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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第1章 ラシェット・クロード 旅立ち編
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不吉な影 4

知っている情報の開示を約束したからか、僕も、トカゲもどこか、先ほどまでの張り詰めていたものがちょっと緩んだようになっていた。


特にトカゲはその度合がひどく、美味そうにケーキを食べだしたりしている。

しかも、その食べ方は、どこの乙女だと言わんばかりに、ちまちまと大事そうに、形を崩さないように食べており、紅茶も実に香りを楽しむかの如く、ゆっくりと口に運び飲んでいる。

「ケーキは、まず食べる前に目で楽しまないといけませんからねぇ」

と、食べる前になにやらつぶやいているのも聞こえた。


僕は、こんな乙女チックにケーキを食べている陰惨なおっさんに、今から重要な尋問をしなければならないのかと思うと、なぜだか先ほどまでの気合が抜けてきてしまうのを感じた。

これも、この小男の詐術のひとつだとは思うのだが、わかっていても、この小男の差し向かいに座っている自分の姿がとても滑稽なものに思えてならない。


しかし、そうも言っていられないので、僕は質問を始めることにした。それもなるべく容赦なくしてやろうと心に決めた。


「僕は先ほど、Kという人物についてお聞きしましたが、その前にひとつ聞いておきたいことがあります。トカゲさん、あなたは昨夜うちに盗みに入りましたね?」

僕がそう言うと、トカゲはケーキを食べながら

「おや?ご存知でしたか。クックックッ、いやぁ、やはりあなたは只者ではない。クックッ」

と言い笑った。

「認めるんですね。では、あなたはうちから何を盗むつもりだったんですか?」

少しイラっとして言うと

「クックッ、そんなこと、あなたが一番ご存知じゃないですか」

と、トカゲはにやにやして笑うので、僕は

「いいから、お前が答えるんだ」

と、語気を強めて言ってやった。


「おお、まったく。おっかないですねぇ。私は引き分けだと言ったのに。まぁいいでしょう。クックッ」

そう言うと、フォークを舐めながらトカゲは

「お察しの通り、私が狙っていたのは「サマル・モンタナの手紙」ですよ」

と、はっきり言った。


ついに、この小男の口からサマルの名前が出てきた。やっぱり僕は少しずつだが、前進している。


「なぜ、サマルの手紙を狙った?」

僕がそう言うと

「クックッ、なぜって、私も雇われの身ですからねぇ。仕事ですよ。クックックッ」

とトカゲは不敵に笑った。

「アストリアからの命令だと言うんですね?では、アストリアの狙いは何ですか?あの手紙を盗んでどうしようというんですか?」

「クックッ、そんなこと末端の私に知らされているとお思いですか?私は盗めと言われたから盗みに入ったまでです」


にやにやしているこの小男を、僕はまだ信用する気にはならなかったが、こいつもプロだ。絶対に話してはならないことは、決して吐かないだろう。

嘘をつくなと言いたいところだが、あまりに強く追求し過ぎて、もしこいつが、やっぱり帝国諜報部に投降しても構わないなどと開き直りでもしたら、それはそれで厄介だ。僕はこいつから全く情報を取れなくなってしまうばかりか、きっとこいつは、ますます固く口を閉ざしてしまうだろう。


なるほど、確かに引き分けだ。

この小男は僕に話しても構わない話だけ出すつもりだ。結局僕はまた、この小男の掌の上で踊るはめになるのかもしれない。


「いいでしょう。では、仮にそうだとして、なぜあなたは昨夜、私から手紙を奪わなかったのですか?手紙を持ち帰るのが任務なら、あなたには僕から手紙を奪うチャンスなんていくらでもあったはずでしょう?」

「クックックッ」

トカゲは紅茶の香りを嗅ぎながら言った。

「それは、事情が変わったからですよ。ラシェットさん。私はあなたが、あの手紙を読んでしまう前に回収したかったんです。ですが、あなたは昨夜すでに手紙を読んでしまっていた。クックッ、だからあれほど、必要以上に私のことを警戒したんですよねぇ?」

「ほう。では、あなた方にとっては、すでにサマルの手紙には回収するほどの価値はないと?」

「クックックッ、そうではありませんよ。」

トカゲは突如眼光を鋭くした。


「我々はまだその手紙の内容を知らないんですからねぇ。私があなたを処分しなかったのは、あなたに何かしらの利用価値があると思ったからにすぎません」

トカゲの目はどうやら本気のようだ。

ふぅ、やはり僕なんていつでも殺せるということか。まぁいい、好きに思わせておこう。

「本当に僕にそんな利用価値があるのでしょうかね。それに、人はそう言われても、そう簡単に利用されてあげる気にならないものですよ」

僕は言った。

「クックックッ、あなたに利用価値があると思ったのは、単なる私の長年の勘ですよ。しかし、あなたを利用できると思ったのは勘ではありません。そういう計算があってのことです。クックッ、まあ、いずれわかると思いますよ?」


気に入らない言い方だった。

でも、まだまだ饒舌にしゃべるつもりらしいのは都合がいい。

僕は質問を続ける。

「あなたはサマルについて何を知っているのですか?」

「クックッ、あなたは本当にサマル氏について何も知らないようですねぇ。まあ、そんなあなたの所にあの手紙が届くと予想できなかったせいで、我々は後手に回ってしまったわけですが」

トカゲはさも、おもしろそうに笑いながらケーキをパクッと食べた。

僕は黙っていた。


「クックッ、サマル氏は特に有名な方というわけではなかったようですよ?彼はアストリア王国の機械工学・技術研究室の一研究員に過ぎなかったようですから。しかしそれが一年程前から様相が変わってきた」

「あなたは、先ほど末端には情報など下りてこないと言っていませんでしたか?だとしたらどうして、サマルのことを知っているんです?」

僕は言った。

僕はトカゲに嘘をつかせまいと考えていたから、引っかかるところは、すぐに聞くことにしたのだ。

「クックッ。これは極々、常識的な自衛策の範囲ですよ。諜報部員なら自分の仕事の情報は自分で仕入れるものです。私が骨を折って調べたことなのですから、もっとありがたみを持って聞いて欲しいものですねぇ。クックック」

トカゲはフォークをくるくる回しながら言った。仕方ないが、この言い分も信じるしかない。


「わかりました。続けてください」

「ええ。クックッ、彼は特に熱心な研究者というわけではなかったそうですが、今から約一年前初めて論文を執筆し、それがアストリアのとある科学雑誌に掲載される運びになったそうです。しかし、どうやらその論文は科学雑誌に掲載される前に握りつぶされたようです」

「握りつぶされた?」

僕はその言葉に引っかかって言った。

しかし、言ったあと、なんとなく心当たりがある気がした。

嫌な予感がする。


「誰に握りつぶされたのでしょうか?」

「クックッ、アストリア国内の出版に口を出せるのはアストリア政府しかいませんよ。おそらく政府内の誰かでしょうが、私にはわかりません」

やはりそうか。しかし、

「その論文の内容は?」

「それも、わかりません。原稿も資料も何もかも全て政府に押収されたようです。クックッ、そして、当のサマル氏もそれ以来、姿が見えなくなったようです」

「なっ」

僕は驚いて声を出した。

「捕まったと?」

「クックッ、ええ、おそらく。しかし、罪人として、ではないと思います。彼はその論文の研究のために軍に幽閉されていたのだと思いますねぇ」


僕はなんとなく体が熱くなってきた。

そんなことになっていたなんて。

知らなかったとはいえ、連絡を取ろうともしなかったこの数年間が悔やまれた。


「その研究とはいったい・・?」

僕がそう言うと、トカゲはにやにやとまた笑った。

「クックッ、ここまでの情報を手に入れるだけでも、かなり苦労したんですよ?贅沢は言わないでください、ラシェットさん。クックックッ。しかし、まあ、わたしの推測をお話しすることはできますがねぇ」


そう言うとトカゲは僕の持っている依頼の手紙を指差し、


「それを開けてみてください」と言った。


「は?」

この手紙を開けていいのか?

僕は戸惑った。


ここには何かしらの機密事項が書かれていると僕は思っていたが、もしかしたら、ここにそのサマルがやらされていた研究そのものが書かれているのか?

しかし、だとしたらトカゲが研究内容を知らないわけはない。

どういうことだ?

僕にはトカゲの意図がわからなかった。


僕はまじまじと封筒を見つめた。

なんともない、ただの白い封筒だ。

口はノリで閉じられ、その上から封蝋をされている。だから僕が開けたらこの封筒が一度開封されたことがわかってしまう。


「わかりました。では開けますよ?」

しかし、情報が得られるなら躊躇している場合ではない。

そう思い僕は封筒を開けようと手をかけた。

なかなか硬い封蝋だった。

いくらやってもビクともしない。


いや、いくらなんでも硬すぎる。


僕は封筒を思い切り破ろうとした。

しかし、あまりの強度に破れる気配すらなかった。


心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

封筒はよーく見ると微かに光沢がありツルツルしていた。


「クックックックックックックックッ」


僕の様子を見ていたトカゲは、堪えきれなかったのか大声で笑いだした。

かなり耳触りな笑いだったろうが、僕には全然耳に入らなかった。


「バカななぜ……」

「クックッ、やはりそうでしたか。サマル氏からの手紙にも同じ物質が使われていたんですね?クックッ」

「これは、どこで?」


僕は辛うじで、絞り出すように言った。

もはや、僕の優位なんて無くなったと思えるほどショックだった。


「クックッ、それは私にはわかりません。この手紙は他の者が用意し、私に渡されたものなのです。言ったでしょう?こちらにも事情があると、クックッ、私はこの手紙を早い時期に渡されてしまったんです」

「この手紙を用意した者は?」

「それも、わかりませんねぇ。なにせ色々な所を経由させてきています。痕跡を辿るのは容易ではありません。しかし、わかることもあります」


そこで、トカゲは言葉を切り、もう冷めてしまった紅茶を飲んだ。

僕には、またトカゲが余裕な態度を取り戻したように見えた。

「それはおそらくサマル氏が研究していたのは、この手紙に使われているような科学技術であろうということです。そして、これにはサマル氏の趣味が関係しているんです。クックックッ」

「趣味?」

僕はもう、一方的に聞くだけになっていた。

サマルの情報が得られているのにも関わらず、僕は知れば知るほど、打ちひしがれていく気がした。

「ええ。古代科学技術研究の趣味です。仕事とは全く関係ないものです。何人かの仲間と週末に遺跡や博物館などを回って研究していたようです」


古代科学技術だって?これがそうだというのか?

僕は手の中の封筒を見つめた。

バカげてる。やっぱりかなり冗談じみているが、それで少し説明がついてしまう可能性があるのが恐ろしかった。


「なぜ、この封筒の強度が古代科学技術に関係していると言い切れるのですか?」

僕は言った。

「クックックッ。私は言い切ってなどいないじゃないですか。これは私の推測です。クックッ、しかし、ラシェットさん。もし、あなたが真実を知りたいなら、ぜひ私の依頼を受けてください」

そして、トカゲは勝ち誇ったように


「なぜなら、Kこそが、サマル氏幽閉の中心人物なのですから」

と言った。


「なっ」

僕はもう何回トカゲに出し抜かれたかわからなかった。言葉もなかった。

「クックックッ、Kは先に指定した場所、指定した時間に、その手紙を持った人物がいないと現れません。Kはかなり用心深い人物です。私などよりずっとねぇ。地位も違います。あなたが接触できる機会など、これで最初で最後だと思いますよ?クックックッ」

いまや、トカゲは完全に勝利を確信したようだった。


しかし、わからないことだらけだ。

なぜ、トカゲは僕にこんな情報を与えて、わざわざKに、けしかけようとするんだ?

僕が然るべき準備をして、ことに臨めば、Kを引っ捕らえて締め上げることは可能なはずだ。

トカゲはそれを望んでいるのか?

トカゲはアストリアの人間ではなかったのか?


「クックックックッ」

僕が考えていると、トカゲが笑った。

「ラシェットさん。あなたが考えていることが、手に取るようにわかりますよ。クックッ、言ったでしょう?あなたには利用価値がありそうだと。そういうことですよ。アストリアも今や、一枚岩ではないのです。私はあなたをKに接触させたらどうなるか見てみたいんです。クックック」

何が狙いかよく、わからない言い分だったが、僕にはもう何かいう気力もなかった。


その様子を見てトカゲは

「では、お話はこれまでにしましょう。手紙の件、くれぐれもよろしくお願いしますよ。クックッ、それと、サマル氏の手紙はしばらくあなたにお預けしておきましょう。まあ、今すぐに必要なものでもないと思いますからね。クックッ、では、ラシェットさん。幸運をお祈りしております」

と言って、またフォークを舐めた。



僕はトカゲから50万ペンスが入った紙袋を渡されると、すぐホテルを出た。


通りを歩いている間も、ずっと頭がぼーっとしていた。

サマルの情報は手に入れた。

状況も少し把握できた。

しかし、まんまと手紙をアストリアまで、運ばされることになってしまった。

これは引き分けと言えるのだろうか?


……

悔しかった。

トカゲに負けたこともそうだが、なにより不甲斐ない自分が悔しかった。

サマルのこともそうだ。

サマルを利用しようした奴らを許せなかった。

気づけなかった自分も許せなかった。


気がつけばまだ、何も方向性を見出せていなかった。

サマルのヒントにしても。サマルの過去のことにしても。Kへの対処のことにしても。



僕はこんなことで本当にサマルを探し出せるのか?



僕は荒涼とした気持ちで通りを歩き続けた。




その頃、

トカゲはふたつ目のケーキと紅茶を食べながら、心休まる午後のひとときを過ごしていた。

そのテーブルに、カフェの奥の方から近づいてくる一人の男がいる。

彼は金色の髪をし、灰色の瞳を持つ長身の美男子だった。

この金髪灰瞳の男は、テーブルに着くと迷う事なく、先ほどまでラシェットが座っていた席に座った。

この男とトカゲとの対比は凄まじいもので、周りの注目を集めるのも仕方なかった。


「君はいつから、またアストリアの犬になんかなったんだい?」

金髪の男が言った。

「クックックッ、あの方が勘違いをしていましたのでね。利用させていただいたまでですよ」

トカゲは言う。

「周りに誰もいないとも嘘をついた」

「クックッ、それだって、ただのあちらの思い込みです」

ふんっ、と金髪の男は鼻で笑い、

「まあ、とにかくよくやってくれたよ。これでサマルくんの手紙も、あの手紙も両方アストリアに入ることになった」

と言った。

「クックッ、しかし、あの手紙の封筒には、かなり驚いていましたね。おかげで随分有利に話が進みましたよ」

トカゲが言うと、

金髪の男は上着から小さな小瓶を取り出し、

「サマルくんが、精製抽出したというこの「オリハルコン」とかいう液体金属のことかい?もう少ししか残ってないからね。あの手紙に使うのはもったいない気もしたけど、まあ、役に立ったね」

と言った。

「クックッ、これであとはどうなるか、ですねぇ。クックックッ」

トカゲは笑った。

それを聞いて、金髪の男も


「そうだね。とにかく賽は投げられた。あとはラシェットくんのお手並み拝見といこうかね」


と言い、不敵な笑みを浮かべた。



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