苛立ち
それは……。結局、ある瞬間に、私の生活が稀有な貴重な特性を持つことができる、と想像したのだ。異常な環境を求める必要はなかった。私はただほんの少しだけ厳密さを要求したのだ。現実の私の生活には、すばらしいというほどのことはなにもない。しかしときどき、私は昔のことを思いだして、呟くのである。ー かつて自分はロンドンで、メクネスで、トウキョウ(東京)で、すばらしい経験をした、冒険に出会ったのだ、と。いま、私からとりあげられようとしているのは、それなのだ。
J・P・サルトル『嘔吐』本文より抜粋
第3章が始まります。
まだ肌に馴染まないこの部屋の窓際に立つと、僕は懐からタバコを取り出し、火をつけた。
辺りを見回す。
馴染まない壁に、馴染まない椅子に、馴染まないベッド……
けれど、どこか懐かしい臭いがまだ残っていた。
もしかしたら、僕はそれに耐えられなくて、タバコの煙で臭いを紛らわそうとしているのかもしれなかった。
でも、そんなタバコすら、僕のタバコでもなければ、僕好みのタバコでもなかった。
監視役のスコット・アレス准将から貰ったものである。
僕の荷物は、ライターもリュックも、財布も、免許証も、郵便飛行協会の会員証も、さらには愛用の小型のリボルバーさえ返ってきていたが、タバコだけはキミのために禁煙していたから、切らしていたのだ。
それを見かねた彼が僕に自分のタバコを一箱くれたのである。
だから、あまり贅沢を言ってはバチが当たるが、彼のくれたタバコは、まるで彼の性格と同じように堅物な味がした。
僕はこんな強いタバコより、もっとマイルドな方が好きだった。
しかし、そんなことを言ったところで、何にもならないし、それどころかまたツマラナイ口喧嘩になってしまうだろうから、ここはやはり、彼には素直に感謝しなければなるまい。
……感謝だって?
そこまで思考して、僕は思った。
「バカげてる」
と。
口にも出してしまった。
すると、僕がタバコの煙を吐き出しながらそう呟いたのを、地獄耳のスコットが聞きつけ、入り口の扉の前から
「バカげているだと? 貴様、まだそんな減らず口を叩いているのか!」
と言って、僕のことを睨みつけてきた。
その視線を受け止めて僕は苦笑する。こうやって戦端はいつも僕が開くのだ。
「ふーっ」
だから、僕はまたタバコをふかして、
「そりゃ、減らず口も出ますよ。自分の好きなタバコすら吸えないなんてね。今時、こどもの遠足のおやつだって、もう少しマシなものが選べる」
と、ついでだから言ってしまう。ここに来てわかったことだが、どうやら僕は本当に口が減らない男らしい。
「なんだとっ!? せっかくの人の好意をだなっ…」
「好意?」
僕は、スコットがこめかみに青筋を立てて言うのを、遮った。
「冗談じゃない。人質を取って軟禁し、自由を奪って、やりたくもないことをやらせて…それで、ちょっとタバコを融通したことが好意だと? よくそんな風に考えられるな、あなたは」
僕は精一杯の皮肉を込めて言った。
それに、スコットはさすがに「うっ…」と、バツの悪そうな顔をする。
彼は口喧嘩をすると、いつもそうなのだった。僕の言っていることを一応は受け止め、理解してくれる。だから、決して話してわからない相手ではないのだろうが、
「煩いっ、お前はゲスト扱いとはいえ、捕虜なのだ! 我がアストリアのように民主的な国でなければな、お前など、とっくにその減らず口で牢屋にぶち込まれているところだぞ。わかったか? わかったなら、いちいち口答えしないで、タバコくらい、大人しく貰っておけばいいんだっ!」
と、最終的にはアストリアへの忠誠心が彼の武器となり、毎回、僕らの口論の邪魔をするのだった。
そうなると、僕はもうため息しか出なくなってしまう。
「またそれか……」と。
郷に入れば郷に従えというか、確かに彼の言う通り、ここは彼らの国であり、僕は囚われている身なのだった。
だから、そんな状況下において、正しく人の道理など通るはずもないし、彼の言う「力の論理」だって、完全には否定できない。
それはわかる。僕だって元軍人だ。そういう思い上がりにだって、身に覚えがないわけでもない。
しかし同時に、僕やサマルの仲間達が捕まっている理由が何もないのも事実なのだ。
僕達は何も法を犯してはいないし、悪いことだって、ひとつもしていない。
問題はそこだった。
本当に民主的な国だというのならば、そんなことは絶対にあってはならないことだし、少しでも真実を知っている人間がいるのならば、目を瞑っていてもいけないはずである。しかもそれが、スコットやショットのように、軍や政治の内部の人間ならば尚更のことだ。
でも、スコットはそのことに関しては頑なに口を閉ざした。
いや、スコットだけではない。どうやら、この城にいる軍人、貴族、役人、政府関係者、召使など、廊下ですれ違うそれら全ての人がそのように考えているようなのだ……
僕はたったこの数日で、そのことを肌で感じ取っていた。
だから余計に
「これのどこが、民主的な国だって?」
と思わずにはいられない。
これなら、もしかしたら、まだボートバルの城内の方が風通しの良い雰囲気かもしれない。そう考えると、結局「帝国主義」とか「民主主義」とかいうのも、実は名前や制度は違えども、上の方に行けばその「実情」というものは「どちらがマシか」程度の差しかないのかもしれなかった。
「ふーっ」
僕は色々考えた後、スコットのお望み通り、口答えを止め、引き続き不味そうにタバコを吸った。
すると、そんな僕の顔を見てスコットが
「そんなにうまくないって言うのなら、返してもらうぞ」
と言うから、僕は
「貰ったものを返すのは、僕の趣味じゃないんだ。だから、最後まで責任を持って吸うよ。たとえ、美味くなくてもね」
と冗談を言った。
それを聞くと、今度はスコットが
「ふんっ、勝手にしろ」
と苦笑する番だった。
ここ数日で、すっかり彼も僕の言う冗談に慣れてくれたらしい。最初の頃はよく聞き返されたり、怒られたりしたが、この頃はこうやって無視されるからだ。
やはり、話してわからない相手ではないよなと、僕は思う。
しかし、それにはお互いの肩書きが、あまりにも邪魔過ぎた。
「ああ、できればもっと勝手にさせてもらいたいね」
僕はそう返した。
こんな風に軽口を叩き合って、それでも僕が殴られたり、牢屋に入れられないのは、僕を取り巻く奇妙なバランス関係からきていた。
僕はもちろん、人質を取られているから何もできやしない。
しかし、なぜか向こうも僕に、直接的には何もできないでいたのである。
それは、偏に僕に何かしらの利用価値があるとショットが思っているからに他ならなくて、それに加え、僕にはショットの奇妙な術が効かないということが、より事態を複雑にしているらしかった。
つまり、そんな僕とショットの個人的な力関係が、今のこの奇妙な均衡状態を作るに至ったわけなのだが、それでも僕の圧倒的な不利は変わらないように思えた。
なぜなら、僕やサマルの仲間達の利用価値がなくなった瞬間。その瞬間こそが、たぶん僕達のタイムリミットなのだから……
「タバコくらい一人でゆっくり吸わせてくれないか?」
僕はいい加減一人になりたかったから、そう言ってみた。
しかし、スコットは首を横に振る。このように、スコットは本当に寝る際、他の夜勤の兵士と交代する時以外は、ずっと僕のこと見張っているのだ。
実に勤勉なよい監視役である。
僕はうんざりした。
でも僕は、そんなここでの生活以上に、ここでの役目に、心の底から打ちひしがれていた。
スコットとの会話など、ただの空元気だ。
僕はここに来てから数日間、ずっと真綿で首を絞められるように、ゆっくりと、しかし着実にショットの手によって、打ちひしがれていっていたのだ。
ーーあの日から今日まで、ショットの趣味の悪い研究は続けられ、僕はまだその手伝いをさせられていた。
やりたくもないこととは、このことだった。
僕はただ寝たきりのサマルの仲間達のことをずっと観察し、考えさせられ続けていた。
だからすっかり、三人のことは僕の頭の中でイメージができてしまっている。
例えば、ジェラルダ・ヤン。
彼女はきっと勝気な人だ。釣りあがった目をした、エキゾチックな顔をした女性。
鞄の中身を見る限り、とても几帳面で、仕事もバリバリしていたのだろう、字も綺麗だし、なにより整理整頓がよくできたいた。その感じは服装にもよく表れていて、シンプルで少しかっこいいものを好んで着ていたようだ。体格は今や見る影もないが、筋肉質で、何かスポーツをやっていたに違いない。それも一人でやるような、陸上とか、格闘技とか…そんなものを。社会人になっても続けていたのだろう。そんな気がする……
と、大体このようなことは、ショットに聞かれなくてもスラスラと出てきた。
ケーン・ダグラスについても、イニエ・イリエッタについてもだ。
でも、それ以上にショットは僕にわかりもしないであろう質問まで、次々としてきたのだった。
恋人はいそうか? では、初恋は? 趣味は? 週末の過ごし方は? 好きなもの、嫌いなものは? 悩みは? 苦手なことは? 学生時代は、どんな学生だったと思うか?
などなど、僕には本当に想像するしかない事柄ばかり。
でも、それはまだマシな方だった。
酷い要求となると、皆の身体を触って、感触を確かめろとまで言ってきたのだから。
僕は断った。が、断る権利など僕にはないようだった……だから、僕は皆が起きたら、ちゃんと謝ろうと思う。
「こんなことに何の意味があるのか?」
僕は散々ショットに聞いた。
僕を苦しめて、皆を苦しめて、楽しんでいるのか? と。だとしても趣味が悪い。やるなら、もっと他に色々な方法があるだろう。僕を苦しめたいのなら、皆を巻き込むなと。
すると、ショットはいつも笑った。
「ふふふ。確かに楽しんでいないの言ったら嘘になりますね。僕は今、ものすごく楽しい……でもね、それはあなた方を苦しめて楽しんでいるのではないのですよ? そこを誤解してもらっては困ります。僕は実験が進み、ラシェットさん、あなたがいずれ僕の望みを叶えてくれるであろう、その時が訪れるのが楽しみで仕方ないんですよ。ふふふっ…」
と、そのようなことを言って。そして、最後には
「ですから、こんなことをする意味も……じきに、あなたにもわかりますよ。ラシェットさん」
と、ショットは言った。
ーー「じきに……それはいつなんだ?」
僕は今日も胸糞悪い実験とやらを手伝うため、地下への階段を下りながら、そんな会話を思い出していた。
後ろからはスコットが真面目な顔をして、ついてきている。だから、そんな日が来る前にひと暴れしてやろうか、などという気も起きない。
まぁ、それは今の僕にとっては有難いことかもしれなかった。彼の目が光っていなければ、僕は気分的には、いつ暴れ出してもおかしくなかったからである。
そんなことになれば、三人にまで危害が及ぶかもしれない。もはや、彼はそのための警護としても機能していた。
僕はちらっとスコットの方を見る。
彼の顔にはまだ包帯が巻かれていたが、腫れは少し引いてきたようだった。どうやらこの調子なら、僕がへし折った鼻も元に戻りそうだ。
「男前が戻って来たじゃないか。よかったな。腫れが引いて」
僕は言った。すると、スコットはちょっとカッとなりそうなところをグッと堪えた様子で、
「ああ、そうだな。完治したらお前に真っ先に見せてやる」
と言う。
「完治って……いつの話だ?」
「二ヶ月後だな」
「なるほど? 悪いけど、そんなに長居はしたくないな」
「いや、貴様はもう帰れはしないさ」
スコットはニヤリとしながら、嫌なことを言った。仕返しのつもりなのだろう。やはり、こいつの鼻はもう一度へし折ってやるべきかもしれない。
部屋に着くと、まだ誰も来ていなかった。
珍しいことだ。いつもなら、白衣を着た医者やら助手やらが数人は待機しているのに。
僕とスコットは顔を見合わせた。しかし、スコットもこの状況の理由は知らないらしい。
とりあえず僕は、いつも通りに、まずは三人に近づいて行き、挨拶をした。
「おはよう。ごめん、今日もよろしくな」
と。
スコットも定位置の扉の前に立ち、しきりに時計を気にしている。もしかしたら、何かあったのかもしれない。
「会議か何かですかね?」
「煩い。貴様が考えることではない」
僕が聞くと、彼はにべもなく言った。
しばらく椅子に座っていると、ショットが医者と助手を引き連れてやって来た。いつも通りへらへらした顔をしていたが、なんとなく難しい顔にも見えた。ショットの表情はなかなか読めないのだ。
「いやいや、お待たせしましたね。でも、残念。今日はラシェットさんはお休みです。部屋に帰っていいですよ」
ショットは部屋に入ってくるなり、両手を広げ、僕にそう言った。だから、僕は
「外で何かあったのか?」
と、なるべくさり気なく聞く。
でも、ショットは隠す気も、僕の誘導に引っ掛かる気もないらしくて、
「ええ。ちょっと外野が手筈以上に煩くなりそうなのでね。手を打たなければなりません。ふふっ、まぁ、今となっては、僕にはこちらの実験の方が重要なのですがね……これでも国王様には忠誠を誓った身ですから」
と言う。
外野? 手筈?
僕にはよくわからなかったが、とにかく、やはり何かの対策にショットが、時間を割かなければならないらしいことだけはわかった。
「そうか……わかった。じゃあ、お言葉に甘えて僕は部屋に帰らせてもらうよ」
僕はそう言うと椅子から立ち上がる。
なにも、自ら進んでここに座っていたくはないからだ。
「ラシェットさん。僕はまだ城にはいます。ですから、また夕方にはここに来てもらうかもしれません」
僕が部屋を出て行こうとすると、ショットはそう言った。
僕はそれには振り返らず、手だけ挙げて応える。
もう好きにしてくれ。
そんな投げやりな考えが、僕の頭をよぎった。
なんだか、定期的にこの部屋を出なければ、どんどん感覚が麻痺していきそうだった。
長い廊下を歩くと、いつも必然的に色々な人とすれ違うが、今日は特に人が多い気がした。それは、たぶんショットの言っていたことの影響だろう。
新聞にはこれといって、目新しいことは載っていなかったはずだが、もしかしたら水面下では、既に戦争への準備が着々と進んでいるのかもしれない。
「戦争か。でも、どんな理由があって?」
僕は思った。
だって、あの手紙はまだ見つかっていないはずだ。
……いや、だからこそ、ショットの言う「手筈」とやらが、働いたのかもしれない。
でも、それが何なのか、確かめることもできやしない。
僕はこの廊下と地下室、そしてサマルの使っていたあの部屋にしか、実質的には行けないのだから。
部屋に戻ると、僕はソファに座り、ブランチだと言って運ばれてきたスコーンを齧った。チョコやらアーモンドやらが入った甘ったるいスコーンだ。きっと普段の僕なら頼まないであろう品だった。
しかし、勝手に持ってきてしまうのだから仕方ない。ブランチなどいらないと言ったのだが「仕事ですので」と、メイドが聞かないのである。食べないのなら残しておいてくださいと。
でも、僕は残すのも嫌だった。だから、齧った。運動不足な上、こんなことを続けていたらきっと僕はぶくぶくと太ってしまうだろう。
本当ならば、キミに全部あげたいところだ。
キミならきっと喜んで食べてくれたに違いない。そうすれば、メイドさんも喜ぶし、コックさんだって作った甲斐があるというものだ。みんな、ハッピーである。世の中、なかなかうまく回らないよなと僕は思った。
僕は紅茶を飲みながら、新聞を読む。
なかなか優雅な捕虜生活だ。こんな姿を眺めるスコットの苛立ちもわからないでもない。
新聞にはやはり何もそれらしいことは載っていなかった。
そういえば、数日前のグランダン客船事故の続報もない。強いて言えば、それが不自然だろうか? でも、あのアリのことだ。僕が心配するまでもないだろう。
「スコットさん、あなたは会議に参加しなくてもいいのかい? こんなところで油を売ってて」
僕は退屈凌ぎに聞いた。
「ふんっ、誰のせいでここにいると思っている。私だって、こんなところに突っ立っていたくはない」
「はは、だろうね。じゃあとりあえず、こっちに来て座ったらどうです? スコーンも食べてくださいよ。もう甘いものはいらないんだ」
そう言うと、スコットは鼻を鳴らし、
「ふざけるな。そうやって隙を作るつもりか?」
と言う。だから、
「そんなことしたって無駄だって、とっくにわかってますよ。この城の警備体制じゃ。それは、あなたの方がよく知っているはずでしょう?」
と言ったのだが、スコットは首を縦に振らなかった。
「いや、任務だ。私は言われたことは守るのだ」
と。
僕はため息をついた。
あんなに張り詰められたら、こちらまで気が滅入ってしまうのを、スコットは想像すらしてくれないらしい。
「言われた通りにしていれば、それでいいのかよ……」
僕はそうも思った。
でも、その言葉はすぐに今の自分に、ブーメランのように戻ってきて、ざっくりと心に突き刺さった。
「僕だって、言いなりじゃないか……」
僕はそう思うと、手に持っていた紅茶を置く。
そして、愕然とし、ソファに身を沈めた。
「バカげているのは、僕の方だ」
人のいいなりになって、それで誰かを守ることなんてできやしない。
そんなこと……本当に可能だと思っていたのか?
それで三人を守っているつもりだったのか?
結局は自分を守っているだけではないのか?
行動を恐れているだけだ。結果を怖がって。
「らしくないな」
僕は心底そう思った。
この数日の僕はどうかしていた。
それに、こんなふうに何もしないで待つというのは、本当に辛い。
今ならあのニコ・エリオットの気持ちがよくわかる気がした。
人は自分の意思の一部でも奪われると、こんな気持ちになるのかと……
僕はニコは偉いなと思った。
僕はたった数日でこれだ。
もう、全てを自分の思い通りにしたいと思っている。
賭けに出たいと思っているのだ。
賭けるのは自分に命と、あの三人も命だというのに……
僕は瞬時にそう思うと、すくっと立ち上がった。
それを見て、スコットは何だ? と身構える。
先程あんな会話をしたばかりだったから、余計に警戒しているのだろう。しかし、何も僕はスコットを殴って出ていくつもりはなかった。それどころか、この城から出ていくつもりもない。僕がこの城を出ていく時は、ショットから全ての情報を聞き出し、三人を助け出す時と決めていたのだから。
僕はスコットの立つ扉の方へ歩いて行った。そして、
「やっぱり、地下室に戻りたいんだが」
と言った。
「は?」
意外だったのだろう。その僕の申し出にスコットは眉を潜める。
「……何を企んでいる?」
「別に何も企んでませんよ」
僕は呆れてそう言った。
しかし、スコットの疑いの視線は晴れない。
なんというか、スコットにはいつも僕が何かを企んでいるように見えるのだろうか? だとしたら、ちょっと悲しい。
「なら、なぜ行きたがる? 今はお前がいつも見たがらない、入浴中だぞ?」
スコットはそう言った。
そうなのだ。こういう休憩時間の時は大概、看護師の手によって、皆の体を拭いたりする時間に当てられている。だから、僕はいつもその時間はなるべく部屋にいたくなかったのだ。見ていて気分が悪かったし、何より、三人に申し訳ないと思ったからだ。
でも……そんなことも今、この瞬間から止めようと思っていた。
「手伝いたいんですよ。その入浴の仕事を」
僕はそうきっぱりと言った。
すると、スコットは目を丸くして驚いた。
「ど、どういう風の吹き回しだ?」
「いえ。ただ、なんとなく…こんなところで座っているくらいなら、僕も皆の世話をしたいと、そう思ったんですよ」
僕がそう言うと、スコットは益々わけがわからないと言った感じの顔をした。
それはそうだ。
僕は今まで、なるべくなら皆から目を逸らしたいと思っていたのだから。
スコットは考え込んでしまった。
「手伝わせてはもらえませんかね?」
「いや、わからない。私だけでは判断できん」
「なら、ショットでも誰でも、呼んできてくださいよ。僕が聞いてみますから」
「うーん……」
僕がそう言うと、スコットは扉の外にいた兵士を呼び止め、ショットを呼んできてくれるように頼んでくれた。もしかしたら、ショットの実験に有益になるかもしれないと思ったのだろう。さすが、人の言いつけを守るスコットである。こういう時も上にお伺いを立ててくれて助かる。
「直にいらっしゃるはずだ。あとは直接、ショット様に頼むのだな」
「はいはい、わかりました」
僕はそう言うと、ソファに戻り、ショットを待つことにした。
そして、考える。
どうやって、この現状を打破しようかと。
でも、全ては自分のイライラの原因、この状況へのわだかまりを解決することから始まる気がしていた。
そうやって小さなことから、コツコツと変えていく。それくらいしか、今の僕にはできないのだから。
でも、それだって、何もかも言いなりになって、スコーンを齧っているよりはいい。
僕は強くそう感じた。
ことはそう単純ではないのだ。
僕がショットを倒せば勝ちでも、僕がショットに殺されれば負けでもない。だったら僕はやりたいようにやる。そうすべきなのだ。
僕はそのことを、スコットを見ていて気がついた。
彼にはやっぱり、感謝しなければなるまい。
僕はショットが来るのを待った。
そして、いつもの減らず口を練る。
ショットは単純な相手ではない。
でも、僕はこのまま負けたくはなかった。
サマル、ヤン、ケーン、イリエッタ……
そしてキミ。
皆が僕の助けを必要としてくれているうちは、たとえどんなに不利な状況でも、僕はあがき続けようと決めていたじゃないか。
僕は窓を見つめた。
そして手を握りしめ、思う。
勝負はまだまだ、これからだと。