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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第3章 ラシェット・クロード 時の試練編
85/136

入口

厳しい訓練の終わった後の薄暗いテラスで、ドレッド団長が


「人生ってのは、一度諦めてしまった、その後からが本当の勝負なんだよな」


と後ろから僕に話しかけてきた。


風の気持ちいい満月の夜だった。

眼下を見下ろせばセント・ボートバルの綺羅びやかな夜景と、車のベッドライトで作られた川が見える。

僕達の真後ろにはまだエンジンを切ったばかりの《ゼウスト》があった。


ああ、この時のことはよく覚えている。

ここはボートバル城内にある第1空団の格納庫だ。


「団長にも何か、諦めてしまったことがあったんですか?」


僕がその言葉を意外に思い、そう聞くと団長は

「そんなの。当たり前だろ」

と隣に座り、笑って応えてくれる。


僕はそれを聞いてなんだか嬉しくなったのも記憶していた。


あの団長でもそうなのだな…と。


だとしたら、僕の挫折なんて取るに足らない、小さなものなのかもしれない。

そうも思ったものだ。


「けど……僕は結局退団するまでずっと、団長に模擬戦で勝つことはできなかったなぁ……」


僕はそんな光景を見ながら、一人呟く。

あれだけ色々なことを教えてもらったのに、僕はその恩返しは一度もできなかったわけだ。


僕は自分の後姿を見つめた。

そうしていると、妙に懐かしい気分になった。

今はもう失くしてしまったと思っていた、熱い気持ちが僕の中に蘇るような…そんな感覚。

僕の中にも、まだそんな気分が残っていたんだな。そう思うと僕はなんだか嬉しくなった。


「軍学校で頑張って、訓練に打ち込んで、第1空団に入ったあの頃の僕。でも、すぐに辞めてしまった……ふーっ、僕は…結局、何になりたかったんだっけな」


柄にもなくそんなことを考えていると、僕の周りの景色は次第に失われていった……


昔の僕と団長の後ろ姿も、すーっと消えていく。


やがて訪れたのは、完全なる暗闇だ。



僕はいつからここにいたのだろう。気がつけば視界はゼロ。真っ暗だった。


さっきのは幻か?


僕は記憶を辿り、そう思う。でも、確実なものは何も掴めなかった。


ただ、ここも先程の場所も、なんとなく現実でないのはわかっていた。

僕はあの光景の中で、確かに団長と話をしながらも、俯瞰でそれを見てもいたのだから……


「変な感じだ。主観と俯瞰がごっちゃになっている」


頭がモヤモヤした。

体はまるで10時間寝てしまった時の、午前中のように重い。


僕は試しに手足を握ってみる。

そこには自然な手足の感覚があった。

息を吸い込んでもみる。

口も鼻もちゃんと息を吸え、微かにひんやりとした触覚も感じることができた。


しかし、先ほどまでの光景は、もうどこにもなく、今僕の目の前は完全なる暗闇があるのみだ。


もちろん、耳を澄ませても何も聞こえやしない。


「あ」


そこで、僕は声を出してみた。

すると声は出た。その音もちゃんと耳に入ってくる。


その声はとても僕の声には聞こえなかったが、おそらく僕の声なのだろう。とにかく声は出たので、僕は


「あの、誰かいないんですか?」


とも言ってみる。

しかし、当然のように応えは返ってこなかった。


「ドレッドさん? 団長?」


そこに団長などいるはずもないのに、僕は名前を呼ぶ。が、やはり返事はない。

それどころか、僕の声が何かに反射している雰囲気すらなかった。ということは、この真っ暗な空間はずっと、どこまでも広がっているということか?


僕はそんな想像をし、急に不安にかられた。


なんなんだ? ここは…

これは一体、どういうことなんだ?


わからない。

わからないが、その答えは不思議と僕の頭の中に既にあり、そして、すぐそこまで出かかっているような気もした。


それはあの時の感じに近い。あの牢屋の中で、不意にオリハルコンのことを知った時の感じに……


でも。あと一歩が届かなかった。

そんなもどかしさも、僕の頭をモヤモヤさせている原因なのかもしれなかった。


「くっ、落ち着け……そうだ、こういうふうに考えがうまく纏まらない時は、代わりに体を動かすんだ…いつもそうしてきたじゃないか。そうすれば、きっとまた頭も動き出す」


僕はそう思うと、胸をよぎる不安を誤魔化すため、足を一歩前に踏み出す。

すると、僕の出した足は確かに大地を捉え、ひとつ前に進んだではないか。


「お、なんだ? 移動はできるのか?」


新しい発見に気をよくした僕は、もう一つ歩を進める。

やはり、前に進んだ感覚があった。

何も見えないので確かめようもなかったが、僕は暗闇の中を歩いたのである。


「うん。よし、とりあえずこのまま歩いてみるか…」


そう思うと、僕は暗闇の中を一人、歩き始めた。



歩き始めてすぐにわかったことだが、暗闇の中を歩くのはなかなか難しいことだった。

まず真っ直ぐに歩けないのである。

というか、今自分がちゃんと真っ直ぐに歩けているのか、確かめようがないのだ。


この感覚はすごく気持ちが悪かった。

でも、不思議なことに「気持ち悪い」という感覚や「足が確かに地面を捉えている」という感覚はあるのに、「足の疲れ」というものは全く感じない。 いつまで経っても、体の疲労感は皆無なのだ。


これもかなり変な感じがする。

別にそんなことはしたくないが、この調子なら本当に、このままどこまででも、ずっと歩いて行けそうだ。


「ま、その前に気持ちの方に限界が来そうだがな…」


でも、目の前の変わらぬ闇を見ると僕はそう思う。

やはり、どこまで進んだかもわからず、景色も変わらないのは、精神衛生上よくない。


そう思いながらも、僕はこのなんとも不可思議な「体と心のアンバランスな関係」、それを確かめるべく、ひたすら歩き続けた。

やはり今のところ、そのくらいしかやることが思いつかないから……


そうしながら僕は、色々と次の手を練る。


距離の観点からの目的地は何もなかった。

方角もただ、あてもなく歩いている。

強いて言えば、いい考えを導き出すことがゴールだと言えなくもないが……たぶんそこが新たなスタートラインになるかもしれないから、こればっかりは何とも言えない。


しかし…こうして果てしもない場所を歩いていると、僕は砂漠を彷徨い歩いた時のことを思い出さずにはなられなかった。


考えてみれば、あの時よりは今のこの放浪の方が、ずっと楽かもしれない。

ひどい喉の渇きも、攣るような足の疲れもなければ、あの照りつける太陽も、行く手を阻む砂山もないのだ。凍てつくような夜の寒さも、強制的に目覚めさせるような、あの容赦のない朝日も……


「でも、現実の僕の体が今どうなっているのか、それがわからないからなぁ。それがちゃんと把握できる分だけ、砂漠の方がまだマシだったとも言えるか……ま、ものは考えようだな」


現実の体。


そこまで考えて僕は、僕の思考が今、本来の僕ならば到底及ばないところまで進んでいることに気がついた。

でも、僕はあえてそれを無視しようと努める。


「まだだ」と。


まだここで、その疑問に引っ掛かっていてはダメなのだと、僕の勘が激しく告げていた。

「たぶん、僕はまだ自分の知らないはずの多くのことを、潜在的に知っているに違いない…」


それは地下研究室の機材の詳細のほとんどを、ただ眺めているだけで知ることができたという、実証体験に裏付けされた勘でもあった。

そして、その僕の中に眠る知識を探ることこそ、今のこの状況を打破するのに必要なことなのだと、僕は考えていた。


そのために、僕は黙々と歩き続ける。


まるで、そうやって暗闇を歩きながら自分の深い部分へ、ヒタヒタと潜っていくように。


この感覚も前にどこかで味わったような気がした。それはキミの遺跡に行った時だったか、牢屋に入れられた時だったか…それこそ、砂漠を歩いていた時かもしれない。


僕は思い出すために、目を閉じた。目を閉じていても、開けていても、歩く感覚は変わらなかった。



それからさらに、僕は一時間以上歩いていた。

たぶんそのくらいだろうとは思う。途中で秒数を数えるのを諦めてしまったから、正確な時間はわからなくなっていた。


しかし、相変わらず目の前には、ただ暗闇が広がるばかりだった。やはりこの空間は果てしがないらしい。

ここまでくると、自分の意識の連続性さえ、かなり怪しいものだった。

なんだか歩いている時の記憶に欠落がある気がするのだ。でも、その根本を疑い出せばキリがないから、僕は考えるのをやめ立ち止まる。そして、


「無駄なように見えるだろうが、いくつか収穫はあった」


と、僕はあえて声に出して言い、考えを整理することにした。


そうでもしないとおかしくなりそうなのだ。

僕は閉所恐怖症でも、暗闇恐怖症でもないが、このままでは空間喪失症にでもなってしまうだろう。


なら、決着は早く着けた方がいい。


僕は大きく息を吸い込み、頭上に向かい、話し始めた。


「僕の収穫はまず、この空間の足元がのっぺりと平らだということだ。継ぎ目も凹凸もない、極めて不自然な作りをしている。その癖にそれが感じ取れるほど、身体の感覚はかなりリアルだ。リアル……そう、あくまでリアリティーが高いというだけ。この「仮想現実」での体の感覚がな! まぁ、当たり前か。脳だけは本物を使っているんだからな」


僕は歩きながら、その答えを、いや、知識を既に掘り起こしていた。


その知識はやはり、あのヘリコプターを見た時や、オリハルコンの名前を聞かされた時に、僕の頭の中に突如として湧きだしてきたものと同様、この空間のことを見聞きし、自分の体の感覚を使い、歩きながら確かめるその過程で、僕の頭の中にだんだんと降りてきたものだった。


だから、今でははっきりとわかっている。


「ここはスーパーコンピューターの創りだした、データベースアクセス用の仮想空間。そしてあのヘルメット型の無線端末はそのための機器。僕の現実の感覚、伝達信号を全て遮断し、こちらに移し替えている。だから僕はあれを使い、ここに来ることができたんだ。そうだろう?」


と。

しかし、そこから先のことは何もわかっていなかったから僕の声は途切れてしまう。それは、


ここは何の目的で作られたのか?

なぜ、ずっと暗闇に閉ざされているのか?

僕はここにいるのに、なぜ、あの三人はここにはいないのか?


など、どれも重要なことばかりだったが、今のところ、正直見当もつかなかった。

それは簡単に言えば、道具のことはわかったが、でも肝心のその使い方や目的がわからないというような状態だった。


しかも、これ以上のことは、僕が暗闇をいくら歩いたところで見つかるものでもないとも、わかってしまっていた。僕のあの謎の知識は、対象の具体的な名前を知ることや、その姿形を見ることによって、より多くの記憶を呼び起こさせるものなのではないか? と僕は半ば気がついていたのである。


だから、同じ方法では、これ以上の収穫は望めないし、スーパーコンピューターなるものをこの目で見たこともない僕には、この空間の利用方法など、お手上げと言ってよかった。


しかし、それでも幾つかの推測はできた。


その一つが、「間違ってもここは、ただ暗闇を歩くだけの場所ではないと思う」というものだった。

だとしたら、ここを抜け出す方法もきっとあるはず。

それは確率の高い推測だった。

そして、それを確かめる為に僕は立ち止まり、暗闇に問うたのである。


いや、先ほどからずっと僕のことを見ている。暗闇に潜む、謎の気配に向かって。


「どうだ? 僕の推測は当たっているか?」


僕が言うと、そこに確かな「手応え」があった。

その感覚を「手応え」というのもやはり変だが、そうとしか言いようがない。


そこから、先ほどまではまるで感じられなかった「声の反射」があったのだから。


微妙に声の響き方が違うのである。

ということは、そこに何か物体…オブジェクトがあるということだ。そしてそれは、僕がこの空間のことを少し把握できたからこそ、そこに現れたものなのだと、僕は理解していた。


「どうなんだ?」


僕は暗闇を見つめ、返事を待つ。

相変わらず、光は一筋もない。でも、その存在はひしひしと感じていた。もしかしたら、こういった気配のような目に見えないものは、この世界の方がより感じやすくなっているのかもしれない。


僕がそんなことを考えていると、やっと暗闇から


「ハッハッハ、若僧。それは推測と言っていいのかな?」


と声が返ってきた。


それは少ししゃがれた声で、おそらく高齢の男性のものだった。

僕は予想通り、返事があったことにニヤッとする。しかし、その内容は意外なものだった。


僕の言っていることが推測ではないとは、どういうことなのだろうか?

そのことは気になったが、僕はひとまず、この声の主について、探りを入れようと


「やはり、そこで見ていたのですね? あなたは何者なんです?」


と言うと、その男は


「その前に俺の質問に答えんかい、この若僧が。それに、先輩にものを尋ねる時は、まず自分からだろうが」


と言う。

まぁ、確かにその通りだった。けれど、そちらもずっと盗み見していたではないかと、腑に落ちない気持ちもある。しかし、この手の人には何を言っても逆効果なのはわかっていたからここは大人しく


「あ、すいません。そうでしたね。申し遅れました、僕はラシェット・クロードという者です。色々と事情がありまして、ボートバルからここにやって来ました。今は郵便飛行機乗りをやっています」


と、ひとまず言われた通りに自己紹介をする。すると、男はそれを聞き、


「んん? おお、なんだ若僧。お前も飛行機乗りなのか!」


と、なんだかやたらと嬉しそうになった。だから僕は

「あ、あなたも飛行機乗りなんですか?」

と聞く。それに男はああ、と言った。なんとなく胸を張ったような雰囲気が感じられる言い方だった。


僕は驚いた。一体、いつ頃の飛行機乗りなのだろうか? と。

たぶん、ここもずっと古代から存在する空間なのだろうから…おそらく相当昔の人だろう。なぜなら、現在の飛行機ができたのは、たかだかここ100年くらいのことなのだ。だから、そんな最近の人はここにはいないはずだし、だとしたら、この人はかなり昔の人だぞと、僕はそう思ったのである。


しかし、僕がそう考えていると、男が

「そうかそうか、飛行機乗りかぁ……だから俺のことを知っていたわけだな」

などと言う。


「ん?」

僕はその言葉の端々に疑問を持った。


「だから俺のことを知っていた」とはどういうことなのだろうか?

男には僕の記憶でも見えるのか?

それに仮に僕が本当にこの男のことを知っているなら、男はごく最近の人物ということになる。しかも歴史の浅い、飛行機乗りという職業なら尚更だ。なぜそんな人がここにいる? それに、僕にはこんな声の飛行機乗りの知り合いなど、全く心当たりがなかった。

だから僕は


「なぜ、僕があなたのことを知っていると思ったんです?」


と、素直に聞いてみる。すると男は当たり前のように


「そりゃ、こうやって俺とお前さんが話しているのが何よりの証拠さぁ。ここでは互いの存在を知らない限り、会うどころか、話すことも叶わねぇからなぁ」


とか言う。

なんだそれは? それがここのルールだとでも言うのか? いや、待てよ…


「だとしたら、可笑しくないですか? 僕があなたのことを知っていても、あなたは僕のことを知らなかったのでしょう?」

僕がそう疑問を口にすると、男は

「まぁ、それはそうなんだがよ。俺はさ、ちょっとばかしズルしてっからよぉ。ま、大目に見てくれや」

と応える。

ズル? 益々訳がわからなかった。どんなズルをしているというのか?

いや、そんなことは今考えたところでわかりっこない。それよりも他に確かめたいことがあった。


「まぁ、わかりました。でも、僕があなたのことを知っているという前提条件は変わらないわけですよね?」

「ああ、そういうこった。お前さん、なかなか冴えてるねぇ。しかし、そんなことも知らないとは…さっき言ってた「推測」ってのもあながち嘘ではないみてぇだな」

「え?」


僕は思わず声を上げた。いちいち引っ掛かる言い方をする人だ。もっとズバッと言って欲しい。しかし、そういうわけにもいかないのしれないから、僕は根気よく


「嘘ではありませんよ。一体、僕の言葉の何に引っ掛かったんです?」

と聞いた。

「なんだぁ? お前さん、自分でそんなことにも気づいてないのか?」

「ええ。残念ながら」

僕が真っ暗な虚空に向かって言うと、男はまた豪快に


「ハッハッハッハッ」


と笑った。

その笑い声は明らかに僕をバカにしたものだったが、不思議と不愉快でも、耳障りでもなかった。

物凄く特徴のある笑い声だったが、やはり聞き覚えはない。


「ふーっ、笑っても構いませんがね、少しくらいは教えていただけませんか?」

僕がため息をついて聞くと、さすがに悪いと思ったのか、男が


「ああ、そうだな。何も俺だって、お前さんを困らせようってんじゃない。ちょいと見極めたかったんだ。なにせ、お前さんは「データベース」やら「アクセス」やら「仮想現実」やら、到底現代人では及びもつかないような言葉を使ったからなぁ」


と、ヒントを出してくれた。


「なるほど、そういうことですか。ということは、あなたも僕と同じ現代人」

「だから、さっきからそう言ってるだろう? 妙なところは鈍い若僧だな」

「僕は元々こんなものですよ。しかし、先ほどからあなたは僕のことを若僧若僧と言いますが、あなたには僕の姿が見えているのですね?」

僕がそう聞くと、男は

「ああ、そうだ。お前さんはまだ暗闇の中みたいだがな」

と言う。


「そうなんです。だから、教えていただけませんか? まず、この暗闇を払う方法について」


「ふんっ…まぁ、そうだなぁ…」


僕がそうお願いすると、男は何やら考えこむように黙りこんでしまった。

しかし、すぐに案を出してくれて


「よし。じゃあ、この俺が誰だか当てることができたら教えてやる」


と言った。だから僕は何でそんなことを…と思いながらも、即座に


「わかりました。やってみましょう」


と返事をした。

たぶん、これ以上の条件はないだろう、そう判断したからだ。


「では、いくつか質問ですが……」

「いや、質問はひとつまでだ。それで答えてもらう。じゃないとイージー過ぎるだろう? なにせ俺は有名人だからよ」

「ふーっ、そうですか。わかりましたよ。では、その条件でいきましょう」


僕はそんな子供みたいなことを言うこの老人の性格に呆れながらも、有名人? とその言葉をしっかりとインプットする。


なるほど、僕は今まで自分と直接知っている人物だとばかり思っていたが、間接的、または一方的に知っているだけでもいいのだ。それなら、この男が僕のことを知らなかったことにも説明がつく。ならば、質問もよく考えてからの方が良さそうだ。ここで失敗は許されない。ここでしくじったら、もうあの三人もサマルも救うことができなくなってしまうのだ。よく考えろ、思い出せ。あの男は何と言っていた?


まずはそう、飛行機乗りだ。彼は僕の大先輩にあたるらしい。でも、郵便飛行機乗りとは言わなかった。じゃあ、歴戦のエースか? 将校か何かか?

それとこの仮想現実のことも知っていた。専門的な用語も。だとしたら、考古学者という線もあり得る。一昔前のどこかの教授か? だとすれば、そういった本は何冊か読んだことがあるから知っているかもしれない……


ん? いや、待てよ?


本…? 飛行機乗り…? 考古学者…? そして老人…?


僕はそう瞬時に結び合わせ、気がついた時には


「……あなたはなぜここに来たんですか?」


と質問を口にしていた。

すると、男はすぐに


「ハッハッハ、そりゃ、ここが俺にとっての最果てだったからさ。それ以外にはねぇよ」


と、きっぱりと答える。


「そうですか……」


それを聞き、僕はもうわかってしまった。この男が誰なのか。


そう、この男は…



「えっ……?」


僕がそう思った次の瞬間には、辺りの暗闇は一掃され、まぶしい光の世界に変わっていた。


見渡す限りの草原。


僕の足元には色とりどりの花が咲き乱れている。


後ろを振り返ると、遠くに綺麗な湖が見えた。

緑色の湖だ。あんな色…長年、郵便飛行機乗りをしていても見たことがない…


「どうだ? 最高の景色だろう? 俺の一番の景色だ。正解のおまけにお前さんにも「共有」してやろうと思ってなぁ」


景色に見惚れていると、後ろから話しかけられた。ついさっきまではそこにいなかったはずなのに、向き直ると、確かにその男はそこにいた。


背丈は僕よりも小さいのに、随分大きく見える、その体。人懐っこそうなグリーンの瞳。そして赤ら鼻に、特徴的なモジャモジャの白い髭と髪の毛……


見間違うはずもなかった。ずっと本の表紙で見ていた。そして、僕がずっと尊敬し、憧れていた大冒険家……


そう。

僕の目の前に現れたのは、かの大冒険家、バルス・インス・インシュスタルト、その人だった。



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