な台詞とは似つかない、快活な声の一人の少年。背丈に似合わぬ大袈裟なプレートアーマーの首からは、ぼさぼさ頭の赤毛が生える。


 ホールがしんと静まり返る中、きょろきょろと辺りを見回す少年。カウンターの向こうのレイチェルと目が合うと、重い鎧をがしゃがしゃと鳴らせてのしのしと歩いてきた。


「レナトゥリアの討伐をしに来たんだ!」

「えぇと……見ないお顔ですが。ギルドのライセンスはお持ちでしょうか?」

「ないよ! これから冒険者になるんだから!」

「えぇとですね……」


 どこから説明するべきかと唸るレイチェル。呆れるヴェルメリオの方が先んじる。


「おい、ガキの来る場所じゃないんだよ」

「ガキじゃない! 僕の名前はメモリアだ。伝説のレナトゥスを倒しにレマインス村からやって来たんだ!」

「はっ、ド田舎の出身か。どうりで阿保な訳だ」

「なにを~!」


 バチバチと火花を散らせるメモリアとヴェルメリオ。しかし目下メモリアの最大の壁は、威圧的なヴェルメリオではなく小柄で地味なレイチェルの方。


「メモリアさん、それは駄目です。ギルドにはSからDまでの格付けがありますが、ドラゴンであるレナトゥスに挑むには、最高のSランクのライセンスが必要です」

「そんなぁ、僕はすっごく強いんだよ。なぁ、頼むから行かせてくれよぉ」


 うるうると潤む、メモリアのあどけない緑の瞳がレイチェルを見上げる。


「か、かわいい……です」


 思わず本音が出たところで、ぴしゃりと己の頬を打つレイチェル。


「ふん。行かせてやりゃいい。死ねば馬鹿も治るだろ」

「そういう訳にはいきませんよ、ヴェルメリオさん。それでメモリアさんは、なぜそこまでレナトゥスの討伐にこだわるのですか?」

「ドラゴンの血を飲むと、どんな病も怪我もたちどころに治るんだって! だから歳取った僕のじいちゃんとばあちゃんに飲ませてやるんだ」


 深い溜め息を漏らすヴェルメリオだが、メモリアは至って真面目な顔のままだ。


「メモリアさんは優しいですね。ですが駄目です」

「なんでだよ! じいちゃんとばあちゃんが死んだら……お前のせいだ!」

「私のせいで結構です。ですが私の良し悪しで、あなたの命を危険に晒します。メモリアさんの祖父母は、メモリアさんが死ぬことを望んではいないはずです」

「うぅ……」


 押し黙るメモリアを横目に、レイチェルは戸棚から書類とライセンスを取り出した。


「メモリアさんはDランクからはじまります。まずは非戦闘の依頼から、順に積み上げていきましょう」

「非戦闘?」

「色々な依頼がありますが、いずれ狩りを目指すなら素材の採集がお勧めです」

「採集だなんて……そんなのやってられないよ……」


 するとここまで黙していたフィリクスが、項垂れるメモリアの肩に手を乗せた。


「採集を甘くみちゃいけないよ」

「だ、誰?」

「俺はフィリクス。Aランクの冒険者だ。良かったらメモリア、共に採集の依頼を受けないかい?」

「えと……その……」


 ぱちんと手を叩く音がホールに響く。手を合わせるレイチェルは、次に人差し指を上に立てた。


「それがいいです! 上級者と一緒なら正しい知識を身に着けられますし、そのぶん早く上のランクに上がれますよ!」

「ほ、本当に……?」

「フィリクスさんは私も自慢の優秀な冒険者さんです!」

「う、うん……そしたらフィリクスさん……お願いします」


 これまでのお調子が打って変わって、ぺこりと頭を下げるメモリア。


「フィリクスでいいよ。よろしくね、メモリア」


 フィリクスの差し出す友好を、メモリアの右手が握り返す。新たに繋がる絆を前に、レイチェルの顔は柔らかに緩んだ。


「おいおい……それはそうと、俺の依頼はどうなった」

「Bランクのヴェルメリオさんにはこちら、二首トカゲ(ドゥオリザード)がお勧めです!」

「ちっ……そんな依頼やってられ――」


 ヴェルメリオが言い終わるや否やの間際、溌溂(はつらつ)としたレイチェルの拒絶の声が、今日も元気にギルドのホールに響く。


「駄目ですから!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ