135)どうやら、話を聞いてなかったようだ
はぁふぅーっと、大きな溜め息がもれる。
出所は、向かいの席の置物二号。
置物一号が、彼女をギロリと睨みつけた。
この二人、ようやく復旧したようだね。
せっかく動きだしたところに、うちの執事が執拗に追加攻撃を入れてゆく。
「参考までに伺いますが、損害賠償として没収された店主の財産で、百貨店の赤字を補填できるとお考えで?」
背後からフンスッと、力強い鼻息が吐き出される。
いや、コレは鼻で笑うっていうやつだろうか。
元置物たちは、しどろもどろに応答する。
「えと、あまり……意味はない……っていうか、不可能でしょうかね」
「いやはや……執事殿は手強いですな。……我々も…………どうやら確認不足というか、……そう、認識が甘かったようですな…………」
ラフレ氏が懐からハンカチを取り出して額を拭う。
顔色は白っぽくなっていて、汗をかいているわけではないようだ。
近ごろは演技をするときにハンカチを小道具に使うのが流行っているのだろうか。
真似したら俺も大根役者から足を洗えるかも知れないぞ。
小道具の使い方って、なにかコツとかあるのだろうか。
あとで賢者にでも聞いてみよう。
執事の攻撃は続く。
「ほう、認識ですか。いったい、どのような認識でいらしたのか是非とも聞かせていただきたいものですな」
ラフレ氏は、グッと手にしたままのハンカチを握り締めた。
エリエさんは、心配そうに隣の上司を見ている。
「いや、……その……」
応接セットに腰かけた委員長殿を、直立不動な執事が険しく細めた瞳で見下ろしている。
彼はいつもの温厚篤実な表面を脱ぎ捨てて、鋭く冷たい視線を放っていた。
室内の温度が一気に下がる。
「もしや“苦壊の君”とは百年昔に語られたただの伝説で、貴方の目の前の存在とは無関係に決まっているとか仰るのではないでしょうな?」
「…………べつに、そこまでは……」
「我が君から何度も面会の打診を申し入れていたはずですが、貴方がた総合監査部は一切を断ってきた。それはこのお方を店主として認めていないと、そう仰っているのと同義なのではないですか?」
「いや、……それは、だな…………」
「私は何度もそちらの部署まで足を運びましたが、皆さん忙しいという理由で門前払い。経営執行部と総合監査部は百貨店の両輪であったはずなのに、連携どころか連絡もつかない有り様でした。従来通り、事を起こす前に打ち合わせをしていれば……こんな下らない茶番をせずに済んだものを」
「ぐう。…………しかしだな……全体の帳簿に目を通して、損害を概算だけでも計上するのに……どれだけ時間があっても足りなかったのだ。部下たち総出で取り組んで……昨夜遅くに、やっと資料が出揃ったのだから、仕方が無かろうが。本当に忙しかったんだ」
「では、聞きますが……貴方の説明の前に、店主が何か質問をしませんでしたか?」
「ええと……スマン、どうだったかな」
はぁーっと、背後で冷気の塊が吐き出された。
「我が君は、はじめに貴方がたが資料を纏めたのはいつかと質問をされたのです」
「……そうでしたかね。ちょっと聞いておりませんでしたな」
ツンツン執事の言葉に、ラフレ氏がしれっと返す。
むむむ。
それは聞き捨てならないぞ。
このオッサン、しらばっくれているのか無能なのか。
またしても背後から冷気が吐き出され、俺の首筋をゾクゾクと冷やす。
執事殿……ほどほどにしてくれないと、ちょっと寒気がするんだよ。
「資料に問題がある場合、説明自体が無駄になるのですよ。すなわち、この話し合いが全くの無駄話だということに」
「いやいや、だから昨夜遅くに集計が終わったばかりだと」
「集計は昨夜に出たのでしょうけれど、元になった資料はいつのものですか?」
「一月前から調査に入ったから、出来得る限り最新のものなはずだ」
「つい先日に、新王国政府との示談が成立いたしまして、王国側から賠償金が支払われたのをご存知でしょうか?」
「いやいや、私はそんな話は聞いていないぞ!!」
ラフレ氏は、大声を上げて立ち上がった。
「それを知っていたら、ここにこうして押しかけてなど来なかった!!」
オッサンが執事にガバリと迫り寄り、テーブルごしに顔を近づけて凄む。
うちの執事は、身じろぎ一つしないで受けて立つ。
「それをお知らせしようと、私どもは何度も面会を申し入れたと言っているのです」
鼻息荒くつめ寄るオッサン。
対するツンツン冷血腹黒執事。
ちょっと。
間に挟まれて小さくなっている俺の居心地が悪いんだよ。
そっと椅子ごと横にズレてもいいだろうか。




