19話
カバンが肩ひもで俺の頬を打ちつける。
「坊主! 気をしっかり持てっ! 帰ってこい!」
返事をしない俺の頬をひもを休めずに必死に叩きつける。
それを俺は俺を見下ろすようにして見つめる。
おはようございます。剣太郎です。
多分、元気はありません。何故なら魂が抜けかけているようです。
そんな自分を客観的に見つめられる状況はそれ以外有り得ない。
見下ろした自分を見つめるとどうやって取り付けたかは分からないが点滴を打たれながら死んだように眠る……本当に死にそうになってるけどねっ!
周りを見渡すとどうやら宿屋の裏庭の隅の陰になってる所のようである。
すると、カバンの必死な努力が実ったのか、薄らと目を開けた俺が手を上に上げて彷徨わせる。
それに嬉しそうな声を上げるカバン。
だが、ゾンビみたいだと俺は思ったが俺の精神衛生上の為に忘れる事にする。
「……分かってるって言ってるだろ、母さん? 三食はしっかり取る。もう子供じゃないんだ」
「ぼ、坊主?」
カバンが人間だったらきっと冷や汗を流しているであろう。
母さんは食事には煩い人だったから、多分その事を俺は言ってるんだと思う。
次は鬱陶しいように手を払うようにする俺が違う事を言い出す。
「……ハンカチ? ちゃんと持ったよ。髪が跳ねてる? それぐらい自分で直せる、ほっといてくれ、灯」
今度はどうやら食事が済んで学校に誘いにきた幼染みの灯に世話を焼かれてウンザリしているようである。あの世話焼きは、俺がいなくなって慌ててるだろうか? 存外、手のかかる奴がいなくなって自由を満喫してるかもしれない。
そう呟く俺にワナワナと肩ひもを震えさせるカバン。
「何時の間に2人共、川の反対側に? えっ、何を言ってるんだ。声が小さくて聞こえない。しょうがない。こっちが近寄ってやるよ」
「だ、駄目だ! そっちはもう無理な人が行く所だ。坊主が見てるのは幻覚じゃあ!」
カバンはどうやってやったかは分からないが高々とジャンプすると俺の顔を目掛けて落ちてくる。
「目を覚ませぇ、馬鹿モンがぁ!」
顔に強い衝撃を受けた俺は吸い込まれるように自分の体に戻っていった。
「はっ! 知らない青空天井! 俺は誰、剣太郎ですっ!」
辺りを見渡すとカバンは身を震わせていた。
「坊主……よくぞ帰ってきた……」
嗚咽を漏らすカバンに驚きつつも、ここに至るまでの記憶を掘り起こそうとするが失敗する。
何やら夢を見てたような気がするが思い出せない。
「坊主、昨日の夜の事は覚えておるか?」
そう言われた瞬間、俺の体は震え出す。それを抑えようとするが震え出した体は止められないっ!
無理だ、美砂……無理やりツボでオッキさせないでぇ!
チャロン、体力が回復できても精神は別だぁ!
どうして、局部だけ回復してんの、クリカ?
「ああっ、あああっ!」
頭を抱えて虚ろな視線で叫び出す俺にカバンがひもで強打してくる。
その衝撃で正気を取り戻した俺は荒くなってる呼吸に気付き、深呼吸をする。
「無理に思い出さないでもええ。想像を絶する体験をしたようじゃのぉ」
必死に呼吸を整える俺にカバンは続けて言葉を繋ぐ。その言葉を聞いた瞬間、俺がした行動を責められる者はきっといないはずである。
「ワシは前々から思っとった。交代制にしたらどうじゃろうと?」
ドヤ声するカバンを鷲掴みにすると地面に叩きつける。
「気付いてたら、もっと早く言え!」
それから俺はカバンからポーションを取り出して、がぶ飲みする事で持ち直すと美砂達と朝食をとる為に食堂に向かう。
今日は商人、露天商と面会を求めて街中を歩き回る予定である。後、カードの事で説明がまだだった事をカバンに指摘され、それを嫁3人に伝える。
食事が済むと俺は嫁達に声をかける。
「今日の予定を話す前に昨日、説明し忘れてたカードの機能から進めるな?」
そういう俺の言葉に頷いてみせる3人を見て話始める。
「実はこのカード、俺がよく手で触れるだけで収納してるみたいにできるんだ。まあ、俺が持ってるカバンみたいに無制限とはいかないけどな」
驚く3人を満足そうに見つめる俺はクリカに実際にやってみるように言う。
「目の前のコップに触れて、自分のカードに入れ、と思ってごらん?」
「う、うん、やってみるのぉ!」
肩に力が入るクリカがコップに手を添えるのを残る2人が見つめるなか、コップが消える。
「本当に消えたのぉ!」
「次はカードに意識を向けて、何が入ってるだろう? と考えて、コップが見つかったらテーブルに戻れ、て思ってみて」
するとコップが現れて、はしゃぐクリカ。それを興味深そうに見てる2人にもやってみるように言うとあっさり成功させる。
一通りやったのを確認すると続きを口にする。
「美砂達は運営側のカードだから馬車二台分の容量があるよ。で、これをアウトローが初めて作った時はリュック一個分入る程度で、仕事を頑張っていけばちょっとづつ入れられる容量が増えるというやる気を出したくなる特典を付ける」
「ああ、これが旦那様が仰ってた裏切る気が起きない方法、確かにこれは喉から手が出るほど欲しいでしょうね」
感心する美砂を見つめて頷いてみせる。
だが、これだけではないと伝えた後、カードの補足を伝える。
「このカードはいつでもこちら側から使えなくする事ができる。しかも、悪い事に使えばカードに記載されるだけでなく、こちらに伝わるので裏切るのは勿論、犯罪行為の抑制にもなると期待している」
「こんな便利な物があるなら商人達がアウトローに配達を頼むようになるのだ」
チャロンの言葉にその需要も狙っていると笑いかける。
3人を見渡し、話を続ける。
「本当に色々できるようになるんだ。遠出もしやすくなるし、それこそダンジョンにも行きやすくなる。しかもスキルの事もある。それを正しく理解したらアウトローは無闇にこちらと敵対行動を取るだろうか?」
「さすが、ケンちゃんなのぉ!」
クリカに褒められて胸を張る俺にカバンがぼやく。
「アイディアは坊主じゃが、ワシがおらなんだらできんかったぞ?」
「もう少し調子を乗らせてくれてもいいだろ? 俺はちゃんとお前が居てのこそと理解してるよ」
小声で言う俺に、「分かっとる、分かっとる。どうせ、ワシはカバンじゃしのぉ」と拗ね出すので後でご機嫌を取る事にする。
説明漏れの話はここまでにして話を本線に戻す。
「この辺りはまた後で話すよ。それより今日の午前中に街中の主に露天商、後は小規模の商店だな、そこを巡って薬草の10束を銅貨30枚で仕事しますよ、と言って廻ってくれ」
「前にも言ったと思うが、断られていいのだ?」
チャロンはそう確認してくるのを頷いてみせる。
そして3人を見渡し、念押しする。
「間違いなく断ってくるし、場合によっては罵倒される事もあるだろうが我慢してくれ。受けて貰う努力はしなくていいが、自分達がそう言ってきた事を忘れないでくれと言い含める事。これが重要だから頼む」
「今の旦那様の言い方からすると別行動で?」
頭の良い美砂は説明する箇所を減らしてくれる。
俺は美砂にありがとう、と告げる。
「そうなんだ。これはやり始めたら早急に済ませないといけない。風化を恐れる事もあるが、噂が廻るのはいいんだが、尾ひれが付いた話が蔓延したら正しい情報が埋もれる恐れもあるし、来ると待ち構えられると色々やりにくい」
そう言うと嫁達は頷いてくれる。
美砂とチャロンはこちらの意図を理解してくれているようだが、クリカは分からないなりに俺を信用する事で丸飲みにしてくれたようである。
「じゃ、時間が惜しいから動こう。昼の鐘がなるまで店を廻ってくれ。まだ紹介するところがあると思っても時間厳守で」
俺の言葉に頷いてくれた嫁3人と共に立ち上がると、美砂は北へ、チャロンは東へ、クリカは西、残る俺は南へと担当を決めて宿屋を後にした。
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