1-5.六人委員会
六人委員会とは、群島国にしかない遺志残し組合の頂点に立つ、いわば長のような存在だ。全員顔を合わせることを禁じており、声を赤玉――音をつかさどる鉱石の象徴媒体を使い、どこからか飛ばして議論を交わす。声も男女のもの、老人のもの、若者の声と変わるため、長老会とささやかれているのは、あくまで彼らが年嵩の人間であるかのようなものいいをするからだ、という噂からだった。
部屋の中は広いかも狭いかもわからぬ暗がりに包まれていて、グリュテの持つ獣脂の角灯だけが光源だ。蝋燭の明かりとは違い、大分明るいそれにもかかわらず、暴かれぬ闇と沈黙は部屋の中央に座るグリュテの気をいやでも緊張させた。ほんの少し遠くに、ぎりぎり見えるくらいの丸い赤玉が六つ、置かれている。
キリルとグリュテの師、ジノヴォスは最初、いつものように帰ってきたグリュテたちを笑顔で迎えてくれていたが、キリルが書いたという手紙を読んでその顔色を青くさせた。それからすぐに使いのものを出し、六人委員会へ連絡を取り、グリュテを普段、首領たちしか入ることを許されぬ部屋へと押しこめたのである。それからもう、六刻以上は過ぎているように体感する。それほど部屋の中は重苦しく、息が詰まる緊張感があった。
グリュテには、どうして自分がこんなことになったのか、皆目見当がつかない。子供たちに余計なことをいってしまったからか、と一瞬考えがよぎるけれど、師の叱責くらいで済む話ではないだろうか、とも思う。
とにかくグリュテが木製の椅子に座り続け、尻に痛さを覚えはじめた頃、暗闇に赤い光がともる。真っ正面をはじめに、左右、斜めと次々と赤玉が輝き、『暁明神ヘメラー』が愛でたといわれる赤花一華の印を浮かび上がらせた。
「ではこれより、六人委員会を執り行う」
部屋に反響する声はずいぶん若々しいが厳かで、グリュテは縮こまることしかできない。
「偽りなくその心を述べよ。虚実を混ぜることなかれ」
小さくはい、と返事をし、持っていた角灯を床に置く。
「ジノヴォスの愛弟子が一人、グリュテに問う。遺志残しとはなにか」
「はい。死者の残した言葉と想いを読み取り、遺族や関係する方たちに伝える職業です」
「ぬしにとって、死とはなにか」
「身近にあるものです。生きることの反対。全ての終わりであり、はじまりです」
「お前はそれを、死を、美しいと思うのか」
「……思います」
「光になりたいと思ったことは?」
「あります」
「どのように? 自ら神の坐に還りたいとしたことがあるか?」
「自分を傷つけることはありません。ただ、その……」
「続けて述べよ。偽りは許されない」
「戦が広がればいいな、とか、自分の死を考えたことは、あります」
「死のどこを、美しいと思うのか」
「坐に還るとき、人は殊魂に応じた色の光になりますよね。あれは奇跡と呼べる代物だと思います。神の元に還るための、美しい光になれます。やっぱり素敵だと感じています」
「『詞亡王』のことをなんとする」
「あれはよくないものだと感じています。あれがもたらすものは、死ではありません」
「どのように違う?」
「あれは……『詞亡王』に殊魂を汚染されたものの死は、ただの黒。光にすらなれません。美しくありませんから。神の元へ還るときの光が美しいのであって、それができない死は、わたしの中の死ではありません」
「<妖種>の死を願ったことは? 身近なものの死を見たいと、感じたことは?」
「……あります」
自分の死を夢想したこと、キリルやジノヴォスの死を想像したことがある事実を暴露し、でも不思議と心は晴れやかだ。いってはいけないことのように感じた思いを紡ぐというのは、なんと心地よいものなのだろう。
「そう思い、考えるようになったのはいつからか」
「えっと、半月ほど前からだと思います」
「死に対して感じた思いを述べよ。自由に」
「きれいだな、とか素敵だな、とか、気持ちいいのかな、とかです」
「ぬしは死を、心地よいものだと思うか?」
「はい、神の坐に還ることができるのですから。それまでの苦労も、辛さも、全部報われるものだと思います」
一度堰を壊したように感じた心地よさは、グリュテの言葉を滑らかにする。
「死ははじまりです。もう一度生まれ変わることへの。そこに恐怖はありません。神の手に身を委ね、新しい生を授かるのですから、少しくらいの苦しみも我慢しなくてはいけないものだと思います」
「死者の光に目を奪われることは?」
「毎回あります」
「それをよく、兄弟子たるキリルに注意されていたようだが」
「正直、どうしてみなさんがあの光に心を奪われないのか、不思議です。あれほど美しいものはないでしょう」
「海原、太陽、砂浜、光り物、いくらでも見つけられれば美しいものはある」
「それはそうですけど、なんていうのか……儚さが違うというか。一瞬にしか見られない、貴重な光景だと思うんです。死の瞬間というのは」
「もう一度聞く、自傷したことは、ないのだね?」
「ありません。でもちょっと、その……」
「いうがいい。心置きなく。ここの会話は我々だけのものだ」
「最近男の人に絡まれて、そのときちょっと、指が首に触れたんですけど。あの力で首を……絞められたら、どうなるのかな、って考えたり、しました」
「そこに恐怖はなかったのか?」
「ありませんでした。想像ばかりしてました」
「死を美しいものと呼び、己の死、ましてや師匠や兄弟子の死を想起するなど、不謹慎ではないのかね」
「それはそう思いますけど。考えてるだけです。口にしたりはしませんし」
「その考えや想像が、異常だと思ったことはないか」
「普通……だと思いますけど。みなさんは死について考えたりなさらないんですか? 遺志残しなのに? 逆にそれが不思議です」
はっきりとしたグリュテの声に部屋にまた沈黙がおり、さざめきみたいな小声が響いて、それから誰かの吐息のようなため息が聞こえる。
「ジノヴォスが愛弟子、グリュテよ。お前は」
「お前は、告死病だ」
一瞬だけ間を置き、続けられた言葉にグリュテは呆然とし、ぽかんと口を開けた。