記憶への旅 5
僕の実家はなぜか、まだ消えずに残っていた。
それにはもしかしたら何か理由があるのかもしれないが、とりあえず僕達はその横を通り過ぎ、一路、村の出口へ向かう。
まずはベルト山脈を目指すことの方が先決だろうと、そう思ったからだ。
徐々に後ろに遠退いて行く実家の姿。すると、そんな時
「大丈夫か、若僧? 名残惜しかねぇのか?」
と、バルスが唐突にそう聞いてきた。でも、僕は
「まさか。こんな所に、もう用はありませんよ。次は現実で帰ります」
と、そう腹に決めたことを素直に告げることができた。
僕のその答えにバルスは満足げに微笑む。本当に彼は、面倒見のいい親戚の叔父さんのようだ。でも、
「……僕のことよりも、バルスさんこそ今後、どうするつもりなんだろう…?」
その時ふと、僕はそう思ってしまった。
でも、口には出せない。
もちろん、もし僕に何かできることがあるなら、是非何でも言ってもらいたいという気持ちはあった。しかし、そんな申し出こそ差し出がましいことなのかもしれないと、そうも思ったからだ。
そんな気分を抱えたまま、その話はそこで打ち切りになった。
そして、僕達は直前までの深刻さなど無縁な、取るに足らない雑談をしながら、入って来た時とは違う方角の門をくぐる。
そこで、
「さてと…」
と、僕は気持ちを切り替えて、アルバムを取り出し、改めて写真を見てみた。バルスはその横で、熊が見張りでもするように、遠くの山の斜面を見つめている。
サマル達の写真は村のはずれの畑の前で、全員で記念撮影している一枚から始まっていた。
そして、そこから歩き出したのだろうが、次の写真からはいきなり山道に入っているのである。そこから山道の写真が6枚続く。そうしたら、もうその次には山小屋の外観の写真と、部屋の中で仲睦まじそうに、料理をしたり、雑魚寝をしている写真になってしまうのだ。
写真があるのは有り難いが、なんとも道程の手掛かりが少なかった。
「まったく…写真担当は誰だったんだ……もっとしっかり記録しておいてくれよ」
僕はそれに対し思わず文句を言いたくなる。
そして、頭の中で「こんな道なんて、あったかなぁ?」と、昔、山遊びをしていた頃の記憶を引っ張り出しては「いや、これじゃない」とその記憶の風景を仕舞ったりしていた。
「うーん……」
僕がそうやって頭を掻き、まずはどの山道に行くべきか悩んでいると、横でバルスが腕を組み、
「ま、考えていても仕方ねぇさ。俺の古い記憶で良けりゃあ、案内するぜ」
と言う。それに僕はえ? と顔を上げた。
「この写真の道に心当たりがあるのですか?」
「いや、道の形なんて覚えてねぇがよ。でも、兄ちゃん達がノアの遺跡を目指したんだろうってことは間違いなさそうだ。と言うのもな、実は俺も昔そこを目指したことがあるのよ」
「目指したって…?あっ! そうか。バルスさんが昔この村に来た目的もそのノアの遺跡の調査のためだったんですね? ん、あれ? でも……」
僕が首を傾げると、バルスは豪快にハッハッハッと、笑い飛ばす。
「ああ、そうだ。失敗した。なにせ途中で崖崩れが起きていたからなぁ。それ以上は前に進めなかったんだ。だから、どの本にもこの村のことは書いていないのさ。そう思い出すとよ、たぶんその兄ちゃんも同じ事態に遭遇したんだと思うぜ?」
「あっ。確かにそうです! ナーウッドという、この写真の男も、崖崩れが起きていたために、調査ができなかったと言っていました」
「そうか、やっぱりなぁ。ま、あんな山の奥のそのまた奥の崖崩れなんて、普通誰も後片付けなんかしないからな。ずっと放ったらかしにされていたんだろう」
「そうですね……そうかもしれません」
僕はバルスの言葉に大きく頷いた。
言っていることに齟齬がないと感じたし、確かにナーウッドの証言とも合っている。だから、やはりバルスはある程度道を知っているのだろうと。
「では、まずはそこまで…」
「ああ、任せとけ…って言っても、俺もどこまで覚えているかわからねぇけどなぁ。ハッハッハッ」
ということで、僕達はひとまず、経験豊富なバルスの案内で山に向かうことにした。
村を出、長閑な畦道を僕達は延々と歩く。
いつもなら、この辺りは自転車でびゅんびゅん飛ばしていたところだ。だから、歩くと、あれだけ近いと思っていた山も妙に遠く感じる。
これも歳のせいだろうか?
今思えば、よくもまぁ毎日、飽きもせず自転車を三十分も一時間も漕いでいたものだ。田んぼに目をやると、夏のトンボが気持ちよさそうに風に舞っている。
「その遺跡の近くまでは、あの暗闇を経由して行けないんですか?」
僕がそう思ったので、聞くと
「ん? ああ…なかなか難しいだろうなぁ。イメージがし辛いところだし、なによりあまり覚えていないからなぁ」
と、バルスは言う。
どうやらそういうものらしい。僕にもなんとなく、この世界のことがわかりかけてきたが、まだその移動できる基準みたいなものはよくわからなかった。
イメージで移動できないとなると、まだまだ道程は長い。
ただ歩くのも暇だ。しかし、僕はこれでやっと落ち着いてバルスとお話ができると思い、
「この世界はいったい、誰が作ったものなのでしょうかね?」
と聞いてみた。
素朴で、とても答えようもない疑問だとは思ったが、何か取っ掛かりが欲しかったのだ。
しかし僕の意図に反して、バルスはなぜかその何気ない質問に、一瞬、目つきを鋭くした。そして、
「この世界ってのは、この仮想現実のことか? それとも、元の現実世界のことか?」
と、意外なことを聞いてくる。
も、元の現実世界?
僕はキョトンとしてしまった。
それを誰が作ったかなんて、僕は疑問にすら思ったことがない。世の中には、別に知らなくても生きていける事実が、ゴマンとあるのだ。
「まさか。もちろん、この仮想現実の世界のことですよ」
僕は慌てて、付け足す。それにバルスはそうかとだけ呟き、目つきを戻した。そして一呼吸置くと、何事もなかったかのように、
「この仮想現実を作った奴は、おそらく、この世界を動かしているスーパーコンピューターとデータベース、その両方を拵えた奴と同一人物、もしくは、同一の集団だろう……」
と言った。
バルスの態度の変化は気になったが、僕はあえてそれに触れないようにして話を聞く。
「はぁ。それは具体的には誰か、まだわかっていないのですね?」
「ハッハッ、そりゃそうさ。それがわかったら、俺はこんな所にはいねぇ。死ぬまで世界中を飛行機で飛び回ったりもしなかっただろうよ」
「えっ?」
僕がその言葉に驚くと、バルスは僕の方を見て、自嘲気味に笑った。
「それは、どういう……」
僕はそれを聞こうかどうか迷い、言葉を詰まらせた。
なぜなら、彼はいずれ全てを僕に託すと言ってくれたばかりだったからだ。
でも一方で、その時彼は、その背景まで話してくれるだろうか? という疑問も僕の頭にはあった。
僕はなんとなく、そんな時間はないのかもしれないという予感がしていたのだ。
それが、僕の単純なネガティブな考えから来ているものなのか、それともあの湧き出る知識から、無意識のうちに感じているものかはわからなかったけれど、僕が今こうしている時間も、無限にあるわけではないという当たり前の事実を、なぜだか、今、強く意識させられていた。
「……バルスさんは、それを突き止めるために世界中を旅していたのですか?」
「ん?」
僕は足を止めずに聞いた。バルスも黙々と山を見つめ、歩いている。ただ、その顔はまた柔和な老人の顔に戻っていた。だから、僕はそれ以上は何も言わず、話の続きを待った。彼に習い、遠くの山や、畑に降りる大きな鳥などの姿を見つめて。
「……突き止める、か……確かにそれもあった。でもな、そんなに立派な、人類にとって意義のあるってぇ響きのもんじゃねぇのさ。俺はただ、ある人のため、ひいては自分自身のためにそれを突き止めたかったんさね」
しばらく経ったあと、バルスは静かにそう言った。まるで、今のこの歩くペースに合わせるように。長閑な景色の邪魔をしないように。
それで僕は、話してくれるのだなと知った。だから、話を進める。
「スーパーコンピューターの開発者。それを突き止めて……一体どうするつもりだったんです?」
「なぁに、全てを終わりにしてやりたかっただけさ。まぁ、それだけでその人の過酷な運命を救えるかどうかなんて、俺にはわからなかったがな……だが、少なくとも同じ悲劇は繰り返さずに済む、そのはずだった…」
バルスは言った。僕はよくわからなかったが、それに小さく頷く。
「悲劇、ですか……」
「ああ」
バルスも遠い目をして頷いた。そして、そこで言葉を切った後、
「なぁ……お前さんはひょっとして、守人に会ったんじゃないか?」
と言ったから、僕は
「えっ?」
と、その言葉にまた驚かされてしまった。
ずっと黙っていたのに、なぜわかっただろう?
しかし、よくよく考えれば、僕がここまでやって来たことや、バルスの知らない暗号文のことまで知っていたことなどから、彼ならその推測に容易く行き着くだろうなとも思った。だから、僕は素直に
「ええ。そうです。隠すつもりはなかったのですが…確かに、僕は守人に会いました。そのお陰でここまでやって来れたんです。もう少しで友人を助けられるかもしれない、こんな場所まで…」
と答える。すると、
「…そうか。やっぱりなぁ……」
と、バルスは感慨深げに空を見た。
「歴史の歯車は…まだ、動き続けているってわけだ」
そうとも呟いて。それはどこか諦めにも似た表情に見えた。
「歴史の歯車…?」
「なぁ、若僧」
僕がそう言おうとすると、バルスがその言葉を切るように言い、そして
「その子のこと、絶対に守ってやりな。お前さんなら、きっとできる」
と言った。
それを聞いて、僕は思わず立ち止まりそうになった。
「なっ、なんで「その子」って……」
「ん? ハッハッ、まぁ、いいじゃねぇか。あんまり、年寄りの淡い思い出話を根堀葉掘り聞くもんじゃねぇ」
そんな様子の僕を尻目に、バルスはむしろ歩くペースを上げ、ずんずんと前に行ってしまう。僕は、その背中を少し見つめてから、バルスと同じように諦めたような顔をして、早足で追いかける。
「若僧。この仮想世界はな、ただ便利ってだけじゃないし、もちろん、ただの娯楽施設でもない。人類の叡智の塊だ」
僕が追いつくと、すぐにバルスはそう言った。だから僕も仕方なく頭を切り替え、
「それは、なんとなくわかりますよ」
と言う。その反応に、バルスは髭を擦り、眉を上げた。
「いや、それがわかるのは、俺とお前さんがこんな所にぽつんといるからに他ならねぇのよ。これが日常になって、皆がここにいたらだな、きっと俺達もそんなに深くは考えなかったと思うんだ。実際に随分長い間、ここの本来の目的は忘れ去られ、ただの生活の一部としてのみ、この世界は利用されてきたらしい……いや、むしろ、それこそが古代の常識だったのだろうなぁ……。ま、それならそれで何の問題もなかったんだ」
「はい」
僕は話を聞きながら、相槌を打つ。
「しかし、問題が起きたと?」
「ああ、そうだ。ある時、ここを作ったと思われる古代人の、その意図を正確に汲んで、その開発者の悲願を実現しようとする連中が現れたのよ。この世界を作った本来の目的。そこに立ち返ろうってわけだな。それが、「悲願」ではなく「悲劇」の始まりだった……なぁ、すまねぇが、お前さんのさっきのウイスキー、俺にくれねぇか?」
「え? あ、はい。どうぞ」
「ありがとなぁ」
バルスは僕からスキットルを受け取ると、ぐいっと一口仰いだ。そして、飲み下すと僕にそれを返し、
「人ってのはな、常にフロンティアってものを求めている。それはなんとなくわかるな?」
と、少し話題を広げるようにして話を続ける。
「はい。まぁ、特に僕は飛行機乗りなので、その感じはよく理解できます」
「だろう? 俺もそうさ。しかし、俺達が幸運だったのは、まだこの世界中に、いや、現実の世界にだな。まだ腐るほど、フロンティアが残されていたってことよ。それこそ、俺なんかが一生を費やしても、余りある程の大地がな」
「はい。それはそうですね。あっ! そうか……でも古代では…」
「そう。違ったのさ。もう大地には未開の地なんてありはしなかった。知識にしたって、ここで全人類に分かち与えられた。もう地上にも思想上にもフロンティアなんてない。全ては夢物語、いやお伽話になっていたのさ」
僕はバルスの言うことに、なんとなくだが頷いた。僕は古代の事情などまるで知らないけれども、その感じだけはなんとか理解できたからだ。
しかし、それを口にするということはバルスはやはり、あの島が決して自分が人類史上、初めて発見したものではないことなど、重々承知だったわけだ。
「ん? で、でも、それのどこが悲劇に繋がるのですか? もう何も探すものがないのであれば、それはそれでのんびりと暮らせばいいだけの話じゃないですか。実際にそうやって古代の人々は長い間、この仮想世界を利用して普通に暮らしていたのでしょう?」
僕はそう思ったので聞いた。すると、バルスは
「まぁ、俺もそう思う質なんだが…それが人の厄介なところさね」
と言い、ため息をついた。
「いいか? フロンティアってのはな、言わば人類にとっての共通の敵と言ってもいい存在だったんだよ。そして、人というのは常に敵というものを求める。だから、その共通の敵がいなくなったら……」
「いなくなったら?」
その言葉に僕は顎に手を当てて考える。
「うーん…今まで外側に向かっていたものが、内側に向く、とかですかね? つまり、共通の敵がいなくなったら、今度はかつての味方同士……人や国家間で…」
「そう。そういうこったな」
「でも、待ってください。けどそれって、多かれ少なかれ昔からあったことだと思いますし、現代に置いても常に起こっていることですよね? この古代の知識や大地を、すっかり忘れてしまった現代でも」
僕が疑問を挟むと、バルスはそれはそうだと言う。その表情はどこか悲しげに見えた。
「いいか? 俺は聖人でも、悟った人間でもなんでもない。でも、戦争ってものは嫌なものだってことくらいは知っている。きっと、皆そうだろう。だがな、諍いは絶えないんだ。これはちょっとした矛盾だろう? じゃあ、そんな人が矛盾を抱えている時、その人の頭の中に巣食っているものってのは何だと思う?」
バルスはまた質問をしてきた。でも、僕には単純な答えしか思い浮かばない。
「……わかりません。恨みとかでしょうか?」
「恨み、か……ああ。今となってはそうかもしれねぇなぁ。しかし、俺は基本的には諍いの元ってのは「欲」と「恐怖」なのだと思う」
「欲と恐怖……?」
僕はその言葉を口の中で繰り返した。
「ああ。悲しいかな、人は何かを欲しいと思ったり、逆に何かを害されるかもしれないと感じた時、すぐに本能的になるものだ。頭では争い事はよくないとは思っていても、自分を守るため、もしくは自分の望みを叶えるために、あえて矛盾を犯す。それができるのが人間の持つ心の強さであり、同時に醜さでもあるわけだ。そして、そのことをのんびり平和に暮らしていた古代人達に、強烈に思い出させたものがある。それがこの仮想世界と、その本来の目的だった……」
「この仮想世界の本来の目的……ただの便利な空間なんかじゃなく、もっと強烈な?」
「ああ、そうだ。このスーパーコンピューターを作ったのにはな
〈次なる世界の創造と、そのための選民を行う〉
という壮大な目的があったんだ。そして、それが公にされた時、人々の欲と恐怖に再び、火が点けられた」
「は?」
僕はそれを受け、久しぶりにマヌケな声を出してしまった。
そして、これまた久しぶりにバカバカしい言葉を聞いたなと思う。
新しい世界を作る? そのために選民をする?
僕はあまりの突拍子のなさに、言葉を失いかけたが、バルスの真剣な顔を見て、なんとか思い留まり、
「えっ、その……その次なる世界とは、この仮想現実の世界、そのもののことですか?」
と聞いた。すると、バルスは首を横に振り、
「いや、違う。ここは単なるデータ収集と実験の場に過ぎない。本懐は現実の世界で遂げようとしたのさ」
と言う。
それで僕は余計にわけがわからなくなった。現実の世界で、次の世界を作るだって?
「で、では、こんなことはあまり考えたくないですが、例えば、一度世界中を爆弾か何かで破壊して、もう一度最初から作り直すということでしょうか?」
「いや、そうでもねぇ。元の世界はそのままにするつもりだったらしい。そして、それとは別に、もう一つの世界を作っちまおうっていう計画さ」
「は、はぁ……」
そこで僕の思考は完全にストップしてしまった。
バルスに話についていけなくなったのである。だって、そんなことできるわけないと思ったからだ。文化レベル云々の話ではない。それじゃあ、まるで…
「……そんなバカげたこと…神様でもあるまいし」
「そう。その通りだ。古代人は愚かにも神になろうとしたのさ。そして、その方法と、神様になる権利ってやつを大々的に宣伝した。全ての秘密…神の叡智はこのスーパーコンピューターの中にあり、それを開く鍵は各地の遺跡と、そこを守る、守人の一族が握っているとな」
「なっ! そ、そんな!」
僕は今度こそ足を止め、立ち止まってしまった。
それにバルスも止まって振り向いた。その目は真っ直ぐ、僕を見つめている。
「そ、そんなことを言って……もし、それが本当だったとして、それで守人達はどうなったんですか?」
僕は拳を握りしめ、聞いた。僕の声は知らず知らずのうちに震えている。けれどバルスは、全てを知っているからか、それとも我慢しているのか、必要以上に冷静な顔で、
「すぐに保護された……というより、まぁ、囲い込まれたと言った方が正確だな。つまり、守人の奪い合いが始まったのさ。それまで物質的にも、精神的にも恵まれ、平穏に暮らしていたはずの古代人の国同士が、それをキッカケに争いを始めたんだ。皆、新しい世界の創造。その言葉の刺激に踊らされ、欲に目がくらんだんだな」
と言う。しかし、僕はそんな古代の戦争の話など、全然頭に入ってこなかった。なぜなら、僕は知っているからだ。
バルス曰く保護されたはずの守人が、現在では全くいないという事実を。
すると、僕の気持ちを読み取ったかのように、バルスは話を続ける。
「しかし、その反対に今の世界こそが唯一無二の世界であり、新世界など必要ないと主張する国も現れ始めた。そして、それらの国とは少し主張は異なるが、そもそも国同士の争いを善しとしない国も現れ始め、その動きは、新世界を望む国々と同程度の勢力までに膨れ上がるに至る。こちらは俺が思うに、おそらく恐怖に突き動かされた人々だろうな。今の暮らしを脅かすものを排除したいという……要するに、当時、世界は異なる主張によって、真っ二つに分断されていたわけだ」
「欲と恐怖…そのどちらが勝るか…と、いうわけですね?」
僕はなんとか、それだけを絞り出した。それにバルスは無言で頷く。そして、
「どっちが恐いと思う?」
と、また僕に質問をしてきた。
「えっ…?」
「欲と恐怖さ。本当に恐いのはどちらだと思う?」
「……よ、欲ですか?」
僕がやがてそう言うと、バルスは悲しげな目でそっぽを向き、
「俺もそう思っていた。この話を聞くまではな」
と言う。
そして、
「時に人の恐怖心てぇのは、行き過ぎるととんでもねぇ悪魔を呼び覚ますことがあるんだ。それが、古代でもあった……新世界を望まない国の中に過激派が出現したのさ。そして、そいつらは「だったら、その恐怖の元を断とう」と発想した」
「元を……断つ…?」
僕はなんだか嫌な予感がした。
そして、その予感はバルスの
「ああ。つまり、奪い合っていた守人がいなくなれば、新世界も創れないし、戦争も終わると考えたんだ。所謂、守人狩りの始まりだった…」
という言葉で見事に的中してしまった。
僕はそこはかとなく、気分が悪くなった。
今にも地面に座り込んでしまうのではないかと思うくらいに、そこはかとなく。
体中がイライラする。
辺りはまだまだ見知った田園風景だ。山道に入るまであと、歩いて30分は掛かるだろう。
そんな畦道のど真ん中で、僕は頭を抱え、立っているのがやっとだった。