30)月例朝会と保存食品部門の仲間たち
早足になりながらムースさんが言うには、これから大事な恒例行事があるらしい。
「早速なんだけど、今日は月に一度の月例朝会ってのがあるんだ。これから皆が特別催事場に集まるところだから、俺たちもそちらに向かう」
ムースさんの話を聞きながら少し歩くと、特別催事場という大きな広間のようなところに大勢のペティットオークたちがガヤガヤと大集合していた。
前方にはステージの様な舞台が設置されていて、緋色の敷物が敷かれている。中央には透かし彫りが施された立派な椅子が二つ並べられ、舞台脇ではペティットオークの割には背の高いノッポ男性従業員が拡声器らしき装置を調整していた。
テステス……本日ハ晴天ナリ…………とか言っているのが聞こえるから、たぶんそうなのだろう。
やがて、キーンという雑音の後に、大音量でノッポ従業員による開会挨拶が響いた。
『えーー、静粛に願います! 皆静かに。只今より、月例朝会を開催いたします。先ずは女王陛下よりお言葉を賜ります』
ノッポ従業員の後に続いて、ナマズ髭従業員が厳めしい声を張り上げた。
『第八代女王、ニルデラーン陛下、並びにヤキーム王配殿下の御登場!!』
会場の一同が、一斉に腰を屈めて頭を垂れる。
両脇に待機していた楽隊が、小さな喇叭を吹き鳴らした。
──────パッパ――♪ パー~~ラララ――――ン♪──────
可愛らしい音色が響く。
音も小さめな、ご近所に配慮した安心設定であるようだ。
これならきっとお年寄りの心臓にも優しいはず。
舞台中央の椅子の前に、ニルデラーンさんとヤキームさんが並び立つ。
昨日会ったときと同じで、二人とも仕事着にエプロンを着けた服装だった。
装いはともかく、なるほど彼等は王族なのだと改めて認識させられる。
女王であるニルデラーン陛下は、拡声器を手に皆に向かって語りかけた。
『皆さんおはよう、どうぞ姿勢を楽に戻して。今日は、早朝より集まっていただいてありがとう。今月も我が王国の大きな目標に向かって、一致団結して頑張っていきましょう!!』
「「「「「オーーーーッ!!! 」」」」」
彼女の言葉に、会場全体が鬨の声をあげる。
まるで戦の前の様な盛り上がりだ。
「王国再建!!」「今月も予算達成だーー!」
「目指せ自立国家ーー」
「おーーーっ! 」「やるぞー」
それぞれに思い思いの言葉を叫んだり気合を入れたり、ワイワイガヤガヤと騒ぎ出す。
『えーー、静かに!! 皆静粛にっ!! 今月の売り上げ目標と各売り場グループごとの予算達成状況の報告を』
拡声器を持った背高ノッポ従業員が進行係らしく、彼の指示によって各売り場の責任者たちが売り上げ目標や達成額などを報告していく。
最後にナマズ髭従業員が総評をまとめた。
『諸君の日頃の惜しみない努力のおかげで、今回も順調に目標予算を達成しておるようじゃ。我々の先祖たちが土地を追われ、この地にたどり着いて百年余り…………ここに住まわせていただいているご恩を忘れず、今後ともしっかりと業務に励むように。増収増益、経費削減を合言葉にしっかり頑張るのじゃ』
そして、背高ノッポ進行係が閉会しようとしたところに、女王陛下が手を上げた。
『閉会の前に、皆に紹介しておくわ』
そう言って、こちらに向かって手招きをする。
何のことかわからずに呆気に取られていると、後ろからムースさんにグイグイ押されながら歩かされた。
突然のご指名に驚き慌てた俺はされるがままで、気が付いたら壇上に上がって皆に注目されていた。
大勢の人の前に立つのは苦手というか怖いので、情けないけど冷や汗ダラダラの涙目である。
顔は引きつり、手足は強張りガタガタと震えていたりする。
大丈夫、認識阻害眼鏡で表情まではわからない……と思う、たぶん。
『こちらは、今日から仲間として働くアッシュ君よ。声が出せなくてちょっと不便をしているけれど、真面目な子だから皆でしっかりと面倒をみて頂戴ね』
女王陛下のほがらかな声に紹介され、俺はペコリと頭を下げた。
緊張したまま顔を上げると、パチパチと温かい拍手の音に囲まれる。
ムースさんが肩をポンと叩いてくれて、やっと安心することができた。
緊張の頂上から下山した俺は、力が抜けてぐったりしゃがみ込んでしまった。
個人的な俺のダメージは大きかったが、とりあえず職場の皆さんに存在を知ってもらうことはできたようだ。
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解散の後、ムースさんの案内で配属先の保存食売り場にやって来た。
ここで扱う品物は、食料品の中でも加工されて保存がきくものばかりだという。
瓶詰や缶詰、干物とかドライフルーツや穀物類など多種多様な商品がズラリと並ぶ。
何処にどんな商品があるのかとか、この商品はどうやって使うものかとか、覚えることは山ほどありそうだ。
商品が並んだ陳列棚の陰になった一角に、大きな作業台と事務机のある他とは仕切られた空間があった。
「ようこそ。ここが我が保存食品部門の秘密基地さ」
ムースさんが芝居がかった仕草で案内してくれた先には、四人の先輩従業員が待っていた。
「こらこらチーフ、間違ったことを教えちゃイカン。秘密基地じゃないだろが」
「そうそう、ここは保存食品部門の事務所兼休憩所です。お間違いなく」
ムースさんの言葉に、あきれた様子で訂正が入る。
「ようこそ新人くん。ワシは保存食品部門サブチーフのメチルという。こちらはメンバー社員のリンド君、それと実習生のチグリルと最近入ったアルバイト従業員のリヒトだ」
「よろしく、リンドと申します」
「オイラはチグリルっていうっす」
「リヒト=クラウチだ。よろしく」
(アルバイトのアッシュといいます。どうぞよろしくお願いします)
自己紹介の後に、引き続き一通りの挨拶が交わされる。
メチルさんたちは、俺についての込み入った話を事前に聞いているみたいだ。
「こちらこそ。君の事情はチーフから聞いている。筆談でも身振り手振りでも何とかなるだろうから、安心して働いてくれ」
(はい。ありがとうございます)
「わからないことや困りごとがあればサポートしますから、遠慮なく言ってね」
(はい。よろしくお願いします)
「いやあ、また雑用要員が増えて嬉しいっす」
(えっと、頑張ります?)
「アルバイトとしては君よりは何日か先輩だから、色々と教えてやるよ」
(えっと、ありがとうございます?)
サブチーフのメチルさんは年配の男性で、真面目そうな感じだ。
メンバー社員のリンドさんは若い女性で、細い銀縁の眼鏡をかけている。
彼女は事務職として配属されたのだが、現状では他の仕事も万能的に熟すベテランらしい。
それから実習生の彼──チグリル君は、なんとあの強者だった!
(……今朝の丸パン&牛乳パックな人?)
「ありゃー、食べながら歩いてたの見られてたんすか。テヘへちょっと寝坊しちゃって急いでたんすよー。でも朝飯抜きはあり得ないっす」
ぽっちゃり体系でふっくらした丸顔の彼は照れながら頭をかいた。
十四歳で未成人ということで正規の従業員資格がないため、実習生として働いているという。
アルバイトと何が違うのかはよくわからない。
彼はどうやらかなりのマイペース君らしいが、少年らしい愛嬌のある笑顔が憎めない。
アルバイト仲間のリヒトは、ちょっと偉そうな感じがする。
だがしかし、たしかに俺の方が新入りなのは事実だからね……まあ、いいか。
チーフのムースさん、サブチーフのメチルさんとメンバー社員のリンドさん、実習生のチグリル君……それから先輩アルバイトのリヒトと新入りアルバイトの俺。
以上がこの部門の担当従業員、ということだった。
皆が面倒見の良さそうな人たちだったので、まだ少し緊張していたらしい俺は、内心でホッと胸をなでおろすのだった。
広い売り場と多種多様な品物を少人数チームでしっかり管理をする。
チグリル君が言うには、力仕事や地道な作業ばかりらしいが……なんとなく、ここなら楽しくやっていけそうだと思うのだった。
仮採用だけど、今日からここで生きていく。
目指すは出来る男、かな。
とりあえずの目標は正規従業員登用、だろうか。
頑張ればきっと道は拓けるはず────だよね?
大丈夫──だよね?




