生まれたての魔王
魔王誕生。
見た目が人間の赤ん坊だからって、相手は魔王様なんだから舐めちゃダメだったんだ… By先代魔王の右腕の魔人
魔族たちが"魔界"と呼ぶ、魔族の国とも言うべき領域がある。そこで今日、太古の時代に魔王が住むために作られた城で、自然的に膨大な魔力が生じて、新しい魔王が生まれた。先代の魔王が魔力枯渇により消失してから十年。存在が魔力のみで構成されている魔族の新たな主君が、誕生したのだ。
しかし、魔族は好戦的な種族である。新たな魔王ともなれば、その力を知りたいというもの。魔王誕生の場に居合わせた魔族が、一人、また一人と、ふわりと浮かんでいる、人間の赤子にしか見えない魔王に襲い掛かった。理性ある魔族すら、それを止めない。こんなところで消滅してしまう程度の主君には仕えたくないからだ。
その場にいた誰もが、未だかつてないほど貧弱な姿で生まれた魔王を侮っていた。その身から溢れる脆弱な魔力を嘲っていた。
それが間違いだと瞬時に気付いたのは、先代魔王の右腕と呼ばれた魔人だった。生まれたばかりの幼い魔王に、殺戮のための尖爪が柔肌に触れた瞬間、彼は見てしまった。
尖爪の持ち主は、魔王に魔力を食われて消滅した。存在そのものが分解され、吸収され、魔王の糧となったのだ。触れただけで魔力を食う魔族など、聞いたことも見たこともない。
次から次へと、誘われるように振り下ろされる凶刃たちは、やがてすべて食いつくされた。彼には、止める暇もなかった。
赤子の魔王が、薄らと目を開ける。
瞬間、人間やエルフなど、様々な種族から"魔王城"と呼称されていた城は、塵となった。次に、城の上を止まり木にしようとしていたのだろう、着地の体勢が崩れた巨鳥の首が跳ねられ、血抜きされ、羽根を毟られ、解体され、ブロック状の肉の塊にされた。それはすべて、魔王が魔力のみで行なったことだった。
「ありえ、ない……」
それは確かに魔法だった。しかし、詠唱もなく、術式の構築もなく、純粋に魔力のみで引き起こされた事象だった。
かつて魔王の右腕だった魔人は思った。――太古の時代に残る奇跡の記録そのものだ。
そんなことを思っている間にも、生まれたての魔王はどこぞから黒銀に輝く金属の塊を大量に持って来た。空を飛んできて、今は宙に浮いているそれらは、世界で最も硬い金属と言われるアダマンタイトだった。
魔王はそれを、宙に浮いたまま精製し、溶かし、長短様々な、棒状や鉤状に形を整えて固めた。そして城の跡地となった場所を更地にし、虹色の雨を降らせて木を生やし、跡地を森に変えた後、ふよふよとどこかへ移動する。
城にいた、消えずに残った魔族たち全員が、戸惑いながらも魔王の後を付いて行く。やがて目的地であるらしい森林に着いた魔王は、なんと木々を文字通り根こそぎ浮かび上がらせ、葉を毟って薪木に変えた。
半径五十キロメートルの範囲を更地にした魔王は、地ならしをした。その後、地面が角ばって窪み、どこからか調達してきた砂利を全面に敷かれ、またどこからか調達してきた灰色の何かを空中でこねくり回し、それが流し込まれた。形状が様々なアダマンタイトが、突き立てられ、組み立てられ、再び灰色の何かが流し込まれる。そうして出来上がっていく基礎。
五時間後、この世界には存在しない造形の城が完成した。魔王はどこからともなく――現場に行っていないのに採取してくる分、末恐ろしい――材料を調達し、瞬く間に資材に変え、設計図もないのに寸分の狂いのないだろう城を作り上げた。もはや城ではなく、某探偵の映画にも出てきたどこぞの超高層ビルである。もちろんエレベーターもエスカレーターも、案内板も付いている。
魔王はその出来栄えに満足したのか、魔王の周囲に漏れ出た魔力がキラキラと輝いた。
「あ、あの、魔王様?」
魔人に声をかけられた魔王は、彼の目の前に半透明な緑色のA4サイズの板を出現させた。魔力の具現化によるものであった。その板に、言葉が連ねられていく。
『今日からこれが新しい魔王城だ。さすがにあれは趣味が悪かったからな。作り直した。…せっかくだ。庭も作ろう』
『庭を作ろう』
その言葉が板に現れた途端、また城の周囲の木々が引っこ抜かれた。そしてまた薪木に変えられる。
地面がもこもこと、見えない何か――魔力以外の何物でもなかったが――によって耕されると、魔王が再び虹色の雨を降らせた。今度は木が生えるのではなく、花が咲いた。色とりどりの見たことのないかわいらしい花たちは、魔王が起こしたそよ風に揺られている。背の大きな魔族からは、花で幾何学模様が描かれているように見えた。
『一先ずはこんなものか。後で適当に改造しよう。さて、おぬしら。私に仕える気があるのならばこの肉をやろう。正直、視界の邪魔故にバラしたはいいが、この体では満足に食事もできん。私の生誕祝いという名目で宴を開き、これを食すといい。これは大層美味かろう』
板にそう書かれると、魔人の目の前にふよふよと浮いたブロック肉たちが集められた。
この状況に混乱しながらも、右腕だった魔人含めこの場に付いてきた旧魔王城にいた者たちは、この世界では超有名な高級肉の一つである巨鳥の肉――味はいいが、討伐難易度の高さと捌きづらさが半端なく、例え討伐が成功しても処理ができずに放置される――食べたさに、新たな城に入っていった。
当然のことながら、見たことのないものが溢れるそこで、魔族たちは気絶するか、好奇心旺盛に探検をした。そして、形状固定や形状保存などの効果が素材からかけられているため、力加減を誤った魔族によって早々に部屋が破壊されることなどはなかった。
(…この世界ではオーバーテクノロジーなものをふんだんに使ったが、まあそのうち慣れるだろう、多分)
新しい魔王城はベタ基礎。基礎時点で揺れ軽減や衝撃吸収の効果を付与しているため、近所で誰かが暴れても安心。多分。