10)威圧感とか存在感とか見た目とか
只今絶賛混乱中な俺の思考回路に、ウィルヘルムさんがダメ押しの破裂弾を投下した。
「因みに……貴方がエプロンなしで人前に行ったりしますと、かなりの大騒動が勃発するかと思われます」
(ええええっと、騒動!? どうして?)
「貴方の存在はとても刺激が強いのです。それは、多くの一般の者たちには耐えがたいでしょう。そういう訳なので、どうかご了承ください」
(存在が、刺激って? かなりの騒動って……威嚇するとか脅かすわけでもないのに? 俺はそんなに危険人物に見えるのかな)
益々混乱する俺の隣で、ギルがこぼす。
「そうそう。ある意味で、力ある者はか弱き者たちから畏怖されるんだ。別にこちらからは何もしないのに、皆が勝手にパニックになるんだよ」
心底面倒だというような、やさぐれた口調だ。
(えっ!? ギルもなの?)
ひょっとすると、彼も危険人物仲間なのだろうか。
「僕を見て逃げ出すだけならまだいい方で、気絶したり泣き出したり叫んだりするから嫌になる。酷い場合は、敵認定されて総攻撃☆! なんてこともある。力ある者の定めとはいえ、良い気はしないものだよ」
肩を竦めてお道化たポーズのギルバ=ラーグ氏の話は、質の悪い冗談にしか聞こえない。
(ということは、ギルは……行く先々で、いつも大騒動を起こしているの?)
「これでも僕は竜族だからね。竜種というのは、他の種族からは随分と恐れられているのさ。まぁ……ドラゴンといえば、大きな街や国なんかも単体で滅ぼしたなんていう伝説もあるくらいだから、無理もないのだろうね。強者というものは、常に孤独に付きまとわれるものなのさ」
(ええええっ!? 竜族って大蜥蜴種じゃなくて? ギルは、ドラゴンの種族だったの!?)
本人をはじめ、この場に居る皆が当たり前に知っていることっだったのだろうが……俺にとっては驚きの新事実である。
大蜥蜴種……数は多くないが、地上の各地に住んでいる種族で色々な種類が居たはず。
種族や定住している環境によって土竜や翼竜とか海竜なんて呼ばれることもあるので、彼等は自らを竜族と銘打っている。
一般には、竜族というと彼等のことを指すはずだ。
その大蜥蜴種族だって中々お目にかかれないような稀少種だと言われているのに、更には幻のドラゴン種が存在するなんて。
ドラゴンなんて空想上の生き物だと思っていたよ。
昔話とか、伝説によく登場するけど……実在したんだね。
俺の反応を見て、ギルが疲れたように呟いた。
「あー……、その辺りから説明が必要だったか……」
そこに困った顔のウィルヘルムさんが付け足す。
「ええと……以前の貴方が居た環境では、おそらく人間族と獣人族くらいしか交流がなかったかと思います。しかし、この百貨店では現在は多種多様な種族が生活しています。私とリナも森の民といわれるエルフ族ですし、ここではドラゴンでも希少種族だというくらいの認識です」
へぇー……ドラゴンって、ここでは珍しい感じなだけなのか。
それから、誰と誰がエルフだって言ったのかな……よく聞こえなかったかな。
エルフって、何だったっけ……。たしか耳が長めで尖ってる……御伽噺的な物語の登場人物か何か、だったような。
(でも、だって、ギルもウィルヘルムさんとリナさんも……見た目は人間族と同じで変わったところはないですよね?獣人の人たちみたいに尻尾があるとかの特徴があれば納得しやすいけど……えっと、耳が長いとか尖ってるとか、どっかに鱗が生えていたりとかはないみたいだし)
「ええ、そうですね。今は人間族っぽく装っているんですよ。私たちエルフにとって、耳の形を変えるなんてことは造作もないことですし。ギルの場合は、見た目が人型でもドラゴンの驚異的な威圧感がどうしても出てしまいますから」
訓練次第では威圧を調整することは可能なんですけどねと、こっそりウィルヘルムさんは付け足した。
ほほう……ウィルヘルムさんたちの耳は、本当は長くて尖っているのか。
っていうか、エルフも実在するなんてビックリだよ。
とりあえずエルフは置いといて、ドラゴン……竜族が驚異的な存在らしいってことは、わかった。わかったことにする。
しかし、それ(彼)とこれ(俺)とは話が別だろう。
(ギルは、きっとものすごく強い存在感なのだろうけれど、俺はそんなのじゃないよ。それに、もう一週間もここでお世話になっているのに、リナさんもウィルヘルムさんも何ともないじゃないか)
そんでもって、強者なんて称されるような人は、倒れたり……情けなく悪夢に魘されたりなんてしないと思う。
「うーん、君は色々と自覚が足りないからねぇ。まあ、大小様々なことをすっかり忘れちゃっているのだから、仕方ないんだけど。リナとウィルは僕で慣れているから、ちょっとやそっとじゃ取り乱したりしないんだよ。もちろん、君のことだって平気なわけさ」
呆れ顔の銀竜氏がさらりと説明してくれる。
しかし、それでも納得しがたいのである。
(……そう、なんですか?)
半信半疑、というか八割疑う方向で、ウィルヘルムさんに問いかけた。
「そうですね、私も長年こちらに勤めておりますし、ギルとの付き合いも長いですが慣れたものでございます。きっと、それなりには耐性があるからですね。ギルとリナ嬢はもっと古くからの友人みたいですから、全然大丈夫なのでしょう」
執事さんはさらりとギルに同意する。
それをうけて、銀竜氏は的確な意見とともに結論を告げた。
「そういうわけで、この二人が平気でも参考にはならない。君だって、僕と居ても何ともないのだから同じだろうし。コレについては僕らの言うことを素直に信じて、ちゃんと装備してくれれば問題ないよ」
(むー……)
なおも不満顔の俺に、ウィルヘルムさんからはご了承いただかなければ外にお連れする訳にはいきませんと、ダメ押しがはいった。
制服だというのだから、身に着けるのは吝かではない。
これ以上ごねても状況は変わらない気がする。
この人たちに口論で勝てる気がしないのだ。
でも、性能がなぁと溜め息をつく。
このままでは誰にも存在を認識されなくて、仕事にならないんじゃないかと心配だ。
業務連絡とか接客とかにも差し障りがありそうだ。
まあ、実際に使用してみてから考えるしかないだろう。
俺は再びの溜め息とともに、仕方なく納得することにした。
そして、もう一つの案件についても確認する。
(エプロンが俺の存在を隠して騒ぎを防ぐ為のものだというのはわかったけど、眼鏡の認識阻害は何の為に?)
「ああ、それは大変申し上げにくいのですが……貴方の素顔を認識すると、皆が仕事にならなくなるので…………」
言いにくそうに言葉を濁すウィルヘルムさん。
もしかして、俺の顔ってそんなにも見苦しいのだろうか────職場の皆さんのご迷惑になる程に。
飯がまずくなるとか、やる気が削がれるとかのレベルで見るに堪えないのだろうか。
ここに来てから、自分の顔のことなんて全然気にしていなかった。
それ処じゃなかったし。
こればっかりは交換不可能だから、どんなに醜悪でも……まぁ受け入れるしかない。
だからって、俺のせいで労働環境を悪くしてしまったら申し訳がない。
眼鏡の装備くらいで、職場の雰囲気が悪化するのを防げるのならば、是非とも使用させていただくべきだろう。
美男美女になんてことは望まないけど、せめて普通の顔面レベルに生まれたかったよ。
(職場の皆さんにご迷惑をかける訳にはいかないですね。わかりました、眼鏡もありがたく使わせていただきます)
「ご理解いただけて良かったです。どうか、くれぐれも人前ではエプロンと眼鏡を外さないようにお願いします」
俺がしおらしい感じで素直に了承すると、ウィルヘルムさんはほっとしたように眉を開いたのだった。
横で見ていたギルは、何故か苦笑交じりだ。
「あぁ……君ってば、また変な風に勘違いを…………。ウィル、もうちょっと詳しい説明が必要じゃないかい?」
「いえ、たとえ説明しても……この方は色々と自覚がありませんからね。しばらくはこのままで良いんじゃないでしょうか」
ギルとウィルヘルムさんが、何やら小声でボソボソと言い合っていたのだが……色々と消化できないどころか噛砕けてもいない俺には、そちらを気にする心の余裕は一欠けらもなかったのだった。




