月映す水鏡の名前
少々目立つうさみみを、わたしが貸したパーカーで隠した彼を、家へと連れて帰った。
両親は常に多忙で、家はもはや寝るためだけの場所になっている。そのおかげでわたしは、ほとんど一人暮らし状態だ。
だからこんな時間に外出しても怒られないわけだが。
「あの、痛む……?」
「大丈夫。まだ痛いけど、一日あれば治るよ」
冷静になって考えれば、うさぎ耳なんてある人をどう手当てすればいいかなんてわからない。
正直、そう言ってくれるのはありがたかった。
「そういえば、まだ名前言ってなかったね。僕はミツキ、満月って書くんだ。よろしく」
うさぎでも、名前は漢字なのか。
「わたしは、櫻庭 和泉。あ、どっちも苗字みたいだけど和泉の方が名前ね」
ただの『泉』ならまだしも、『和泉』なせいで苗字っぽいわたしの名前だ。
「なんだか好きだな、その名前」
ぴょこぴょこと耳を揺らしながら、満月はそう言った。先端の黒は、白の中よく映えている。
ふこふこしてそうだなぁ、あの耳。動き方からそれは明らかだった。
「僕が月のうさぎだからそう思うのかも。和泉の名前って、月にぴったりだ」
桜と泉。言われてみれば、確かにどちらも月に合う。
「月の、うさぎ……?」
頭の中でかわいらしい二匹の白うさぎが、ぺったんぺったんと餅をつき始めた。つき終われば、お月見団子が作られる。うさぎの丸い手で作られる、さらに丸いお団子……。
「和泉?」
「ご、ごめん。何だっけ」
「日本の人の言う通り、月にはうさぎがいるって話。みんな僕みたいな感じだよ」
つまり、人の姿にうさみみ付き。しかもしっぽもあると言う。
満月によると、月うさぎはたくさんいる。月の国という、それこそ昔話の舞台のような場所に。
その中でも、他とは違う三十人(匹?)がいるらしい。何でもその三十人が月の満ち欠けによって、日替わりで役割(内容はよくわからなかった。うさぎには大事なことなのだろうか)を果たしている。
「僕は今日の担当だったんだけど、うっかり落ちちゃって」
え。
「月から!? 大丈夫なの、それ!?」
「あ、ほんとに月に住んでるわけじゃないんだ。えーっとね……」
その説明も例のごとくよく理解できなかった。
「月の国って言っても、地上とつながってる穴があるんだ。僕が落ちたのはそこ」
そこは理解できた。
地上とつながっていた落ちた先は、普通の木より少し高い位置だったらしい。
「そうなんだ……」
だから、怪我もこの程度で済んだのだ(もっと高い位置にある穴もあったらしい。無事で本当によかった)。