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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
78/136

暇な男、忙しい男 4

「でも、地下に造船所があるとしたら、飛空挺はどこから飛び立つんでやんすかねぇ?」


夜中の1時を過ぎ、ようやく人通りの少なくなってきたアーケード街を抜け、薄暗い路地に入ったところでボッシュがリーに聞いてきた。

ヤクーバには事務所での待機を命じたので、彼はここにはいなかった。

なんだかんだ言っても歳だから、今回の作戦は遠慮してもらうことにしたのだ。


「ん、そうですねぇ……」

リーは歩きながらボッシュの疑問にそう呟く。リーには、ちょっとした考えがあった。


「例えば、こういうのはどうです? あの区域で一番でかい工場ですが……」

「あ。あそこでやんすか?」


そこは、ボッシュが取材して目を付けていた所だった。しかし、飛空挺を作れるほどの大きさではなかったので、除外した所でもある。


「はい。その建物の中、そこは実は空っぽで、床全体が巨大な開閉式の扉になっているとしたら?」

「はい?」


そのリーの推理を聞いてボッシュは思わず声を上げた。なんとも突拍子もない話である。

が、再考してみると、その可能性は必ずしも否定できなかった。それなら地下に造船所があってもいいし、それに飛空挺を作るには小さいが、飛び立つだけなら、あの建物の広さでもギリギリ間に合うかもしれない。


「でも、そんな施設……いったい、いつ作ったんでやんすか? 地下の造船所にしても、一年やそこらで作れるようなものじゃないでやんすよ……?」

ボッシュはそう思ったので聞いてみた。

すると、リーは苦しそうに微笑み、

「や、その通りですよ。我々の調査した限りでは、飛空挺絡みの帳簿の改竄は一年前から始まったものですからね。どう考えても、時期が合わないし、時間も足りません」

と言う。

「じゃあ、どうやって……」

ボッシュも改めて首をひねった。でも、リーはもう表情を冷静なものに戻していて、


「わからないこと、不可能だと思えることを考えても仕方ありませんよ。だったら、少しくらい辻褄が合わなくても、可能なことを想像してみるべきです。今回場合ですと、おそらくそれ以前から、その造船所はそこに建造されていた、もしくは存在していた。と、考えてしまった方が自然ではないでしょうか?」


と言った。

それを聞き、ボッシュはまた「へぇ…」と舌を巻く。

「なるほど。確かにそうでやんすね…でも、そうなると……」

「ええ。そうなると、元々はなんのためにそんな場所が作られたのかが気になります。それに、なぜ今まで隠されてきたのか? そして、なぜ今になって急に、その存在が露呈するかもしれないのに、飛空挺の部品集めなど始めたのか……」

「はい……しかも、リーさん達が調べ上げたその消えた部品を使って、既に飛空艇を作り始めている可能性が高いでやんす」


リーとボッシュは歩きながら必死に頭を働かせる。

しかし、適切な答えは出て来なかった。

わからないことだらけだ。

しかし、そんな大規模な施設を秘密裏に作ることなど、たぶん国家絡みでなければできない、それは感じていた。


「やっぱり、かなり危険な橋だったでやんすかねぇ……」

ボッシュがぽつりと言う。それにリーは

「ん、どうしましたか? まさか、 怖気付きましたか?」

と、また冷静な顔で聞く。

するとボッシュはすぐさま頭を振り、


「いやいや、あっしはいつも危ない橋どころか、細いロープを綱渡りをしてここまでやって来たんでやんすから……記者として、特ダネを前にここで引き下がれやせん」


と、ネガティヴな考えを振り払うように言った。リーはそんなボッシュの威勢のいい言葉に微笑む。


「や、全くその通りですな、ボッシュさん。私も諜報部員として疑問に思ったことは放ってはおけません。だからそのために、まずは自分達の目で真実を確かめなければ」

「はいっ」


頷き合いながら、リーとボッシュは知らず知らずのうちに、早足になっていた。

今にも駆け出しそうだ。

でも、そこをグッと堪え、なるべく人気のない道を選び、目立たないように歩く。

そうしながら二人は心の中で


「自分の目で見る……そうすれば自ずと次の目標も見えてくるはずだ」


と、それぞれの諜報部魂、新聞記者魂を燃やしていた。


そんな気概が互いにあったからこそ、この二人は初対面にも関わらず、自然と行動を共にできたのかもしれない。



ーー20分後。

狙いをつけた地域の、住所的には一番端っこの道に二人は足を踏み入れた。

とうに火を落とし、閉鎖された工場からは当たり前だが人の気配は感じられず、辺りはしーんと静まり返っている。

だから、もし工場などに夜警がいるのなら、二人が怪しい行動をした途端、すぐに気づかれてしまうだろう。そこは注意して作戦を考えなければならなかった。


「で、これからどうするでやんすか? あっしにもいくつか怪しい工場の心当たりはあるでんやんすが」


ボッシュは身を屈めて言った。別にそうしなくてもいいのだが、雰囲気から、つい隠れようとしてしまう。


ボッシュは昨日までの取材の中で、いくつかの工場が夜通し稼働しているのを見たのを思い出していた。また、稼働していなくても、夜の人の出入りが多いところや、警備がやたらと厳しいところもあった。

その時のボッシュはその光景を見て、怪しいとは思ったものの、全く大きな工場ではなかったので、やはり可能性からは除外していたのだ。でも、今ここにきて、それらの工場の存在も無視できないものとなった。


それらの情報をリーに伝えると、やはりリーもしゃがみこんで、

「……ボッシュさん、試しにその工場の場所を全て地図に書き込んでみてください」

と言い。ボッシュに地図を渡す。

「なるほど、わかりやした」

その意図を汲み、ボッシュは時折迷いながらも、記憶にある工場の場所をペンで赤く塗り潰していった。

その間にリーはリーで、それらの工場の資料をまた全て洗い直している。


「……よし、できたでやんす」

「や、ありがとうございます」


そう言って、二人はできた地図を見下す。すると、リーの顔にも、ボッシュの顔にも、思わず緊張の色が浮かび、次にその表情はニヤリに変わった。


ボッシュの示した工場のほとんどが見事に、あの大きな工場のある場所から一定の距離を置いた同心円上にあったのである。


「ビンゴでやんすな」

「ん、そうですね。しかも、これらの工場の中で帳簿の改竄を始めた時期が、ほとんど同じのところが、いくつもあります……」


リーはそれらの工場を指で差す。

間違いなかった。まだ、何も確定したわけではないが、少なくとも調査をするには値する。

本当はトラックや人の出入りをもっと綿密に調べてみたいものだが、ボッシュ曰く、時間は残り少ないとのことだ。行くなら、今日行ってしまってもいいだろう。


リーは根拠のない「この街から飛空艇が飛び立つ」というボッシュの話も信じていた。

いや、ボッシュが来てから、あっと言う間にここまで場所を絞り込むことができたのだから、それを「根拠」と言ってもいいくらいだ。そうも思っていた。

「あのままだったら、どうなっていたかな……ここまで来るのにあと5日は掛かったかな?」


リーが考えていると、

「…でも、問題はここからでやんす。どうやって浸入しやしょうか?」

ボッシュは聞いた。

それでリーもまた思考の中から戻ってくる。

さすがに浸入となると、ボッシュの専門外だ。そして、逆に諜報部員のリーにとっては専門である。まぁ、現場を離れて久かったが彼はエリート、何かしら考えがあると思われた。しかし、


「ん、まぁ、ここはオーソドックスなやつしかないでしょ。地下ですし」


とあまり良い策はないようにリーは言い、また歩き出してしまった。

「オーソドックス……でやんすか?」

ボッシュは言葉の意味がよくわからなかった。しかし、ここはリーに任せるしかなさそうなので、彼はその後ろをトコトコとついて行った。


そうして辿り着いたのは、比較的小規模な工場の外壁沿い。

街頭は一つしかなく、まだ電気の点いているその工場から漏れる光で、何とか周囲を見渡せる、そんな場所だ。


そして、そこでリーはあるものを見下ろしていた。


それを見てようやくボッシュも全てを理解した。なるほど、確かにオーソドックスである。でも、本当にここから工場の施設内に行けるのだろうか……


「マンホール……下水道から潜入でやんすか?」

「ん、それしかないでしょう。思ったより警備がいそうだ。それに塀を乗り越えるにしても高い……まぁ、行けなくはないが、目立つのは避けられんでしょう」


リーは言う。

確かにその通りだ。

でも、下水道にしたって、外と繋がるほとんど唯一の場所なのだ。警備の目が光っていてもおかしくはない。

そのことをボッシュが聞くと、リーは


「や、それは大丈夫です。全てのマンホールの出口を常に見張るなどという効率の悪い警備のしかたは、経験からしても統計から見ても、まずしていないでしょうから」


と自信ありげに言った。

それも確かにそうなのかもしれない。が……

「で、でも警備の目が届かない場所にあるマンホールがあったとしても、我々はそれをどうやって見極めるんでやんすか!? 下から見たってそんなのわかりっこないでやんすよ?」

と、これまたもっともなことをボッシュは言った。

そして、それに対するリーの答えは


「や、ですから、それも一か八かですな。さっきも言ったでしょう? 一か八かの潜入だと」


という、なんともいい加減なものだった。



ーー結局、二人はマンホールから侵入することにした。


もっと堂々と、偽の業者などを装い、正面から侵入すればよいとも思うが、それは失敗した時のリスクが高過ぎると判断した。

それに、地下の造船所への隠し通路がもし本当にあるとするならば、そんなものをおいそれと、出入りの業者に見せるわけはない。どの道、こっそりと探りを入れなければならなくなるのだ。

だったら、うまくいけば顔を見られないで済む可能性のある下水道からの侵入というのも、一理ある選択肢かもしれない。


「塀を越えてすぐの出口は止めておきましょう。もう少し進んだ、この地図で見た所の……ここですね。この建物の影の辺りに出口がないか確かめてみましょう」


地図を片手にリーは喋りながら、ずんずん進む。もう片方の手にはペンライトを持っている。

この何の明かりもない下水道にいては、そんな光はなんとも頼りないものであるが、さすがにリーは歩き慣れているらしくて、その足取りに迷いがない。だからボッシュはその背中にくっついていけばよかった。


リーは見た目と、その理屈っぽい言動からデスクワーク専門のようによく思われるが、彼もまた、かなりの修羅場をくぐり抜けてきているのである。そんな雰囲気をやっとボッシュも肌で感じ、理解することができた。


「ん、じゃあ、ここから上がってみますか……」


5分程歩いた所で、リーはハシゴを見上げて言った。

ペンライトで照らすと、なんとも細い金属でできたハシゴが遥か上まで伸びている。それを見て、ボッシュも

「へい…一か八か。でやんすな?」

と言う。


「ええ。そうです。しかし、その賭けは私がしましょう。少々待っていてください」


ボッシュの言葉にそう返事をすると、リーはペンライトを咥え、ハシゴをスイスイと登り始めた。

その様子を、ボッシュはドキドキしながら見つめる。暗すぎてリーの姿はだんだん見えなくなっていくが、視線の先ではペンライトの小さな光がゆらゆらと揺れていた。


「……お願いでやんす…どうか……」


ボッシュが祈っていると、視界の先でうっすらと月明かりが射した。


そして、その後、ゆらゆらとペンライトが大きく振られた。

登って来いとの合図である。

どうやら、そこに今のところ警備の者はいないらしい。

運がよかった。二人はこの賭けにはなんとか勝ったようだった。


ボッシュが急いでハシゴを登ると、それを待っていたリーはうん、と頷く。

そして、もう一度よくマンホールの外を確認すると、ぐいっと蓋を大きく開け、ささっと外に出た。それにボッシュも続く。


マンホールの蓋を元に戻すと、二人は手近な建物の影に隠れ、その中に誰もいないと知るとその中へ転がり込んだ。


「ふーっ…ひとまず、成功でやんすか?」

「ええ。でも、まだまだこれからです。次は地下通路を発見しないといけません…」

二人は壁に寄りかかりながら、小声で相談する。

でも、その方針は一つしか思い浮かばなかった。


「それはもう、人の一番出入りする所を見つけるしかないでやんすよ。きっとそこに秘密があるはずでやんすから」

「そうですね……や、でもそうすると侵入なんてできないってことになりますよ。人目が多くては、我々はすぐに怪しまれます」

「そ、そうでやんすねぇ……でも他に方法は……」


ボッシュが頭を掻く。

それを横目に見ていたリーは、やがて


「じゃあ、こういうのはどうでしょう? オーソドックス第二弾……」


と言い、ニヤッと笑った。



ーーリーの中では、この場合の選択肢は幾つかあった。


一つは変装。

適当に出入りする者の衣類を剥ぎ取り、それを着て堂々と正面から入るのである。しかし、知らぬ顔は入れないという可能生が残るのが難点だ。


二つ目は荷物に紛れ込む方法。

資材倉庫にまずは忍び込み、そこで次に運ばれるであろう荷物の箱に入り、待機するのである。でも、この場合の難点は帰りが非常に困るということだった。それに中身を検められないとも限らない。


そこでリーが目をつけたのが、通気口を辿ることだった。


それは地下施設ならではの構造を考えての作戦だった。地下の施設にとって、通気口はなくてはならないものだからである。

そして、それはおそらくこの施設内から複雑にずっと繋がれていて、きっとそれを辿れば造船所まで行けるはず……


リーはそう推測し、早速、人の出入りが多い建物を見つけると、その裏手にあった通気口のカバーを外し、そこから内部に滑り込んだ。外部からの浸入への警備はなかなか分厚いようだったが、内部の警備はザルのようなものだった。

なんというか、緊張感が足りない。

多分、警備の者達は、深く事情を聞かされてはいないのだろう。だから、内部は適当な感じなのだ。


まぁ、なんにせよ、リーにとっては、実に仕事がやりやすかった。こんなことでは、リーを捕まえることはおろか、発見することさえ難しいであろう。


リーはボッシュを引き上げると、カバーを元に戻した。

通気口の中は意外と広く、ギリギリだが、大人二人が横に並べるほどの幅があった。高さはさすがになかったが、這って進めそうだったから贅沢は言うまい。


「……さ、これであとは下へ下へと進むことができればいいのですがね」

リーが言うと、ボッシュは目を瞑り、

「はい。しかし、先程から何やら冷たい空気が奥から流れてくるのを感じるでやんす。これは、もしかしたら…」

と応えた。

「……ええ。確かにそうですね……行ってみましょう。物音は立てないように気をつけてください」


二人はそこから、通気口をどんどんと伝って行った。途中、垂直に下がるポイントがいくつかあったが、帰りに登れる程度の落差だったので、構わず進む。

一番二人が緊張したのは、這っていかなければいけない床が、格子状になっている部分だった。まぁ、通気口というその役割上、そういう部分はあって当然だが、そこを通る時はさすがにバレないか不安だった。


「よーく下を見て、人が来ない時を見計いましょう。それと、なるべく端を進んでください…」

「了解でやんす」


通気口は緩く下りながら、どこまでも続いてるようだった。

もちろん、建物の長さなど、とうに超えている。これはもう間違いなかった。あとは、二人の推測が当たっているかどうか、この目で確かめるだけだ。


「通気口の警備、監視はしてないんでやんすかねぇ?」

ふと思い、ボッシュが聞く。

すると、リーはさすがに狭くなってきた内部で、なんとか振り返り

「や、可能性はありますね。ですから、油断は禁物です」

と言った。

しかし、リーが前方を注意して見てきた限りでは、特にここを監視しているようには思われなかった。もし、ここに重大な秘密があるのなら、その警備体制は腑に落ちないが……何か事情があるのだろうか?


時々、人が二人の下を通り過ぎて行った。


それは格子状になっている部分から覗き見ることができるのだが、声まではよく聴き取れない。ただ、皆、一様に油だらけ作業服を着ているのはわかった。

そして、人通りは奥に行けば行くほど増えてきている。どうやら、目的地は近そうだ。


「はぁ、せっかくのスーツが埃と油でベッタリでやんす…」

「はは、そんなことに気が向くと言うことは、慣れてきた証拠ですね。しかし、本当、ベタベタになってしまいましたな…もし、この作戦が上手くいき、成果が得られたなら、経費でスーツ代を請求してやりましょう」


しばらく二人が進むと、眼下に重そうな鉄の扉が見えた。扉の横には警備が二人もいる。


気配を消して観察をしていると、そこを出入りする際には通行証と、記録簿へのサインが必要なようだった。

なるほど、なかなか厳密だ。やはり変装の線は消してよかったかもしれない。


そんなことを思いながら二人はその上を難なく通り抜けた。

そして少しして、カーブを抜けた辺りで、いきなりムワッとした油くさい空気にぶつかった。

「うっ……」

二人はむせそうになるのを必死で堪える。

すると、今度は前方から、様々なけたたましい工具音が聞こえ始めた。


二人は急いで格子を探し、覗き込んだ。


そして、そこで目にしたものに二人は、文字通り、目を丸くして驚いた。


そこには見たこともないほどの大きさの、機械と、地下とは到底思えないほどの広い空間があったのである。


上を見上げると、天井とかなり高い。

その様子はよくわからなかったが、ただの岩の天井ではなさそうだ。

二人はそんな空間のちょうど真ん中辺りの高さにいた。


「す、すごいでやんす……」

「ええ…」


そんな言葉くらいしか出て来なかった。

しかし、リーはなんとなく、すぐにここから脱出した方がいいような焦燥に駆られた。

それは勘だった。

しかし、リーは勘というものは決して軽んじていいものではないと、よく知っていた。


「あの機体…ボッシュさんがタレコミで聞いたものと雰囲気は似ていますか?」

リーは肝心なことだけ確認しておこうと聞いた。それにボッシュは頷く。

「ええ。間違いないでやんす。あの機体でやんすよ」

ボッシュは夢のお告げで見た映像を思い出しながら言う。まぁ、ある意味タレコミ情報のようなものだろう。


その機体はボートバルやコスモで見た、どの設計図や模型とも違っていた。基本構造は似たものを持っているものの、より洗練されたフォルムをしている。


その機体の周りをいくつものクレーンと台車が取り囲み、大きな足場が組まれ、その上を大勢の作業員がせわしなく行き来していた。交代の時間なのかもしれない。


「こんなに沢山の人を関わらせて……よく機密が漏れないな」

「確かにそうでやんすねぇ……あ、私のところにはタレコミがありやしたが…」

と、ボッシュが頭を掻いていると、突然リーが


「ん!?」


と大きな声を上げた。


それにボッシュはびっくりしてしまう。

だって、さっきまで静かに静かにと、口煩く言っていたのはリーだったのだから。


「ど、どうしたんでやんすか? 何が見えたんで?」

その質問に、リーは瞳の光を不安げに揺らしながら頷く。

そして、そっと指を差しながら


「あそこ……あの男を見てください」


と言った。

ボッシュは言われた通り、その方角に目を凝らす。


そこにいたのは、金髪の男、ではなく……黒い髪をした男だった。

遠目でよくわからないが、歳は30代半ばといったところか、もしかしたら若く見えるのかもしれない。その雰囲気は、どこかもっと落ち着いたもののように思えたからだ。その男が本を片手に陣頭指揮をとっている。


目は穏やかそうだった。しかし、その穏やかには似つかわしくない大きな傷が首にあった……


「あっ!」


そこまで見て取り、ボッシュも大声を上げた。まさか、なんでこんなところに……?


「ボートバル飛行師団、第1空団団長……ドレット・バラン……」


ボッシュは唖然とした。なぜ、第1空団の団長がコスモに? それに、噂によるとバラン団長は今……


と、思っているとリーがさっと振り返り、


「行きましょう」


と珍しく険しい口調で言った。

その言葉にボッシュも我に帰り、振り返る。


「え? リーさんでも……行くってどこに行くんでやんすか?」


ボッシュは慌てて聞いた。

すると、それにリーはまた珍しく


「セント・ボートバルにです。脅かしてやりたい奴が一人いるんですよ」


そう、きっぱりと言った。



ーー無事に元来た道を引き返し、二人が事務所に着いた頃には、もう夜が明ける気配が空に漂っていた。


早速準備を整えて出発だと、意気込んで扉を開けると、そこにはヤクーバと、もう一人、予想していなかった男がいた。

リーはその男の顔をなんだな懐かしい顔のように感じる。


「サーストン!? なんでお前がここに?」

「ご無沙汰しております。リー少尉、ようやくお会いできました…」


それは別の任務を与えたはずの自分の部下、ダン・サーストンだった。

彼が「ようやく」という意味はよくわからなかったが、よく見ると服はボロボロで薄汚れていたし、顔も心なしか痩せたように見える……なるほど、苦労をかけたようだな。


それらを瞬時に見て取ったリーがサーストンに労いの言葉をかけようとすると、それより先にサーストンが、


「手紙は渡しました」


と言い出した。さらに続けて


「ですが、ラシェットさんはアストリア軍に捕まったようです」


と言った。

「なに!? ラシェットが!?」

リーは驚く。しかし、サーストンはごく冷静に


「はい。手短にお伝えします。それと、カジも撃たれ、重症です。撃ったのはエリサ・ランスロット大尉……じきにグランダンに戦争を仕掛けるつもりのようです」


と告げた。

それにもリーは驚いた。しかし、あの飛空挺を見た後では、そうだろうなと、納得できた。


リーは考えた。ラシェットのことも、カジのことも確かに気掛かりだ。


しかし。

リーの決断は早かった。


「わかった。報告ご苦労だったな。と、言いたいところだが、すぐについてきてもらう。セント・ボートバルに向かうぞ」

「はっ! もう帰還の許可が降りたので?」

「いや、降りてない。しかし、そんなことはもうどうでもいいんだ。今は軍がどうの、規則がどうの言っている時ではない」


そう言いながら、リーは手を動かし、荷物を準備する。


「了解です。しかし、ラシェットさんは……」


リーのらしくない言葉にサーストンは問い直してみる。すると、リーは真剣な表情を崩さぬまま


「あいつなら心配ない。自分でどうにかするだろう」


と言った。

それは、信頼のなせることだった。だから、サーストンもそれ以上は何も言わない。


そんな部下の反応を見ながら、リーは


「ん、ついに俺にもラシェットの悪い癖が移ったかな……」


と思っていた。だから、どうせならもっと、はっきりさせておこうと、その場の皆に向かって、


「悪いな。俺もヤキが回ったらしい。一緒に軍を止めてくれるか?」


と聞いた。

すると、ヤクーバも、ボッシュも、サーストンも、微塵の迷いもなく


「ええ、もちろんです!」


と言ってくれたので、リーは思わず笑ってしまった。

俺の周りには無茶な奴らばかり集まってくるな…と。


でも、それが不思議と心地良かった。


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