倒れた同級生
午後一時半、グラウンドでバレーボール、体育館でドッヂボールの決勝が行われる事になった。篤史と里奈と千夏の三人は体育館で美子の応援をする事にした。教室を出る前、留理が美子の応援をしてあげて、と言ったため、三人は体育館に向かった。
二年のドッヂボールの決勝は、美子目当ての男子生徒がたくさんいる。その中にいる篤史はなんだか複雑な気分になっていた。
(古田目当ての男子がいっぱいやん。この中にいたら、オレも古田目当てって感じなんやろうな)
篤史は自分の周りにいる男子生徒を見てそう思っていた。
試合が始まる前、里奈と千夏は美子に頑張れコールを送る。
「美子、頑張ってね」
千夏が笑顔で言う。
「うん。なんか、気分が悪い・・・」
少し前まで元気にしていた美子の顔色が悪い。
「大丈夫?」
里奈は美子の体調を心配する。
「誰かに代わってもらったら?」
「いい。この試合だけやし・・・」
美子は決勝が終われば、保健室に行こうと思っていた。
「試合に出る生徒は集まって下さい」
体育委員の女子生徒が試合に出る両チームに集まるように言った。
そして、ホイッスルが鳴った後、ボールが投げられ試合が始まる。
試合が始まって五分、美子の足がふらついていて、様子がおかしいというのが誰の目から見てもわかった。
「美子、大丈夫かな?」
千夏がふらついている美子を見て言った。
「無理してるみたいやな」
篤史も美子の様子がおかしいと感じていた。
相手チームの女子生徒からボールを取った美子は、ウッとうめき声を出してその場で倒れてしまった。試合を見ていた女子生徒は悲鳴をあげる。
「美子!!」
里奈は倒れた美子を見て、美子の名前を叫ぶ。
「先生! 救急車と警察をお願いします!」
篤史は近くにいた教師に指示した。
しばらくすると、救急車と警察が反岡高校の体育館に到着した。美子は救急隊によって急いで病院に運ばれた。
「倒れたのは反岡高校二年の古田美子。ドッヂボールの試合中に倒れたという事でいいのかな?」
篤史の知り合いの町田警部が生徒達に確認する。
「そうや。試合中に足がふらついて、ボールを受け取った時に倒れたんや」
代表で篤史が答える。
「小川君に指示されて、救急車と警察を呼びました」
篤史に指示されて動いた体育教師の中岡正和が言う。
そこにバレーボールの試合をしているはずの留理が、美子が倒れたと聞いて血相を変えて体育館に入ってきた。
「美子が倒れたってホンマなん!?」
今にも泣き出しそうな声で里奈と千夏に聞いた。
「そうやねん。試合が始まる前、少ししんどそうにしてて・・・」
里奈は動揺しながら答える。
「そんな・・・」
この世の終わりだというふうにしている留理。
「被害者は昼食をどこで食べていたか知っている人いますか?」
町田警部の部下の水野刑事が生徒達に聞く。
「私達と教室でお弁当を食べていました」
千夏が答える。
「その時の様子がおかしいなどなかったですか?」
「いいえ。いつもと一緒で元気にしていました」
引き続き、千夏が答える。
「試合前、何か言っていませんでしたか?」
「気分が悪いと言ってた。でも、本人は試合に出ると言ってたからそこまで体調が悪いとは思ってなかった」
次に里奈が自分も知っている刑事ということで敬語を使わずに答える。
「他に何か言ってませんでしたか?」
「少し前から変な電話がかかってくるって言ってました」
別のクラスの美子の友達である女子生徒が、二人の警官に教える。
「それ、聞いた事があるで」
里奈は自分も美子からその話を聞いて知っていると言う。
「変な電話・・・?」
町田警部は聞き捨てならないという態度になる。
「十日前くらいから死ねとか殺すとかお前なんかいなくてもいいって言われるって・・・。たまに無言電話があるとも言ってた」
留理もその話を美子から聞いていたのか、教えてもらった事を鮮明に教えた。
「相手は知ってる人なんですか?」
「知らない人で毎回非通知でかかってくるって言ってた」
留理は水野刑事の質問に答える。
「もしかしたら、電話の相手が古田さんを狙ったんでしょうか?」
話を聞き終えた水野刑事が町田警部に意見を述べる。
「そうかもしれへんな。古田さんの携帯番号を知っているとなると犯人は友人の可能性が高いな」
町田警部は部下の意見に賛同しているようだ。
(卑劣な言葉に無言電話。そして、この事件・・・。イタズラにしては度が過ぎてるな)
篤史は今回の事件を起こすために電話をしたのだろうと考えていた。
「警部! 被害者のペットボトルから少量の苛性ソーダが検出されました!」
鑑識官が町田警部に報告した。
「苛性ソーダは少しでも毒が体内に回るんやないのか?」
町田警部は自分の耳を疑うようにして鑑識官に聞いた。
「そうなんですが、被害者のペットボトルの中に混入されていた苛性ソーダは、カプセルの中に入っていて、ペットボトルのお茶がぬるい事もあり、カプセルを入れてあまり時間が経っていなかったようなんです」
鑑識官は苛性ソーダがカプセルの中に入っていた事が幸いしていたと答える。
「そうか。ペットボトルの中身がぬるければ、カプセルが溶ける速度が遅くなるな」
町田警部はなるほどと頷く。
「警部、古田のペットボトルのお茶はオレと留理と里奈と川中の四人も飲んだんやけど・・・」
篤史は美子のペットボトルに苛性ソーダが入ったカプセルが入っていると聞いて、自分達もお茶を飲んだと主張した。
それを聞いた町田警部はえっという信じられない表情をする。
「オレが最初にお茶がなくなったから欲しいって言うて、それから他の三人ももらって飲んだんや。それやのにオレらはピンピンしてる。これっておかしくない?」
「ホンマか?」
「うん。私達も少しもらって飲んだよ。別に味はおかしくなかったし、お茶そのものって味やったよ」
留理も篤史の言っている事が本当だと言う。
「小川君達も飲んだのなら状況が変わってくるな。犯人はいつどのタイミングで古田さんのペットボトルの中に苛性ソーダ入りのカプセルを入れたっていうんや?」
町田警部は留理もそう言うのなら・・・とますますわからなくなる。
(確かにペットボトルのお茶がぬるかったり冷たかったりしたら、カプセルが溶ける速度は遅くなる。だから、古田はお茶を飲んで倒れるまでの間、動けてたんやな。警部の言うとおり、犯人はいつ苛性ソーダ入りのカプセルを入れたんやろう?)
篤史も町田警部と同じ疑問を持っていた。
「古田ってペットボトルを試合中も持ってきてたっけ?」
「ううん。小川君も知ってるとおり、美子が持ってきてたペットボトルって大きかったやん? 持って出たら邪魔になるからって持ってきてへんかった。大きかったからそのほうがよかったかもね」
千夏は美子がペットボトルを試合中には持ってきていなかったと答える。
「それなら試合中に校舎に入った犯人が苛性ソーダ入りのカプセルを入れたのでしょうか?」
千夏の答えを聞いていた水野刑事が顎に手を当てて呟く。
「いや、それはない。午前の試合はずっと校舎に入れへんようになってたんや。だから、午前に入れるのは無理なんや」
篤史は水野刑事の推理を否定する。
「そうか。まぁ、小川君達も飲んだって言ってたから、午前中に入れるのは無理か・・・」
水野刑事は自分を納得させるようにして頷きながら言う。
(オレらが古田のお茶を飲んだ時は古田はお茶を飲まへんかった。昼休みが終わる少し前に飲んだんやったよな。その時には苛性ソーダ入りのカプセルがすでに入っていたってことか。じゃあ、いつ入れたんや? オレら以外の誰かが入れたんやったらすぐにわかるねんけどな)
篤史はさらにわからなくなってしまう。
「美子、大丈夫かなぁ・・・?」
留理は何の連絡もない中で美子が助かるのか心配になってきた。
「大丈夫や。信じよう」
千夏は留理だけじゃなく里奈にも言った。
「そうやで、留理」
「そうやんな」
「美子は助かる。絶対に・・・。何があっても助かる」
千夏は落ち着かせるように言った。
「警部、カプセルが入った密閉容器の中に入っていて、校舎の一階の女子トイレにあるゴミ箱に捨ててありました!」
「なんやって!?」
町田警部が大声をあげる。
「女子トイレのゴミ箱に捨ててあったという事は、古田さん本人が捨てた可能性もあるな」
「まさか・・・。美子が自殺しようとしてたって事なんですか?」
千夏は自殺はありえないという口調で町田警部に聞く。
「それもなくはないでしょう。何か悩み事を聞いた事はないですか?」
「ありません」
「他の女子生徒は?」
町田警部の問いかけに、美子と仲良い女子生徒は何も知らないと答える。
「高校生で年頃で人に言えない悩みもあったのかもしれないな」
「美子はなんでも言ってくれる子です」
里奈は美子の人柄をよく知っているため、人に言えない悩みがあるとは考えにくいと思っていた。
「それもあるかもしれないが、誰にだって人に言えない事の一つや二つはあるんやないのかな」
町田警部はいくら友達になんでも話しているとはいえ、全て話しているわけではないと言う。
「そりゃあ、そうやけど・・・」
町田警部にそう言われると、何も言い返せない里奈。
(自殺・・・。それやったら古田宛にかかってきた電話の意味がわからへんけどな。自作自演って事もあるかもしれへんけど・・・)
篤史は美子が自殺をしようとしていた見解にまだ疑問が残っていた。