2-8.夢の中は懐かしい
「お悔やみを……か」
キリルや他の首領たち、先輩方がそれしかいわないのは、と扉を閉めて寄りかかりながら思う。結局のところ、そういう他にないからだということがようやく、グリュテにもわかった。残されたものの哀しみは、遺志残しでは癒やせない。癒やすのは時間か他のなにかか、とにかく遺志残しではないことは確かだ。
なんとなく無力さを噛みしめながら一階に降りると、セルフィオが立って待っていた。
「終わったのかい?」
「はい」
セルフィオとなにか話をしていたらしい主人は、ねぎらうためか椅子を勧めてきてくれる。手荷物を片づけ、グリュテはセルフィオと共に木でできた椅子に腰かける。主人が蜂蜜酒を持ってきてくれたから、遠慮なくそれを飲んだ。甘い香りと味はしかし、死を見たときの甘美さにはほど遠い。
「今晩、火葬にするそうだ。連れの女性には悪いけれど」
「夏は腐敗が早いですから、その方がいいとわたしは思います」
グリュテの声は冷静そのもので、だからだろうか、セルフィオが兜から覗く空色の瞳をすがめたのは。
「慣れているんだね、死に」
「仕事です」
「感覚が麻痺することはないのかな」
「麻痺って、なにがですか?」
「大切な誰かが死んだとき、それでも君は変わりなく、仕事をするんだろうね」
セルフィオの声には棘がある気がして、グリュテはちょっと小首を傾げた。
「大切な人の想いを受け止められるなら、この仕事も悪いものじゃないって思います」
「受け止めて、それを消化するまで時間がかかりそうだ」
「遺志残しがほとんど結婚しないのって、もしかしたら、大事な人の思いを読み取りたくないからなのかもしれません」
「寂しいね」
なにがだろう、そう思う自分はすでに、セルフィオのいうとおり感覚がおかしくなっているからなのか、それとも告死病のせいなのか、よくわからなかった。静かな空間に二階から聞こえる女性の嗚咽がわずかに響き、グリュテを無言にさせる。
セルフィオは死ぬのを見るのが嫌いだと、そういった。死に近い職に就くグリュテには、その感覚が理解できない。死を見ることは死者の生き様も見ることだと教えこまれてきたから。でもそれは、人の死を読み取れる遺志残しだからこそ当てはまる事柄なのかもしれない。普通の人間からしてみれば、そう、例えば旅商人の女性のように嘆き、哀しみ、涙して別れを惜しむことが一般的なのだろう。セルフィオはきっと、間違っていない。
死を美化してはならない。その教えもあったけれど、告死病に罹患しているグリュテにはどうしてもきれいで、尊いもののように感じる。死んだときに人が発するきらめきは、魂の輝きを凝縮させたみたいな最期の灯火で、グリュテは一瞬、また自分の死を夢想した。
「そろそろ夜になるか」
ぽつりとつぶやいたセルフィオの言葉に、横にあった窓へ目をやる。
窓から見える夕陽は、草原の奥に大きな身を少しずつ沈ませて、宵の暗さを天にもたらしはじめている。やっぱり、とグリュテは蜂蜜酒を飲み干し、黄金色に染まる草原を見てこっそりため息をついた。自然より、死の方がきれいなもののように思えて。
陽が完全に沈み、女性が落ち着くのを待ってから、簡単な葬儀をはじめることにした。神官がいないから、簡易な儀はグリュテがほとんどを請け負う。草原の一部に穴を掘り、剣士の遺体を運んだのはセルフィオと宿場の主人で、葬儀の踊りと祝詞を唱える役割はグリュテが担った。
布に包まれた死体に油をかけ、火をつける。独特の臭いには慣れている。口と鼻を塞ぐ女性の前で、グリュテは鈴を鳴らして火の周囲を舞いはじめた。ゆっくりと、しかし遅すぎない速度で、ときに回転し、しゃがみ、すり足を基調にしながら舞い、祝詞を口にする。女性とセルフィオが見守る中、夜空の下に高らかにグリュテの声が響いた。
死は全ての終わりであり、はじまりだ。それを嘆き、同時に喜ぶことこそ葬儀の意味だ。
けれどグリュテの胸を占めるのは、美しい死を見せてくれたことに対しての感謝で、それを表に出さぬよう必死に踊る。死体が燃えつきるまで、かがり火が火の粉をはぜさせる熱さの中、女性のむせび泣きと鈴の音を旋律として、グリュテは一心に踊り続けた。
○ ○ ○
――その夜、グリュテは夢を見た。一面茶色の夢だ。ぎこちない浮遊感を感じながら、グリュテは見知らぬ場所を不思議に思う。
小さな集落のような場所だった。椰子の木が生え、海がある。海面に突き出すようにして作られた家も木でできているのだろう、木目が目立つ。誰かが自分に話しかけてくる。
優しそうな男性、女性、子供たち。なにかをいっているようだけれど、声は聞こえない。
見知らぬ人々に囲まれて、夢の中のグリュテは困惑した。でも口は、ありがとう、と勝手に動く。その声もやはり聞こえぬままだから、口の動きで判断するしかないのだけれど。
人々の群れを掻きわけて、誰かがこちらに近づいてくる。白髪を三つ編みにした老婆だ。
しわがれた顔をにこにことさせており、その笑顔にグリュテは親しみにも似た安堵を覚える。老婆がグリュテを手招きする。好奇心にあふれる胸で老婆のすぐ近くまで走ると、老婆は手にしていたものを差し出した。
お前を守ってくれるよ。
はっきりと、今度は声が聞こえた。どこか懐かしいような声音に、グリュテの胸が疼く。
老婆がかけてくれたのは、グリュテが今、首からぶら下げている真珠だった。
○ ○ ○
起きたとき、気づかぬうちに泣いていたものだから、セルフィオが慌てたのもいうまでもない。
でもグリュテには、どうして泣いているのかすらわからなかった。老婆の名前も思い出せぬまま、ただ、困惑するセルフィオの前で大粒の涙を流しながら、黙って真珠を握りしめていた。




