表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第3章 ラシェット・クロード 時の試練編
87/136

記憶への旅 2

「ところで、さっきのタバコってどうやって出したんですか?」


尻の土を払いながら僕がそう聞くと、バルスは

「ん? ああ、あれかぁ。あれはなイメージだ。この世界ではな、全てをイメージで作り出せるんだ。でも、条件はある。それは、自分が作り出す、そのもののイメージを強く持っていないとダメだということだ。俺の場合は、あのタバコをいつも懐に入れて持ち歩いていたからなぁ。だから、あまり集中しなくても自然と懐から出せるようになっちまったってわけよ」

と教えてくれた。


「へぇ……イメージ…」

やっぱり、この世界は滅茶苦茶だな。

僕は率直にそう思う。


「そうだ。イメージ、想像こそが、ここの全てなんだ。とまぁ、聞いただけじゃわからんか……なんならお前さんもひとつ、試しにやってみな。最初は慣れないだろうから、なるべくイメージし易い食べ物なんかがいい。よく集中してなぁ」

「あ、はい。それじゃあ…なんとかやってみます」


僕はバルスに言われると目を閉じ、呼吸を整えて集中してみる。

習うより慣れろだ。この考え方は僕の性に合っている。


意識するのは右手の中。その中に長年慣れ親しんだ、とある感触を思い出す。冷たい金属でできた、小さな品。持って歩く度に、中身がタプタプと音を立てて揺れる。僕の旅に欠かせなかった、茶色い液体の容器だ。


イメージを強く、より鮮明に……

やがて、手に重みが掛かった。

目を開けてみる。


すると、なんと確かに僕の右手の中に、自分のイメージした通りの愛用のスキットルがあったのだった。


なんだか信じられない気持ちのまま、僕はそのキャップを開け、臭いを嗅いでみる。

「……間違いない。あのウィスキーの臭いだ」

それを確かめると、僕はそれを口に運び、いつものようにぐいっと飲んでみた。口の中に芳醇な香りと甘みが広がる。そして、喉を過ぎると体が芯からカーっと熱くなるのを感じた。


「す、すごい……」


僕がその、現実とまるで同じ実感をもたらしたスキットルを見つめていると、バルスが

「おい、ちょいと俺にも飲ませてみてくれ」

と言うので、僕はそれを渡す。

すると、一口飲んでバルスは

「うむ、悪くない。お前さん、なかなかイメージがうまいな」

と言って、及第点を出してくれた。


それで簡単にだが、僕もバルスの言う「イメージが全て」ということが、なんとなくわかった気がした。そして、この世界ではそれを人と共有できるのだということも。


「ありがとうございます。しかし…こんなに簡単にできていいものなのでしょうか? 」

「ん? ああ……まぁ、危険性もないし、いいんだろう。おそらく、この現実離れした利便性こそが、この世界を作り出した理由のひとつなんだろうからなぁ。というのも、この機能にはな、イメージをより具現化し易いように、システムのアシストが働いているくらいなんだ」


「シ、システムのイメージアシスト?」


僕はその言葉を繰り返した。

なんとなく見当がつく言葉のような気はするが、相変わらずはっきりしてこないのだ。

僕のそんな様子に気づき、バルスは丁寧に説明してくれる。


「うむ。いいか? 例えば今見ている、この空や草。その雲や葉の一本一本を、俺が精密にイメージしているかと言われれば、決してそうじゃない。そんなことは、よほどの観察力と記憶力を持った人間でないと、到底不可能だからな。それはわかるだろう?」


「はい」

僕にも、それはなんとなく想像がついていたので頷いた。


「うむ。で、それはこの世界を構築している大気や土、水、生き物についても同じなんだ。繰り返すが、こんなものは俺一人のイメージでは絶対に成り立たない。つまり、どういうことかと言うと、この世界の細部や全体は、スーパーコンピューターのデータベース。そこに蓄積された、アクセス者からの膨大な情報によって裏付けされ、基礎が作られているのさ」


バルスが辺りを見回しながら言うのを、僕はぼんやりとだが納得した。


「なるほど。要するに、その蓄積されたデータが僕達の思い描こうとしている風景を、そのイメージの上から何重にも補ってくれているわけですね? もしくは、裏付けしてくれている。だからこの仮想世界には、こんなにもリアリティーがあると…そして、それは僕がウイスキーをイメージした時も同様で、僕の思い描いたウイスキーの情報プラス、今までの蓄積されたウイスキーの情報で、この味や香り、見た目は出来上がっている。だから、イメージが容易だった割にうまく具現化された、と。それがコンピューターのシステムによるアシスト機能……」


僕がスキットルを指差しながら言うと、バルスは微笑して

「ああ、全くその通りだ。ハッハッハ、それにしても、やっぱりお前さんは理解が早い」

と肯定してくれた。

僕はその言葉を嬉しく聞いたが、一方で「やっぱりここは滅茶苦茶だ」と改めて思い、もう一度景色を眺めてみた。


ちょっと小高いここからは遠くをどこまでも見渡せる。

特に空なんて、ずっとずっと見えなくなるまで続いていた。そして、この空は飛ぼうと思えば人智の及ぶところまでなら、実際に自由に飛んで行けるのだ。しかも、今聞いた話が本当ならば、天候も思いのまま。ずっと晴れ続きで飛んで行く事さえできるだろう。それは飛行機乗りにとっては、まさに夢のようなことだった。でも……


「それじゃあ、醍醐味がないよな……」


僕が空を見ながらそう呟くと、バルスはニッと笑って


「ハッハッハ、俺もここに来た最初の頃に、同じことを考えた」


と言った。それもやはり僕にはとても嬉しかった。


僕はまたウイスキーを飲む。

悔しいが、うまいものはうまい。しかし、酔いに関しては、どうやらこちらの気の持ちようでいかようにもできるらしかった。特に意識しなければ、体と記憶が反射的に作用し合い、酔いが回るみたいなのだが、それだってちょっと意識を変えるだけで酔いを覚ますことができた。


そのことについて、僕がバルスに

「ここはイメージが全てとおっしゃいましたが、同時に「心の世界」でもありますね」

と言うと、バルスは深く頷き、

「ああ。物質的なものに関してはイメージだが、確かに、身体的なものは心に影響されるなぁ。まぁ、これは多かれ少なかれ現実でも一緒だがな? それだから、ここでもあまり現実離れしたことはできない。容姿なんかも変えられないしな。でも、その気になれば現実よりも早く走れたり、高く飛べたりする。疲れも感じない。眠気もない」

と、これも肯定してくれた。そして、


「ま、言わばここは、人類の夢が詰まった巨大な「脳世界」なのさ。なにせここには、自然の力というものが全く働いていないわけだからな。全てが人工物、想像の産物だ」


と、なんだかつまらなそうに言った。

僕はそんなバルスの様子に「あれ? 彼は自分で望んでここに来たのではないのか?」と疑問に思うが、同時にその言葉をバルスの著作の中で見た気がして


「脳世界…確か、バルスさんの本の中にも似たような言葉が出てきましたね「脳社会」でしたっけ? 古代のとある学者の考え方で「都会とは全てが人間のデザインで出来ている場所」つまり、脳の中から生まれてきたもので満ち溢れている脳社会であると…」


と、思い出しながら言ってみた。それにバルスは、また答えてくれる。


「ああ、そうだ。特に古代の都会というのはすごかったようだからなぁ。そんな捉え方も出てきたんだろう。でもな、そりゃあ現代に置き換えたって同じことはいくらでも言えらぁな。人工物の対義にあるのは自然だな? しかし、都会には本当の自然なんか、どこにもないだろう? 公園にしても街路樹にしても川にしても、ありゃ、人間がデザインして配置、整備したもんだ。ま、セント・ボートバルなんてのは、もっとひどいもんで、公園もろくにない、本当にコンクリートの海だがよぉ。だから目に映る、道路もビルも信号も電信柱も何もかも、そこに人間の脳が介在しなかったところは何もねぇ」


「だから脳社会と…?」

「だと俺は考えてる。そして、それをもっと古代の人は突き詰めんだよ。それがこの場所さ。自然物ゼロ。全てが人間の拵えたもので出来ている、脳世界さぁ」


僕はその言葉を聞き、今目の前にある景色を見た。

その景色はそれでも、文句のつけようもないほど美しい。

だから僕はこの世界を完全には、否定する気持ちになれなかった。


僕がまだ理解が追いつかず、物思いに耽っていると、バルスが

「いや、まぁとにかく、ここで世間話もなんだ。さっきの様子じゃ、それほどゆっくりもしていられないんだろう? さっさと移動するとしようぜ」

と声を掛けてくれる。そのタイミングはとてもよく、有難かった。


「あ、はい。そうですね。またわからないことがあれば、移動しながらその都度聞けばいい話ですし」

「そういうことだ。ま、しかし本当はこの世界のことなんてろくに知らなくても、あまり不便はないんだ。それほどここは親切にできているからなぁ。で? まずはどこに向かう? お前さんがいくら行き当たりばったりとは言え、何も考えていないわけはあるまい?」


バルスは言った。だから僕は、はいと頷いた後、

「最初は僕の故郷である、ライル村に行こうと思います。そこの近くの山に3人のヒントがあるかもしれないんです」

と言った。


「お、なんだお前さん。ライル村の出なのか? 俺はしばらく言ってないがあそこはいい所だよな」

僕の言葉に反応し、バルスが腕を組み、思い出すように言うので僕は思わず

「えっ? いらっしゃったことがあるんですか?」

と聞く。それにバルスは顎の髭を触りながら

「ああ。かなり昔に何度かな」

と答える。


「へぇ…知らなかったですねぇ…これもやはり著作には書かれていませんでしたが…」

「お前さんはよく覚えているなぁ。確かに書かなかった。と、いうのも調査が空振りに終わってなぁ。何も書くことがなかったんだ」


バルスは今度は気まずそうに頬を掻き、照れた。なにやら若き日の失敗は恥ずかしいらしい。だから僕もこれ以上は聞き難くなってしまったので、話を元に戻す。


「そうなんですね。では、ここからライル村に行く方法ですが…どうするべきでしょうか? 先程のように一瞬にして別の場所に移動するというのも、可能なのですか?」


僕がそう聞くとバルスは、そうだと言い、


「イメージでな、移動はすぐにできるんだ。しかし、そのためには、一度あの最初の暗闇に戻らなければならない」


と言った。

「あ、ここからはそのまま行けないのですね?」

「ああ。瞬間的なのは無理だ。ここからこのまま移動するには物理的な手段しかない。だから普通はやらないのだが、例えば俺とお前さんなら……こういう方法もある」


そう言ってバルスが目を瞑り、手を前にかざしたかと思うと、その次の瞬間には…


なんと、僕とバルスの目の前に一台の飛行機が出現していた。


僕はやはり何度見ても驚いてしまう。しかし、僕はその出現にも、もちろん驚いてはいたが、それ以上に目の前に現れた飛行機そのものにも驚いていた。

なにせ、ずっと本の中で見てきた機体が今、そこに形を成してあるのだから。


アストリア製 飛行機 BAsー03 《アレクサンダー》

アストリアの初期型飛行機の中でも最高傑作と言われていたバルス特注のオーダメイド機である。


ボディの色は薄いグリーン。二段組の主翼は粘りの強い合金製で、その配合は当時の職人の門外不出と聞く。武器は小さな機関銃が二門のみ。プロペラは今は無き、フォック社製。エンジンは「アストリアのエンジンの歴史を30年は早めたであろう」と言われるかの天才技師、ヤーボ・クルスタン作の一級品だ。


まさに僕のマニア心をくすぐる代物だった。

しかも、この機体は現実世界ではバルスがまだ40歳代半ばの時に全壊してしまっているのである。僕はこの機体に対する質問もそうだが、それと一緒にその経緯も是非聞かせてもらいたかったが、今はそんなことをしていては時間の無駄だと思い、グッと堪えた。


「なるほど、これで直接飛んでいってもいいわけですね?」

「ああ、そういうことだ」


ふむ。やはり僕の印象通り、この世界の空は本当に地続きでボートライルまで繋がっているらしい。物凄い情報量とその処理能力である。一体、どれだけの人がここにアクセスし、データを残していったのか…僕にはもう想像すらつかない。


「しかし、本当に繋がっているということは、その距離感も正確に再現されているということですよね? そうなると、ここからライル村まで行くのに、かなり時間が掛かると思いますが……」

僕が指摘すると、バルスは豪快に笑い、

「そうそう。だから、誰もこんなバカなことはやらねぇんだ。ハッハッハッ」

と言う。これでようやく僕もわかった。冗談だったのだ。

もしかしたら、バルスは飛行機をイメージで作り出すことができるのも見せたかったのかもしれない。


だから、僕も試しに前に手をかざしてみる。


そして、目を瞑り集中する。飛行機の形をイメージしながら。


でも、きっと形だけではダメなのだろう。なぜなら、飛行機はちゃんと飛ばなければならないのだ。だとすれば、きちんと中身の構造まで知らなくてはいけないことになる。そう考えると、このイメージはなかなか難しかった。とてもウイスキーのようにはいかない。機種だって、自ずと幾つかに絞られてくる。


僕がまず、真っ先にイメージしたのはレッドベルだった。レッドベルならほとんど毎日一緒にいたし、メンテナンスもしていた。それこそ、パーツのひとつひとつまで思い浮かべることができるほどに。

これなら、イメージで作れる気がする。しかし、僕はそのイメージを全て却下した。それは、今の現実のレッドベルの事を思い出したからだ。あんな所に置いてきてしまって……本当に悪かったな、と。だから、再会はこんなところでではなく、ちゃんと現実でしたかった。それ故に僕はレッドベルのイメージをしたくなかったのだ。


そうなると、僕がパーツのひとつひとつまで、鮮明に知っている他の機体はもう二機しかいない。

そして、僕は結局、ここに入った時に見た光景から、その機体を選び、強くイメージした。


「おおー。さすがだなぁ…」


そんなバルスの声で僕は目を開いた。

すると、そこには僕の思い描いた通りの薄い青色にペインティングされた《ゼウスト》が出現していた。

しかも、側面には08と機体番号まできちんと入っている。それが僕の当時の番号だった。


「見たこともない機体だなぁ」

「はい、ごく最近のボートバル製ですから」

「ほほう。ふむ。こりゃ、ボートバルもなかなかやるようになったもんだ」


僕の作り出した機体をしげしげと観察するバルス。彼も僕に負けないほどのマニアなのだろう。しかも年季が違う。僕なんかより、よほど目が肥えていそうだ。


それでも、なおも、僕にエンジンのことなどを聞いてくるバルスに僕は

「でも、これには乗っていきませんよ。時間が惜しいですからね」

そうきっぱりと言う。

すると、バルスはちょっとガッカリした感じだったが、

「じゃあ、また今度、この機体をもう一回出してくれるか?」

と言ったから。その言葉に僕は

「ええ。もちろんですよ。いくらでも出します」

と応えた。

彼はそれで満足してくれたようだった。


   ☆


目を瞑り、暗闇をイメージすると、またあの入口の空間に戻ってきていた。


何もない。何も見えない空間。しかし、


「よし、戻ったな」


というバルスの声は聞こえた。


「はい。戻りました」

「ふむ…じゃあ、今からまた強くイメージするんだ。今度はなるべく広くな。村全体とその周辺まで含めた環境、それを思い浮かべてみろ。そうすれば、後は勝手に飛ばしてくれる」

「環境…周囲……わかりました」


僕はそう応えると、イメージした。強く、細かく、鮮明に。


レンガ作りの家々、実家、両親、妹、畑、小川、カカシ、よく言ったお菓子屋、釣り道具屋、学校。小学校までの通学路、中等学校、体育館、よく走らされたグラウンド、毎回テストの成績が貼りだされた廊下……村の外には森があった。そして、山。大きな山だ。いつも白い雪化粧をしていて、光が当たると、神様でも降りてくるんじゃないかと思うほど神々しく輝く……その麓の少し村に近い辺りに三ツ沼はあった。そこに僕とサマルは毎日のように自転車で通ったのだ。それが、僕の故郷の村。


しばらく帰っていない、僕の思い出の場所だ。


  ☆


また、瞼の裏に光を感じた。


僕は目を開ける。

すると、そこには土で出来た坂道があった。

そして、その奥には木製の小さな門と看板。

看板には〈ライル村〉と書かれている。


横を見ると、道端にとうもろこし畑が広がっていた。反対には向日葵だ。


ガサッと足音がしたので僕は振り返る。そこにはバルスが立っていて、僕同様、キョロキョロと辺りを見回している。そして、


「こりゃ、なかなか古い時代のデータみたいだな」


と言った。

「ええ。そうですね。僕の村とはだいぶ建物が違う。しかし、この坂道とあの看板はまず間違いないです。それに、この畑の感じも。僕の記憶とほとんど変わらない。ライル村です」


僕は自分でそう言って、やっと実感が湧いてきた気がした。

たとえ、想像の産物であれ、僕は久しぶりに故郷に帰ってきんたぞ、と。


故郷。僕はその響きを改めていいものだなと感じていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ