1)目覚めたら、未知との遭遇……っていうか知らない場所だった
ドキドキしながら投稿しました1話目です。
どうぞよろしくお願いいたします。
暗くて静かな場所から、思考がふわりと浮上する。
もう少しだけこの安らかなところに留まっていたいと思うのに、胸の奥の何かがこのままではいけないと急かしてくる。
このままって? どんな状況?
……自分は、今どうしているのだろう?
浮かんだ疑問を解消するためには現状を確かめなくてはいけないのだろうけど、どうすればいい?
少しだけ考えてから、思いついたように眉間に力を入れた。
それからゆっくりとまぶたをひらく。
ぼんやりとかすんだ薄暗い空間。
その先に石造りの高い天井が見える。
見覚えのない、知らない場所だ。
ここはどこだろう?
どうして自分はここにいるのだろう?
疑問ばかりが頭を過るが考えがまとまらない。
はっきりとわかっていることといえば、視界がやたらとグルグル回っていて気持ちが悪いことくらいだろうか。
ぼやけている思考回路を何とか使えるようにしようと瞬きを繰り返していると、ごく近くで若い男の声が聞こえた。
「君、気が付いたんだね! 気分はどう? どこか痛むところや具合が悪いところはないかい?」
揺らぐ視線をなんとか傾けると、誰かが屈んでこちらをうかがっている。
よく通る明るい声だが、少し焦っている様子だ。
どうやらこちらをずいぶんと心配してくれているらしい。
問われた件に対して自分の体調を確認してみる。
先程から世界が回っているのは、おそらく眩暈なのではないだろうか。
ちょっとばかり頭がズキズキするが、たいしたことはなさそうだ。
他は、特に異常はないと思う。
目が回っているが大丈夫そうだと口を開く。
しかし、その言葉を伝えることができなかった。
己の口からはただ息が漏れていくだけで、なぜか声に出すことができないのだ。
……おかしい、どうして発声できないんだろう??
思いがけない事態に焦りながらも、何とか話をするべく空気を排出していると、声の主が倒れていたらしい自分を静かに抱き起した。
「無理しなくて大丈夫だから。落ち着いて?」
じっとこちらを見詰めてくるのは紫の瞳。
薄暗い中でも銀色に輝く曲毛の髪は、無造作に襟首辺りで束ねられている。
その銀髪男の、やたらに整っていて精悍な顔も認識することができた。
「眩暈が酷いみたいだね。頭痛と吐き気もある」
気の毒そうな表情でさらりと告げられた自覚症状に間違いはない。
しかし、声が出なくて何も伝えられていないのに、どうしてわかったのだろうか。
訳のわからない現状を解決したくて彼の瞳を見詰め返した。
相手は、まるでこちらの考えを理解したかのように頷く。
「何も心配はいらない。ちょっと君を運ぶから、このまま少しの間おとなしくしていてほしい」
何も解決しないまま、柔らかい笑顔の銀髪氏によってそっと抱き上げられる。
ここはどこか、なんで体調が悪いのか、どこに連れていかれるのかとか、とにかく疑問が量産されるばかりで埒が明かない。
おまけに、抵抗しようとしたところ身体に力が入らないことが判明した。
なんてことだと頭を抱えた……かったが、手足を持ち上げることもできないので無理だった。
ちょっとした身体の揺れにすら酷くなる眩暈と頭痛に、ただ顔を顰めるばかりだ。
はなはだ不本意だが、彼の言うように大人しくしているしかないのが現状だった。
*****
謎の銀髪氏は、とても背が高かった。
屈んだ姿勢から立ち上がった彼は、スラリとした細身なのにしなやかな筋肉を身につけている。
そして、俺を軽々と持ち運んだ。
高身長で、顔が良くて力も強い……けしからん、なんて羨ましいんだ。
素直に運ばれるしかない俺は、どうでもいい事ばかりを思考することで不安を誤魔化すことにした。
銀髪氏を観察しているうちにちょっと気が紛れてきたかも知れない。
カッコイイお兄さんに、横抱きで大切そうに運ばれる。
女の子だったら憧れの状況かも知れない。
しかし、運ばれるのが俺だというのが大変申し訳ない現実である。
幼児じゃあるまいし……男としてはどうにも情けない不本意な現状に、鼻の奥から喉の奥へとしょっぱい何かが流れていく。
銀髪氏は心配そうに覗き込んできて、それからひとり頷いた。
「さすがの君も、ずいぶんと混乱しているみたいだね。言葉が話せなかったり、状況がわからなかったりだから不安になるのも仕方がない」
混乱も不安もお察しの通りなのだが、どう反応したらよいのやら余計に困惑する。
優しく語りかけられ労わるようにぎゅっと抱きしめられて、安心するような照れくさいような気持ちを持て余すことしかできない。
えっと……こういうのは、可愛い系女子にやってあげるべきだと思うんだよ。
親切な対応に複雑な気持ちを抱きつつ、とりあえずこの好青年には感謝するべきなのだろうけれどと、俺はこっそりと溜め息をついた。
*****
ノッポ青年によって持ち上げられたおかげで視線が高くなり、辺りの様子がわかるようになった。
俺が倒れていたのは、やたらと広い石室みたいな場所だった。
大昔の高貴で偉い御方が葬られたりしている古代遺跡とか古い城砦とかの、何とも言えないおどろおどろしい雰囲気が漂っている。
生贄を捧げる祭壇とか苔むした石碑とか古い棺桶なんかがお似合いな、そんな場所だ。
しかし、石造りの駄々広い空間が広がっているだけで、物騒な設備は見かけなかったのでホッとする。
明りといえば二箇所に灯された松明のようなものだけで、自分たちの周りがぼんやりと照らされるのみ。
こんな薄気味悪いところに、俺はいったい何の用事があったというのだろうか。
そして、なぜ倒れる破目になったのだろうか。
視線を上げると、正面には見上げる程大きくて重厚な扉があった。
両脇に置かれた小さな松明に照らされた双関はぴたりと閉じており、表面に何かの装飾が施されているようだ。
それから、扉のすぐ下の地面に鈍く光る細長いものが目に入った。
「あれが気になるのかい?」
静かな問いかけに、こくりと首肯する。
「正面にあるのが苦壊の扉。ここしばらく開いたことがなかったから、壊れているんじゃないかって皆がそう呼んでいるらしいよ」
銀髪氏は親切に説明してくれる。
「それから、地面に横たわっているのは光剣って呼ばれている剣なんだ」
あの細長いものは抜身の剣なのだそうで、ずいぶんと長い間あの場所にあるらしい。
「あんな出入り口に置いておいたら邪魔くさいって思うかもしれないけれど、あそこから動かすことができないからそのままになっているんだってさ」
刃物はちゃんと仕舞っておかなくちゃ危ないのにねーと、彼は暢気な口調で語る。
それにしても、かなり大雑把で投げやりな説明だと思う。
せっかくなので由来とか成り立ちとか、この場所のついてのもっと色々な細かい解説を所望したい。
薄暗く重苦しいここが何のための場所なのか、見渡しただけではわからなかった。
儀式をするところ? それとも何かを仕舞っておくところだろうか……
質問したいが声が出ないことを思い出し、後にしようと断念する。
知らない場所に倒れていた自分。
親切に介抱してくれる謎の美青年。
彼と俺はどんな関係なのか。
友人? それとも通りすがりの唯の他人?
どうしてこんなに親身になって心配してくれるのか。
回る視界も痛む頭も放ったらかしで、いたずらに考えを巡らせていく。
────いやちがう、そうじゃない。
気になることは沢山あるが、今考えるべきはそれじゃない。
…………だって、重大な事実に気が付いてしまったのだ。
……………とても基本的で重要なこと。……それが抜けている。
一切わからない。
親切な銀髪青年の正体よりも何よりも、俺自身が正体不明なのだ。
自分が、どこから来たのかだとか。
今までどこで何をしていたのかなどといった、わかっているのが当たり前のことがわからない。
………………それから
…………自分は、いったい誰なのか。
───────── 俺は、自分自身がどこの何者なのかさえ知らないという有り得ないことに思い至って……思考停止に陥った。