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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第3章 ラシェット・クロード 時の試練編
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記憶への旅 ープレゼント

「『知恵の実』?」


僕とサマルは、そのジースが差し出した箱の中身を覗き込みながら、同時につぶやいた。

それに、ジースは

「うん」

と頷く。その顔はいつになく静かで、厳かな表情に見えた。


そんな表情に釣られるような感じで、僕達もじっと、その箱の中の二つの丸い物体を覗き込む。青く小さなその『知恵の実』と言われた物体は、なんとも微妙な質感をしていて、プリプリしているようにも見えれば、粒子が細かくザラザラしているようにも見えた。ヘタや窪みなどは付いていない。


「実って言うけど……なんかコレ、『実』って言うより『薬』みたいじゃないか?」


しばらく眺めた後にサマルが言った。その意見に僕も加わり、

「確かに。光沢があるから、金属にも見える……」

と言う。

でも、ジースはそんな僕達の見解に首を横に振り、


「ううん。なんとなくわかるけど……これは本当に『木の実』なんだよ。それは間違いない」


と言うから、まぁ、当のジースがそう言うのならばそうなのだろうと、とりあえず僕は思うことにした。


「ふーん、で? これを僕達に?」

僕が聞く。すると、ジースはにっこりと笑い

「うん。是非。二人に貰ってもらいたい」

と改めて言った。


しかし、その言葉に僕とサマルは、ちょっと困ったように顔を見合わせる。気持ちは嬉しいのだが、よく意味がわからなかったからだ。そもそもこれはなんなのだ、貰ってどうすればいいのだ、と。まずはそこを教えて欲しかった。


すると、そんな僕達の様子を見て、胸の内を理解したのか、ジースがクスッと笑い、

「そうだよね。よくわからないものを、いきなり渡されても困るよね?」

と切り出してきた。

それに僕とサマルはなんだか悪く思い、苦笑した。


「うん…まぁ、ごめんよ、ジース。君を疑ってるわけじゃないんだが……」

「そうそう。でもさ、あまりに変なお礼だったからな…つい……」

「ううん。いいんだ。当然の反応だよ。実はこれを人前に出したのは、今回が初めてだったから、僕もどうやって話をしたらいいかわからなかったんだ」


ジースはそう言うと、メガネの位置を整えた。

そして、おもむろに一粒手に取ると、


「これはね。僕の家に代々伝わってきたもので「この人こそは、って思った人にあげなさい」と言われてきた、一種のおまじないみたいなものなんだよ」


と言った。


「おまじない?」

「うん、そう。これを食べれば頭が良くなるっていうおまじない」


僕が首を傾げて言うと、ジースはそう答えた。しかし、聞いたところでわからないのは一緒だった。


食べたら頭が良くなる、木の実?


「へぇー。おもしろそうじゃん?」

サマルが言う。僕のそのあまりにあっけらかんとした感想に驚いた。

「おいおい、サマル。いいのかよ、そんなことで。得体の知れないものには違いないんだぞ?」

「ん? 別に。僕は気にしないよ。それともなにかい? ラシェット。君はこのジースくんの善意を疑うのかい?」

「うっ……そ、それは……」


サマルにそう言われて、ジースの方を見る。すると、ジースはちょっと遠慮がちに顔を伏せた。

それを見て、僕はため息をついた。


「はぁ。ごめん、僕も疑ってなんかいないよ。ただ、代々伝わってきた、そんな大事なものを僕達がおいそれと貰っても……っていうか、食べちゃっていいものなのかなと思ってさ」


僕がなんとか取り繕ってそう言うと、ジースは再び顔を上げ、


「いいんだよ。この二粒は僕に割り振られた分なんだから。好きにあげていいことになってる。それで僕はラシェットくんとサマルくんの二人を選んだんだ。あげても絶対に後悔なんかしない」


と、まるで何かを決意するように言った。

僕はその言い方が、いささか大げさ過ぎるとは思ったが、そんな僕の疑問を吹き飛ばすように、


「ははは、それは光栄じゃないか。なぁ? ラシェット」


と横からサマルが僕の肩に手を置いてきたから、それで僕も考えるのを止めてしまった。


「うん……まぁ、そうだな。せっかくそう言ってくれているわけだし、たかがおまじないだ。快く、頂いておこう」


僕がそう言うと、ジースの顔がパッと明るくなった。そして、

「ありがとう」

と、振り絞るように言って微笑んだ。


そんなこんなで、まずはサマルにジースが手に持っていた一粒を渡す。

その後、僕には箱を差し出してきた。

僕はそこから、残りの一粒をつまみ出し、手のひらに乗せる。そのコロコロとした青い木の実は、グリーンピースより、一回り大きいくらいのものだった。


「残念だけど、僕は食べたことがないから味は保証しかねる。でも、たぶん種は入っていないから、遠慮せずに齧って」


実を渡し終わると、僕達の真正面に立ち、ジースは言った。

「味は保証できないねぇ……」

元より、この見た目で味なんて期待していなかったが、僕はそう思う。

それよりも、本当に食べられるものなのかの方が心配だった。手に持った感触も見た目通りかなり固い。長い年月のうちに乾燥したのだろうか? 僕は歯が折れなければいいなと思った。


そんな僕の表情を見てサマルは、ニッと笑う。そして、


「案ずるより産むが易しってね。そんじゃ、先にいただきまーす!」


と言って、いとも簡単にひょいっとそれを口に入れてしまった。そして、その口からはゴリゴリと実を噛み潰す激しい音が聞こえてくる。どうやら、ちゃんと噛めるらしいが、到底木の実を食べているような音ではなかった。


「うーん……こりゃ、あまりうまいもんじゃあないな。味も素っ気もない」


なかなか食べきれないのか、口を動かしながらサマルは言う。それを見て僕も、いよいよ決意した。どっちにしろ、僕もジースをガッカリさせるわけにはいかないのだ。


しかし、根が慎重な僕は、まずはその実の半分を齧ってみることにした。前歯では噛み砕けなかったので、奥歯で砕く。ボリッという音がした。すると、その瞬間に僕の口の中に強烈な酸っぱさが広がった。


「げっ……」

僕は思わず顔をしかめる。

酸っぱいのは苦手ではないのだが、これはいくらなんでも酸っぱ過ぎる……。


「くそっ……サマルのやつ…何が味も素っ気もないだ。話が違うじゃないか……」

僕はそう思いつつも、吐き出すのはさすがに失礼なので咀嚼を続ける。

そして、ふと思いつき、その木の実の断面を見てみた。


すると、その断面は見たこともない、虹色に輝いていた。


「なっ……!」


僕は息を呑み、その断面を見つめる。


まるで吸い込まれそうな色だ。いや、むしろ虹色に見えるそこは、空洞のようにも見える。奥行きがあるのだ。何かここではない、別の空間が広がっているような、そんな……


僕はなんだか怖くなって、実から目を離した。

そして、何気なくジースを見る。

すると、彼はこちらを見て、にっこりと笑っていた。

それは、なんというか……満足したといった感じの顔にも見えた。


「はぁ…不味かった。ん? なんだよ、ラシェット。残してるのか?」


実を食べ終わったのか、サマルがぼーっとしている僕に言ってきた。

それに僕は気がつき、

「あ、うん……まぁ、その」

と言うが、頭が混乱してしまっていて、うまく言葉が出てこない。そんな僕の様子を見かねたのか、サマルが

「ったく……いくらうまくないって言っても、いただきものなんだから、ちゃんと食べなきゃダメだろう?」

となにやら、柄にもなくまともなことを言う。

そして、

「え? まぁ、そ、そうなんだが……」

と、僕がまだなんだかんだ言っている隙に、


「へへっ、じゃあ、ちょっと貸してみ」


と、なんと僕の残したその半分を、サマルはさっと手から取ってしまった。


「あっ!ち、ちょっとっ!」

これには僕も油断した。しかし、サマルはそんな僕の慌てた様子を笑うと、ひょいっとまたその僕の残りの分も食べてしまったのだ。


「あっ…」

これにはジースも驚いた顔をした。


しかし、それを僕が見ると、彼はまた冷静な顔に戻ったから、僕は特にそれ以上は気に留めなかった。

というのも、僕は別の事が気になっていたからだ。

それは僕の貰った実の半分を食べたはずのサマルが、いつまで経っても全然「酸っぱい」と言わないことだった。いや、それどころかサマルは


「うん。相変わらず味も素っ気もないな」


などと言っている。


あんなに酸っぱかったのに。


これは一体どういうことなのだろうか? 僕はジースのことよりも、そのことで頭がいっぱいだった。


やがてサマルが実を飲み込み、口をいーっと開けると、それを見たジースはうんと頷いた。


「……良かった。何はともあれ、二人共食べてくれて」


「まぁ、僕がほとんど食べちゃったけどね。で、どうかな? これで少しは頭が良くなったかな? 今度こそ模試の点数でラシェットを抜かせるかい?」


サマルははしゃいで言う。もちろん冗談のつもりだろうが、ジースの方は真に受けて


「ううん。これはね、ただ食べただけで頭が良くなるおまじないではないんだ。ちゃんと勉強しないとダメなんだよ」


と真面目に答える。


「なんだよ、そうなのかい?」

「うん。でもね、いつもより勉強は捗るし、物覚えもよくなるはずだよ? 」

「へぇー、なるほど。そう簡単にはいかないけど…ってわけかぁ。だからおまじないなんだな?」

「うん。そういうこと」


楽しそうに話す二人。しかし、僕はそんな二人についていける自信がなかった。

なぜだろう?

よくわからないが、確かに僕はこの時、何かを警戒していたのだ。


「さ、これで改まったお礼の時間は終了だな! これでもう貸し借りなしだ。ジース、ラシェット。夏休み最初の釣りに戻ろうぜ?」


僕が考え事をしていると、サマルがそう言って釣り道具を手に持った。

それに僕も反応し、

「あ、うん。まぁ、そうだな」

と無理矢理、頭を切り替えて、自分の道具が置いてあるところまで移動する。当然、その引っ掛かる感じは拭いきれなかったが、考え事をするにしても、釣りはとても適していると思ったからだ。


しかし。その時、


「あ、あれ?」


と言う、サマルの声が聞こえてきたから、僕は素早く振り返った。

見ると、サマルが額に手を当て、頭をゴシゴシと掻いている。

僕は冷たい汗が背中を流れ落ちるのを感じた。


「ど、どうしたんだ? サマル?」

「いや、その……なんだか急に眠くなってさ……いや、もう、なんか……無理、か…も……」

「ね、眠いって…えっ? あっ、おいっ!」


そう言って岩場で倒れそうになるサマルに、僕は急いで駆け寄ろうとする。

しかし、僕が駆け寄るよりも前に、ジースがサマルの体をしっかりと受け止めてくれた。

僕はそのことにホッと胸を撫で下ろす。

だが、それと同時に、僕はそのジースの予測していたかのような行動にちょっと顔をしかめた。


僕のそんな顔を見て、ジースはまた困った顔になる。そして、重そうにしながらも、もう寝てしまったらしいサマルをそっと地面に横たえると、彼は僕に向かって口を開いた。


「やっぱり……一個半はちょっと食べ過ぎだったね。まさか、こんなことになるとは思っていなかったけど……でも僕は後悔なんかしていないよ? 僕は君達が好きだから。それに……やっぱり僕は君達みたいな人に〈次〉を託したいと思ったんだ……」


と。

しかし、その内容は僕に向かってというよりも、まるで自分に向かって言っているようだった。

その間も、僕は必死に考える。 本当ならもっと近くに行って、ジースの胸ぐらを掴んででも問い質したいことがあるのに、僕も眠くなってきてしまっていたのだ。


「意味がわからないな……ジース。僕は君の言っていることの、半分も理解できないよ。なんだって、こんなことを……? こんなことをされて、僕達は次に君に会うとき、どんな顔をして会えばいいんだ?」


「……ごめん。でも、残念だけど、僕達に次はないよ。時間切れなんだ。あまり一つの時代に留まっちゃいけない決まりなんだよ。あ、でも、今回のことで僕の長かった旅もついに終わっちゃったんだっけ……その場合はどうなるんだろう…?まぁ、わからないけど、ラシェットくん。とにかく、僕達はもう二度と会うことはない。すぐに僕の記憶も消えるだろう。もちろん、完全にとはいかないだろうけどね」


そんなジースの声を聞いている時も、僕の体は鉛のように重たくなっていく……

でも、僕は最後の気力を振り絞って話を続けた。


「一つの時代…? 時間切れ…? 記憶が消える? なんでそんなことがわかるんだい? 君がそうするからかい? それともあの『知恵の実』ってやつの仕業かい?」


「ラシェットくんらしくない、ちぐはぐな質問だね。でも、仕方ないか……『知恵の実』は記憶に大きく影響を与える。その副作用なんだからね、その眠気は。でも、大丈夫だよ。その眠りから覚めたら、きっと今まで以上に頭がすっきりするはずだから。それと、僕の記憶を失くすのは、あの実のせいじゃないよ。僕がこの時代からいなくなれば自然と消えるようにできているんだ。そういうシステムなんだよ。これについては、僕も残念だけど仕方がないね……色々な場所に行ってきたけど、ここは特別に楽しかったから……そう…あまりにも……」


「ジ、ジース……?」


「ありがとう、ラシェットくん。それに、サマルくんも。君達は僕の最初で最後の友達だ。そんな君達に希望を託し、長年の任務を終わらせることができたことを、僕は誇りに思う」


ジースは言う。しかし、僕の耳はだんだん聞こえなくなってきていたし、視界も薄ぼんやりと不鮮明になりつつあった。風景が徐々に黒く塗りつぶされていく。もう声もろくに出せやしない。


「……そろそろ時間だね。おやすみ、ラシェットくん。今度、本当の意…で君が目覚め……き、僕は君の創る……を、全力で……するよ。だから、迷わ……すんで。君…は、僕が選ん……だから…」


「ジー…ス……」


僕の視界の端でジースが何かに吸い込まれるように消えていく。


僕の記憶はそこまでだった。


       ☆


「ジースッ!」


気が付くと、僕とサマルは三つ沼の岩の上にいた。

もう日はてっぺんまで昇っている。


横にいるサマルは大人のサマルだった。ということは、どうやら僕は中等学校時代の記憶の中ではなく、通常の仮想現実の世界に帰ってきたらしい。


しかし、僕は未だに目眩が止まらなかった。手のひらにはじっとりと汗も掻いている。はっきり言って、あまりいい気分ではない。


「大丈夫かい?」

そんな僕を見て、サマルが言う。それに僕は首を振り

「いや、あまり大丈夫じゃないね。気持ちが悪い」

と応えた。

どこかトゲトゲしい、素直な答えだなと我ながら思った。


「そうか……きっと、過去と同調し過ぎたんだね。でも、それは君自身の記憶が戻ってきた証拠だよ。もう僕の記憶をあえて共有しなくても、あの時のことがありありと思い出せるってことはね……まぁ、お陰で僕もその後のジースの話が聞けたからよかったよ……とにかく、ひとまず休憩にしよう」


サマルはそう言って空を見る。しかし、僕は


「ダメだ。休憩なんかしている気分でもない」


と言った。


その言葉に意外そうな顔をするサマル…いや、サマルの意識のコピー体は、僕の目を見て、表情を引き締めなおす。どうやら彼も僕の変化に気がついたらしかった。


「ふふっ、やっぱり、君もここにきて目覚めたか。じゃあ、これでわかっただろう? 僕が君を巻き込んだわけが。それと、僕と君が同じ体質だということが、どういうことかも」


「ああ……よくわかったよ。なんで僕にこんな知識があるのか。そして、なぜそれが、僕とお前の中だけに現れたのかもな。けど、今だにはっきりしないことがたくさんある。僕の知識だけでは計り知れないものがまだ、たくさん……」


「それはきっと、ラシェット。君があの実を半分しか食べなかったからだろうね。それと…さっき初めて知ったけど、君と僕とでは実を食べた時の味が違っていたみたいだし。それも何か関係あるのかもしれない……」


サマルは言う。

そして、僕はそんなサマルの言葉を聞いて、少し笑ってしまった。

僕が笑うとサマルは明らさまに怪訝な顔をする。


「何がおかしいんだい?」


と。僕はそれで、サマルの「知識に関する過信」を確信した。だから、僕はなおも笑った。


「ふっ、だっておかしいじゃないか。僕とお前は確かに古代の科学技術のこと、そしてこの仮想世界とスーパーコンピューターのことに関しては、専門的な知識を有することになったのに、あのジースや知恵の実ってやつに関しては何ひとつわかりやしないんだからな……」


「あっ……」


僕がそう言うと、サマルは黙り込んでしまった。どうやら、図星だったらしい。

だから、僕はタバコを出し、火をつける。そして、岩の端っこに座ると、さっきサマルがしたみたいに青い空を仰いだ。


相変わらず、のんきな空だった。


僕はそこを流れる雲の数を数え、煙を吐き出す。妙なくらい頭がすっきりしていた。また、それと同時に僕の頭の中を時々、何か得体のしれないものがすっーと横切って行くような、そんな感覚もする……それこそ隙を見せたら、僕の全てを持っていかれそうな……そんな気持ち悪い感覚が。


「なるほど……もしかしたら、こいつは……」


僕がそう考えていると、サマルが僕の隣に来た。そして、立ったまま沼の向こう岸を眺め、


「確かにね……君の言う通りだよ、ラシェット。僕は全てを知った気になっていた……だからかな…皆を、いや、君まで巻き込んでしまったのに、僕はついさっきまで、それを仕方のないことだと思っていた……」


と噛みしめるように言った。


その、水面の映る瞳は静かな悲しみを湛えている。


だから、僕は


「いや、それは本当に仕方のないことだったんじゃないか?」


と正直な気持ちを告げた。


「えっ?」

サマルはその僕の言葉が意外だったらしく、驚く。でも、今言ったことは本音だったから、僕はサマルを見上げ目を合わせると、さらに話を続けた。


「だって、そうだろう? お前はお前の意思とは関係なく、その知識を手に入れ、そしてそれ故にショットに狙われるようになったんだろうから。そして、奴の性格からしたら、ヤン達を利用しないはずはない。あの目の力もあるしな……お前が積極的に巻き込んだんじゃない。違うか?」


「そ、それはそうだけど…でも、あのショットを発見してしまったのだって、僕達で……」

「……それも、ちょっと変だと思わないか?」

「えっ…? 変…?」


「ああ。僕はそんな、今までずっと何百年も発見されずに眠っていたものが、お前達の手によって、いとも簡単に発見されたこと自体、かなり怪しいと思ってる。きっと、そこにさえ知らず知らずのうちに、あの実を食べてしまったことが影響しているんじゃないのか?」


僕がそう新たな疑問を挟み込むと、サマルはいよいよ目を見開いた。


「そ、そんな……まさか…」


口からはそんな声が漏れる。しかし、サマルはふと気がついて、


「で、でもっ! ラシェット、君を巻き込んだのは、僕の完全な確信犯で……」


と言う。それを聞いて、僕は鼻で笑った。そして、


「いいんだよ。僕のことは別だ。気にしなくていい。僕とお前の仲なんだからな」


と言った。それも、僕の掛け値なしの本音だった。


「ラ、ラシェット……」


それを聞き、サマルもようやく岩に腰を下ろしてくれた。


そうだ。

思えば、僕はこの一言を言いにここまで来たのかもしれない。

そして、この気持ちはたぶん、ヤンもケーンもイリエッタも、ニコもナーウッドも、そしておそらくリッツ王子すらも、持っているに違いないのだけれど、それはあえて黙っていることにした。

偶には、自分一人だけかっこつけたっていいじゃないか。

僕はそう思いながら、タバコをふかした。


よく耳を澄ますと、遠くで水の流れこむ音も聞こえる。そのくらい静かだった。


「結局……ジースは何者だったんだろうね……?」


やがて、サマルが言った。

その声から、彼がやっと落ち着きを取り戻したのがわかった。そして、それは僕も同じだ。だから、僕も改めて、考えたことを整理する。


「さぁね。でも、サマルはさっき、ジースとショットは同じ「作られし存在だ」って言っただろ? あれはどういう意味なんだい? どちらかが、今の君と同じような、コピーってことかい?」


「そうさ。たぶん、それは間違いないよ。彼らの固有データを調べればわかる。しかし、それにも関わらず、彼らは精神的には全く違った傾向を有していた。肉体的に見ても、ほとんど同じなのに、明らかに違った要素がある……」


「あの緋色の目のことだな?」


僕が言うと、サマルは頷いた。そうなのだ。ジースは確かに守人ではなかった。


「ジースが何か瞳に細工をしていた可能性も残るけどね。けど、それにしても似ているところと、似ていないところがはっきりし過ぎている。あれじゃあ、彼らの「元」になった存在も推測できない。それに、あの『知恵の実』の存在……それを、どうやらショットの方は知らないらしいんだ」


「…えっ?」


今度は僕が驚く番だった。

どういうことだ? あれだけサマルに執着していたくせに。


「えっ、じゃ、じゃあなんでサマルはショットに利用されていたんだい? あのヘリコプターにしたって、オリハルコンにしたって、君がショットに作らされたものなんだろう?」


「ああ。そうだよ。でも、ショットはそれを知恵の実から得た知識ではなく、僕が何かしらの方法を使って、このコンピューターのデータベースから知識を得ているに違いないと、勘違いしていたのさ」


サマルは言った。


僕はまだ納得いかなかったが、それで多少合点はいった。なるほど、だからショットは皆の帰還を待ってくれているのだと。

つまり、ショットは皆も仮想現実の世界から帰ってくれば、サマル同様の働きをしてくれるかもしれないと、そう踏んでいるわけだ。だから、サマルがいなくなった今でも、皆を生かし続けている。もう、人質としての価値はそんなにないのかもしれないが、ショットはヤン達を使い、古代の進んだ科学技術をもう一度手に入れたいのだ。


「けっ、そりゃあ、迂闊に起きられないわけだ……なにせ、起きたところでその知識がなければ、いよいよ用済みになってしまうんだからな……」


しかし、疑問も残る。


「なぁ、サマル。そうだとしても、お前はショットに目の力を行使されたんだろう? だとしたらジースのことにしろ、あの実のことにしろ、全部ショットに筒抜けのはずじゃないか?」


「いや、それがそうでもないんだよ。ショットの目の力は人を操ったり、守人の力を断ち切ったりと、実戦的な力に特化しているらしくてね。その分、他人の記憶や深層心理を覗く力は、弱くなっているらしい」


「そ、そうなのか……? どうしてそんなことまで…?」

「ははは、それはショット本人がそう話してくれたからさ。あいつはかなりおしゃべりだからね。一年近く、話相手になっていれば、そこくらいのことは聞き出せる」

「ふふっ、なるほどね。確かに、奴はとんだおしゃべり野郎だ」


そう言って、笑い合うと僕達はまた黙って沼を見つめた。


僕は、なんとなく、こうしていられる時間も残り少ないかもしれないとわかり始めていた。


けど、どうしても景色をぼんやりと眺めてしまう。

なぜなら、ここはあまりにもあの頃と変わらなかったから。


でも……


ここは、現実じゃないんだ。


「なぁ、そろそろ僕は行こうと思う」


僕は言った。それにサマルは

「そっか……」

と言う。やっぱり寂しそうだ。でも、こんなことはいつか終わりにしないといけない。


僕は話の核心に入ることにした。


「だからさ、そろそろ教えてくれないか。お前の身に、今何が起こりかけているのか。そして、お前は今、何処にいるのかを……それを聞くために僕はここまで来たんだから。そして、それを聞いたら、必ずお前を迎えに行く」


その言葉を聞くと、サマルは苦笑したが、すぐにこくっと頷いた。


「いいよ。僕の居場所については、僕が行こうと思っていた場所を教えることしかできないけど……でも、僕の身に起きていることなら、正確に話せる」


そう切り出すと、サマルは僕を見る。そして、こう言った。


「僕はね、今、体を乗っ取られようとしている。乗っ取ろうとしているのは、たぶんあの実の知識の元の持ち主にして、この仮想世界とスーパーコンピューターの開発者……」


「エノク・メート博士なんだ」


と。


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