6話
切りどころがなかったので、ちょっと長くなりました。
神様のかばんは、これの半分ぐらいが目安なんですがね……
俺は正直、家を出る準備、つまり帰ってくる事がないという意味でしっかり伝えたので、きっと美砂の荷物は大変な事になるかもしれないと頭を抱えていた。
それをカバンに愚痴ると何でもないように言われる。
「何を言ってるんじゃ、ワシは『神様のかばん』だぞ? いくらでも持ち歩けるわい」
「ちょっと待て、だったらなんで、俺がリンゴを入れようしたら入れられなかったんだ?」
俺がうろたえるようにしてカバンを掴むと「かっかか」と楽しげに笑われる。
「小僧がワシの事を小汚いやら言ったのが気に食わなかったんでな」
「ってことは、俺の鼻っ面を執拗に狙い続けたのもワザとかっ!」
俺の追及にも同じように笑うだけだったので、カバンを叩きつけて「上等だぁ、やってやんよっ!」と叫んで蹴りを入れようとする。
すると、カバンは驚きを隠せない事やらかす。
ローキックする俺の脚を避けるように真上に飛んだのである。しかも、飛んだだけでなく、肩ひもを大きく振って俺の頬を打ちつけてくる。
俺は痛みより、その現実にびっくりしてしまい、女座りをして頬をおさえてカバンを見つめる。
「婆ちゃんにも叩かれた事ないのにっ!」
ちなみに爺ちゃんと父さんと母さんには叩かれた事はある。
「ってか、お前、動けるのかよっ!」
「当然じゃろ、ワシは『神様のかばん』じゃからな」
絶対、表情があるならドヤ顔確定である。
こうなったら徹底抗戦だっ!と思った俺がファイティングポーズを取ろうとした時、後ろから声をかけられる。
「あの、旦那様? 何をされてるのですか」
首を傾げて、大きなリボンも同じように倒れさせながら俺を見つめる美砂の姿がそこにあった。
俺は、「何でもないよ」と答えようと後ろを振り返ると言葉を失う。
「えっと、この短時間にこれだけ用意したの?」
「いえ、元々、嫁に行くのは決まっておりましたので、梱包は終わっておりました」
美砂の後ろには衣装ケースの大きさの梱包された物が10はありそうに見える。
俺は、目の前の現実を受け止められなくて、「へぇ――」と他人事として貫きたかったが、目の前の現実は変わらなかった。
駄目元でカバンに俺は問う。
「さすがに、あの量は無理だよな?」
「馬鹿言え」
俺は、だよな~と言おうとするがカバンがそれを裏切る。
「余裕じゃ、お前の世界の海水全部でも入れれるわい」
その言葉に俺は、鼻が出る勢いでビックリする。それはもう、俺からすれば無限だと言われるのと大差ない。
俺は気を取り直してカバンに問いかける。
「で、アレをどうやって仕舞えばいい? カバンの口を押しつけたらいいのか?」
「まあ、その方法でも入るが、入れたい物を触ってワシに入れるイメージをすれば入るわい」
ワオッ、なんて便利な機能を持ったカバン様なんだろう、と俺はウキウキにはしゃぐ。
「さすがにこれだけ持ち歩くのは無理ですよね? 置いていくか、馬車を用意して貰いましょうか?」
俺がブツブツ言うのを悪い方に解釈した美砂が申し訳なさそうに言ってくる。
慌てて、両手を振って美砂に伝える。
「いやいや、俺のカバンに仕舞えるけど、俺が持ち歩いて問題はないかな? と思ってたんだけど構わない?」
「近くに俺がいないと出せないけど?」と聞くと美砂は目を丸くして驚くが否定せずに感心してくる。
「旦那様は、凄いカバンをお持ちなのですね」
微笑んで言ってくるのを聞いたカバンは、「そう、ワシ、凄いの」と滅茶苦茶嬉しそうである。
もう一度、「構わない?」と聞き返す。
「はい、私は旦那様の傍を離れませんので」
うん、そこはかとない不安が押し寄せるけど、聞かなかった事にしようと自分の精神衛生上の為にそうすることにした。
許可を得れたので、1つ目に触れてカバンに言われたようにすると消えるようになくなる。
美砂が、「まあぁ」と驚いた声を上げるが俺も驚いている。
俺は思い付きで、他の荷物をポン、ポンと一気に触っていき、全部触った後、全部入れ、とイメージすると一気に消える。
「おっ、小僧。頭は悪いが発想力は悪くないようだな。他にも色々使い方があるから模索するといいじゃろ」
頭は悪いは余計だっ!という意思表示をカバンを叩く事で示すと、美砂に微笑みかけてる。
「じゃ、出発しようか?」
「はいっ」
美砂は誰も見送る者がいないのに、玄関の方に向くと丁寧にお辞儀をするのを見て、美砂は良い子だと思うと同時に、美砂の両親への不信感は拭う事は出来ないだろうなと俺は思った。
そして、俺達はスパロンを誘き出す為に自由都市から一番近い街がある北側の森を目指して歩き出した。
しばらく歩き、隣をチラッと見ると美砂の姿がないのに気付き、慌てて捜すと後ろ3歩ほどの位置にいるのを発見してホッとする。
「なんで後ろを歩くの?」
「妻たる者、旦那様の3歩後ろを歩くモノですので……」
俺はそんな事を気にしないので、と伝えるが、美砂はガンとして聞かない。意外と頑固なところがあることを発見する。
さて、どうしたものかと俺は悩む。おそらく、この行動は美砂にとって譲れない領域なのだろうが、このままだと話をするのも大変なだけじゃなく他人同士ですって言われているような感覚に陥る。
ならば、と俺は姦計を仕掛けてみる。
「美砂の貞淑な嫁の心意気は汲んでやりたいんだが、横を見ても可愛い美砂の顔がないのは寂しいし、何より、今の俺は、美砂と手を繋ぎたいな~って思ってる」
そう言うと顔を赤くした美砂が両手で頬を押さえるようにして照れて見せる。俺の思いこみでなければ、かなり嬉しそうである。
俺は駄目押しとばかりに「駄目かな?」と頭を掻いてみせる。
「いえっ! 旦那様の思いを汲めなかった私をお許しください。喜んで、お隣を歩かせて頂いて、そ、その、手を……」
恥ずかしいらしく、手を繋ぐと言えないらしい。
俺は、確信に近い事実を理解する。
きっと、美砂は歯止めが壊れると人一倍暴走するタイプだと。恥ずかしがり屋が一線を超えると、トコトンいってしまうアレである。
目を伏せて、チョコチョコと俺の隣に来ると頬を染めながら俺をチラチラ見つめて、そっと手を差し出してくる。
なんだ?この可愛い生き物はっ!
俺は心の中で絶叫しているとカバンが呆れた声で言ってくる。
「いい加減、手を取ってやれ。娘が恥ずかしいのを頑張って出してるじゃぞ?」
俺はいけない、と正気に戻ると美砂の手を握る。白く細い指を握ると小さな手であることを再認識する。
壊れ物を触れるようにそっと包むように握ると、頬笑みながら話始める。
「北にあるっていう街はどんなところかな?」
「えっと、一言で言うなら、商人の街でしょうか? 名をポポロンと言いまして……」
はにかみながら俺に説明してくれる美砂に萌えながら、俺達は森を抜ける為に森の入り口に差し掛かった。
森を入ってから5分としない内に、カバンが話しかけてくる。
「小僧、来たぞ」
「えっ、もう? どんなけ堪え症がないんだ」
俺の言葉に不思議そうな顔をする美砂に、「あの馬鹿が来た見たいだから気を付けてね」と伝えると身を硬くする。
その言葉が合図になったかのように草むらからゾロゾロと山賊風の男達、20人程が現れる。その後ろから、金髪碧眼の男も一緒に現れた。
俺はスパロンを見つめて、「何をしにきたんだ?」と分かっているのに問いかける。
「妾の女を連れ戻しに来た」
「おかしいな、ここにいる女と言えば、俺の嫁しかいないはずなんだが?」
スパロンは髪を掻き上げながら、俺を見つめていってくる。
「お前みたいな子供のように可愛い顔した男に嫁など……本当にお前、可愛い顔してるな?」
スパロンは、頬を染め、舌舐めずりをしながら好色な目を向けて、「悪くない」と言ってくるのを見て、思わずお尻を押さえる。
女の子が男にジロジロ見られて身の危険を感じる気持ちが理解できた俺は、これからは嫁以外にはジロジロ見ないように心がけようと肝に命じた。
「おい、お前ら、あの男も生け捕りにしろ」
「うぉぉ! マジでガチの奴だぁ!!」
俺が恐怖に身を竦めている内に俺と美砂は取り囲われる。
「小僧。これくらいの数ならマシンガンで一掃できるぞ?」
「いや、それもいいが、もっと簡単な方法がありそうだ。マシンガンはそれが駄目だったらな」
カバンが「何だと?」と呟くのを聞いて、口の端を上げて自信があると示す。
「美砂、俺から離れるなよ?」
「はい、いつまでも離れません」
俺は土下座するように地面に両手をつける。
「消えろっ!」
そう言うと俺の周りを除いて、円を描くようにごっそりの地面の土が消える。
山賊達は一瞬の滞空時間を経て、一気に落ちていき、悲鳴が怒号のように響き渡った。
スパロンを除いた全員が落ちるのを確認した俺は、「戻れっ!」と叫ぶと何事もなかったように穴は塞がるが山賊達だけいなくなっている。
「さて、後はお前だけだ」
「何が起きたんだぁ!」
後ずさりするスパロンを追い詰めるように歩き、カバンから銃を取り出そうとした時、声をかけられる。
「旦那様、その人との決着は私にさせてください」
美砂は決意を秘めた目をして、ゆっくりと俺の前へと出てくる。
「私が誰のモノか身を持って知って貰います」
俺に強い思いをぶつけるようにしてくる。
「大丈夫か?」
「はい、勿論です。決して、旦那様の期待をないがしろにはしません」
俺は、「そうか」というと後ろに下がる。
任せて貰えた事が嬉しそうな美砂は俺に微笑みかけた後、スパロンをキツイ視線で見つめる。
「私の手で引導を渡してあげましょう」
「俺が女如きに遅れを取るかぁ!」
腰にある剣を抜いたスパロンが美砂の身が目的だったはずなのに、それを忘れて斬りかかる。
美砂は、スパロンの剣戟を流れるように避ける。
「ちょこまかと動けるようだが、いつまで逃げれる……なんだとっ!」
スパロンは剣を上げようとしてるようだが、下げたままで揺すっているだけである。
良く見ると、スパロンの袖と服が縫い付けられている。だから、腕が上げられないのと気付く。
なんで?とは思うが、誰がというのはどう考えても1人しかいない。
背を向けていた美砂が正面を向く。
右手には針を持ち、唇に紐を咥えていた。
「私、花嫁修業を極めておりますので……」
カッコ良い事を言う美砂を俺は見つめて、縁側でお茶を飲む老人のように見つめる。
「へぇ――、今時の花嫁修業って暗殺術みたいなのも必須なんだ」
「そんな訳あるか、馬鹿モン」
カバンが当然の事を言ってくるが、俺は色々現実が着いてきてない。
そんな美砂を恐れるように後ずさるが、それより早い速度で、スパロンを通り過ぎるとスパロンが宙に浮く。
美砂の糸は近くの木の枝を経由してあり、それを引っ張る事でスパロンが宙に浮いてるようだ。その紐はスパロンの首に巻かれているようであるが袖が縫い止められいる為、何もできずに顔色が悪くなり、泡を吐き始める。
スパロンの首がカクッと落ちるのを見計らったかのように糸きり鋏で糸を切る。
「仕置き完了」
そう決めてくる美砂がカッコ良くて俺は拍手をするが、カバンは呆れた声で言ってくる。
「なんで裁縫道具で戦える? しかも、どうやって男の体重に耐える裁縫糸があるんじゃ?」
もう俺はその辺りの現実は放り投げて忘れる事にしていたが、カバンは苦悩し続けた。
「旦那様ぁ! 私、頑張りましたっ!」
先程まで、その道に精通した闇の人みたいに決まっていた美砂だが、俺の方を見つめると恋する乙女という顔をして手を振って走ってくる。
その美砂を抱き締めて、バカップルよろしくする俺達をカバンは冷静に言ってくる。
「小僧、お前はもしかしたら、とんでもない嫁を貰ったかもしれんな」
俺はカバンの言葉を聞き流す。
美砂が我に帰り、恥ずかしがり出した頃、俺達は、北の街、ポポロンを目指して歩き始めた。
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