第1話 ボーイ・ミーツ・ジャーマンレディー
「では、今日の講義はここまで。受講者は来週までに論文を私の研究室まで持ってくるように、解散!!」
講義終了のチャイムが流れ、骨と皮しかないのではと思う老教授の年齢という概念をどっかにやったかのようなはっきりとした大声が講堂に響くが、この教授の講義を受ける学生にとってはいつものことなのでガヤガヤと立ち上がる。
「んん~、今日の講義は終了っと」
欠伸をしながら大きく伸びをした俺は鞄に筆記用具とノートを乱暴に突っ込み、教室を後にして駐輪場へと向かう。
この大学、私立仁王大学はそこそこの知名度がありながら学費が比較的安くてしかも申請すればバイクでの通学可なので人気が高く、そのため毎年多くの受験生が挑んでいる。
俺は表向きにはそこで民俗学を専攻している大学1年生。しかし裏ではInternational Exorcist Control Organization、国際祓魔師管理機構日本支部所属の祓魔師だ。
ここで話は長くなるが色々と説明しよう。
まずは俺の所属、便宜上IECOと略すが本部はヴァチカンにあり総責任者はローマ教皇猊下が代々お勤めになっている。主な仕事としては人に害をなす魔物の退治や各宗派との交流、そして人間社会に溶け込んで暮らすことを選んだ魔物たちの監視だ。
昔、それこそキリスト教の力が今よりもずっと強かった時代は異教徒弾圧もやってたらしいが、今では弾圧対象が異教徒から犯罪に手を染めた元祓魔師に変わっている。
そして俺自身の立ち位置についてだ。
俺の家は代々~、とは言い難いけど両親共にこの仕事に就いているが二人は俺のような下っ端祓魔師とは違い、本部役員クラスのいわばお偉いさん。日本にいて活動するよりもヴァチカンの方が何かと便利なので、俺一人日本に置いてローマで仲睦まじく暮らしている。
生まれた時から二人の背中を見て育ってきたので、その跡を継ぐ。という綺麗な理念があってこの仕事をやるようになったわけではない。これはあくまで建前だ。
では本音は何かというと、合法的に世界中の銃火器を所持できるからだ。
他に理由はないのか。だって?
あるわけないだろんなもん!!
きっかけだが、高校最後の夏休みのある日久しぶりに帰国した両親と将来の進路について話し合った時がある。
その時、親父から発せられた言葉によって俺の今があると言っても過言ではない。
「IECO所属の祓魔師なら、合法的に複数の銃火器を所持出来るぞ」
今考えてみると、跡を継がせたいと思う親父の策略だったのかもしれないが、当時の俺はそんなことなんて毛頭も気にかけず文字通り狂喜乱舞した。
それに話を聞く限りIECO所属の祓魔師はヴァチカンに勤める職員扱い。言ってみればヴァチカン所属の国家公務員のようなものなので、当然給料もいい。少なくとも、運よく高卒で就職できた人間より断然上だ。
合法的に複数の銃火器を所持できて、しかも高給取り。
そんな俺にとって夢のような職業を逃すわけもなく、高校卒業したその日にIECO日本支部に履歴書を持って足を運んだのだ。
そして祓魔師が銃火器を使ってもいいのだろうかと思う人がいるだろうが、今の時代使わない祓魔師の方が珍しい。
使用する銃火器だが、これについては申請すれば弾丸とセットで送ってくれる。
まぁ、手間賃としてそこそこの金額は掛かるが。
手順としては、IECOの武器調達専門の部署がダミー会社を通じて銃を購入(銃によってはメーカーから取り寄せる)。
その弾丸を本部内の退魔儀礼専門の職員によるお祓い的な事をしてもらう(たったの数時間で終わる)。
そして言葉は悪いが合法的な密輸(日本のような銃規制が極端に厳しい所のみ)によって申請者のもとに送られる。
と、まぁこんな感じだ。
たった数時間で終わるお祓いをした弾丸で倒せるの?とか色々と思う所があるだろうが、実際何とかなってるんだから理解してくれると助かる。
そして最後に、祓魔師なんだから神秘的な凄い能力……例えば使い魔を呼び出せるとか、魔力弾を飛ばせるとかそんな事をできるの?と聞かれたら、断じて否だ。
前述の銃火器同様、そんなことができるのは何百年の間代々生業としている家系の人間くらいで、俺みたいななんちゃって祓魔師の家系の人間には不可能だ。
「今日のごっはんはカレーかな~っと」
即興で考えた奇妙な歌を口ずさみながら、俺はそろそろ住宅地に差し掛かるであろう道を愛車のスーパーカブで走っている。次の交差点を左折して5分ほど走ればもう家だ。
交差点の信号がたった今赤から青に変わったのを遠目で確認し、信号が変わらないうちに渡ってしまおうと考えてスピードを上げる。
ここの交差点付近は夕方は特に車通りが少ないので、スピードを上げても大きな事故には繋がらないはずだ。
そして左折するため体重を傾けようとした瞬間
いきなり人が飛び出してきた。
「んなッ!?」
慌ててブレーキをかけドリフトをするようにバイクを強引に横にして、甲高い音を立てて飛び出してきた人の数メートル手前で停車した。
「あっぶねーな、おいあんたどこ見て歩いてんだよ!」
危うく轢き殺すだったので、信号無視したやつを怒鳴ろうとして視線を上げる。
そこにいたのは20代中頃のキャリーバッグを持つ女性だった。
だが、普通の女性ではない。
日が落ちて暗くなっても目立つ腰まで軽くウェーブがかかった金髪に整った目鼻立ち。そして真っ白な肌にこちらをじっと見つめてくる青い瞳。
どう見ても欧米系の人間だ。
「え、え~っと………ハロぉう!?」
「Hilfe Bitte!!」
取り敢えず今や世界共通語と成りかけている英語で話しかけようと思い、声を発した途端明らかに英語ではない言語で強く抱きしめられた。
「ちょッ!首が、首が締まってる!そして当たってるから!」
足に力を入れてバイクごと倒れるという事態は避けられたが、その代わりに首が締まり、一部の女性しか持てない豊かな母性の象徴が押し付けられて二重の意味でヤバイ!
その女性は俺の状態を察してくれたのかどうかはわからないが、慌てて離れてくれた。
「ごめんなさい、急に抱き付いちゃって………」
「え、ええ。って日本語喋れるんですか?」
女性は申し訳なさそうに下を向きながら小さく返事をしたが、ハッと何かを思い出したかのように視線を上げ、涙目になりながら俺の手をとり両手で強く握り締めて
「お願い、私を匿って!!」
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