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砂漠の星 郵便飛行機乗り  作者: 降瀬さとる
第2章 動く人達編
77/136

暇な男、忙しい男 3

重工業都市コスモ。

その再開発にも取り残されたのか、それともあえて残されているのか、まるで都心の緩衝地帯のように、ビルの隙間にぽつんと存在する寂しい公園のベンチに、スコール・ディ・ボッシュは負けぬくらい陰気な雰囲気を漂わせて座っていた。

リー・サンダースのところを訪ねる数時間前のことである。


彼はそこで最近立て続けに本社にボツにされたスクープ記事のことを思い、ため息をついていたのだ。手にはその原稿。


片方の見出しは、ズバリ、


[サウストリアに謎の飛行機が出現! 街を荒らしたその正体の陰に、王国軍のさる科学者あり!? ]


というものだった。


これは今から一週間程前、サウストリアを張っていた時に撮ったスクープ写真を元に書いた記事である。

写真にはバッチリ、その謎の飛行機と、それに乗るアストリアのとある人物が写っていた。まぁ、そのちょっと横に、関係のない少女が一人写り込んでしまっているが……たぶん心配ない。後ろ姿だけで顔は写っていないから、おそらく使用許可はすぐに降りるだろう。


よし、これは面白いネタだ。

載らないはずがない。

ボッシュはそう思い、すぐに原稿に取り掛かった。


しかし、問題は彼が思っているところとは、別のところにあったのだ。


彼はサウストリアで見聞きした出来事をそのまま記事にし、それを清書したものに何枚か写真を添え、急いで本社に送った。翌日の朝刊に間に合わせるためだ。それで記事が通ったら翌朝の新聞に載る。もし、通らなくても翌日の昼までには、ダメだの、再考しろだの、証拠が足りないだの、何かしらの返信が編集長から来るはずだった。


でも、その翌日のアストリア王国新聞の紙面にボッシュの記事は載らなかった。

それどころか、他の記者の手による、例の謎の飛行機の記事すら陰も形もなかったのである。これにはボッシュも、やや不思議に思った。


「あんな騒ぎになったでやんすのに、なんででやんすかねぇ……?」


と。そう思うのも当然だった。


新聞はいつでも、面白いネタを探している。

だからこそ、あの出来事が、そんな新聞社や他の新聞記者のアンテナに引っ掛かっていないはずはない。


そもそも、ボッシュのネタだって、本来なら記事の信憑性はともかく、写真だけでも載せる価値はあると思われるものだった。

ましてや、他に誰も同様の記事を書いていないなら尚更、ボッシュの記事が載ってもよかったはずである。


でも、そうならなかった。

だとしたら、考えられる原因は限られてくる。さらに今回の場合、その原因の中で一番有力なのは、どこからか政治的な「圧力」をかけられたということだと、新聞記者であれば誰でも容易に想像ができた。どこからの圧力かということは、聞くまでもあるまい。


そして、その予想が当たったのかどうかわからないが、待てども待てども、その日のうち来るはずだった、本社からの返信も、ついに来なかったのである……


余程の鈍感でない限り、それで

「ああ、もうこの件には触れてはいけないのだな」

と察することができた。

もちろんボッシュも理解した。貴重な飯のタネがまたひとつ、泡と消えたのは悔しかったが、大丈夫、まだ次のスクープがある。とにかく次の現場に行こうと、ひとまず前向きに考えることにした。


そうしてボッシュは、その記事や写真のことに、まだいまいち整理がつかぬままの状態で、次の現場と決めていたここ、コスモに向かったのである。


でも、その翌日。

さらなる事件がすぐ目の前で発生した。


それが、もう片方の原稿で、見出しは、


[グランダン客船爆発! 事故か事件か? 乗客は海に沈む戦艦を目撃!]


というものだ。


今回の記事には、その「海に沈む戦艦」なるものの写真はなかった。

現場が遠すぎて見ることもできなかったし、大体、それどころではなかったのである。そこではとにかく人手が必要で、ボッシュも右へ左へ、せっせとボランティアに勤めたのだ。


だから救助の写真すら、ろくに撮ることができなかった。

が、前日ひとつ特ダネを不意にしたばかりだったから、それでもボッシュはなんとか今回はものにしようと、自分の見聞きしたことを書き、合間合間に救助した乗客達から聞き取りをしたことをまとめ、それに何枚か撮った救助写真を添えて、また本社に送ったのである。


そこまで終えてヘトヘトになってしまったボッシュであったが、次の現場にはやはり行かねばならない。彼はキツイ身体に鞭打って、メルカノン行きの船に転がり込んだ。


その頃には、もう客船は通常運航に戻っていた。やはり、一つの事故でいつまでも全体の運航を閉ざしては置けないのだろう。客商売であるし、何よりも船は世界中の物資輸送、交通の柱なのだから。


「でも……あれはただの事故じゃないと思うでやんすね」


船に乗り込み、一番切符の安い雑魚寝部屋に入ると、ボッシュは早速倒れこむように寝転がり、そう思った。

それは聞き込みを進めていくうちに、確信へと変わっていった自分なりの推理だった。

乗客の目撃談の中には、ボートバル軍の兵士がいたというものまで多く含まれていたからだ。

そして、例の「海に沈む戦艦」……

やはり、それらが船の爆発と全くの無関係とは、ボッシュには到底思えなかった。だから、その旨を強調して記事にしておいたが、果たして今度はどうなるか……

そんなことを考えながらその日ボッシュは、疲れてすぐ泥のように眠ってしまった。


その翌日、ボッシュは昼頃起き出して、船の上で夕方に届くはずの、その日の朝刊を待った。何しろ船上だから、届くまでに時間がかかるのだ。しかし、まぁ、届けてくれるだけ有難い。それまでボッシュは船の甲板で、ぼーっと風に当たって過ごした。


そして夕方。

彼は届いた新聞の記事を見て、色々な意味で驚いたのである。


まず見出しはこうだった。


[グランダン客船爆発事故。あわや大惨事に連邦国大統領、異例の会見]


これだけを見ると、ボッシュの書いた記事はボツになり、他の記者が書いたものが採用になったかのように見える。

しかし、よくよく読んでみるとその本文中には、明らかにボッシュの記事を引用したであろう箇所があちこちに見られた。


そして、なにより写真だ。

使われている写真のほとんどが、彼が送った写真だったのである。違ったのは客船が沈む際の写真と、船上にいたから知らなかった、バルムヘイム・アリ大統領による記者会見の写真だけだった。


にも関わらず、その記事の内容はボッシュの意図したものとは、まるで正反対の内容に仕立て上げられていた。

ボッシュにとっては、自分の名前も出さずに写真や文章を流用されたことよりも、そちらの方が余程ショックだった。


まただ。

この事件にもまた圧力が掛けられている。

いや、それどころか今回の場合は、記事を潰すだけでなく、全く別物にでっち上げられてしまっているではないか、と。

今回はその理由までは察することができなかったが、ひとつだけ確かなことがある。


それは、アストリアの周りで何か良からぬことが起きようとしているということだ。


そして、自分はまだその「何か」に至ることができていない。それどころか、邪魔ばかりされている無力な存在だと……



「はぁ……ツイテナイでやんす。どうしたんでやんすかねぇ、いったい…」


ボッシュは公園のベンチで、またため息をついた。

本当なら特ダネを二本もモノにして、非常にツイテイル新聞記者のはずなのに、彼はその原稿で、まだ何の報酬も得ていないのである。

それに本社からも相変わらず、連絡はない。コスモに行くとは伝えてあるのに連絡がないということは、どういうことなのだろうか? 彼は色々と想像してしまう。だから、こんな公園でため息をついているのだった。


ボッシュは俯いたまま、顔も上げようとしなかった。

顔を上げても、見るべきブランコや、滑り台、それに遊んでいる子供達の姿などもない。あるのは幾らかの木と水飲み場。あとは灰皿くらいだ。

果たしてこれで公園と呼べるのかも怪しかったが、少なくとも今の彼にとっては居心地の悪くない場所だった。


「でも……今度もあの夢のお告げの映像に、間違いはなかったでやんすねぇ……」


サウストリアを張り、またコスモを訪れた理由のことを思い、彼がふと呟く。


すると、次の瞬間。


彼の左目に突然、いつもの激痛が走った。


「くっ……あぁぁ、ま、またでやんすかっ……!」


彼は左目を抑え、体を縮こませる。

左目がズキズキと痛み、今にも飛び出して来そうに感じるからだ。


「ぐわぁぁぁ、ぐぅっ……」


焼けるように痛む。

幸いここには人目がなかったから、大袈裟に苦しんでも変な目で見られたり、救急車を呼ばれないで済むから、それは有り難かった。この突発的な左目の痛みは、いつくるか予想がつかないのだ。


「ぐっ……………っ、はぁ、はぁ…」


その姿勢のまま、しばらく耐えていると、ようやく痛みが止んだ。

ボッシュは手で額の汗を拭い、ほっと息をつく。

そして、懐から手鏡を取り出すと、それを覗いて自分の顔を見てみた。別に大して見たい顔ではなかったが、こればっかりは確認しなければならない。


「……やっぱりでやんすか」


彼は鏡に映った顔を見て言った。

やっぱりだ。


やっぱりいつもの通り、左目の瞳が真っ赤に変色している。


右目はブルーのままだった。

しかし、時折痛む左目は、このように痛んだ後は大抵、真っ赤な緋色に染まっているのである。そして、この緋色の瞳が現れた夜に時々見るのが、夢のお告げの映像だった。


その映像はある時はとても鮮明で、ある時はとても不鮮明だった。

眠っている時に見ることもあれば、まだ起きている時に見ることもあった。

その内容も様々で、はっきり覚えているものもあれば、よく思い出せないものもある。


そんなふうに、とにかく本人の意思とは関係なく強制的に「見させられる」映像なのだ。


その中で最近特に鮮明で、よく覚えている映像がいくつかあった。

それは、


<空を飛ぶ見たこともない形の飛行機>


<浮上する大きな飛空挺と、それを駆る金色の髪の人物>


<森の中で一人の男が、小型の拳銃をもう一人の男に向けている風景>


などだった。


この内の一つ目については、もう実際にその現場に出くわした。


サウストリアでの謎の飛行機だ


映像を夢で繰り返し見て、あれはサウストリアの景色に違いないと思ったから、ボッシュはサウストリアで張り込みをしていたのである。

最近ではそんなことまでわかってしまうくらい、映像は鮮明になってきていた。

おそらくではあるが、その映像にある出来事が起きる日時に近づけば近づくほど、映像も記憶も鮮明になっていくのではないか、とボッシュは推測している。


このような現象をボッシュは心の中で「夢のお告げ」と呼んでいた。予知夢と言ってもいいかもしれない。


しかし、ボッシュの実感からすると、「予知」よりは、やはり「お告げ」の方がしっくりきた。

なぜなら、予知というとまるで自分の能力のように聞こえるが、ボッシュはどちらかというと、その映像は何処からか「定期的に送られてきているだけ」のように感じていたからだ。


この現象はたぶん10歳頃から続いていると思うのだが、確信はない。

その頃は今のように映像が鮮明ではなかった気がするし、よく思い出せないからである。


でも、ボッシュは大人になり、この夢のお告げが、現実の未来に「実際に起こるもの」だと知った。

そして、その頃にはもう彼は新聞記者になっていたから、この自分に特異な現象を飯の種にすることを思いついたのである。


サウストリアの時もそうだったし、今、コスモに来ていることにしてもそうだ。

コスモに来たのは二つ目の映像の現場を押さえるためだった。


映像はいつも時系列に、連続して見えるものではなかった。とても断片的なのである。だからボッシュはまるで一枚の写真から全ての手掛かりを探すようにその断片を隅々まで思い出す。


そうやって辿り着いた幾つかの確信は、まずその映像が、どこか大きな造船所から始まっているということ。

次に、その造船所から飛び立った飛空艇の背景がコスモであること。

そして、その飛空艇を指揮している金色の髪の男がいることだった。


たったそれだけの手掛かりだったが、ボッシュは最近、それらの映像がだんだん鮮明になってきているのを感じていた。それで、その映像にある出来事も現実になる日は近いと思ったからこそ、はるばるコスモまでやって来たのである。

それに、先日のサウストリアでの件もあったから、より夢のお告げのことを強く意識するようになっていたのかもしれない。


この3つの映像の中で、まだ一番不鮮明だったのが三番目の

<森の中で一人の男が、小型の拳銃をもう一人の男に向けている風景>

だった。


しかし、実はボッシュとしては、この映像のことが一番気掛かりだった。

それは、その映像に出てくる、拳銃を持っている方の男のことを、彼が既に知っていたからである。


男の名前は確か、ラシェット・クロードといったと思う。


なぜ、ボッシュが彼の名前を知っているかと言うと、一度彼のことを記事にしたことがあったからだ。そして、その時も夢のお告げを見た。

その時の映像もよく覚えている。とても印象的な映像だったからだ。


<正装をした大勢の貴族や王族。大きな玉座。石造りの広間に射し込む、ステンドグラスの光。その中に数人、この場に似つかわしくない薄汚れた操縦服に身を包んだ男女の姿があった。そしてその中心に、のちに前に進み出て発言する若者がいた……>


その若者の名がラシェット・クロードだった。ボッシュ自身も、予め頼んでおいた筋からの内部情報を得てから、初めてその名前を知ったのである。


「そういえば、あの記事はちゃんと紙面に載って、なかなか評判だったでやんすよねぇ……いやいや、あの時は稼がせていただきました」


ボッシュは誰に言うでもなく、心の中でそう言った。

そんなことがあったから、その男の顔はよく覚えていたのだが、だからこそ気掛かりでもあった。


もしかしたら、自分がそんな記事を書いたせいで、その映像にあるような事態になってしまったのではないかと、どうしても邪推してしまうからだ。


しかも、そう思うと余計に夢の中で、その映像が目に付くのである。


だから、ボッシュは確かめたかった。

その映像が何を意味しているのかを。そして、なぜそうなってしまったのかを。


映像が不鮮明だということは、時間はまだ残されているということだ。

そして、夢のお告げの映像は、一見それぞれの映像に関連性はないように思われるが、本当は全て一連の出来事なのではないかと、彼は最近思い始めていた。


「だから、コスモの映像の後を追えば、自ずとラシェット・クロードの元へ行けるはずなんでやんす……」


そう思うと、彼は原稿を握る手に力を入れた。

そして、深呼吸をすると原稿を鞄に戻し、ベンチから立ち上がった。



ボッシュはコスモの工場街で聞き込み取材ではなく、あの映像の造船所に見合う大きさの工場を探していた。

しかし、結論から言えば、そんな大きな造船所は皆無だった。

工場全体ではそんな大きさの場所もあったが、一つの建物だけでそれ程の大きさになるものは、この街にはどこにも見当たらなかったのである。


もちろん、コスモには他に何箇所も工場地帯がある。しかし、ボッシュが調べた区域が一番大規模な工場が並ぶところであったし、なにより、夢のお告げで見たコスモの景色と一番近いように感じたのだ。

だから、ボッシュはここを重点的に脚で洗ったのだが、その成果は今日まで、まるでみられなかった。


「これは取材の方法を変えたほうがいいでやんすかねぇ……」


公園から歩き出したボッシュはそう思った。

しかし、場所や方角は大体合っている気がするのだ。根拠はあの映像だけだが、彼はもうそこに頼る他なかった。

だから、ボッシュはまた凝りもせずに、その区域に向かった。


そして、そこで彼は取材の方向性を変え、今度は様々な工場の人間に、この近くに飛行艇も作れるくらいの大きな造船所はないかと、やぶれかぶれに聞いて回ったのだった。


が、彼の質問はあまりにもストレート過ぎた。


そのために、多くの場所で警戒され、門前払いを食らってしまい、場所によっては大声で怒鳴られてしまったのである。


そして、その中で多く耳にしたのが「リー・サンダース」の名前だった。


お前はあいつの仲間なのか? とか、やっぱりそういうことだったのか、とか、とにかく色々な疑いをかけられ散々な目に遭ったのだ。

でも、それでわかったこともあった。


それは、自分の他にもこの辺りのことを調べている人物がいるということ。


そして、そのリーという人物は、自分よりも遥かに多くのこと知っていて、たくさんの資料を持っているだろうということだ。


もしかしたら、その資料と自分の記憶の映像から絞り込んだ区域とを照らし合わせれば、きっと何かわかるのではないか?


ボッシュはそう判断すると、その場を切り上げ、リーの居場所を探した。

そして、ようやく見つけた事務所の扉を、彼は先程ノックしたのである。




ーー「……ん、なるほど? お話はわかりました」


応接セットのソファに座ったリーは、ボッシュの話を聞き、そう言った。


ヤクーバは怪しんだが、リーはとりあえず話だけでも聞こうと、ボッシュを事務所の中に入れたのである。

今三人は、小さなテーブルを挟んで、向かい合わせに座っていた。


「じゃあ、協力してくれるんでやんすね?」

そのリーの言葉にボッシュは言う。


彼はリーに、自分が思うに、その区域には大規模な造船所が隠されているかもしれないと、嘘の根拠を並べ立て説明したのである。

もちろん「夢のお告げ」のことを伏せる為だ。そんなことを言い出しても誰も信じないだろうし、余計な詮索も避けたかった。


だからその代わりに、ボッシュの口にする根拠は、かなり苦しいものになったのだが、なぜかこのリーという男は「ふむふむ」と最後まで話を聞いてくれ、なるほどと言ってくれたのだ。


そのことに少し安堵したボッシュであったが、すぐにリーが


「しかし、根拠は出鱈目ですね。本当は最初から当たりを付けていたのでは?」


と聞いてきたから、内心ドキーンとしてしまった。顔にも思い切り出ていただろう。


「そ、それは……すいやせん。企業秘密なんでやんす……」


ボッシュはなんとかそう言った。それにリーは

「でしょうね。しかし、もしその話が本当なら、かなり有力な手掛かりです。我々で良ければ協力いたしましょう」

と、それでもそう言ってくれた。それにボッシュは

「本当でやんすか!? あ、ありがとうございますっ!」

と、反射的に頭を下げる。でも、リーはそれを制し、


「お礼なんて、こちらからしたいくらいですよ。もっとも、結果が出てからの話ですが」


と言った。それにボッシュも頷いた。


するとリーは早速、該当区域の企業の資料と地図を用意してくださいと、ヤクーバに指示を出す。その指示にヤクーバは渋々ながら従い、自分の机の方に去っていった。


それを横目で確認すると、リーはボッシュに


「それで? あなたはその存在するかもわからない造船所を突き止めて、一体どうするつもりなのですか?」


と小声で聞いた。

すっかり安心していたボッシュはまた慌ててしまう。


「どうするって…?」

「目的ですよ。やはり新聞の記事にするのですか?」

リーがくすっと笑い、助け舟を出す。

「そ、そりゃ、もちろんでやんすよー! 特ダネで一発当てたいでやんすから…」

すると、ボッシュはすぐにその船にしがみついたから、リーは余計に笑ってしまう。


まぁ、目的が何にせよ、なかなか今までにない情報だ。それにはっきりと「造船所」ときた。これはひょっとするかもしれないぞ。リーはそう思うことにした。


ヤクーバが資料をどっさり抱えて戻って来ると、三人はすぐに検証作業に入った。


しかし、ボッシュの言った通り、そこにそんな大規模な造船所はありそうにもなかった。工場が密集し過ぎていて、開けた土地がないのである。


それと、資料を見てみても別段変わったところはなかった。

仕事を大幅に増やしている企業も、部品を買い込んでいる企業もない。やはり、あの消えた部品達は消えたままだった。もし、ボッシュの言っていることが正しいとすれば、この当たりにそれらの部品が一手に集まる場所があるはずなのに……やはり帳簿には載せていないらしい。


「そんな大掛かりな隠蔽をできる企業なんて、本当にあるのか?」


三人は話を擦り合わせ、そう思った。しかし、いくら地図を眺めてみても、そんな所はないと思われた。

だとすると……


「もう、この辺り一帯、全ての工場が協力しているとしか思えませんなぁ……」


そう最初に言ったのはヤクーバだった。

その言葉に、リーとボッシュは目を見張り、そして深く頷いた。

確かにそうかもしれないと。


しかし、それにしても、それをどうやって確かめろというのか。その推測が正しいとするならば、コスモの他の工業地帯からの部品も全てこの区域にやって来ているということになる。


それも、やって来るとすればトラックに乗って。


でも、そんなに大量のトラックが一箇所に出入りしてはすぐにわかってしまうのではないか? たとえ、帳簿には記載されないとしても、人の目はあるのだ。いつかは目についてしまう恐れがある。


いや、もしかしたら、そのためにこの一帯で協力しているのかもしれない。そうすれば、色々な工場にトラックの行く先を分散できるからだ。木を隠すために森を借りたというわけだ。


が、そうなると別の問題も発生する。

どうやってその後、気づかれないように、改めて部品を一箇所にまとめるかだ。


再度、別のトラックで運ぶわけにもいくまい。それはかなり間抜けである。消えた部品の中には人力で運ぶのが不可能な部品も多数あった……


「むむむ……」

三人はそこまで考えてまた行き詰まってしまった。

どう考えても、人目に触れずに一箇所にそれ程までの物資を集中させるのは無理だと思われたからだ。

そのまましばらく、ああでもない、こうでもないと、議論は膠着状態になった。


そして……


「うーん……いっそ、全ての工場をくっつけて屋根で覆ってしまわない限りダメだな……」


とやがて、リーが呟いた時だった。


「あっ!」

リーの中である考えが閃いたのだ。


その声にヤクーバもボッシュも驚いた。

検証を始めてから既に二時間以上が経過していた。その疲れ切った中での大声だったので、おじさんとお爺さんはびっくりしてしまったのである。


「ど、どうしたのですか少尉?」

「な、何か、わかったんでやんすか?」


二人は身を乗り出して聞いた。するとリーは一人で何やらブツブツ言った後、


「……はい。おそらく。可能性があるとしたらこれしかありません」


と言った。

少しの沈黙。

二人は固唾を飲んでその答えを待ったから、リーは更に続けた。


「地下ですよ。たぶんあの辺りの地下に大きな造船所があるんです。そして、それは多くの地上の工場と通路で繋がっているはずです」


と。


二人はその答えに唖然とした。

「そ、そんな…ですが、あの辺り一帯の工場の経営母体はそれぞれ、全然別の会社なんですよ!? それなのに…」

ヤクーバのその言葉をリーは肯定した。しかし、結論は変わらなかったので

「や、理由はわかりませんが、とにかくそれしかないでしょう。その辺の事情は追々、判明しますよ。きっと」

と言うと立ち上がり、上着を取りに行った。


その様子を見て、二人はすぐに理解した。

もう行くのだと。


その視線を感じ取ったから、リーは改まって二人に向き直り、口を開いた。


「さ、一か八か。潜入捜査と行きましょう」


と。



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