魔王のお披露目(後編)
おかん魔王、または彼氏魔王。
ちょっぴりシリアス。ほんのちょっぴり。
魔王様の作る料理、美味しいです! By馬頭のメイド
菓子パーティーから酒盛りになり、なぜか理性の箍が外れた魔族たちが「魔王様のアピールポイント」談義を始めた。
「やっぱ過去最高の魔力だろ!それがなきゃ、赤ん坊の姿だってのに城ぶっ壊して作り直すとかできねえって!」
「いーえ!それはもちろんのことですが、やっぱり料理の知識と腕ですよ!私たちの知らない料理を美味しくぱぱーっと作っちゃうのは、今までの魔王様とは決定的に違うところです!」
「………高級食材をさらっと調達してくるとこ」
「お前、それ魔力云々と一括りにできちまうぞ」
「……………………あ」
魔王が酒蔵から持って来た、美酒の中の美酒と誉れ高い魔界産のワインやウイスキーをグラス一杯に注いで、それとツマミを片手にやいのやいのと騒ぐ魔族たちを見て、魔人は溜息をついた。
曰く、食い意地張ってる奴らが多すぎて頭痛い。
元々エルフに「この脳筋種族が!」と罵られるほど、単純明快を好み、考えることを苦手とする魔族という種族は、食に対して興味を持たない者が多かった。食は単なる食材中の魔力を吸収するための回復作業に過ぎなかったのだ。しかし、美味なものはそれに含まれる魔力が豊富である。そのため、力が一等強い、魔王に仕える者たちは美食家が多い。そう、あくまで美食家のはずだったのだ。ここまで大食らいと言えるほど、過剰に料理をかっ食らう様は、見ていて呆れるしかない。人間で言うところの「胃袋を掴まれている」状態だ。
おそらく狙い通りなのだろう。魔王は酒盛りをする魔族たちを、非常に楽しそうに見ていた。
「…ここは謁見の間のはずなのですが?」
「だが、私の城だ。私の好きに使っても構うまい?」
「時と状況と場合を考えましょう」
「謁見の予定などなかろう?」
「…………そうですね。そうでした。魔王様が生まれたことすら、気付いていない者が多かったことを」
「そのために、派手にお披露目でもしたいのだ。特に人間共は平気で魔界に進出しようとしてきておるからのぉ…いっそ消してしまってもいいのだが、そうなると空いた土地の管理が面倒だ」
「単純に魔界に吸収するわけにはいきませんからね」
「うむ。魔力濃度が異なり、生態系に影響が出てしまう故。それを私は望まぬ。力の差を目にして、大人しくしてくれればよいのだが、いかんせん、人間はバカだからな。民の不満のはけ口に我らを利用するだろうて。人間如きが魔族に傷一つ付けることは叶わぬというのに。我らが意思を持っただけの魔力の塊だなどと、理解しようとせぬ」
憂い気に、魔王は溜息をつく。どこからか転移させた暗い茶色の飲み物が入ったグラスの中身を一口飲み、彼女は魔人を見た。
「実のところ、古き神は人間に興味など持たなかった。しかし、弱い存在にも拘らず、ちっぽけな力を必死に誇示して、他種族を虐げる姿を見て怒り狂いおってなぁ…人間を作った神以外が、人間の存在そのものを抹消しようとしたのだ。…それを止めたのは、誰だと思う?」
小さく。魔人以外には聞こえない声で、魔王は眉を顰めて魔人に問う。
問われた魔人は、想像がつかず首を横に振った。
「先代の魔王だ。彼は私と同じく、次元を渡れるほどの魔力を持っておったのでな。他種族との共存を望んでいた彼は、自らの魔力をすべて使って、神々の暴挙を止めた」
先代の魔王の在位は、わずか五十年だった。通常二百年は在位する魔王という存在だが、彼は五十年で、その体を構成する魔力を枯渇してしまい、存在が消滅してしまった。
優しい魔王だった。魔族の中でも力の弱い者たちを、その魔力を以て存在を保護し、生活を保障した。力の強い者たちには、弱い者たちを守るよう厳命した。命令を嫌った彼の、唯一の命令だった。
その存在が消滅したのが、人間を抹消しようとした神々の暴挙を止めるためだったとは。魔人は、その事実に愕然とした。
「そもそも魔王とは、魔族の王というだけが存在理由ではない。この世界に存在するすべてのものと、神々を結びつけるためなのだ。それ故、人間には勇者が、エルフには賢者が、妖精には聖女がおる。変わったところでは、ドワーフの鍛冶師にマーメイド、セイレーンの歌姫だの。そういった存在がいるからこそ、存在の構成要素や力量、思考、概念が異なる種族が、世界を破壊するほどの戦争を起こさず、小競り合いまでで済んでおる。そこに神は直接介入はできぬ。力が強すぎて世界を崩壊させかねんからな。そのため、神の望まぬ結末にならぬよう、我らに意思を伝え、我らはそれに従って動くのだ。…先の件は神の罪だが、神の言葉に耳を貸さず、自らを神と驕り真の神を信じなくなった勇者たち人間共の暴挙の末でもある。そのために、圧倒的な力を持つ存在として、私が生まれた」
魔族たちは、魔王がなぜ生まれるか、ということに興味はない。そのため、知りもしなかった。
だが、魔王は言った。魔王は神々と自分たちを結びつけるための存在なのだと。同じように、人間には勇者が、エルフには賢者がいると。
そして、先代魔王が消滅するきっかけになった神々の暴挙が起きたのは、人間が神を信じなくなったせいだと。
おそらく、圧倒的な力を持ちつつ、ある意味わがままが過ぎる魔王が生まれたのは。
「だから、派手に自分の存在を誇示したい、と」
「うむ。人間共が持たぬ知識を、技術を、嘲笑うように見せびらかすことも考えたのだが、それでは私がつまらぬからの。どうせだ、と皆に考えてもらうことにしたのだ」
「要するに考えるのが面倒になった、と」
「身も蓋もない言い方をすればそうだの」
からからと笑う魔王に、魔人は苦笑した。
「では、世界中の存在に、見えるように自己紹介してみてはどうでしょう」
「む?」
「空にでっかく魔王様の顔でも映し出せば、驚かない者はいないでしょう」
「……………………なるほど。そのような魔法は存在せぬ上、私がどのような存在か知らしめることも可能、か」
「はい。魔王様なら、そのようなことは余裕でしょう」
「うむ。…どうせだ。プロジェクターも作って広めてしまおう」
「ぷろじぇくたー、ですか?」
「映像を映し出す機械だ。映像を記録する機械、ビデオカメラも作って一緒に広めれば、家にいながらにして演劇を楽しむこともできるぞ」
「……………魔王様って、なんだかんだで人間の文明に横やり入れようとしてません?」
「文明開化、というやつを狙っておるのだ!せっかく古き神が異界の知識と技術を私に与えてくれたのだ。魔王発の文化を人間が受け入れざるを得ない状況になれば、少しは人間共も落ち着くかと思うての」
「さすが魔王様。抜け目ない」
魔人の意見を取り入れた魔王は、結局その場にいた者たち全員に、崩山獣の頬肉のステーキを提供した。
曰く、愛い子らに美味いものを食わせたいと思うて何が悪い。
その日、突如として空に幼い少女の顔が浮かんだ。どこからともなく響く、可愛らしい声で、少女は「私は新たな魔王だ」と名乗った。
『勇者、賢者、聖女、鍛冶師、歌姫よ。人間を作った神以外が怒り狂っておる。その事実は知っておろう?なればなぜ、私が生まれたかもわかるだろう。勇者よ。此度の件は貴様の罪だ。いや、過去の勇者も同罪である。人間という種族に、神の存在を疑問視させ、果てには神など存在しないものとした。それが貴様の罪だ。色に溺れた貴様には、罪を犯した自覚などないのだろうがな。…ああ、そうだ。さすがに此度の件で人間がどれほど愚かになってしまったか知った人間を作った神がな、勇者を新しく作り直すそうだ。よって、たかが人間から生まれただけの存在でしかなくなった貴様に、神から与えられた力はなくなる。よかったのぉ、勇者の力などいらぬという願いが叶ったぞ』
カカッと笑った魔王は、幼い顔に似つかわしくない、ニヒルな笑みを浮かべた。
『我が領土である魔界を侵略しようとする愚かな人間共よ。人間では魔力の塊にすぎぬ我ら魔族に傷一つ付けることができぬことを、存分に知ってもらおうぞ。そして、我が作る料理や機械に魅了されるがいい!最も、貴様らに海蛇龍の卵や崩山獣の尻肉、巨鳥の軟骨がどれほど美味か、理解できるかどうかはわからんがな!』
『魔王エル様、それ今朝作ったツマミの材料じゃないですか!』
『これ、タレを口の端に付けたままだぞ、みっともない。拭いてやる故、しばし待て』
『ありがとうございまーす!うーん、海蛇龍の卵の燻製って、こんなに美味しいものだったんですねー…ショウチュウが進みますよー』
『おいこらメイド長!魔王様の邪魔してんじゃねえよ!』
『まったく、揃いも揃って童子かおぬしらは…なぜ米粒が鼻面に付くのだ?それ、取れたぞ』
『えっ…あ、はい…』
『……幼女な見た目して、やることお母さんって言うか、彼氏って言うか、魔王エル様がかっこよすぎて惚れそう』
『………お三方、声、世界中に聞こえてますよ』
『わざとだ』
『わざとですか!?』
しかし、盛大に恰好が付かない形で、ニヒルな笑みは消えて年相応の可愛らしい笑みに変わり、魔王の演説基自己紹介は終わった。
「…崩山獣の尻肉か……ソテーにして食べたい。ちょうどさっきの魔王から、カカオの実の交易について会談したいと話があったし……食べさせてくれないかなぁ」
「海蛇龍の卵の燻製、ですって…思い出しただけで涎が止まらないわぁ…!………ちょっとそこの貴方、妖精族秘伝の蜜酒、しかもとびっきり上等なものを用意なさい。幼女魔王に海蛇龍の卵の燻製と交換してもらうわよ!」
「さっきの魔法、機械化できないかなぁ…魔王ちゃんに協力してもらえばできるかなぁ…うー、作りたくてうずうずしてきた!」
「巨鳥の、軟骨…薬に、なる、よね…………………よし、魔王様に、分けてもらえないか交渉しよう。セイレーンのみんなのためだし、交換条件に白龍の鱗と青龍の髭を提示すれば…!」
魔王の属性:幼女、人外、おかん(NEW!)、彼氏(NEW!)