2)運搬係に運ばれた荷物な俺は、状況説明に苦労する
親切な銀髪青年によると、俺は診療所とやらに連れて来られたらしい。
階段を何度も使い長い通路をいくつも通り抜けたりと、中々長い道のりだった。
運搬人の彼が言うには、誰も通らない秘密のルートなのだとか。
「転移術であっという間に運んであげたいんだけど、今の君にはこれ以上魔法技術の影響を受けさせたくないんだ。だから、僕がこうして大切にこっそり運ぶことになったんだよ」
俺の運搬方法についての話のようだが、よくわからない説明には曖昧に肯いておくことにした。
おもいきり世話になりっぱなしなので、贅沢を言うつもりはない。
馴染みのない専門用語らしきものがあった気もするが、今は聞き返す余裕もない。
遺跡まがいの廃墟のような地下階層とは違って上の階にはちゃんとした照明設備が整っているようで、明るくてきれいな空間が広がっている。
かなり大きくて広い建物内らしいが、秘密のルートのおかげなのか他の通行人には出会わずにすんだ。
幼児抱っこ状態の俺にとって、それはありがたいことだったと思う。
時間が経つうちに多少は身体が動かせるようになってきたので、道中に何度も身振り手振りを駆使して自分で歩けると訴えた。
しかし、ちっとも聞き入れてはもらえなかった。
無駄な抵抗は意味がないと開き直った俺は、自分はただの荷物なのだと己に言い聞かせながら大人しく運ばれることにしたのだった。
それに、相変わらず自身が置かれている状況については全く不明なのである。
自分の名前や年齢、特技とか好きな食べ物……ほんの少しでも何かの手掛かりが頭の中に残っていないか探ってみようとするが、無理に考え事をすると頭痛が酷くなる有様だった。
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気がついたときには、白を基調とした清潔感のある部屋に到着していた。
そこには、小柄で可愛らしい印象の女の人が居て、彼女に手際よく寝台に乗せられ今に至る。
その女性は治療師なのだそうで、簡単な自己紹介をしてくれる。
蜂蜜を溶かしたような艶のある栗色の髪を一つにまとめて編んでいて、仕事着らしいクリーム色のエプロンを着けて動きやすそうな格好だ。
大きな翠玉色の瞳が、こちらを覗き込んで優しく微笑んだ。
「こんにちは。私はリナ=ルナと申します。今は担当の先生が留守なので、私が代わりに診察しますね」
「…………」
声が出ないのはわかってはいたが、どうにか返事ができないものかと再度発声を試みるが失敗に終わる。
どうしたものかと焦っていると、銀髪の運搬係が背中をさすって落ち着くようにと窘める。
「大丈夫。君の考えていることは僕たちにはちゃんと伝わるからね」
「……??」
それは、どういうこと??
もしかして、この人たちには俺の気持ちがわかるっていうのか。
いやいや、それはそれで困るんだけど。
今度は別の意味でも焦ってしまう。
俺の大事なプライバシーは、どうなってるのだろうか!?
まさか、全部筒抜けとかじゃないでしょうね……。
あたふたと振り返り、紫の目をすがるように見詰めてしまう。
銀髪氏は、そんな俺を微笑ましそうに見返しながら教えてくれた。
「僕は読心術を使えるからね」
「……!?」
何ですか、読心術って!!
ひょっとして、心の中身を全部知られちゃっているのでは?
それって、俺の個人情報がとっても危険なのでは?
思いきり目を見開いて、ついでに口もパクパクしながらパニックになる。
哀しいことに、泣き言や文句の一つも言いたいのにぐうの音も出やしない。
そう、俺の口はハフハフと虚しく空気を排出することしかできないのだった。
治療師のリナさんが、気の毒そうにこちらを見ながら声をかけてくれる。
「声が出せないのね? 念話で大丈夫ですよ?」
ええと、念話?
それって俺にもできるの?
具体的にどうすればいいのだろうか。
さっぱりわからず首を捻る。
「伝えたいことを普段よりも少し強く考えて、相手に向けて念じてみて? 私は彼みたいに読心の技術は持っていないから、普通レベルの思考はわからないの」
先程からフーフー言っているだけで要領を得ない俺に、彼女は面倒見良く説明してくれた。
思考にレベルなんてあったのか。
知らなかったよ。
とりあえず、言いたいことを強く考えて、伝われーって念じてみた。
(えっと、すいません……お世話になります。こうでいいのかな? 伝わってますか?)
「はいはい、伝わっていますよ。今日はどうしました?」
おおぅ………どうやら俺の思考が送信? されたみたいだ。
可憐な治療師さんの優しい対応に少しだけ心強くなった俺は、今の状況を考え考え説明してみる。
(ええと、眩暈と少し頭がいたくて、…………それから自分が誰なのかわからないんです。俺は、どうしてここに居るんでしょう?)
彼女に聞いても仕方がないのだが、誰かに聞かずにはいられなかった。
自分が何者なのかも知らないなんて、全くもっておかしな話だ。
(気がついたら知らない場所に倒れていて、その銀髪の人に助けてもらったんです)
そう、ここは俺の知らない場所だ。
これでは幼児でもないのに立派な迷子だ。
こんな珍妙な症状を説明されても困惑するだろうけれど、当事者である俺もどういうことなのか、どうしたら良いのか困っている状況である。
困ってはいるのだが、こんな事態が有り得なさ過ぎて……なんだか現実味がない。
それほど切羽詰まった感がない俺は、ぼんやりと首を傾げる。
通常ならばもうちょっと取り乱したり嘆いたり不安になったりするものだろうに、申し訳ないくらいなぼんやり具合だ。
目の前でひらひらと手の平を振られて視線を移すと、心配そうな治療師さんの顔。
ぴとりと額に手をあてられて、ひんやりして気持ちがいいなと暢気に考えていると、銀髪氏もこちらを覗き込んでいた。
「リナ……思ったよりも症状が重いようだ」
「んー、そのようね」
ふたりが小声で確認している言葉が耳に入ってきた。
何やら深刻な雰囲気だ。
見ず知らずの人たちにこれ以上心配や世話をかけてはいけないと慌てて主張する。
(いやいや、大丈夫ですよ? たいしたことはないんじゃないかな? 倒れた時の頭の打ちどころでも悪くて、すこし混乱しているだけかもしれないし……)
我慢できない程の症状じゃない。
少しここで休ませてもらえれば、じきにに良くなるはず……だと思いたい。
コホンと軽い咳払いとともに治療師さんが目を細めて微笑んだ。
笑顔なはずなのに、目が笑っていないからちょっと怖い。
「大丈夫かどうかを判断するのは私の役目です。先ずは診察させてくださいね?」
思わず姿勢を正して素直にうなずく。
「貴方がどうしてここに居るのかっていうと、それは私の患者さんだからです」
鼻先に人差し指を突き付けられながら細めた瞳でで睨まれる。
「患者である貴方の居るべきところはここなので、何も心配はいりません。安心して、どーんとリラックスしてくださいね」
どーんとって、どうすりゃいいんだろう?
首を捻っている間に、目盛が沢山表示された器具で色々と計測される。
カルテだろうか? 何かの用紙に細かい文字やら記号が書き込まれていくのを眺めていると、今度は身体を動かすように指示される。
「ちょっと手首を失礼します……うん、脈拍は正常。視線を左右に動かしてみてください……ちゃんとできますね。首はスムーズに回りますか? 大丈夫そうですね」
そんなふうに彼方此方を触診されたり押されたり動かされたりしてから、漸く診察が終わったのだった。