女子小学生になってしまった。
「それでは、転校生を紹介します。吉村さん、入ってきて」
私は教室の中から聞こえる先生の声に応えるように、教室のドアを開けた。
ここは6年B組の教室。6年といえば、小学校なんです。
この吉村玉実が26歳になって、まさか小学生になったとは……まるでどこかの名探偵のようなんだね。
でも、私の場合はちょっと違う。というか、自分もよく知らないままこうなってしまった。
「吉村愛理です。皆さん、これからどうぞよろしくお願いします」
ああ……どうしてこうなった……
昼寝しただけなのに。どうしてこうなった。
夢だと思ってるのに、どうして……なんて理不尽な世界だ!
私は自分じゃない身体でベッドに潜り込んて、涙を流した。
最初は推しと会える夢だと思ってるのに、なぜか何日経っても目覚めない。
まさかとは思ったけど、自分が本当にこの世界の人になってしまったとは予想外でした。
ああ、悲しい……なんという悲しい気持ちなんだ……。
どうせなら、シャドリーナちゃんの仲間の誰かになれればよかったとか、そういうのじゃなくて。
私は別に悪の組織の幹部になってもいい、けど……
「……おい、エイリー。本当に大丈夫か?……先から変だぞ…」
シュトフがベッドの隣にある椅子に腰掛けて、アニメで聞いたこともない優しい声で私に声をかけた。
だけど、私はこの忌々しい小僧にかまう暇も理由もないから、このまま無視することにした。
だって、今の私って、まさに悲劇のヒロインそのものだから。
「頼むからなんか言ってくれよ、このオレが頼んたから」
ずっとこの世界に閉じ込められて、シャドリーナちゃんに会えない上に毎週日曜日の楽しみもない。
ああ、私って、もう生き甲斐がなくなって生きてられないよ……。
「ああ……やかましい!お願いだから泣かないでくれ!一体どうしたのをオレに話しろよ!」
生き甲斐を奪われた上に、なんて私はこいつの話なんか聞かなきゃいけないのよ!
ああ……悲しい…なんて悲しいんだ……。
「……なぜオレを睨むんだ?…わかった。お前の願いを一つ聞いてあげるからもうそんな顔するな」
……意外といい奴かもしれないな、こやつ。
こういう何とも言えない悲しい時に気分を晴らしたいのなら、もうあれしかないんだ。
私は遠慮なくいま一番やりたいことを言うため、口を開いた。
「……ビールが飲みたいです」
「はあ?!お前まだ未成年だぞ?!なにがビールが飲みたいですだって?!」
と、なぜかシュトフに怒られてしまった。
「いいじゃないの!?私たちは悪の組織なんだぜ!そんな違法行為の一つや二つなんて日課じゃないのか!」
私はベッドから起き上がり、シュトフの肩を掴みながら激しく揺らした。
「一理あるかもしれないけどダメだ!無理だ!ていうかお前また口調が崩れてるぞ!…っ!おい!やめろっ!揺らすんじゃない!」
抵抗するシュトフに私は「ちっ」と舌打ちをした。普段から悪いこと散々やってたのに、なんて変な事に真面目するんだこいつは!
私はシュトフの肩を解放し、再び寝込みようとした時、シュトフは私が彼にしたことのように、私の肩を掴んてゆら……
していなく、まっすぐに見つめられた。
「……なんですか?先の恨みを晴らしたいのですか?」
と、私はシュトフを見つめ返した。
「違うっ!いや、……ごほん、お前に伝えたいことがある」
おっ、告白か?そうしたら……
「お断りさせていただきます、わたくしにはもう、シャドリーナ様という方がいらっしゃるので……」
「だから違うっ!なんでお前はいつもそうやって勘違いするんだっ!」
シュトフは怒りのあまりに顔が真っ赤になったのか、それとも告白だと勘違いされて恥ずかしいから顔が真っ赤になったのか。
よし、なんか……面白いからもうちょっといじめてみようか!
「お前に、スパイをやってほしい」
「えっ」
もうちょっとからかってみようかなと思ったのに、スパイとはなんのことだ?
まさか、まさか…!!まさか…!!!
「シャドリーナ達がいる学校に転校して、あいつらの調査を邪魔してくれ」
「……喜んで!」
まさかのまさかのまさかでした!!
ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます……!!
そういえばエイリーちゃんはシャドリーナちゃんと同い年って設定でしたね!やったー!万歳ー!
「よろしい。で、肝心の名前はどうするんだ?自分で考える?」
シュトフは上機嫌な笑顔を見せてくれた。いや、別にどうでもいいけど……
名前というと、名前はこれ一択なんだよなあ……!
「吉村玉実でお願いします」
そう、我が肉体がここにいなくても、せめて名前だけ…!
「ダサいから却下」
「なぬ?!人の名前をダサいだなんて、お前ってやっぱり失礼な奴だわ!」
なんだこいつ、せっかくゼロになった好感度を再びマイナスに戻してやる!!
「……お前の名前はエイリーだろ。しょうがないから、せめて吉村えりとかあいりとか名乗ってくれ」
……?そんなの「はい私はエイリーですよ」って一発でバレるじゃない…?こいつバカなの?バカだよね……
いや、待って……
確かに女児向けアニメは、よくそういうのあったわね……名前だけ見ても「あっこいつスパイだわ」って思っちゃう設定も少なくないような……
そういう決まりなんだろうな……。だったら……
「じゃあこれからわたくし、吉村愛理と名乗りしますわ。それで、いつからスパイをやりますの?」
考えるのがめんどくさいから、漢字だけ見たらえりでもあいりでもどっちでも読める名前にした。
「ふーん。いいじゃん。今から手続きをやるから、明日から頑張ってやれよ」
と、シュトフが他の幹部と連絡を取るように魔法通信を始めた。
……明日?!ああああああ明日?!
ここここ心の準備が……明日から未来の嫁に会える……!
「……その顔、めっちゃ気持ち悪いからやめとけ」
……やっぱりこいつとの相性は最悪だ!
✽
「吉村さんの席は……そうだ、あそこにしよう!」
来たか!謎の転校生の席が必ず主人公の後ろか前か隣にいるっていう王道イベントが、ついに来たか……!
私はドキドキワクワクしながら、担任の先生の指さした先をまっすぐと見つめた!
……するとそこには、シャドリーナちゃんじゃなく、シャドリーナちゃんの仲間の一人の姿があった。
なんということだ……。そもそもこのクラスはシャドリーナちゃんのクラスじゃないんじゃん!!
私は残念な気持ちを顔に出さないように、自分の席に向かった。
「はじめまして。あたし、丸山花梨です。吉村さん、よろしくね!」
と、私の隣の席にいる薄紫色ロングの女の子が挨拶をしてきた。
「はじめまして、こちらこそよろしくお願いします」
私はにっこりと、花梨ちゃんに返事した。
ああ、なんで、どうしてこうなったの……神様は私の恋路を邪魔する気なんですか!
そう、この隣の席にいるふわふわで癒し系な女子小学生、丸山花梨はまさに私の最大の恋敵で、
――シャドリーナちゃんの幼馴染で、最高のパートナーと呼ばれる、同じくマジカル探偵のマルメローナちゃんだ。
その後。案の定、女子小学生に囲まれて色んな質問を投げられた。
……なんというか、私は転校生になった経験もないから、案外新鮮で楽しかったかもしれない。
でも、肝心なシャドリーナちゃんのスト……じゃなく、スパイはどうやってやればいいのだろう。
考えるんだ、吉村玉実!お前は最強なガチ恋勢じゃないか!
そう、ここは6年B組。シャドリーナちゃんの教室は6年A組、すぐ隣だ。
だとすれば……
「吉村さん、一緒にお昼食べる?」
と、隣の花梨ちゃんが弁当箱を持って、私に話しかけた。
「お昼……ええ、いいですわよ。わたくしも、お弁当持ってきました」
もしかしてワンチャン隣のクラスのシャドリーナちゃんとも一緒にお昼食べれるじゃないかと密かに期待しながら、私は今朝作った弁当箱を広げた。
するとなぜか花梨ちゃんの目がキラキラと輝き始め、私のお弁当のにらめっこした。
「ねぇ!これ、全部吉村さん自分が作ったものなの?!すご〜い!」
「え、ええ……わ、わたくし、こう見えても料理は得意なので……」
……いやいやいや!どう見ても女子小学生のお弁当じゃないんですよこれは!!ただの週末の作り置きをひたすら詰めてた普通のOLの昼めしなんだこりゃ!!!
やってしまった…やってしまった……
「そうなんだ!あたしも、料理が好きだけど……なかなかうまくできないよー。そうだ!今度、吉村さんに料理教えて欲しいです!どうかな……」
花梨ちゃんははにかみながら、私に上目遣いしてそうお願いした。
ず、ずるいっ……!!!一瞬でもときめいてしまった私はロリコンだ……!!
いやでもしかし、いくら花梨ちゃんでもいきなりそう、こう……いきなり、そう……おおおおおうちデート誘われてもわわ私の心はシャドリーナちゃんのものだから絶対に動じないんだ!!そう……絶対……
「……だ、大丈夫ですが……まだ知り合ったばかりの友達のおうちには行けませんので……」
「え?おうち……?あっ、あたしのおうちでじゃなくて、家庭科の教室でだよ?」
?!?!?!??!?!
「うああああああああああああああああー!!!」
なんで勘違いすんだよ私は!!!私はっ!!!!!!!バカだ!!!!
「吉村さん、大丈夫?!どうしたの?!泣かないで…?!」
情けないのあまりに女子小学生の前で号泣する私は情けないマスターだ……!
ああ、私って、美少女に生まれ変わっても、相変わらず残念のままだ……
「ごめんなさい!あたしのせいで……あたしに料理教えなくてもいいんです!だからもう……ぐすっ……泣かっ、ないで……ひぐっ……くだ、さい……」
……。
花梨ちゃんの泣き声で現実に戻ってきた、吉村玉実と申します。
……。
どうすればいいんだこれ!!!とりあえず謝ったほうがいいよね!!
「ちっ、ちが、違います……その、そう……そうだ!わたくし、ずっと仲のいいお友達がいなかったから、そうやって誘われたことが一度もなく、感動のあまりに泣き出しました……丸山さんは悪くないんです」
ふう……それでいいんだ。というか、嘘ついてないから……逆に辛くなってきた。
「……っ、……本当?じゃあ、また吉村さんと一緒に遊んでもいい?」
花梨ちゃんはそのまま頭を上げ、再び上目遣いでアタックしてきた。
……涙目の美少女が上目遣いされるのって心臓に悪いな!!シャドリーナちゃんがいなかったら惚れるどころだったわ!
「ええ、もちろんですわ。わたくし、花梨ちゃんのお友達ですもの」
よし、あとで「なので、丸山さんのお友達にも紹介して欲しいですわ」って言えば完璧だ!
私の言葉を聞いて、すっかり笑顔になった花梨ちゃんは、
「……いま、あたしの名前を呼んでくれたね!」
……。
「えっ、え……ええ!そ、そうですわ!お友達ですもの、名前で呼び合うのが基本なんですよね?」
……知らんけど。
というか友達いないからアニメのキャラクターの名前しか人の名前を呼んだことない。
「……!本当?じゃああたしも……愛理ちゃん!」
「はい、花梨ちゃん!」
私、吉村玉実、26歳で初めてのお友達ができました。
その感動のあまりに、私は危うく本来の目的を忘れる所でした。