憂鬱な球技大会
六月中旬、梅雨に入ったばかりの蒸し暑い中、反岡高校では球技大会が行われる日がきた。種目はバレーボールとドッヂボールの二種類で、事前にどちらかをやるのか決まっている。
生徒達は体操着に着替えた後、教室で球技大会を楽しみにしていたり憂鬱にしている様子でいる。
「あぁ、この蒸し暑い中、球技大会かぁ・・・。嫌やなぁ・・・。中止になればいいのに・・・」
球技大会が憂鬱な生徒の一人の小川篤史は、大きなため息をついた後に呟く。
「嫌やって言っても毎年やってるんやから仕方ないやろ? それに今日が中止になったところで一週間後にやる予定やし、一緒やと思うけどな」
同じクラスで幼馴染の川口里奈が、大きなため息をつく篤史に呆れ返りながら言う。
「そうやけど、バレーボールもドッヂボールも苦手やから、今日だけは憂鬱やねんな」
篤史は顔だけを机につけたまま言う。
その様子を見た里奈は、参ったなというふうにさらに呆れてしまう。
「おはよう、里奈」
そこに里奈の友達の古田美子が元気よく挨拶をしてくる。
「あ、おはよう、美子。なぁ、聞いて。篤史が球技大会が嫌やし中止になればいいのにって言うてるねんで」
里奈はついさっきの会話を話す。
「小川君らしい」
美子はフフフ・・・と笑いながら言う。
美子は168cmの長身で黒髪のセミロング、勉強がよく出来て、男子から大人気の女の子なのだ。
「小川君はサッカー専門やもんな。球技大会でサッカーがあったら絶対に出たやろうし、誰よりも気合いが入ってたのと違うかな。私はそういう小川君が好きやで」
美子は篤史の良いところを言う。
「美子、篤史に好きやなんて言うたら誤解するで。それに留理だって・・・」
里奈はもう一人の幼馴染の服部留理の名前を出した上で、美子の言葉が非常にマズイと言う。
「そう? そんなんで小川君は誤解しないって。留理だって私がそういう意味で言ったなんて思わへんって。まったく里奈って考えすぎ」
美子はサラッと言ってしまう。
「そうやけど・・・」
「とにかく今日は頑張らないとね」
美子は笑顔で篤史に言う。
「美子ってドッヂボールやんな。美子らしい」
「そうかな。里奈はバレーボールに出るんやろ?」
「そうやで。バレーボールのAチーム。一回戦は留理のクラスのバレーボールBチームと対戦なんやけど、留理ってバレーボールのどっちのチームなんやろ? どっちか聞くの忘れてた」
里奈は肝心な事を聞き忘れてたというふうに言う。
「留理はBチームやで。さっき留理のクラスに行った時に聞いた」
篤史は二人の横から話す。
それを聞いた里奈は、篤史、ナイスという表情をする。
「小川君はバレーボールやろ?」
「そうや」
篤史は相変わらず憂鬱そうだ。
「球技大会は今日だけなんやし、やるしかないんやない?」
「そうやな」
篤史は美子の言葉に何かを吹っ切るようになった。
午前中の試合が終わり、昼休みになった。クラスの違う留理は篤史達のクラスのA組に来て、同じA組である川中千夏の四人で一緒にお弁当を食べる事になった。
一回戦で留理のチームと対戦する事になった里奈のチームはあっさりと負けてしまった。逆に留理のチームは決勝まで駒を勝ち進めてしまった。
ドッヂボールを選んでいた美子も決勝まで勝ち進んでいた。千夏はバレーボールを選んでいて、準決勝まで勝ち進んだが、対戦した相手チームが全員バレーボール部という強敵で、大差で負けてしまった。
一方、憂鬱な表情を浮かべていた篤史は、二回戦で負けてしまった。
「留理の最後の反撃が凄かったやんな」
里奈は準決勝で行われた留理のチームの試合を思い出しながら言う。
里奈と美子の二人は留理のチームの試合を見ていたのだ。
「里奈ってば私が球技苦手なの知ってて面白がってるやろ?」
留理は自分のチームが決勝まで勝ち進んだのが憂鬱でいっぱいだというふうに言う。
留理の中では一回戦で負けると思っていたからだ。
「そんなことないで」
里奈はそう言いながらフフフ・・・と思い出し笑いをしている。
「ホンマ、留理の最後の反撃のおかげでチームは万々歳やし、留理様々って感じやんな」
準決勝で遅れてやってきた千夏も留理の最後の反撃はしっかりと見ていた。
バレーボールの留理のチームであるBチームの準決勝は、相手チームとの点の取り合いで接戦だった。最後の一点が入れば勝つというところに、相手チームの生徒がサーブしたボールが留理のほうにきて、とっさに打ち返したボールに相手チームの生徒が取れず点が入り、留理のチームが決勝に勝ち進んだのだ。これが留理の最後の反撃なのだ。
「まさか、決勝まで進むなんて思わへんかった。誰か代わってくれへんかなぁ・・・」
留理はため息混じりで呟く。
「決勝では勝とうなんて思わず、気楽にやればいいと思うで。負けても二位なんやし・・・」
美子はいいほうに持っていく。
「そうやで、留理」
千夏も頷く。
「そうやんな。頑張ろうっと・・・」
留理は自分に言い聞かせるように言う。
「美子もドッヂボールのチーム優勝するんやない?」
千夏は美子のチームの面々を思い出しながら言う。
「どうやろ? 相手チームにもよるかな」
美子は優勝すると確信していたが、あえてそこは謙遜した。
「それにしても、小川君、球技大会は憂鬱やって言ってて楽しそうにしてたやんな。二回戦で負けた時も悔しそうやったし・・・」
美子は今朝の篤史の憂鬱そうな表情を思い出していた。
「確かにそれは言えてるかも・・・」
里奈も同感したようだ。
「演技してたんや」
四人の背後から篤史が楽しそうにしていたのは演技だったと主張してきた。
「演技にしては楽しそうやったやん? あれは演技では出来ひんと思う」
美子は演技ではないと否定する。
「オレがヤル気なさそうにしてたらみんな嫌やろ? だから、演技してたんや」
篤史はあくまでも演技だと言い張る。
「そういう割にはみんなに指示してたし、二回戦で負けたらガックリなってたやん。決勝までいくつもりやったんやろ?」
千夏は篤史のバレーボールをしている姿を見て、決勝までいきたいんだろうなと思っていた。
「そ、それは・・・」
千夏に自分の気持ちを言い当てられて、動揺を見せる篤史。
「小川君ってわかりやすいやんな。そういうところ好きやで」
本日二度目の好きだと篤史に言う美子。
それを聞いた里奈はあたふたしてしまっているが、留理は気にしていないようだ。
「美子ってば・・・」
「大丈夫やって」
美子は自分の言った事を気にしていない様子の留理を見て、大丈夫だと確信していた。
「古田、お茶ちょうだい。オレ、ペットボトルに入れて持ってきてたんやけどお茶なくなってしまって・・・」
篤史は美子が持ってきている大きなペットボトルを見て言った。
「美子のペットボトル、大きいやんな」
千夏は言う。
「球技大会でたくさん飲むやろうなって思って・・・。小川君、どうぞ」
美子はそう言った後にペットボトルを篤史に渡す。
ペットボトルを受け取った篤史は、自分のコップにお茶を入れる。
「里奈達も飲む?」
「うん。飲むよ」
留理が自分も飲むと答える。
そして、篤史の後に里奈達もお茶を自分のコップに入れた。