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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第1章 ラシェット・クロード 旅立ち編
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不吉な影 3

まただ。


僕はまたあの、じめじめした暗い洞穴の中に来ている。


この背高帽の小男はアストリアと言った。

僕が今一番行きたい国。そして、調べたことが多くある国だ。

これはどう考えてもエサに違いない。

しかも、食いつかざるを得ないエサだ。

やはり、この小男はサマルについての何かしらの情報を知っているのだ。

そして、僕がそのエサを食べに、洞穴の奥深くまで入ってくるであろうことも。


気にくわない。

でも、ここは仕方がない。


僕は昨夜のように躊躇はしなかった。

僕は必ずや、洞穴の奥に隠れている珍獣を引き摺り出し、エサだけ見事に持ち帰ってやると心に決めていた。


「わかりました。では、依頼内容を詳しくお教えください」

僕はしばらく考えてからそう言った。


その言葉を聞いて、小男は満足そうに口角を上げた。

「クックックッ、それは依頼を引き受けてくださると、とっていいのですな?」

「ええ。そうです」

僕はいつの間にかウエイターが持ってきていたコーヒーを飲みながらそう言った。

「クックッ。いやぁ、ありがとうございます。ラシェット・クロードさん。あなたほどの方が引き受けてくださると決まれば、私も安心というものです」

僕はカップを、ソーサーにカチャリと戻した。

「僕をご存知のようですが、僕なんてただの新米。かけだしです。あなたは何か勘違いをなさっているのでは?」

そう言うと、小男は肩を小刻みに震わせ

「クックックッ。ご謙遜を。元第1空団伍長のその腕前で、難しい依頼を次々と成功させている。そう聞いておりますよ」

と答えた。


なるほど、それくらい調べているのは当然か。


「そんな話はよしましょう。時間の無駄です。それより僕はまず、あなたのお名前をお聞きしたいですね。でなければ、何とお呼びしていいかわかりませんから」

僕は自分のペースを作りたかった。そうしてこの小男に色々な質問したかった。

「クックッ、ああ、ええ、そうでしたねぇ。名前ですか。私の名前こそ聞いても仕方ないものですよ。クックック、まぁ、トカゲとでもお呼びください。周りからはそう呼ばれています」

「トカゲ……」

本名は隠すか。まあ、依頼の種類によってはよくあることだ。


「わかりました。ではトカゲさん。僕はこの手紙をいつ、どこの、誰に届ければいいんですか?」

そう言うと、トカゲはまたクックッと笑い

「まあまあ、そうお急ぎにならないでください。もう引き受けてくださることになったんです。クックッ、ですから、まずはゆっくりケーキでも食べませんか?」

と言って、デザートのメニューを僕の方へ差し出してきた。

僕は怪しみながらも、メニューを受け取り、開いてみたが、それはやはりただのデザートメニューだった。


ケーキだって?


冗談じゃない。誰が好き好んでこんな陰気なおっさんと差し向かいでケーキなどつつきたいものか。

僕は真剣そうにメニューを眺めるトカゲを尻目に、メニューをばんっと閉じ、テーブルに置いた。

それでも、トカゲはまだメニューを見つめている。


これはどういうことだろうか?

この小男の目的は僕に依頼を引き受けさせた段階で、すでに完遂されてしまったということか?

それならこの余裕の態度も頷ける。

それとも、また心理戦で有利に立つための作戦のひとつなのだろうか?

それとも……ただの甘党か?


「よろしいのですか?」

僕が必死に頭を働かせていると、トカゲは言った。

「え、ええ。僕は結構です」

「そうですか。でも、ここのケーキはとても美味しいんですよ?」

トカゲは本当に残念そうに言うと、ウエイターを呼び、なにやら長ったらしい名前のケーキと華やかな香りの紅茶を注文した。

本当に、ただの甘党なのかもしれない。


「それで、この手紙のことですがねぇ、クックックッ」

と思ったら、いきなり本題に入った。

どうも、僕はまだいまいち、この小男の考えていることがわからない。


「ええ。僕はこの手紙をアストリアのどこに届ければいいんです?」

僕が聞くと、トカゲはテーブルの上の手紙を手に取り、僕にその表を見せながらしゃべりだした。手紙の封筒にはなにひとつ書かれていないようだった。


「お届けいただく場所は、アストリア城、城下町の西区にある「ゴースト」というバーです。クックッ、そこに今から14日後の午後10時ちょうどにKという男がやってきます。彼にこの手紙を、あなたから、確実に、手渡していただきたいのです」


トカゲは「あなたから」と「確実に」を強調するように言った。

「わかりました。つまり、代理を立ててはいけないし、仮にKという人物の居場所がわかったとしても、ポストなどに投函しておくのはダメなのですね?」

「クックックッ。ええ、そうです。あなたからKに直接手渡して欲しいんです。まぁ、最もKの居場所は……これは大変失礼な言い方ですが、ラシェットさん、あなたでは探し出せないと思いますがねぇ。クックッ」


僕はそう言われても別に頭には来なかった。

だから、別の質問を考えた。


「今から2週間後ということは、かなり時間的に余裕がありますね。なにせアストリアなら5日もあれば着いてしまいますから。ということは依頼内容さえクリアできれば、あとは僕がいつ出発しようと、どこに立ち寄ろうと構わないということですか?」

「ええ、ええ。全く構いません。ご自由にしてください。但し、この手紙は決して失くさないでくださいね?クックッ」

そう言うとトカゲは手紙をまたテーブルの上に戻した。

僕はそれを、しっかりと見た。


「しかし、だとするとわかりませんね。そんな大事な手紙ならなぜ、今、僕に渡すのですか?もう一週間後に手紙を書き、僕に依頼し、渡した方が、持ち運ぶ時間が少なくなる分、手紙紛失や情報漏洩のリスクが低くなると思いますが?」

僕がそう言うとトカゲは

「クックッ、それはこちらにも事情があるということです、ラシェットさん。確かに、あなたには多くのリスクを背負ってもらうことになりますがね?しかし、その分の報酬の埋め合わせはさせていただきます」

と言い、今度は何処からか紙袋を取り出して、テーブルの上に置いた。ボートバルの高級老舗百貨店の袋だった。

「こちらに前金で、50万ペンス入っております。依頼を成功させていただいたらもう50万ペンスお支払いいたします」

かなりの大金だった。こんなに、前金で渡すなど通常あり得ないことだ。これでは、金だけ受け取って逃げるやつもいるだろう。


「クックックッ。私はラシェットさんを信用しているのですよ」

僕の心を見透かしたようにトカゲは言った。

「ええ、もちろん。持ち逃げなんてしませんよ。依頼は受けます。しかし、この大金です。嫌でも、何か裏があると考えてしまいますね」

そう言うとトカゲはにやりと口角をあげた。思えばトカゲは僕がこの席に着いてからずっとにやにや笑っている。そろそろ鬱陶しくなってきた。

「クックックッ、裏なんてありませんよ。しかし、安全な仕事とは言い切れませんからねぇ。だから、凄腕のあなたに依頼したんです。ですから、これは、当然の報酬だとお思いください」

「わかりました。ではありがたく使わせていただきます」

当然、トカゲの言うことなど信用はできなかったが、僕はそう言った。

もちろんこの依頼にどんな危険の可能性があるのかは気になったが、僕にはそれ以上に気になることがあった。


「ところで、Kという男は、どういった人物なのですか?」

教えてはくれまいと思いつつも尋ねてみる。しかし、

「クックックッ。すいませんが、それはお教えできませんねぇ」

と、案の定トカゲは笑いながら言った。


あくまで優位に立っているつもりか。


「そうですか。でしたら、仕方ありませんね」

僕はまたコーヒーを飲んだ。そして、


「まあ、さしずめ……」

と言い、ゆっくりと間を置いてから、


「アストリア王国の諜報部員か何かでしょうかね。トカゲさん、あなたと同じように」


と言ってやった。


今度はトカゲが驚く番だった。


僕はゆっくりとコーヒーを飲み続けた。

観察していると、トカゲの顔から少しだけ、先ほどまでのにやにやが消えているのがわかった。


僕はその様子がおもしろいから、しばらく黙って見ていることにした。

こういう時、人は思いもよらぬミスを犯すものだ。

この小男に限って、何か口走ってしまうということはなさそうだが、ここはセオリー通りにいった方がいい。

しかし、トカゲは一向に口を開きそうになかった。


そうなれば、こちらからまたペースを作ってやるだけだ。

「今朝、僕は帝国陸軍諜報部にいる、僕の同期のところに行って、恥を忍んで聞いてきたんです。あなたのことを知らないかと。あなたは中々特徴的な方ですから、きっと少しくらい情報があると思ったんです。その同期には軍学校時代に色々と貸しがありましたからね。渋々ですが情報を分けてくれました。そいつは恐らく、アストリア王国諜報部の「トカゲ」という男だろうと」


僕はそこで、カップの底に少しだけ残っていたコーヒーを飲みきった。

ちらっとトカゲの方を見たが、特に顔色を変えた様子もない。僕は話を続けた。


「本名不明、年齢不明、出生地不明。わかっているのは、あなたの身体的特徴と「トカゲ」というコードネームだけ。慣れ親しんだコードネームなのでしょうが、ずっと使い続けるのも問題ですね。もっと定期的にころころ変えた方がいいかもしれません。そして、こんなこともわかっています。あなたが3年前の機密事項漏洩事件に関与しているだろうということです。あなたは諜報部でもその存在が疑われているほど、人前には滅多に姿を現さないそうですね?僕の同期が言ってましたよ。もし、接触するなら場所を教えてくれってね。安心してください。もちろん断りましたよ。なにせ、僕にはあなたから聞きたいことが山ほどあるんですからね」


そこに、先ほど注文していたケーキと紅茶が運ばれてきた。

注文していた時の嬉しそうな顔とは、打って変わり、トカゲの顔にもようやく真剣味が出てきていた。ケーキに手をつける様子もない。この雰囲気の中にあっては、かなり場違いだが、スイーティーな紅茶の香りもした。


「同期は諜報部員としては、優秀な男です。先ほども僕の家の周りに、すでに部下を2名派遣していましたよ。でも、こちらもご安心ください。ここに来るまでに、巻いてきましたから。あなたが諜報部に捕まる心配はありません。しかしっ」

そう言うと、僕はテーブルの上に置いてあった手紙をさっと取った。

「この手紙に何が書かれているかは知りませんが、今から僕はこの手紙を持って諜報部に駆け込んでもいいんですよ?もしくは、ここであなたをひっ捕らえても。まあ、うまくいくかはわかりませんが、僕も中々やりますよ?最も、この周りにあなたのお仲間がいるのでしたら、僕は相当不利なのでしょうが」

僕はそこで一回言葉を切った。


そして、

「これは賭けですが、僕が勝ったら、あなたは身の破滅だ。もう美味しいケーキだって、香りの良い紅茶だって食べられないでしょうね。ですから、そうなりたくなかったら、きちんと、胡麻化さず、僕の質問に答えください。いいですね?」

と僕はきっぱりと言った。


長い沈黙になった。


僕は一気まくし立てたので、体が熱くなっていた。

僕ができる限りのカードは切った。


あとは本当に賭けだ。


僕の言葉がどれだけこの小男を追い詰めたか。それとも、全くダメージを与えられていないのか。そうなったら僕は大人しくことの小男の言うことを聞いて、罠ともわからない依頼の旅に出るしか方法がなくなる。


と、そのとき


「クックッ、クックックックックックックックックックックックッ」


トカゲは突如、痙攣したかのように笑いだした。

あまりの尋常じゃなさに、周りの客も何か不潔なものでも見る様な目でこちらを見ている。


これは、良い兆候なのだろうか。

僕は自分の賭けの勝敗が、気になった。

これで、この小男から情報を得られなかったら……

しかし、それはトカゲの笑いが治るまで待つしかなかった。


しばらくして笑い終わったトカゲは目尻の涙を拭いながら

「いやぁ、クックッ、実におもしろい。はぁ、ますます気に入りましたよ、ラシェットさん。まあ 、あなたの賭けは、ちょっと見当違いですが、中々痛い所を突いてはいます。クックックッ、ですから、今回は引き分けにしましょう。私もあなたに全てを秘密にして、依頼を受けさせようなど、少々虫が良すぎました」

と言った。


「では、話していただけるんですね?」

「ええ。私が知っていることなら、話しましょう」


少々引っかかる言い方だったが、僕は少しだけ前に進めるかもしれない。

そう思った。


しかし、この小男が嘘を話す可能性だってある……


いやいや、冷静になるんだ。


とにかく、


まずは引き分けたのだ。

勝負はまだまだ、これからだ。






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