8)友人と茶飲み話
とりあえずの今後の方針が定まったならと、リナさんは隣室で事務作業をすると出て行ってしまった。
病室には男二人が残され、静かにお茶の時間を続けている。
ギルが、そっとこちらを気遣うように見詰めて言った。
「……君のご家族のことは、その……話しても大丈夫かい?」
彼の方から言い出してくれたので、俺は素直に頷いた。
「僕が、君の父上に君のことを託されたのは前に話したね」
たしかに初めてここに来た時にそんな話をしていたっけ。
「残念ながら……ある程度は、君の悪夢の示す通りなんだ。少し昔に、ある一族が王国に対する反逆罪だとかで取り潰された。本家筋は処刑され、傍系の親族の者たちもほとんどが暗殺部隊に殲滅されたということになっている」
(国家反逆罪!? って、これ以上ない重罪だろ。まさか、俺はそんな大それたことを!?)
「いやいや、ちょっと待て。少し落ち着きたまえよ」
(だって、裏切り者の…………家族だからって…………)
「君は何も裏切っていない。それに、君の家族は確かに既に亡くなってはいるが、王国に殺されたわけじゃないんだよ」
(どういうこと?)
「んー……、あれは百年以上前の出来事だからね。君のご両親なんかは、もう少し最近までお元気だったし」
(……そうなの?)
「……まあね。百年前の件については、君は間違いなく関係者ではあるんだけど……これ以上詳しく話すと、この後の外出に差し障りが出そうだからね。今はここまでということで」
(ええー、そんな。中途半端だよ。結局、自分の家族について何もわからないし、気になってしょうがないじゃないか)
「そう、それなんだよ。とにかく君の悪夢は、今の中途半端な状態が不安材料になっているのも大きな原因だろうから。ここまでの話で、少しは君の心が楽になればと思ったんだが……でも全部話すわけにはいかないんだ。ごめんね?」
(ううー……、どうしても?)
「どうしても、だね」
とうとうギルは、しつこく粘っても駄目だとばかりに長い人差し指を口元に当てて微笑んだ。
それからしんみりと申し訳なさそうに、今は多くを語れないが君とご家族を会わせてやれなくてすまなかったと、静かに詫びの言葉をくれたのだった。
家族のことや自分の過去は、もちろん今すぐにでも知りたい。
だけど、今の自分にはどうすることもできないっていうか、何かの目的のために全部を忘れることにしたのは自分らしいし。
無理に考え続けると、やるべきことが出来なくなるかも知れないと言う。
まずは目的とやらを果たすことが先決ということか。
幸いにも、これから件の人物に会いに行くことができるようだし。
いつまでも弱気になっている場合じゃないはずだ。
ひとつひとつ、焦らずに熟していくしかないのだろう。
ギルは、後日改めて全てを話してくれると約束をくれた。
その言葉を信じて一時的に仕方なく諦めることにした俺は、空になったティーカップをソーサーに戻しながらため息をつく。
それから、話題は午後の外出についてへと流れていったはずだったのだが。
「先程の国家反逆の件は、百貨店の店主が大きく関わっているんだ。もちろん、君も店主とは無関係じゃないということは伝えておく」
(俺と……オーナー様は、知り合いなのか?)
「……まあ、よく知っているといえるんじゃないかな」
(……知り合いって認識で良いんだよね?)
「ん、間違ってはいない、と思う」
(?)
首を傾げながらも何だか歯切れの悪いギルの様子は置いておいて、百貨店の店主であるオーナー様と外出の関連性を尋ねてみる。
「うん。これから出かける場所には、店主の親族たちが住んでいるんだよ。君が会うべきご婦人も、一族のひとりなんだ」
(俺が会いたがっていたっていう? その人はオーナー様の一族なのか。どんな人だろう?)
「とっても可憐な方だよ。きっと、君とも気が合うんじゃないかな」
(そうかな。……そうだといいな)
「詳しいことは会ってからのお楽しみだ。沢山おしゃべりしておいで」
ギルはほわりとした笑顔でそういった。
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外出にはウィルヘルムさんが付き添ってくれるらしい。
しかし彼は念話ができないらしいので、こちらからの意思疎通が難しい。
リナさんは治療師の仕事があるし、ギルもこれから夕方まで先約があるという。
ウィルヘルムさんは優秀な人だしとっても頼りになるけど、通訳が必要だと思う。
もしくは何らかの意思疎通の方法があれば良いのだけれど。
どうしようかと考えあぐねていると、向かい側のギルがニヤリと笑う。
この学者先生は基本的に穏やかな質らしく笑顔が絶えないが、慣れてくるとその笑顔にも様々な種類があることがわかってきた。
今のはちょっと何かを企んでいるっていうか悪戯を考え中っていうか、たぶんそんな感じだと思う。
俺が考えていることがお見通しな時とかによくこんな風になっている気がするのだ。
気のせいかもしれないけど。
「そんなに心配しなくても大丈夫。彼に任せておけば良いんだよ」
(いやいや、俺は何も言ってないからね? 確かに通訳が欲しいって考えてはいたけどさ)
俺はこっそりと溜め息を吐き、きっと彼には噓とか詐欺とか隠し事なんて無効なんだよなって、変な風に感心するのだった。