36)喫茶店“深緑の蔦”
コルポルトゥール大通りを奥まで進むと小さな噴水がある公園行き当たる。
石畳の丸い広場が噴水を囲んで、その周りをぐるりと通りが囲んでいる。
とくに名もないこの場所は、コルポルトゥール通りの、所謂折り返し地点となっっていた。
ぐるりと囲んだ道沿いにも、生地屋や本屋などの商店が立ち並ぶ。
その中の一軒に、上品な木製の扉が目を引く店がある。
焦げ茶の木の扉に輝く金の取っ手。
小さくて見落としそうな看板には“喫茶店~新緑の蔦”と彫り込まれている。
金の取っ手を握り、扉を開ければ──カランコロン♪と、来客を知らせるドアベルの音が響く。
手頃な値段で美味しいものが味わえる、静かで落ち着く空間……ここはそんな場所だ。
『庶民のための贅沢な店』が経営コンセプトだと謳うこの店の持ち主であり経営者は、なんと白髪白髭のあのヨルムさんだ。
俺は、春屋の次にこの店を教えてもらって以来、勝手に常連客の仲間入りをさせてもらっている。
忙しい彼は、喫茶店のオーナーを名乗ってはいるが、実質的には御隠居様ということになっていて、店のことは全て雇われ店長に任せているかたちだ。
店長のフランさんは優男風の好青年で、元々はパティシエという菓子職人をしていたのだそうだ。
そんな前職の経験を生かして、飲み物の他にケーキやクッキーなども手作りで販売していて、お客に大好評なのだとか。
聞けば、ウィルヘルムさんがご馳走してくれる焼き菓子のほとんどが彼の手によるものらしい。
身だしなみにも気を使うフランさんは軟派風なお洒落さんで、年頃の女子たちの噂の的だったりするような有名人だ。
髪は鮮やかな赤毛でフワフワ、ちょっとだけ金のメッシュが入っている。
瞳は明るい緑色で、愛想の良い笑顔が眩しいと、密かにファンクラブまであるという。
リンドさんが言うには、彼の様な好青年をイケメンというのだそうで……まあ、俺とは無縁の単語だと思う。
リナさんに言わせると、彼はチャラ男という分類になるらしい。
何だろうチャラって……褒めてるのかな。
そういう感じじゃなかった、かもな……。
仕事帰りにこの店に立ち寄って、リリアへの手紙を書いたり読書をするのが近頃の俺の楽しみになっている。
先日の小鳩大量召喚事件以来、リオに文書を託せるようになったので、仕事の他にも私的な手紙を配達してもらっている。
そんな訳で、オトの森のリリアと気軽に文通ができるようになったのは嬉しい事だった。
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この日も、仕事帰りに立ち寄ってアイスティーを注文した。
すっかり顔馴染みとなった俺に、店長のフランさんはこっそりとクッキーをオマケしてくれたりする。
うん、すっかり仲良しになったんだよイケメンと。
俺もファンクラブとやらに入会しようかと、うっかり考えてしまう今日この頃だ。
リンドさん曰く、対照的な人物像としてフツメンという単語もあるらしい。
そちらにはかなりの親近感が湧いた俺だった。
今日は持参した“大陸の歴史と海洋史”などという大仰な題名が付いた本を読み始めることに決めていた。
これはウィルヘルムさんが貸してくれたものだ。
窓際の通りが見渡せる席に座って本を広げようとしたら、軽武装の荒々しい集団がやってきたのが見えた。
何事だろうかと見ていると、どうやらこの店に入ってくるようだった。
ガシャン、ガシャンと乱暴に扉が開けられ、偉そうな態度の男が大声で怒鳴りだす。
「我々は、|王国騎士団付属百貨店警備隊《おうこくきしだんふぞくひゃっかてんけいびたい》である。今から、この店を我らが貸し切りとする。無関係の者は、直ちに退去するように」
店内で寛いていたお客たちは、唖然とするばかりだ。
いきなりやって来て藪から棒に何言ってるんだと、この場の誰もが思ったことだろう。
店長のフランさんだって、目を見開いて驚きの表情を隠せないでいた。
「我々は、日々百貨店の治安維持に尽力しているのだ。お前たちのような暢気な庶民や商人どもと違って尊い職務に励んでいるのだから、これくらいの優遇は当たり前であろうが。早く立ち去れ、虫けらどもめ」
大威張りで言い放たれた台詞は、明らかに身勝手で理不尽なもの。
到底納得できるものではない。
しかし、騎士たちに立ち向かうほど向こう見ずなやんちゃ者はいないようだった。
一部のお客たちは、怯えた様子で慌てて店を出て行った。
店内に居るのは、残った数人の常連客だけになる。
しかし、彼等も自分たちの憩いの場を守りたいが武力も権力も持ち合わせがない。
どうすればいいのかわからずに、困惑するばかりで何も行動できずにいるわけで。
そして、それは俺も同様だったのだ。
流石というか、すぐに対応したのは店長だった。
「おいおい、騎士様ともあろうお方が、守るべき市民に向かって虫けらはないだろう?」
緑の瞳を剣呑に細めて、フランさんが騎士を窘める。
「コレは立派な営業妨害行為だ。そちらの出方次第じゃアンタらの上司に訴えてやるからな。それとも、力ずくでつまみ出されたいか?」
堂々と宣戦布告をした店長に、短気を起こした騎士は怒鳴り返した。
「はっ! たかが茶店の店長風情が、粋がっていると痛い目にあうぞ!!」
そして、フランさんの胸倉をつかみ、ぐいと引き寄せる。
胸倉をつかまれつつも、ギロリと相手を睨み付けるフランさん。
両者顔を突き合わせての睨み合い。
「副隊長、そんな優男軽くのしちまってください!」
「そうだそうだ! ちょっといい気になり過ぎなんだよ。痛めつけてやれ!」
「俺たちに逆らったらどうなるか、わからせてやらなくてはな!」
入り口付近に屯していた騎士団の外野が、野次を飛ばす。
騎士ってこんなにガラが悪くて務まるのだろうか。
なんか品位にかける。
王国の威信にかかわるのではと、他人事ながらも心配になる程だ。
片や屈強な騎士団の副隊長、もう片方は喫茶店の優男風な雇われ店長。
暴力沙汰になる前から結果が見えるような組み合わせなのだ。
俺を含めた店内の常連客達は、ハラハラしながら見守った。
そうするしかできなかった。
その場の緊張感が高まった。
誰もがボコボコにやられるフランさんを想像していただろう。
「──────ッ!!」
腕をつかまれ捻り上げられたのは、まさかの副隊長。
そのまま店の外まで突き飛ばされる。
外野の騎士たちも巻き添えで尻餅をついている者もいた。
予想外の展開に誰もが唖然とする中で、フランさんは一昨日来やがれなんて悪態をついて扉を閉めてしまった。
奴らが入ってこられないように鍵をかけて戸締りまでしてしまうと、ニヤリと笑った。
「皆さん。まさか、ボクがやられるなんて心配しちゃいました?」
その一言で、一気に店内の空気が和らいだ。
常連客の誰もが、よくぞやってくれたと彼のことを褒め称えるのだった。
店長は、見かけによらず腕っぷしが強かったらしい。
優男風店長のお株が一層上がった出来事だった。




